よかった探し
「普林路くん、指示を出してくれたまえ! 委員長であるボクにも読めない状況だ!」
ベルカが叫んだ。
俺はHUDに意識を向け、ティアマットのHPを見る。
86%。
先は絶望的に長いが、さっきよりはずっといい。
「こいつのHPが75%になったらフェイズ移行だ。それまではギミックがループする」
「ふむ……まずは散開。次は敵から離れる。ボクからのバフを受けた対象者がフィールドの端に行く。ライカにバフをかける。そして、ライカと普林路くんがスイッチする。この順番だね」
「すごー! 委員長すっご!」
楽姫が目を丸くした。
「なにしろボクは委員長だからね! それなら、こんなのはどうだい?」
フィールドの西、東、南に、光の柱が生じた。
全プレイヤー共通の汎用スキル、フィールドマーキングだ。
ベルカはこのゲームを、凄まじい速度で理解しはじめている。
「散開は出席番号で行こうじゃないか。一から十までは西の青、十一から二十までは東の緑、二十一から三十までは南の黄色だ。その先で、範囲を重ねないよう出席番号順にバラけてくれたまえ。非対象者はボクと新くんのところまで。いけるかい、級友諸君!」
張りのある声は、スキルよりもずっと強い力で、生徒たちを鼓舞する。
フィールドの隅で泣いて固まっていた生徒たちは、弱々しくも顔を上げ、うなずいた。
「“郡盲の探り手”来るぞ! 散開しろ! 楽姫と委員長はヒール頼んだ!」
俺が怒鳴ると、対象となった生徒が全力でフィールドマーキングまで走って行く。
文字通り、命がけの状況だ。
地面が盛り上がり、生徒を突き上げる。
同時に楽姫とベルカがヒールを飛ばし、対象になった生徒のHPを戻す。
「次! “光芒”! 離れろ!」
叫びながら、俺は走る。
ライカや、ティアマットにくっついて殴りまくっていた数人の生徒が、範囲から飛び出す。
全てを焼き尽くす光が消え、俺たちは即座にスキルを回しはじめる。
ゆっくりと、しかし確実に、ティアマットのHPは削れている。
「いいぞ、級友諸君! 2年F組は最高だ!」
励ます声に勇気づけられて、泣いていただけの生徒も、武器を手に取る。
もともとティアマットは、七人パーティで相手取る敵だ。
二十人以上で寄ってたかってスキルを飛ばしつづければ、そのHPは凄まじい速度で減りはじめる。
“バイトザダスト”の発動前に、ティアマットのHPが76%を切った。
フェイズ3に移行する。
フェイズが進めば進むほど、ギミックは難しくなっていく。
ワイプを何百回と積み上げ、屍山を登り血河を渡る、ゼロトレのレイドとはそういうものだ。
だが、ワンミスで事実正しく即死するこの状況。
ワイプした戦闘の動画を観て、どこが悪かっただのあそこでああしていればだの言っている余裕はない。
ティアマットのフェイズは、分かっているだけで11。
恐らく、そこで終わりではない。
俺たちのレイドチーム“Disrupter"は、ティアマットのHPを残り25%まで削ったことがある。
全く未知のフェイズがあっても、おかしくはないのだ。
ティアマットの、瞳孔を持たない目が鈍い色に光る。
ギミックの発動準備だ。
「普林路くん!」
気づいたベルカが叫ぶ。
「クラス全員散開しろ! 外周に並べ! 喰らったらすぐに全員中央集合!」
応じて、俺は怒鳴る。
フェイズ3、最初のギミックは“殺意の眼光”。
ティアマットを中心とした大範囲攻撃と、全パーティメンバー中心の範囲攻撃が同時に来る。
範囲が二枚重なれば、消し飛んで死ぬ。
生徒たちは死にもの狂いで走りはじめた。
それは、なんというか、笑ってしまうほど壮観な光景だった。
生徒たちは、範囲を重ねないよう、フィールドの縁にそってきれいに並んでいたのだ。
しかも、出席番号順に。
考えてみれば、学生以上に集団行動を強制されることはないだろう。
出席番号順に並べと言われたら、当たり前のように即応できるのだ。
この瞬間、俺ははじめて手応えを感じた。
「いける……いけるよ、ふーちゃんこれ!」
楽姫も、俺と全く同じことを思っていた。
それが、心から頼もしい。
攻略できる。
俺の意思決定と、ベルカの鼓舞と、楽姫のヒールと、生徒たちの反応。
ティアマットをぶち殺し、生き延びることができる。
“殺意の眼光”が発動し、目が眩むほどのエフェクトがフィールドを照らした。
焼けるような痛み。
「せーのでみんなヒール行くよ! せーのっ!」
楽姫が音頭を取って、ヒーラーたちに仕事をさせる。
過剰なほどのヒールで、痛みも傷もたちまち消える。
光が引くと、すぐに次のギミックが待っている。
“ロアリングオブデス”。
ランダムに選ばれた一人中心の範囲攻撃。
一撃のダメージは重く、そのまま受ければもちろん死ぬ。
対象に取られたのは、シャーマンの橋本華。
「えっ? これ? え、まんなか行っていいやつです?」
頭上に浮かぶ真っ赤で不吉なマーカーに、橋本は面食らってベルカを見た。
「シェアダメージだ! 早く来ないと死ぬぞ!」
なりふり構わず、俺は絶叫した。
「しぇ、しぇあ……です?」
「いいから急げ!」
橋本の愚鈍さと、MMORPG用語が通じないもどかしさとで、頭が焼けそうだった。
範囲の中に入ったメンバーの数だけ、ダメージが分散する。
シェアダメージ、あるいは頭割りと呼ばれるギミックの一つだ。
“ロアリングオブデス”の場合、ヒーラーを除くパーティメンバー五人が範囲に入ってようやく即死を回避できる。
だが、ことここに至って、橋本は一人でぽかんと突っ立っていた。
走って行くことはできた。
範囲に飛び込むことはできた。
だが、俺一人が行ったところで、二人とも死ぬだけだった。
肌が恐怖に粟だった。
俺は今、命の選別をしなければならない。
橋本を殺し、残りの二十二人で生き延びなければならない。
意思決定をしなければならない。
「あ、ああああっ!」
恐慌に駆られた橋本が、悲鳴を上げながら、ようやくこっちに向かって走り出した。
“ロアリングデス”の着弾まで、あと五秒。
間に合わない。
範囲の端に何人か引っかけ、まとめて死ぬだけだ。
「ちぇあっ!」
気の抜けたかけ声。
神楽鈴が鳴った。
こっちに向かって走っていたはずの橋本が、なぜか、フィールドの端にいた。
その横に、楽姫がいた。
ヒーラーのスキル、“アトラクション”を使ったのだ。
効果は、対象プレイヤーを自分のもとまで引っ張ってくる。
「楽姫!?」
「いやあ、転んじゃいまして……しかも二回もだよ!」
楽姫はへらへらした。
地面に思いきりぶつけたのか、鼻の頭がまっかだった。
転んで、集合に間に合わなかった。
それはいい。
そんなことはどうでもいい。
「なんで、こんな時まで……!」
楽姫には、頭割りに飛び込むくせがあった。
見捨てればよかったのだ。
橋本が死んでから集合すればよかったのだ。
取り乱した何人かは頭割りに引っかかって死んだかもしれない。
それでも、楽姫は生き残れたはずだ。
俺の表情から全てを読み取ったのか、楽姫は、穏やかな苦笑を浮かべた。
「いやあ、なんかみんな困ってる! って思ったらつい……」
かける言葉はなかった。
逃げろの一言さえ、出てこなかった。
もう間に合わないのだと俺は分かっていた。
楽姫も分かっていた。
6500時間の経験で、理解できてしまっていた。
「でも、よかったねえ。これでみんな――」
楽姫と橋本は、飛び上がったティアマットの放つブレスに呑み込まれた。
存在していた痕跡すら残さず、きれいさっぱり、消え去った。




