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中二兄弟

 ベルカのところに戻ると、案の定、もめていた。


「どうしてこっちじゃないって分かるんだ? なんの確信がある!」


 淵野辺が、イヤミな垂れ目をつりあげて、真っ赤な顔で怒鳴っている。


「普林路くんさ。彼は経験者だ。キミも先程の戦いを見ていただろう?」

「だからって、これからのことまで同じとは限らないだろ!」

「それでは、キミにはどんな確信があるんだい?」

「ぐっ……それは……だが、葉限はかぎりの言葉に従う道理もないぞ!」


 俺に気づいたベルカは、苦笑を送ってきた。

 なるほど、こんな感じの堂々巡りが続いているのだろう。

 付き合うだけアホくさいが、仕方ない。

 ここで分からせておかないといけない。


「おい、淵野辺――」


 前に出ようとしたら、ベルカが手を前にずっと突き出し、俺の動きを制した。

 ここは自分が処理する、とでも言いたげな、涼しい表情だ。

 俺にはマネジメントだけやってくれ、という意思の現れだろう。

 正直、助かる。


「いいかい、これはボクがボクなりに考えて出した結論だ。なにしろボクは委員長だからね。級友諸君の、誰よりも先を歩くべきだと考えている」

「偉そうなことを言うなよ! 女のくせに!」


 淵野辺の言葉に、ベルカは目を丸くしたあと笑った。


「参ったね。キミが下衆な人間だとは知らなかった」


 とくに参っていなさそうな顔で、ベルカが淵野辺を煽る。


「うるさい! 女なんてのは男の後ろを歩いてりゃいいんだよ!」

「キミの好みと、今どっちに進めば生き残れるかというのは、あまり関係がないように思えるな」

「好き嫌いの話じゃない! これは理屈だ。世界は男が作ってるんだからな」


 まあ、こうなったら好きなだけ言わせておいた方がいいのかもしれない。

 すらっとした長身の背筋を伸ばし、余裕たっぷりのベルカ。

 きいきい喚く淵野辺。

 誰がどう見ても、淵野辺の分が悪い。

 口を開けば開くだけ、淵野辺の失点が積み重なっていくだけだ。


「ああ……分かったぞ。そういうことか、委員長」


 不意に、淵野辺が残虐な笑みを浮かべた。

 急所を掴んだとでも言いたそうな顔だ。


「お前、葉限の女なんだな? そうだろう。だから葉限の言ってることに従いたいんだ。それで死ぬことになってもな」


 ……淵野辺に利用価値があるかもしれないなどと、一瞬でも考えた俺がばかだった。

 コイツは底なしのうすのろだ。

 さすがに爆笑するだろと思ってベルカを見る。

 だが、ベルカは、意外な表情を浮かべていた。


「キミは……本当に……」


 苛立ちとか怒りとか悲しみとか、そういうのがごちゃまぜになった顔だった。

 辛くて泣きそうなのに、心から腹を立てている、みたいな。

 いつでも『フフン』みたいな顔をしているベルカのどこに、こんな表情のバリエーションがあったのだろうか。


「本当に、何も見えていないんだな」

「あ? なんだよ? 間違っているとでも」


 いきなりベルカが淵野辺の腹を全力でぶん殴った。


「ぐぶっ」


 淵野辺は腹の底から沸いてきたようなうめき声を上げると、その場に膝をついた。


「今の言葉で、誰と誰を侮辱した? ボクのことは除外してくれて構わないから、今すぐ名前を挙げたまえ」


 そうか。

 あのベルカの表情には、あの感情には、名前がある。

 あれは、義憤だ。


「答えられないのかい? だったらキミとの話は終わりだ」


 答えられないのは、物理的に呼吸できないからだと思う。


「どこへなりとも勝手に行きたまえ。己の信じた道の先で死ぬのであれば、本望だろう?」


 怒りを剥き出しにしたベルカは、小刻みに震える淵野辺に辛辣な言葉を投げかけ、背を向けた。


「やあ、普林路くん。こっちは終わったよ」


 すらっとした長身によく似合う余裕の表情を、ベルカは取り戻していた。


「こっちも終わった。失敗だ」

「参ったね」


 ベルカは、とくに参っていなさそうな顔で言った。


「それと……あー……ありがとな」


 俺と楽姫が付き合っていたとか、そんな事実はない。

 ただ、十年ぐらいずっと一緒にいた。

 それだけのことだ。

 だが、ベルカが俺と楽姫のために怒ってくれたのは、なんというか……うれしかった。


「ボクが彼に腹を立てただけさ。実はボクは日拳をやっていてね。人のみぞおちを殴るのは得意なんだよ」

「いい試し割りになったな」


 ベルカは笑った。


「さて、普林路くんの交渉が決裂した以上、次善の策を打たなければならないね」

「動ける連中で先頭を行くしかない。俺とベルカとライカ……あとは」

「オレやるよ」


 オレンジ色のツンツン髪が手を上げた。

 ティアマット戦ではメイジとしてそこそこ動けていた、相原だ。


「いけるか?」

「へーきへーき! オレなにやらせてもすぐ七十点ぐらい取れっからさ!」


 相原は屈託のない笑顔を浮かべた。

 小柄なコイツのこういう笑顔に弱い女子は多いと聞く。

 それから相原はいたずらっぽい笑みを浮かべて、小声で、


「あとさ、オレほんとは淵野辺のことあんま好きじゃなかったんだよね。なんかすげー、委員長が殴ったとき爽快感あったわ」


 そう言った。

 

 タンクが二枚にヒーラー一枚、DPSが一枚。

 周辺のMOBなら余裕で蹂躙できるだろう。

 ただし、なんの戦闘能力も持たない十数人を引き連れているのでなければ。


「基本方針は変えない。絡んできたアクティブMOBのタゲは俺が全部取る。タゲ漏らしはライカが引っ張ってくれ」

「で、オレがばんばん焼いちゃえばいーんでしょ?」

「その通りだ、あらたくん。ばんばん焼いてくれたまえ」

「よーし、焼くぜー!」


 メイジの武器である両手杖を、相原は景気よくぶんぶん振り回した。


「やめようよ! 立候補すんのやめようよほんと!」

「我が暗黒の力、今こそ解き放つとき……」

「やめろー! 解き放つなー!」


 森の一角が、だしぬけに騒々しい。

 なにかと思ってそちらを見れば、一人の男子生徒がうっそりと現れた。

 その後ろできゃんきゃん喚いているのも、男子生徒。


 うっそりと現れたのは、陰気な三白眼、狩衣かりぎぬ最果さいはて

 その後ろで泣きそうになっているのは、片目を髪で隠した、男だか女だかぱっと見で区別が付かない顔立ちの、吹原ふきはら運命フェイト

 2年F組の“中二兄弟”だと、楽姫から聞いたことがある。


「新月の夜よりもくらき闇の勇者よ。あなたの呼びかけに応えよう。我ら“宵の一統”の命、如何様にも使うが佳い」


 狩衣が、陰気な三白眼を俺に向けた。

 こいつは何を言ってるんだ。


「やめようってば! 死ぬから! これは普通に死ぬやつだから! サイハテが闇の力に覚醒することはないから! ぼくたち宵の一統でもなんでもないし!」


 吹原は必死で喚いている。

 片目隠れが似合う女っぽい顔だちが、半べそでくしゃくしゃだった。


「実に頼もしいことだ。ありがとう、最果くん!」


 ベルカは狩衣の肩をぽんと叩いた。


「ベルカ、言ってること分かるのか?」

「分からないが、助力なんだろう。ありがたいじゃないか」


 狩衣のクラスはアルケミスト、バリアヒーラーだ。

 ロイヤルティとアルケミストのバフを貰えれば、レベル1のタンクでもそうそう落ちないだろう。


「吹原、無理はしなくていい。オマエの言う通り、これは普通に死ぬやつだ」

「そうだよね! 普通に死ぬやつだよね! ああー、でもサイハテが行くならぼくも行くしかないやつなんだよ!」

「我と共に在れ、運命のともがらよ」


 狩衣が、吹原の肩に手を置いた。


「うるさいよサイハテ! もぉー!」

「なんなんだ、オマエら」


 さすがに一言言わざるを得なかった。

 どういう二人組なんだ、コイツらは。


「我らは宵の一統。今は我らが命、報恩の為、昏き勇者に捧げる」

「は?」

「つまり、ぼくたち二人とも、葉限君のためにがんばりますってこと。さっきの戦い、葉限君がいなかったらみんな死んでたもんね。今度はぼくたちが恩返しする番。って、サイハテは言いたいみたい」


 狩衣の意味不明な言葉を、吹原が通訳してくれた。

 俺はぎょっとして吹原を見た。

 なんで分かるんだコイツ。

 

「えと、幼なじみっていうか腐れ縁っていうか。ぼくが通訳で、サイハテがネイティブ中二病スピーカー、みたいな」

「なんか……苦労してんだな」

「慣れたよ。幼稚園の頃からこうなんだ」


 吹原は乾いた笑みを浮かべた。


「ぼくのクラスはブシドー。これって近接メレーDPSでしょ? パーティ構成的にもちょうどいいよね」

「オマエも経験者なのか?」

「いや、ぼくとサイハテはただのゲーマー。ゼロトレはPCのスペックが追っつかなくてやってなかったけど、Insideとか電ファミの開発者インタビューとか、たまに見てた」

「我が知識、昏き勇者を導く闇の輝線となろう。知恵の流れの淀む湖、その水面を我も見つめていたが故に」

「ええと、サイハテはゼロトレのまとめサイトをけっこう頻繁に見てたみたい」

「ゼロトレ速報、ぜろまと、やる夫とクマーのゼロトレまとめ――これこそ、知恵の流れの淀む湖なり」

「すごいな、吹原」


 俺は感心した。


「ぼくはフェイトでいいよ。で、こいつはサイハテでいい。よろしく、葉限君」

「俺もフリンジでいい」

「ふふっ」


 不意に吹原……じゃなくてフェイトが、くすくす笑った。


「ぼくたち全員、中二っぽい名前だ」


 言われて、俺も笑った。


「内心気に入ってるんだ、実は」

「ぼくも」


 俺とフェイトは握手を交わした。


「昏き力、我が暗黒、そしてともがらの剣……必ずや、斬り拓こう」


 握手の上にサイハテが手を重ねた。

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