みなはオレに勘違いだと言うが…
猿は人によく避けてしまわれます(笑
まったく…傷つくよなぁ。そんなに避けて歩かなくてもいいと思うんだが。
いつもの事とはいえ、とても不愉快にさせる。え、何が?って…正面から歩いて来た女性が、オレを見るなりあからさまに『ウワッ』て顔して、歩道はみ出してまで避けて通り過ぎて行ったんだ。
そりゃ、相手が男だからって事もあるんだろうが、これがイケメンなら、絶対そういう態度は取らなかったはずだ。うん、オレはひねくれているが、この考えは間違っていないと思う。
子供の頃はそれなりに、『可愛いね』とか『優しそうね』とか、結構相手に好印象与えてた。と思う…社交辞令の線も否めないけどね。
しかし、最近の事件なんかを見ると、見知らぬ相手に警戒心を持つのはいい事なのかもしれないね。『詐欺』『誘拐』『通り魔』『痴漢』最悪なのは『親殺し』とか…あげたらキリがないくらい物騒な世の中だ。
下手に挨拶なんかしたら、勘違い野郎にストーカーされたりするからね。世の中の事を考えると、さっきの女性の反応は正しい対応なのかもしれない。
でもさ、でもだよ?オレのこの傷ついた気持ちはどうなる…悪意は無いから、誰かオレに話しかけておくれよ〜…泣いちゃうよ?オレ。
そもそも、こうなったのはいつ頃からだったろうか?確かオレがこの街に越して来た時からだから…10年前になるのか。
当時オレは、まだ髪がフサフサだった。と思ってたのはオレだけで、実は後ろがハゲてきてるの気付かずにいたんだよね。それ知ったのは、引っ越したばかりで物が足りず、ホームセンターに買い出しに行った時だった。
『げ、見てよ!ハゲてるし!プププ…』
そう言って笑う女の子の声がしたから振り向いてみたら、販売用モニターのテレビ画面に、オレの姿が映し出されていた。《お、ビデオカメラの映像じゃんか》と思いながらモニターに近付く。
「うわぁ、35になるとシワが目立つようになってくるんだな」
そんな独り言を呟いている時に、画面の隅に他のテレビも写り込んでいて、その画面には後頭部がハゲた男の姿が映っていた。
「うわ、あんなにハゲたらオレ泣くよ?…」
そう言いながら頭を摩ると、ハゲた頭の男も、同じように頭を摩った。嫌な予感とそれを信じたく無い自分が、それを見ながら、両手で様々なポーズをとって確かめてしまう。
全く同じ動きを見せる、モニター越しのテレビに映るハゲた男。凄い衝撃が走り、事実を知ってしまったオレは、宣言通りに涙目になりながら、ホームセンターを後にした。悲劇だ!
何が悲劇かって?決まってるだろ!オレは毎日後頭部ハゲに気付かず、見える部分だけ時間をかけてセットして、人に会う度深く頭を下げて挨拶してたオレは、『ハゲをわざわざ晒してたんだぞー!!』これが悲劇じゃなくてなんなんだよ〜。
それからオレは、思い切って頭を剃りあげた。最初のうちはカミソリで丁寧に剃ってたんだが、そのうち面倒になって、憎きホームセンターに行って、『脱毛剤』を購入。
髪が喉から手が出る程に欲しいと思うのに、コレを使うのは矛盾しているが、もう無くなったモノにすがるのも疲れたんだ。オレはこれからずっとこのスタイル(髪が無いからヘアは入れない)なんだ。
そう自分に言い聞かせ、気合いの掛け声と共に『脱毛剤』を浴びた!そう、字のごとくキャップを投げ捨て頭から豪快に浴びたんだ!
気合いのおかげか、『脱毛剤』のおかげか知らんが、見事に頭はトゥルッツルになった。そしてもう1つの事実に気付いたのは、翌朝の事だった。
もう剃る必要もないので、朝はゆっくり出来た。そして、外出前の歯磨きをしている時に、何気に鏡を見てみたら、なんと!宇宙人も真っ青のタコが!じゃなくて、頭髪の巻き添えをくらったであろう眉毛が存在していなかったのだ!
今までは、挨拶して頭を下げ恥を晒して…ハゲを晒していただけが、今度は真正面から、何もせずとも恥を晒す事に!いやいや、脱毛剤被った時点でどこから見てもハゲだから、それは変わらないのか。
だが眉毛は痛いだろう…、しかもおまけ付きでまつ毛まで…あ、抜けてるから『おまけ付き』じゃなくて『おまけ抜け?』『おマヌ毛?』もうどうでもいいや…仕事休もう。おやすみだよ。
かくして、オレの悲劇の日々はこうして始まったのだ。それは考えすぎだよ、とか言われるかもしれないが、違うのだ!考えすぎてハゲたのではなく、『脱毛剤』でハゲたのだ!
まったく、素っ裸で浴びなくてよかったよ。色々ヤバい事になってただろうからな。それだけが救いだ。人前に出れなくなるからな。まぁ、スッポンポンで人前に出るつもりはないが、服の下はトゥルッツルとか、背徳感でいっぱいになるだろうが。は、はずかしッ!
ま、まぁ、思い出してしまい、少し興奮し、暴走してしまったが、あれから10年…オレは今、人前に出れるようにまで回復した。え?あ、いや、回復したのは心だ。見た目は10年前から変わっとらん。
やはり、スキンヘッドは嫌われるのか?それとも怖がられてるのか?眉毛が無い方が怖いと思うが、それはサングラスで隠してるから問題無いと思う…。何だろ?どうも分からんな。
今日は面接の日だ。10年前に仕事を休んでクビになり、そのまま無職なオレだが、就職活動はちゃんとしている。しかし、先方はオレの力を必要としていないと、丁寧な文章で書かれたそれを、大きな封筒でわざわざ送ってきてくれる。
友達が送ってくれるチンケな小さい小さい小さい小さい封筒じゃぁない!大きな封筒でだ!あちらも心を痛めているに違いない。そう、今は暇で人手がいらないのだろう。
しかし、この街はバタバタ目まぐるしく忙しない感じがするのだが、暇だと悟らせない運動でもしてるんだろう。それも街ぐるみで。とにかく、今日は久しぶりの面接だから、気合いを入れなくては。
ハローワークで紹介してもらった会社だが、目の前で見ると、想像より小さな会社みたいだ。しかし、紹介してくれた所員さんが『信用と実績のある会社ですよ』と言っていたし、見た目で判断するクズにはなりたくない。予定通り気合い入れて臨まねば!いざ!
凄くきしむドアを開け、『おはようございます!』と挨拶をする。先日からこれを練習していたせいか、喉がガラガラになっているが、きっと先方もこの努力に気付いてくださるはず!
カウンター越しに見える事務員のお姉さんが、少しビクッとした気がするが、元気が良すぎたのか?だとしたら、ここに来る元気が無いヤツと比べ、オレは活気に満ち溢れているように見えただろう、うん。
「あ、あの…あ!しょ、少々お待ち下さい…」
緊張している様子の事務員さんが、何かに気付いた表情を見せ、奥の部屋へと駆けていった。うむ、面接から気合いの入った、優れた新人が…とか思われたかもしれない。
奥の部屋のドアが、ギィっと音を立て、そこから60前半とみられる男性が姿を表した。この方が多分社長だろう。確か、面接は社長が行うという事だった。
「あ、朝早くから御苦労様です。その…少ないですが、これしか…」
少し元気が無い声でそう話しかけてくれる社長だが、すばらしい!なんといい会社なのか!まだ入社してもいないオレに、早朝から頑張ってるねと労いの言葉を!しかし、差し出された封筒は何だ?
オレはそれを受け取り、中を確認してみた。驚いた事に、中には数十万円入っているのが分かった。そしてオレの脳裏に所員さんの言葉がこだまする。
『信用…信用…用』『実績…実績…績』
おおおお!これは、さっきの挨拶が良かったのか!?伝えてくれた事務員のお姉さん、ありがとう!あれで信用を得たわけだ!そして、これは、まだ働いてもいないのに、オレに期待しているよという、契約金!なのか!プ、プロ野球とかそんなプロの世界だけかと思っていたが、さすが実績のある会社は凄いな。
「あ、あの…そ、それで今日は…お引き取り頂けますか…」
な、なんと!初日のオレを気遣ってのこの優しいお言葉!しかも低姿勢で!感動しました社長!
「分かりました!また明日お願いします!」
オレはそう言い残して、きしむドアを開け帰路についた。ドアが閉まる時に『ま、また明日もですか?』とか、社長のか細い声が聞こえてきたが、社員であるオレに、そこまで気を使わなくてもいいと思う。社長、オレ、頑張ります!
そして、次の日、オレが出社すると、きしむドアには張り紙がしてあった。その紙には『破産宣告…廃業…債権者会議…』等の、理解不能の文字が綴られていた。
け、契約金…返さなくてもいいよね?
お金の部分は妄想ですが、面接で勘違いされた事は事実です。(危ない人に)