リーダーシップ
俺とベルカとライカは、生徒たちのところまで戻った。
すると、早くも面倒ごとが生じていた。
「きっとこっちだ! 俺について来い!」
ぐったりする生徒たちの中で、一人、元気のいいやつがいるのだ。
あのイヤミな垂れ目と下まつげは、淵野辺風人。
2年F組の男子生徒に求心力を持つ、自信過剰のナルシストだ。
デカい会社の二代目で、人を引っ張っていくのが大好きらしい。
「あっちなのかい?」
ベルカが俺に聞いてきた。
俺は首を横に振った。
「レベル17のアクティブMOBがいる。絡まれたら一瞬で終わりだ」
淵野辺が即死するのを見守るのと、全員を説得して一人残らずハイアルドまで辿り着くのと、どっちが楽だろうか。
たぶん前者だろうが、そうすれば『見殺しにした』という負債がついて回ることになる。
それは俺の精神にとっても、周りの俺に対する評価にとっても、ろくな結果を生まないだろう。
幸い、生徒たちはまだ全員ぐったりしていて、淵野辺についていこうとする者はいない。
だが、時間の問題だ。
そして、ここでイニシアチブを取らなければ、先々ものすごく面倒なことになる。
さあ、意思決定の時間だ。
この先、どのようにこの連中を育てていくのか。
その方針を、この場で決めなければならない。
「ベルカ、ちょっといいか」
俺はベルカにパーティ申請を投げた。
すぐに承認が返ってくる。
呑み込みが早くて助かる。
HUDから周辺地図を開く。
宙に浮かんだ半透明の地図は、手で掴んで引き寄せることができた。
「見てくれ」
声をかけると、ベルカは俺に肩を寄せた。
「地図かい? しかし、だいたい伏せられているね」
地図は殆どが雲みたいなふわっとしたレイヤでマスクされていた。
「到達したところが順次解放される仕組みだ」
親指と人差し指でピンチアウトして、地図の倍率を変える。
指でなぞって、ハイアルドまでの道を描く。
ハイアルドがあるだろう地点には、フラグ――旗の形をしたマーカーを立てた。
マップは全て暗記しているから、見えなくても問題ない。
「ふむ……ぐるっと回っているように見えるね。なにか意図が?」
「二つある。一つはアクティブMOBの回避。もう一つは到達ボーナスで経験値を入れること。このルートで行くと、東ハイアルド峡谷、東ハイアルド街道の二つを解放できる。それでレベルが2になって、HPも多少は伸びる」
「理解した。死ににくくなるわけだね」
俺はうなずいた。
「レベル1のDPSだと、レベル5のMOBに絡まれてもオートアタック三回で死ぬからな。レベル2だったら、こっちにも助ける余裕ができる。途中まではレベル1のまま突き進むしかないが」
生き残りは、21人。
レイドチームとしては、あまりにも心許ない人数だ。
ここから先は全員に生存してもらう必要がある。
「いいだろう。ボクもできる限り協力する。みんなで生き延びようじゃないか」
「いや、違う。逆だ、委員長」
「逆……?」
「委員長がやるんだ。俺が協力する」
さすがの委員長も、俺の提案には面食らったようだった。
だが、ベルカは聡明だ。
すぐに俺の言わんとしていることに気づいて、重々しく頷いた。
「理解した。ボクがリーダーシップを、キミがマネジメントを。そういうことだね?」
「ああ。俺には友達がいないからな」
2年F組での俺の立場は、つまはじきとは言わないまでも、まあ、自分で言った通り友達はいない。
楽姫が誰に対してもあんな感じで接していたから、おこぼれの形で会話に参加することはあったけど。
そんなヤツが、ちょっと詳しいからってだけの理由でイキって仕切りはじめれば、どうなる?
最初は生き死にがかかっている状況だから、従ってくれるだろう。
やがて安定するにつれて、不満が出てくるはずだ。
わけの分からん生意気なぼっちに、なんでいちいち命令されなきゃならないんだ、みたいに。
だから、ベルカが必要になる。
ベルカの求心力と高い理解力は、リーダー向きだ。
現場に入って人を引っ張り、モチベーションを高く保ち、課題を達成する。
それが、リーダーシップだ。
俺は人を惹きつけるような性格ではないし、そもそも他人がそんなに好きではない。
知識ならあるから、課題を設定し、達成のための道筋を引くのが向いているだろう。
ベルカの言うとおり、これはまさにマネジメントだ。
「頼めるか?」
「もちろん。なにしろボクは委員長だからね。キミも協力してくれるだろう、ライカ」
ベルカは、小柄でメガネの女子生徒の肩を、ぽんと叩いた。
「ベルカがいいなら」
ライカは無表情で静かにうなずいた。
「21人生き残っている。ちょうどパーティ三つ分だ。七人ずつでパーティを組んで、タンクを先頭に歩く。アクティブMOBは俺が引きつけるが、タゲを漏らしたら別パーティのタンクに取ってもらう」
「普林路くんとライカ……あと一人はどうしたらいいかな?」
「それについては考えが――」
「ここに留まっていれば、どんな危険があるか分からない! 俺を信じてついてくるんだ!」
ばかでかい声が、俺の言葉を遮った。
イヤミな垂れ目と下まつげの淵野辺は、全員を死地に送り込もうと根気強く頑張っている。
ここを乗り越えたとして、こいつをどうするかは問題になりそうだ。
このタイミングでイニシアチブを取ることが、今後のリーダーを決める。
それを理解しているのだから、少なくとも目端が利くヤツではある。
上手く利用する方法を探す必要があるだろう。
「ここは頼んだ。うまくやってくれ」
「任せたまえ! なにしろボクは」
「信じてるよ、委員長だからな」
決め台詞を泥棒したら、ベルカはなぜかうれしそうにした。
俺は、さっきから目を付けていたヤツのところまで歩いた。
木にもたれてぐったりしている、天パの小太り。
新横修は、絵に描いたモチみたいな外見のオタクだ。
喋ったことはろくにないが、俺は新横のことを個人的に買っている。
なぜならこいつのリュックに、『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』のキャラのラバーチャームが付いているのを見たからだ。
もう平成すら終わったというのに、小学生の頃にやっていたアニメのキャラと一緒にいる。
それが、何を意味するのか。
コイツは初恋を大事にするヤツということだ。
「話がある」
だが、そんな感傷的な理由で声をかけたわけではない。
「ああ? ああ……葉限?」
新横はきょとんとしていた。
それはそうだろう。
今までほとんど喋ったこともないやつが、こんな状況でいきなり話しかけてきたのだから。
「新横、オマエさ――経験者だろ」
問うと、新横はあからさまに動揺した。
「えっうぇっどゅっ……な、なんで」
「範囲の避け方とスキル回し。死神はテクニカルジョブだろ? MP切らさずきれいにスキルを回せるのは経験者だけだ。それも、そこそこやりこんでるヤツ」
「見て……みっ見てたのかよ?」
「全員の動きを全部見てた。MTだからな」
MTの主な仕事は、敵のタゲを取り続けることだ。
ギミック処理でフィールドのあっちこっちを走り回る機会というのは、案外少ない。
そのせいか、パーティメンバーの動きをよく観察しVCで細かく指示を出す仕事を押しつけられがちだ。
「パーティを三つ組んで、まずはハイアルドまで行くつもりだ。新横がタンクをやってくれると助かる」
リーパーは、OT適性を持つタンクだ。
レベル1でも、MOBの攻撃であっけなく死んだりはしない。
おまけに経験者なのだ。
今、新横以上に頼れるヤツはこの場にいないだろう。
「……む、むりだろ。死ぬ」
だが新横は、俯いたままそう言ったのだ。
「死なない。俺が守る。ベルカとライカもいる」
「げ、ゲームじゃないんだぞ。人が……何人も死んだんだぞ」
「ゲームだろ?」
適切な入力と、適切な出力。
絶え間なくやってくる、意思決定の瞬間。
これはゲームだ。
ゲームだから、俺はやり遂げてみせる。
あいつをなんの慈悲もなく殺してみせる。
しばらく俺は、新横の天パを見下ろしていた。
だが、説得する方法は思いつかなかった。
「分かった」
俺はそう言って新横から離れた。
結局のところ、俺は人と深く関わる方法を知らない。




