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コック

 往復して生徒を全員運びきったところで、元気そうな外跳ねセミロング女子、桜木が俺のそばに寄ってきた。


「ねえねえ、クエストでもらったお金でみんなにごはん作ろうって話になったんだけど、やっていい?」

「いいな。ろくなもん食えてないし、うまいやつ頼んだ」

「お、ありがとー! しゅっと作ってくるぜ! 行くぞー!」


 桜木が拳を振り上げ、俺に目配せをしてきた。

 俺は無視した。


「行くぞー! でっでっでででで!」


 俺は無視した。


「ふーむ……おほん」


 桜木は咳払いをして、俺に向き直った。


「あたしが『行くぞ-! でっででででで!』って言いますから、皆さんはそれに答えてください。はい普林路くん速かった。どうぞー!」


 桜木はこっちに両手を向け、てのひらをヒラヒラさせた。

 笑点かよ。

 ユーチューバーだけあって、ツイッターでバズるネタみたいな絡み方をして来るなコイツ。


 俺は無視した。


「むううう! カイさんの真似はしてくれたのに!」

「なんか、フられると意地でもやりたくなくなるんだよな」

「あ、なんかそれ分かる! 生配信でもさー、あの口癖やってって言われると急に照れるんだよね」

「あー、『悪手あくしゅー! これ悪手ー!』な」

「ひ、ひえええ! やめて! なんでここはノっかるの!」


 グイグイ来るくせに死ぬほど防御力低いなコイツ。

 俺が思わず笑うと、桜木もにっこりした。


「じゃー、作ってきまっ!」


 桜木はたたっと走っていった。


「普林路くん、みんなへの状況説明はだいたい終わったよ」


 と、今度はベルカがやって来た。

 俺と桜木が茶番を楽しんでいる間に、話を進めてくれていたらしい。

 有能すぎる。


「ありがとな、委員長」

「それで、ここから先はどうするんだい?」

「ここから東にある“ワイルドホッグ監視塔”でマウントを入手する。マウントってのは、馬みたいなもんだと思ってくれ。移動速度が上がって、たいていのMOBを振り切れるようになる」

「怯えながらうろつく必要がなくなるわけだね」

「マウントを入手したら、そのまま最後のホームタウン、ガメイに行く。これで、1.0時点での全てのクラスを取得できる。それでようやく、ゲームスタートだ」

「先は長そうだね」


 ベルカは苦笑を浮かべた。


「たすけてー! たすけてふりえもーん!」


 と、桜木が泣きながら走ってきた。

 ボケが信じられないぐらい雑なので、切羽詰まっていることがわかる。


「お、お金! お金足りなかったあ! ぜんっぜん足りなかったあ!」


 出かける前に気づけなかったのか。


「“チェストナッツ・ポタージュ”ぐらいなら人数分いけるだろ。なにを作るつもりなんだよ」

「肉!」

「無理だな。“オナガシギ”を人数分は買えない」

「ううー! 普林路くん、クエスト受けよ! 絶対になんかつくる!」

「おい、冗談だろ。今から俺はガメイに行くんだよ」

「行くぞー! でっでっででで!」

「だから……」

「でっでっでででで!」

「あのな、桜木」

「でっでっでででで!」

「……か、かーん」


 俺が根負けしたわけではない。

 誰かが、桜木に答えたのだ。


「……ふひひっ」


 にちゃっとした笑みを浮かべて、今にも泣きそうな猫背で、大口が立っていた。


「あ、あー! 大口さんじゃーん! どしたどした!」


 桜木は、早かった。

 呆気に取られた表情を一秒たりとも浮かべず、即座に走って行って大口の手を取った。

 びっくりした表情を見せたその瞬間に大口が心を閉ざすと、瞬間的に判断したんだろう。


「あ、あの、お、おかっお金っ……」


 きつく目を閉じて、拳を強く握って、大口は言葉を絞り出した。


「さっくっくえっ、サブクエ、受けた、からっ……みんなの、食べるもの……」

「ありがと! 一緒につくろうね!」

「アッアッ」


 桜木は大口を引っ張って駆けだした。

 気弱な大型犬を散歩するみたいに。


「やるじゃないか」


 アーケード街に消えていく二人を見守る俺の背中が、ばしっと叩かれた。


「なんだよ、委員長」

「きっと上手くいくよ。キミがいれば」

「なに言ってるんだ? 俺は見捨てたんだよ。大口が勝手に戻ってきただけだ」

「ふっふっふ」


 委員長は俺の頭をぽんぽん撫でて、生徒たちの輪の中に戻っていった。


 撫でられた頭を、ぐしゃぐしゃっとかきむしる。

 ああ、ほっとしたよ。

 当たり前だろ、よかったって思ったよ、悪いかよ。

 俺は甘ったれだ。


「わー! 道わかんないのに先行っちゃった! サブクエどこ!」

「アッアッ、こ、こっち……北区……」

「わからーん! 大口さん連れてって!」

「うっ……うん!」


 走る大口と、目が合った。

 桜木に引っ張られてつんのめりながら、大口は俺に向かって笑った。

 花が咲くように、にっこりと笑った。

 思わず俺は、笑い返していた。

ひとまずここでおしまい。

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