パインガーデン
パインガーデンで受注できるメインクエストのチュートリアルは、“フォレストモス”三体の討伐。
レベル1かつノンアクティブのMOB相手だ、さすがに遅れは取らない。
“パインガーデン北区”で、ハンターとダークナイトのチュートリアルクエストも受注する。
どちらも、クラス習得に必要な“ソウル”と装備一式を受け取るだけで終了。
“中央市街”でのコックチュートリアルクエストも同様。
想定よりも少し早く、九十分ほどで片付いた。
これで俺のステータスは、ダークナイトレベル3、ハンターレベル1、コックレベル1。
オールカンストの上、全ての最強装備を揃えていた時代が、もはや懐かしい。
「三十分あるか……サブクエ二つ潰せるな」
適性レベルかつ、“中央市街”内で完結するサブクエを頭の中で見繕う。
ダークナイトのレベルを4にした上で、130ルスタほど浮きそうだ。
その可処分所得は、食材購入に使える。
まあ、二十人分ともなると“チェストナット・ポタージュ”一杯ぐらいしか選択肢はないが。
巨大な塔の遺跡をそのまま利用した“ホテル・パインアンドフロスト”の足元には、市場が広がっている。
木造建築をずらりと並べ、上からばかでかい帆布をかぶせた、いわゆるアーケード街だ。
カーペンターのクラスクエストを受注できるだけあって、不潔感や危うさはない。
市場全体が、めちゃくちゃな建て増しでアメーバのように広がっているという設定だが、導線はきちんとしているし、全体的にこざっぱりしているのだ。
ゼロトレをはじめたての頃、楽姫と一緒に意味も無くあちこちを探検して回った。
市場でクエスト発注NPCを探していると、褐色肌の猫背が目に入った。
大口は、リクガメみたいにのそのそした歩き方で、所在なげにうろついていた。
どうやら、マップを頼りに何か探しているらしい。
だが、マップをひっくり返したり、縦に持ったり横に持ったり、あっちに行こうとして引き返し、またあっちに行こうとしては立ち止まり……傍目にもどんくさい。
この辺りをうろついているということは、おそらくコックのクラスクエストを受注しようとしてるのだろう。
“ホテル・パインアンドフロスト”の最上階だが、どうやら大口は、あのばかでかい塔が目に入っていないようだった。
「まだNPCがいなかったのか、1.0」
記憶の中では、たしか塔の入り口にNPCがいて、呼び込みをしていた気がする。
『分かりづらい』みたいなユーザーフィードバックが多かったのだろう。
うろうろする大口の姿を見ていると、納得がいく。
だが、もう大口に使う時間はない。
もし本当に困ればtellを飛ばして来るだろうし、それすら思いつかないほど要領が悪いのであれば、どの道どこかで死ぬだろう。
この世界は非寛容だ。
不適切な入力には、不適切な出力。
俺は大口に背を向け、ようやく見つけたNPCからクエストを受注した。
ものの二十分でサブクエを二つ潰せた。
再び、今度は“チェストナッツ”を購入するため市場に足を運んだ俺は、唖然とした。
大口が、まだうろうろしていたのだ。
戦慄するほど要領が悪い。
無視しようと思った。
この先ずっと世話を焼きつづけることはできないのだ。
どこかで関係を断ち切る必要があるし、それは今だろう。
大口はしゃがみこんで、腿の上に頬杖をつき、ぼんやりと空を見上げた。
「おなか、すいた……」
大口にとっては、なんでもない一言だったのだろう。
疲れ果てて、思ったことをそのまま口にしただけだったのだろう。
だけどその言葉は、何よりも閉じ込めておきたかった過去を、俺に思い出させた。
六歳の頃の夏祭り。
近くのマンションに引っ越してきたばかりの楽姫。
神社の境内とか、アセチレンランプの色とか、笛の音とか。
手水場にうずくまっていた楽姫は、今の大口と、全く同じことを言った。
そして俺は、その言葉を耳にしてしまった。
「……ああー!」
俺は頭をかきむしった。
どこまで甘ったるいんだよ、俺は。
「大口!」
「んひぃいいい!」
大口は奇声を上げ、尻餅をついた。
「コックのクラスクエはこっち!」
「アッアッ」
「ほら、立てるか! こっちだ!」
俺は大口の手を掴んで引っ張り上げ、そのまま“ホテル・パインアンドフロスト”まで連行した。
階段を駆け上がり、最上階のレストランに向かい、調理場に突入する。
「で! こいつに話しかける!」
「アッアッ」
【なんだ? 素人がこんなところまで入ってきやがって。ウチの料理に感動したか?
ほう、その目……是が非でもウチの味を盗んでやりてえって面構えじゃねえか。
いいぜ、ウチは来る者拒まずだ。素人だろうがジャイアント・フォレストベネソンだろうが、料理のイロハを一から叩き込んでやる。
まずは受付のフローレス嬢に話しかけな。オマエさんの適性を見てもらえ】
「な、なんっ、話、勝手に……適性? 適性って」
「そういうものなんだよ。レベル40のクラスクエでは知らん内に料理対決をすることになってる。で、こいつに話しかける」
レストランの入り口まで大口を連行し、NPCの前に立たせる。
【あらあら、また料理長が拾ってきちゃったのね。誰が面倒を見ると思っているんだか……
コホン。あらためて、あなたにコックの素質があるかどうか、調べるわね。
む、ムムム……これは!】
「えっなにっなにっ」
いきなり大口の体が光り出した。
【おめでとう! あなたにはどうやら適性があるようね。輝く“ソウル”こそがその証!
いいわ、まずは第一試験突破というところね。このマルチパンをあげるから、しばらく料理の腕を磨いたらまたこちらへいらっしゃい】
アチーブメント獲得! オーナ大口は『料理道、そのはじまり』を獲得した。
システムメッセージが流れた。
これでコックのチュートリアルクエストは終了だ。
「次にUIを開いて自分の装備画面を出してみろ。右下の枠に『テイマーのソウル』が装備されてるだろ」
「うっ、あ、うん」
「その枠を選択したらインベントリが開くから、『コックのソウル』を装備。今もらった装備一式に着替える」
「アッアッ……でっ、できたっ」
「よし。できたな? 次は実践だ」
俺は大口をタゲって、汎用スキル“トレード”を実行した。
ハンターのクラスクエで手に入れた“オナガシギ”と、さっき市場で買った“岩塩”を大口のインベントリに押しつける。
「なっなにっなにっ」
「黙ってOKを押せ。そしたら、“クラフティング”のスキルを実行しろ。製作可能なレシピが表示されているはずだ」
「あっ、まっ、これっ、“シギ焼き”?」
「選択して実行すれば終わり」
大口は目をきょろきょろと動かして、どうにか“シギ焼き”に辿り着いたらしい。
実行した瞬間、大口の全身が光った。
レベルアップ! オーナ大口はレベル2になった。
「以上。いいか、今度こそ最後だ。じゃあな」
俺は自分を呪いながら塔を駆け下りた。
こんな甘ったれが、レイドチームを作ってエンドコンテンツに挑むと息巻いているのだ。
失笑以外のリアクションがまるで期待できない。
人数分の“チェストナッツ”を購入して、“チェストナット・ポタージュ”を作って、ファストトラベル。
もうそれ以外のことは考えなくていい。
市場に飛び込み、NPCに話しかけ、“チェストナッツ”を購入――しようとしたところで俺はため息をついた。
さっき“岩塩”を大口に渡したせいで、金が足りなくなっていたのだ。
ふて寝したくなってきた。
Squad 葉限普林路:ハイアルドに戻る。
チャットにそれだけ入力し、俺はさっさとファストトラベルした。




