トリアージ
「……報告しないとな」
寝てる場合じゃない。
俺は気力を振り絞ってチャットウインドウをアクティブにした。
Squad 葉限普林路:生存。大口も無事。難所攻略。そちらは?
Squad 小金井鐘火:お疲れ様。こちらは少々問題ありだけど、詳細は合流後でも大丈夫。
Squad 狩衣最果:昏き勇者の英雄譚、詩として永久に語り継ごう――
Squad 吹原運命:あ、これサイハテの一番の褒め言葉だね。
Squad 葉限普林路:まとめて了解。まだ厄介なところは残っている。引き続きチャットは無しで。
Squad 桜木さくら:ねーこれスタンプないの?
Squad 葉限普林路:アスキーアートなら貼れる。
Squad 桜木さくら:おー! 練習しとくね! やる夫できるかな! ではでは後ほど!
鉄火場を潜り抜けた俺と、この温度差だ。
なぜだかほっとしている自分がいる。
チャットの間に落下ダメージは回復し、痛みも消えた。
「大口、すごいな。よくあの状況で――」
仰向けの大口に声をかけ、途中で言葉を失った。
大口は、目を腕で覆い、泣いていた。
「しっ、しねっ、死ねな、かった……死ねなかった……!」
大口は泣いていた。
悲劇のヒロインとして死ぬ機会を、失って。
これからも無様に生きていくしかない自分が、そこにいて。
だから、泣いていた。
どんな言葉をかけるべきなのか、まるで分からなかった。
もし“モールドゴーレム”の感知範囲があと数メートル広かったら、大口は死ねていただろう。
俺を庇って、散ることができたのだろう。
自分の生に、意味を与えることができたのだろう。
生き延びてしまうことは、ときどき、死ぬことより残酷だ。
俺は立ち上がった。
痛みはもうどこにもなくて、体は元気そのものだ。
「俺は行く。大口は、どうする」
命を選別しなければならない。
意思決定しなければならない。
大口がどんな決断を下すにせよ、俺はパインガーデンを目指す。
「…………わっ、わかん、ない」
俺は歩き出した。
しばらくしてから、足音が聞こえた。
大口が俺の横に並んだ。
俺たちは無言で歩き続けた。
やがて胞子が薄れ、草や木の姿が現れはじめた。
到達ボーナスを獲得した!
――霧原の森 西部――
“背骨山脈”の麓に広がる“霧原の森”。
背の高い木々は間伐が行き届いていて、下草の刈られた地面には木漏れ日が揺れている。
さわやかな森の香り、蛇行しながら森を貫く松花川の流れる音。
“澱み”を抜けた後では、何もかもがありがたい。
植生が、どっしりした針葉樹からひょろ長い松に変われば、すぐにパインガーデンだった。
あるかなしかの柵の脇には、剣を腰に提げた立哨がいる。
【やあ、冒険者君!
ここは遺跡都市パインガーデンだ。ところでジャイアント・フォレストベネソンにはもう出会ったかい?
あいつは性悪だから、うかつに近づかないことだよ】
立哨の言葉が、チャットウインドウに流れる。
俺たちは無言で歩を進めた。
――パインガーデン――
古代文明の名残を随所に感じられる、深き霧原の森。
この原生林の中にあって松がはびこるのは、遺跡都市、パインガーデン。
住民は、大樹に飲み込まれた古代文明の遺跡を住居に利用して生きている。
以て学術都市を自認するパインガーデンの主な産業は、知識の輸出である。
古い時代の東方文明に存在したクラス、忍者や武士の秘奥は、ここで授かることができるだろう。
また、“澱み”の拡大により武装の必要性に駆られた彼らは、ガメイの“盾持ち”に倣って独自の騎士団を作り上げた。
黒い鎧を着込む彼らは、暗黒騎士と呼ばれる。
しかしながら、古き時代よりパインガーデンの誉れと云えば、優秀な狩猟師を選抜した弓士であろう。
近年では、パインガーデンの指導者層にのみ受け継がれてきた癒しの秘儀も一般の民に開放され、巫術師は着々とその数を増やしている。
全ては、テッラ・フェルマの力を結集し、“澱み”をこの地より一掃するため。
ごく一般的なパインガーデン住民は、森に生きている。豊かな恵みをもたらす霧原の森は、素晴らしい狩猟師を育む。
仕留めた獲物を美味しくするのは、調理師の仕事だ。あなたが観光客であれば、ホテル・パインアンドフロストの鹿料理を食べずに帰るべきではない。
膨大な遺跡群の影に隠れ見落とされがちではあるが、大工の仕事ぶりは高く評価すべきである。パインガーデンの指導者層、“巫覡”たちが住まう“神和閣”は、テッラ・フェルマ随一の木造建築だ。
「さて、まずはチュートリアルだな」
パインガーデンはダークナイトの開始都市だ。
チュートリアルクエストは、ここで受注することになる。
パインガーデンからハイアルドまでのファストトラベルには、320ルスタ必要だ。
メインクエストとクラスクエストのチュートリアルで、それぞれ100ルスタ得られる。
ハンターとコックのチュートリアルで、60ルスタずつ。
これで片道分。
21人いる2年F組を7人ずつの3パーティに分けてパインガーデンまでファストトラベルすれば、960ルスタ。
しかし、“渡し船”が必要なので、実際は4パーティを運ぶことになる。
俺がハイアルドに飛ぶ分を除いて、2240ルスタ必要になる。
Squad 葉限普林路:パインガーデン到着。総資産は?
Squad 小金井鐘火:2600ルスタ強。普林路くんにサブクエストの場所を教えてもらったおかげだね。ありがとう。
Squad 葉限普林路:助かる。こっちはいくつかクエストをこなす。二時間後にはそちらに行くぞ。
Squad 桜木さくら:行くぞ-! でっでっでででで!
Squad 桜木さくら:かーんは? かーんって誰か言ってよ!
Squad 桜木さくら:言って!!!!
Squad 桜木さくら:かーん
なんだこの独り相撲。
気の毒ですらある。
Squad 葉限普林路:草
気の毒だったが面倒だったので雑にリアクションして、チャットを打ち切る。
問題は、残り一つ。
「大口、これで最後だ。これから、どうする?」
改めて、問う。
これで最後という言葉を強調して。
やはり、大口の答えはない。
当然だろう。
コイツにとっての今は、なんというか、望まぬ余生みたいなものだ。
「……とりあえず、“パインガーデン北区”の“レット精肉所”ハンターの、“中央市街”の“ホテル・パインアンドフロスト”でコックのチュートリアルクエストだけはこなしておけ。二つを抑えておけば、飢え死にすることはない。じゃあな」
俺はパーティを解散し、チュートリアルクエストを受注するため、歩き出した。
大口は着いてこなかった。




