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淵野辺風人

――ハイアルド――



 “ハイアルド記念公園”に戻ると、生徒たちが全員揃っていた。


「お帰り、普林路くん。無事でなによりだよ」

「なにより。おかえり」


 まっさきに声をかけてきたのは、ベルカ。

 隣のライカも、珍しく自分から俺に声をかけてきた。


「言祝ごう。昏き勇者の帰還を」


 サイハテも、いつもの調子だ。


「あれ? 大口さんは?」

「置いてきた」


 俺が短く答えると、訊ねた桜木は怪訝そうな顔をした。


「大口は、2年F組から逃げたがっていた。だから安全な場所まで連れて行った。それで、俺たちと大口の関係は終わりだ」


 自己弁護するつもりも、大口を庇うつもりもない。


「置いてきただって?」


 誰よりも早く俺の言葉に反応したのは、イヤミな垂れ目と下まつげ。

 淵野辺だ。


「本気で言ってるのかよ? こんなところに置き去りにされて、生きていけるわけないだろあの鈍くさい女が。残酷なヤツだな」

「そうかもしれないな」

「聞いたか? 聞いたよな! お前は見捨てたんだ。鈍くさくて使えないから。俺たちだって、いつ見捨てられるか分かったもんじゃないよな?」


 なるほど、淵野辺の戦術が分かってきた。

 誰かを殊更に糾弾することで敵を作り、味方との結束を高めるのか。

 いつどんな時代も確実に有効な戦い方だ。

 敵も味方もないこの状況ではまるっきり無意味だが、後々のことを考えると恐ろしくはある。


「淵野辺、それオマエが言えた口か? 大口が逃げたのはオマエのせいだろ。聞いたぞ、オマエにイジメられてたってな」

「勘違いだろう。見捨てたのは葉限だ」


 淵野辺は救いようのないアホだが、この全く悪びれない態度は素直にすごいと思う。

 堂に入ったサイコパスだ。

 こういう奴は、案外、他人に信用される。

 なにしろあまりにも堂々としているので、周りもだんだん、正しいのはサイコパスの方なんじゃないかと思いはじめてしまうのだ。


 潰すか、取り込むか。

 意思決定の時間だ。


「分かったよ。俺のことが信用ならないなら――」


 俺は決定的な言葉を口にしようとして、


「二人とも、落ち着きたまえ」


 ベルカに遮られた。


「いいかい、ボクたちは飢えているんだ。議論の前にするべきことがあるだろう? 普林路くん、みんなを連れてパインガーデンに向かってくれたまえ」


 肩をベルカに叩かれて、我に返る。

 俺は今、『見捨ててやるよ』みたいな、挑発的な言葉を口に出しそうになっていた。

 淵野辺は俺の失言を見逃さず、瞬時に間合いを詰めてきたことだろう。


「その通りだな。分かったよ、委員長」


 俺は6500時間ゲームをやり続けただけの単なる廃人で、相手は大企業の二代目。

 コミュニケーション能力とかリーダーシップみたいな点では、淵野辺の方が俺よりも強い。

 残念ながら、それは認めざるを得ない。

 ベルカと違って、腹パンで黙らせることもできないし。


「メンバーはどうする? 委員長が選んでくれ」

最果サイハテくん、運命フェイトくん、貴音たかねくん、さくらくん、ライカ。ボクは残るよ」

「分かった」


 俺は五人にパーティ申請を飛ばした。


「悪い、助かった」


 小声で、ベルカに声をかける。


「キミの仕事はボクたちを導くこと。ボクの仕事は道中の掃除。最初にキミが言ったことだよ。そして、ボクを選んだキミの判断は正しい。そうだろう?」


 ベルカは俺の耳元でささやき、涼しげな笑みを浮かべた。


「頼んだよ」


 トレード画面が開かれ、俺はベルカからルスタを受け取った。

 

「じゃあ、行ってくる」


 俺たちはパインガーデンにファストトラベルした。



 一瞬の暗転。

 視界が開ける。


「おおー! めっちゃ森じゃん! すご!」


 桜木が第一声をあげた。


「往古の知恵、眠りし場所……?」

「うん、遺跡っぽい建物がたくさんあるね、サイハテ」

「暗黒魔道を更なる高みへと昇らせる、きざはしを我は求めん」

「えーと、クラスチェンジしたいの? このゲームってたしか上級職はなかったはずだよ」


 サイハテとフェイトは、例によって二人の間でだけ通じる会話。


「落ち着いた場所ね。アタシ、こういうところの方が好きだわ。静かで、視界が開けてなくて」

「同じく」


 宇多の言葉に、ライカが相づちを打つ。


「俺は生徒たちを連れてくる。その間に、みんなはコックとハンターのチュートリアルクエストを受けておいてくれ。フェイトだけは、ブシドーとメインのチュートリアルもな」

「あ、それ! そうそう、なんかハイアルドで、メインクエストできない人たちがいたんだよ」


 桜木が言った。


「最初に選んだクラスのホームタウンでしか、メインは受注できないからな。ベルカがチャットで言ってた問題ってのも、それだろ?」

「そうね。アタシもサブクエストしか受注できなかったわ」

「ガンナーはガメイだな。もう一つのホームタウンだ」

「あまり遅れを取るのは好きじゃないんだけど……仕方ないわね」

「安心しろ。すぐにガメイに向かうことになる」


 俺がそう言うと、全員げんなりした表情を浮かべた。


 クエスト受注箇所を説明し、パーティを解散したら、ハイアルドに取って返す。

 “渡し船”だ。


「淵野辺、次はオマエだ」

「……」


 パーティ申請を投げる。

 淵野辺は、嫌味なタレ目と下まつげを俺に向けようともしなかった。

 いつか、俺はコイツと正面衝突する気がする。

 どちらも性格上、互いを我慢できるとは思わない。


 リスクマネジメントについて、もっと考えなければならないだろう。

 あのクソ女神を殺すためには、淵野辺の力でさえ必要になるかもしれない。


 俺たちは無言でパインガーデンに飛んだ。

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