東ハイアルド段丘
細切れになった悪夢を、いくつも見ていた気がする。
頬にぬるい風を感じて、それで俺は目覚めた。
割れるような頭痛。
森の中に俺はいた。
近くの木にしがみつくようにして立ち上がる。
周りには、2年F組の生徒たちがいた。
全員、レベル1から着られる“コモン・バトルチュニック”と“コモン・バトルレギンス”に身を包み、途方にくれてうなだれていた。
アストライアの言葉で、分かってはいたが。
現実世界には戻してもらえなかったわけだ。
HUDに注意を向けて、俺は鋭く舌打ちした。
レベルが1に戻っている。
深呼吸して頭痛を振り払おうと努力し、早々に諦め、その場にへたりこむ。
「やあ、普林路くん」
ベルカが来た。
やはりレベル1の装備に身を包んでいる。
「早速だけど聞きたいことがあるんだ。この服についてなんだけど」
「装備には適性レベルがある。あのクソ女神から貰った装備は、たぶんカンストしないと着られないはずだ」
ベルカは視線をきょろきょろ動かした。
HUDを操作しているんだろう。
「参ったね。どうやらそのようだ。適性レベル50。ボクたちは女神にしてやられたわけだね」
とくに参っていなさそうな顔でベルカが言った。
「それと、もう一つ。ここは、どこなんだい?」
植生でなんとなく見当はついている。
ここはきっと、何度となく通った場所だ。
楽姫とふたりで。
「確かめてくる」
俺はよたよたと歩き出した。
森丘に刻まれた坂道を上り詰めると、一気に展望が開ける。
崖から見下ろせるのは、だだっぴろい草原と、海。
沿岸には、宙に浮かぶ岩塊を鎖や橋でつなげた、非現実的な都市があった。
ハイアルド。
プレイヤーキャラクターの開始都市の一つだ。
ここは、東ハイアルド段丘の天辺にある、“ファルコンビーク”。
楽姫とふたりで、よく来た場所だった。
アップデートとアップデートの合間にある、何もやることがないひまな時期。
レイドチームの仲間もインしなくなって、手持ち無沙汰な日々。
俺と楽姫はここに座って、どうでもいいことを延々と話し続けた。
朝日が背後から登り、夕陽が海に沈み、再び太陽が顔を出し――
俺は楽姫の言葉にずっと相づちを打ちつづけ、ときどき自分のことをしゃべった。
――ここ、現実だったらどんな感じなんだろうねえ。
楽姫はそんなことをたまに言った。
太陽の光はあたたかった。
草を踏んづけると、青臭かった。
崖下から吹き上げる風は潮のにおいがした。
大きな鳥が遠くの空を舞っていた。
ハイアルドは遠くにあって、青くぼんやりとかすんでいた。
こんな感じだったよ、楽姫。
俺は呟こうとしたが、声は出なかった。
「普林路くん」
ベルカの声が後ろから聞こえてきた。
「ここはハイアルドだ。周辺のMOBは――雑魚敵は、それほど強くない」
俺はベルカに背を向けたまま、さっきの問いに答えを返した。
ベルカの方は向けなかった。
自分がどんなひどい顔をしているのか、簡単に想像できたからだ。
ベルカからの答えはなかったが、気配は消えなかった。
さっさといなくなってほしかった。
「こっちを……向いてくれないかい」
俺は返事をしなかったが、ベルカも立ち去ろうとはしなかった。
根比べするのもうっとうしくて、俺は振り返った。
ベルカは黙ったまま近づいてきた。
それからいきなり俺を抱きしめた。
「……なんで」
ざらっとした布越しに、ベルカの胸はあたたかく、やわらかかった。
「キミが泣いているから」
振り払うことはできた。
でも、俺を包む暗闇はあまりにも優しくて、抵抗できなかった。
そうか。
俺は泣いていたのか。
「こんなことをする資格がボクにあるのか、これが慰めになるのかは、分からない。だけど……キミの顔を見ていたら、こうしたくなったんだ」
俺はゆっくりと息を吸い、吐いた。
ベルカの心臓の音を聞いた。
ばらばらに砕けそうだった心が、少しずつまとまっていくようだった。
「ベルカ」
ライカの声がした。
「やあ、ライカ。みんなの様子はどうだい?」
俺の背中をぽんぽんしながら、ベルカが問う。
「死にそう」
ライカの答えに、ベルカは笑った。
「的を射ているね。さて、ボクたちはこの後どうすべきだろうか?」
「ベルカに、ついていく」
「ありがとう、ライカ」
俺はベルカを押しのけて、顔を上げた。
だんだん、胸に顔を埋めているのが気まずくなってきたのだ。
「ハイアルドに行こう。都市内なら安全だ」
「なるほど。そして、そこからは?」
ベルカの声に、俺は少し考える。
答えは一つだ。
「アイツを殺す」
俺の声には、どれほどの殺意が込められていたのだろうか。
ベルカは、たじろいだように一歩下がった。
だが、やがて笑った。
「思いつく限りの無惨なやり方で、だね」
――生きて、前に進みなさい。その先に私はいます。
あいつは、そう言った。
そのために、どうすべきなのか。
6500時間の経験が、俺に教えてくれる。
レイドだ。
ダンサーが実装されていなかったことから、ここは恐らく、パッチ1.0の世界。
ゼロトレは三ヶ月ごとにメジャーパッチが当てられ、コンテンツが増えていく。
そして、偶数パッチではレイドコンテンツが実装される。
まずは六ヶ月後のパッチ1.2、“絶対禁域リブラ”の第一層、“ズベン・エス・カマリ”。
そこでは、ゼロトレ初のレイドボス、“澱み泳ぎのアーケロン”がプレイヤーを待ち受けている。
“絶対禁域リブラ”の最終層で、ゼロトレのプレイヤーはアストライアに対峙する。
レイドボスとして、アストライアは俺たちを待っている。
猶予は六ヶ月だ。
それまでに、俺はレイドチームを築き上げる。
“絶対禁域リブラ”に挑み、生き延び、勝つ。
それがどれほど難しいことなのかは、容易に理解できる。
レイドチーム“Disrupter”の運営が安定し、レイドレースに参加できるようになるまで、一年以上かかった。
積極的に高難易度コンテンツに挑みたいという連中を集めてさえ、そうだったのだ。
ゼロトレのプレイヤーさえろくにいないこの連中を、どう育てればいい?
先行きの困難さに思いを馳せると、むしろ笑えてきた。
「どうしたんだい、普林路くん?」
ベルカがぎょっとした。
「人は一人では生きられないって、よく言うだろ。あれ、説教にも皮肉にも使えるんだなと思ったんだ」
ゼロトレの戦闘はパーティ単位だ。
ソロでは、ダンジョン一つクリアできない。
まったく皮肉なことに、人は一人では生きられないのだ。
「もう一つあるよ」
と、ベルカがそんなことを言った。
「慰めさ」
そして再び、俺はベルカに抱きしめられた。
「気に入ったのか?」
俺はベルカを押しのけた。
ベルカは笑った。
「キミも、結構やぶさかでないだろう?」
「ばか言え」
先のことは、何一つ分からない。
だが、あいつは殺す。
楽姫の墓標に、あいつの首を捧げてやる。
俺は崖と陽ざしに背を向ける。
先行きの分からない、暗い森への第一歩を、踏み出す。
VERSE:ZERO-TORERANCE
patch1.0 verse:zero-torerance―慈悲なき詩―
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――而して、天秤は墜ちた。
女神アストライアは開闢以来重みを増し続ける不幸と悪徳に目を背け、その責務を放棄した。
上天より墜ちし天秤は大地へと民を投げ出した。
天秤の此岸に在りし者はコモンウェルスの民として。
彼岸に在りし者はエンパイアの民として。
悪徳と不幸の民は、神知らぬ原罪の地、テッラ・フェルマで生きて死ぬべき運命を背負った。
常命の民は不幸と悪徳の汚泥の中、生きて、子を為し、死んでいく。
いずれ高潔な意志と正義が悪に打ち勝ち、再び神々の恩寵を得られる日が来ると信じながら。
あなたにも、聞こえたか?
これは、神々が民に贈った慈悲なき詩。
エンパイアとコモンウェルス。
天秤の両皿より分離した民は、神の慈悲なき詩を忘れて原罪の地で栄えた。
やがてこの矮小な土地の支配権をめぐる争いに、強大な軍勢が参加する。
“澱み”の支配者、グルザウル航海王子である。
澱みの民はテッラ・フェルマの一部を占拠し、邪悪と夜ごとの悪夢が支配する領域に作り替えた。
澱みが影を落とすこの世界には、冒険者と呼ばれる土地持たぬ民がいる。
自由と冒険と勲を求め、徒党を組んで仲間と共にテッラ・フェルマを駆ける。
あなたは歴史の霧の中から現れたひとりの冒険者だ。
やがてテッラ・フェルマ全土を揺るがすその運命を、今はまだ知らない。
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プロデューサーメッセージ
全世界のオンラインゲーマーの皆様、大変長らくお待たせいたしました。
いよいよゼロトレの世界をお披露目できるということで、僕もわくわくしています。
サービスリリースと同時に、冒険の舞台テッラ・フェルマには数えきれないほどのコンテンツが実装されます。
まずは、重厚な世界観とハードな物語が展開するメインクエストをお楽しみください。
その先には、大量のインスタンスダンジョンとPvE、PvP、スクワッド、ギャザリング、クラフティング、ハウジング……ああもう、語りきれません!(笑)
詳しいお話は10/15に予定しているプロデューサーダイレクト生放送(スタッフ注:ニコニコ生放送、YoutubeLive、Twitchで配信予定です!)で、僕が直接お伝えします!
ご視聴の際はtwitterでハッシュタグ#zerotreを付けてコメントいただければ、他部署に怒られない限りで(笑)、反応します!(まあ、僕は調子に乗りすぎるところがあるので、どうなるかは分かりませんが……)
それでは、皆様とお話できる機会を楽しみにしています!
プロデューサー兼ディレクター 岩田 直樹
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