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ヴァース:ゼロトレランス―MMORPGに囚われた2年F組は復讐を誓うー  作者: 6k7g/中野在太
PatchX.xx  prologue―選ばれた子どもたち―
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意思決定

 ティアマットの前肢が通り過ぎた場所には、何もなかった。

 一拍遅れ、俺めがけて何かが降ってきた。

 なまぬるくて、べたべたしている何かだった。


 それは、さっきまで菊名だったものだった。

 人体としてのまとまりを失った、六十キロ前後の肉と血だった。


 頭だったものが、足だったものが、内臓だったものが、ばちゃばちゃと音を立てて降り注ぐ。

 俺は、肉と血の集中豪雨を浴びながら、茫然と突っ立っている。

 

 その瞬間、理解した。

 口の中に流れ込んできた血の、錆の味で、理解した。


 これは夢なんかじゃない。

 事実正しく、目の前で、菊名が死んだ。


 視界の端、女子生徒がへたり込み、何度かえづいて嘔吐しているのが見える。

 ティアマットが、ヘイトをその女子生徒に向ける。

 あの金髪ツインテールと生意気そうなツリ目は、宇多うた貴音たかねだったか。

 闇色のロングコートはDPS、銃士ガンナーのもの。

 マスケットを抱きしめ、しりもちをついたまま、力ない瞳をティアマットに向けている。


「やだ……こないで……むりぃ……」


 宇多は震えながらなんとか後ずさりしようとした。

 だが、宇多が五秒かけて稼いだ数センチを、ティアマットは身じろぎだけで詰めていった。


「ああっあああああ! あああっ……!」


 宇多が絶叫した。

 ティアマットが、再びオートアタックの構えを取った。


「ふーちゃんタゲ取って!」


 楽姫の声で、我に返る。

 タゲを取る。

 何百回聞いて、何千回口にした言葉だろうか?

 タンクのスキルでヘイトを引き受け、攻撃のターゲットになる。

 それが俺の、タンクの、ダークナイトの仕事だ。


 視線をスキルに合わせて、発動しろと念じる。

 口の中はからからで、威勢良く声を上げられるような勇気なんかどこにもない。


 しかしとにかく、スキルは発動した。

 体は勝手に動いて、見慣れたインフレイムの発動姿勢を取ってくれたのだ。


 ティアマットのヘイトラインが、こちらに伸びる。

 山のように巨大な竜が、地響きを立てながら俺に向かってくる。


 逆光が体のあちこちに影を落とすティアマットは、死ぬほど恐ろしい。

 今すぐ逃げ出したい。

 だが、体は勝手に次のスキルを選んでいる。


 1.5秒に一度の意思決定。


 スキルを繋いでコンボを決め、ヘイトをキープする。

 バフスキルでダメージを抑えながら、ティアマットをフィールドの北方向に引っ張っていく。


 ティアマットのオートアタックが、俺に降り注ぐ。

 剣の腹で受け流す。

 爪の一撃は、ダメージを俺の肉体に明確な痛みとして刻む。


「ちぇあ!」


 楽姫の変な声と、鈴の音。

 シャーマンのヒールが飛んできて、べっこりへこんだ俺のHPを戻す。


「助かる、楽姫!」

「助けるともさ!」


 さすが6500時間を共にした俺の相棒だ。

 あまりにも頼もしい。


「でもシャーマンのスキルぜんぜん分かんないから覚えながらやるからがんばるから!」


 ダメだこいつ、めちゃくちゃテンパってる。

 ぐるぐる目になってる。


 タンクとヒーラー。

 とりあえず、大丈夫だ。

 ティアマットはHPが95%になるまで、オートアタックしかしてこない。

 その間に……その間に、何をすれば良い?


 俺と楽姫を除いた連中は、ただただ、泣きわめいたり吐き戻したりしている。

 目の前で級友が死んだのだ、その反応は当たり前だ。

 だが、タンクとヒーラー一枚ずつでは、ティアマットを落とせない。


 レイドのパーティ構成は、タンク2、ヒーラー2、DPS3。

 七人が完璧に連携しなければ、こいつのHPを削りきることはできないのだ。


 スキルを回しながら、俺は深呼吸した。

 絶え間なく俺を襲う痛みを意識の外に追いやりながら、考える。


 とにかくこの状況を切り抜けなければならない。

 そのためには、ティアマットを倒さなければならない。

 そのためには、パーティメンバーが必要だ。

 だが、どうする?

 ゼロトレのことなど何も知らない連中に、何ができる?


「ふーちゃん! フェイズ移行するよ!」


 楽姫が叫び、俺はティアマットのHPゲージに目をやった。

 ゲージはわずかに削れ、今、ティアマットのHPは96%。

 オートアタックだけのフェイズ1が終わり、ここからが地獄の本番。

 即死ギミックが連発される、フェイズ2。


 どうすればいい?

 どんな意思決定が、俺たちの命を救う?


「あ? なに? これ……え?」


 パラディン装備の男子生徒、子安幸助。

 そいつの頭の上に、緑色の不吉なアイコンが浮かぶ。


「え、こ、コースケ! なんかあたしにも……!」


 ロイヤルティ装備の女子生徒、古淵恋。

 子安のカノジョである古淵の頭の上にも、子安と同じアイコン。


「散開だ! 離れろ! お前ら古淵と子安から離れろ!」


 俺は絶叫した。

 あのアイコンを、俺は知っている。

 プレイヤーキャラを中心とした範囲攻撃だ。

 一撃なら耐えられるが、プレイヤーキャラが距離を取らず、範囲が重なれば、ダメージは二倍。

 タンクだろうと確実に死ぬ。


「え、なに、うわうわうわ!」


 危機感のない叫び声を上げながら、子安は古淵に向かって走って行った。


「コースケ!」


 古淵も、子安の元に向かう。


 子安と古淵は伸ばした手の指先を絡めた。

 直後、地面が、耳障りな軋む音を立てながら垂直に盛り上がった。


 ティアマットのスキル、“郡盲の探り手”。

 パーティメンバーのうち、ランダムに選ばれた数人中心の範囲攻撃。

 楽姫が、メンバーのヒールに夢中になりすぎ、よく喰らっていた。

 空中に跳ね上げられながら即死する楽姫のキャラクターを見て、笑っていた。


 もう二度と、笑えない。


 円錐状に突き上がった地面の先端に、二つの死体が突き刺さっていた。

 円錐は、古淵と子安の脊椎を貫き、内臓をぐちゃぐちゃに引っかき回し、へその辺りから飛び出していた。

 二人は、へそを中心に折りたたまれたみたいに、円錐にへばりついていた。


 突き出た地面が引っ込む。

 古淵と子安は、四肢を人形みたいにぐにゃぐにゃさせながら落ちてきて、潰れた。

 血の臭い、焦げた内臓の臭い。


「楽姫ッ!」

 

 俺は叫んだ。

 茫然としている暇はない。

 “郡盲の探り手”発動直後に、全体攻撃が来る。 

 全体攻撃の後は、再び、別の範囲攻撃が。


「ううっ……うううう!」


 楽姫は涙をぼろぼろこぼしながら、歯を食いしばり、神楽鈴を握り直した。

 全体攻撃に合わせて、範囲回復のスキルを発動しなければならない。

 更にその直後、ティアマット中心の範囲攻撃。

 更にその直後、DPS一人の大きな範囲攻撃。

 更にその直後、タンクへの強烈な一撃。

 回復のタイミングを間違えれば、また、誰かが死ぬ。


 ティアマットが吠えながら足踏みを始めた。

 全体攻撃“アクティブソナー”の予兆だ。


「足踏み三回!」

「全体回復!」


 俺が叫び、楽姫が応える。

 強烈な青白い発光と、皮膚が焦げる痛み。

 そのすぐ後、完璧なタイミングのヒール。


「完璧っ!」


 叫ぶと、楽姫は泣きながら無理に笑おうとした。

 俺は楽姫に頷きを返し、ティアマットに向き直る。


「……いいっ加減にしろよテメー!」


 級友の誰かが叫び、剣を構えてティアマットに突進してきた。

 

 関内かんないがい、バトルマスター装備で身を固めた男子生徒が、ティアマットに向かって突っ込んでくる。


「ゲームだろこんなん! だいたい分かるわこんなん!」


 と、関内は意外にもきれいにスキルを回しはじめた。

 バトルマスターの基本コンボをしっかりと決め、ティアマットのHPを削り始める。


「葉限! おまえこのゲーム知ってんだろ! どうすればいいか教えろ!」

「今すぐ離れろ!」


 地面が不吉なオレンジ色に光る。

 ティアマット中心の範囲攻撃、“光芒”の予兆だ。


 範囲から抜け出そうと、俺は全力で走る。

 遅れて、関内も走り出す。

 予兆の発生から攻撃発動までは一秒もない。


 俺は振り返らなかった。

 背中が焼けるほどの光量を感じながら、振り返らなかった。

 光の柱に呑み込まれ、関内は死んだろう。

 高熱で、死体も残らないぐらい焼き尽くされて。


 光が消えたら取って返し、ティアマットのタゲをキープする。

 俺の心は、麻痺している。

 あまりにも立て続けすぎて、死の価値がデフレしてしまったのだろう。

 さっきまで関内の体だった灰を蹴立てても、なんの感情も沸いて来ない。


 きっと俺もここで死ぬのだろう。

 楽姫のMPが尽きるとか、スキル回しを間違えるとか、そんな理由で。

 6500時間のプレイ経験がくれたのは、一つの権利だった。


 2年F組の中で、一番最後か、あるいは最後から二番目に死ぬ権利だ。

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