シルフィード
俺の問いかけに、大口はしばらくぽかんとしていた。
「どっこれっ、えっ? これっこれから?」
おいおい、ここできょとんとするのかよ。
なんのために、大口をスクワッドに誘わなかったと思ってるんだ。
「逃げたんだろ、2年F組から」
「ん、うん、逃げた……」
「淵野辺がいるから」
「あっだっそれっ、そう、それ、も、ある」
それ『も』ある、か。
「そうだよな。それだけじゃない。誰も大口のことを、助けてくれなかった。きっとこれからも助けてくれない。大口はそう思ってる。だから逃げたし、だから俺についていこうとした」
大口はうつむいて、ちょっとの間、無言でいた。
「……ふひひっ」
こっちに向けられた大口の顔には、にちゃっとした笑みがへばりついていた。
「そっあのっ、それは、ワタシが、言わなかったから……たすけっ助けてって、誰にも……」
「関係ないだろ、それ」
俺は大口の言葉を遮る。
「言った言わないじゃない。自分勝手だろうと理不尽だろうと、大口が俺たちを恨んでいるかどうかだ。俺たちに怯えてるかどうかだ。で、大口は俺たちを恨んでるし、俺たちに怯えてる。違うか?」
大口は返事をしなかった。
頑なに、にちゃっとした笑みを浮かべ続けた。
大口をいじめてきた連中に、俺が苛立つ義理はない。
コイツの言う通り、助けを求められたわけではない。
打ち明け話を聞かされるほど仲が良いわけでもない。
だが俺は、腹を立てている。
他人にこんな笑顔を浮かべさせるようなクズに。
クズがのさばる社会と人生に。
「大口のクラスは、テイマーだったな」
「えっうぇっ? な、なんで……」
「見てたからだよ。動きは悪くなかった。あれならギミック処理もできる。パニックさえ起こさなきゃな」
「アッアッ」
「テイマーはペットジョブだ。各種精霊を呼び出して一緒に戦うことができるから、DPSの中では群を抜いてソロでの継戦能力が高い。俺たちと一緒にいるのが嫌なら、ソロでやればいい。ダンジョンに行く時はtellを飛ばしてくれれば、協力できる。もちろん、優先順位はあるけどな」
何を言っているんだか。
自分でも呆れてしまう。
一人も欠かさずレイドチームに育てると言っておきながら、その口で、貴重な人材を在野に放とうとしている。
「…………」
大口は答えようとしない。
当然だろう。
自分の意見を表明できるような機会を、これまでことごとく圧殺されてきたのだ。
「“コンペレーションi”ってスキルがあるだろ」
「こん……?」
「DPS型の精霊、“シルフィード”が呼び出せる筈だ。使ってみろよ」
「あっでゅっでもっだっ、むっ、『むーたん山に捨ててこい』みたいな」
コイツ詳しいな。
「精霊はMOBに感知されない。攻撃でヘイトが向くことはあるけど、こっちが指示しない限りは勝手に動かない。大丈夫だ」
「ん……うん」
大口は瞳を動かして、スキルを実行した。
俺たちの周囲に光のパーティクルが発生し、一点に収束すると、精霊の姿になった。
身長は前腕の長さぐらい。
蝶のような羽根をせわしく動かし、宙に浮いている。
「わっあっなんっこわっ!」
精霊にまとわりつかれた大口は頭を抱えた。
確かに、想像よりもやや大きくて、怖い。
南米の蛾みたいだ。
解像度1080Pのゲーム画面で視認できるサイズ感が仇となっている。
シルフィードの“風の護り”
チャットウインドウに文字列が流れ、シルフィードが八の字に舞った。
春のような柔らかい風が吹き、足下に溜まっていた胞子が吹き飛ばされた。
大口を中心とした半径二メートルほどの円形に、地面が露出する。
「……なるほど」
「えっえっ? んなっ、えっ?」
「精霊は呼び出された際、主人を対象にしたバフスキルを実行する。シルフィードの“風の護り”は防御力5%上昇だが……こういうことなんだな」
風を纏うことで防御力を上げる。
これまで、フレーバーテキストとしか思っていなかった。
「よかったな、大口。これで横になれるぞ」
俺はさっそく地面に横たわった。
たしかに硬いが、立っているよりは遙かにましだ。
「でっでもっこれっ、怖っ、なんか……」
シルフィードは、大口の頭の上で憩っている。
羽根をゆっくりとぱたぱたさせているのが、絶妙に蛾っぽくて薄気味悪い。
「気持ちは分かるが、引っ込めないでくれ。“コンペレーションi”のクールダウンは60秒だ。一回ひっこめたら、一分は再使用不可能ってこと。一分も胞子を吸い込み続けたら、二人ともむせて死ぬぞ」
「うううう……」
「本陣突破は明日の朝。大口も寝ておけ。おやすみ」
俺は腕を枕に横寝の姿勢になり、さっさと目を閉じた。
このまま話を続けていたら、大口に苛立ちをぶつけ、強引に答えを引き出してしまいそうだったから。
生き方について他人に説教するヤツが嫌いだし、自分がそうなることを考えるのもおぞましい。
しばらくしてから、がさごそと音が聞こえてきた。
背中に体温を感じた。
大口も横になったのだろう。
それから、どれぐらいの時間が経ったのだろう。
切れ切れに夢の断片が沸いては消えはじめた頃。
「……ねた?」
大口の声で、俺は覚醒した。
「ねっ、寝た、よね?」
ああ、寝てるよ。
面倒だから朝になるまで待ってくれないもんかね。
「あ、あの、ワタシは、しっ、その、ずっと、だれの役にも立てなくて、だから……しっ、死にたいのかも」
その言葉は、俺を一発で覚醒させた。
「こっ、ここなら、かっこよく、死ねそうだから」
俺が何か言う前に、大口は言葉を続けていた。
つっかえながら、訥々と。
「だっ、誰かに優しくしたいって、役に立ちたいって、思ってるの。でっでも、できなかった……これっからも、できない、と、思う、だから」
振り返ろうとした。
何か言葉をかけようとした。
だが、大口は、俺の背中にそっと手を当てた。
目を覚ますなとでも、言いたげに。
「いっ一度、だけでいい。一度だけ、だっ、誰かの……ハカギリ君の、役に立てれば……」
大口は、MOBのタゲを取って、死ぬつもりなんだろう。
その間に俺が逃げ切ればいいと思っているんだろう。
死に方っていうのは、選べるようでいて、そうではない。
老衰、病死、他殺、追い詰められた末の自殺。
どれも自分で選んだものではなく、不可抗力か、無理矢理選ばされたものだ。
だから、死に方を選べるというのは、ある意味では理想的なのかもしれない。
まして、“ヒロイン”が“主人公”を庇って死ぬのだ。
人生の終わらせ方としちゃ、最高じゃないか。
…………ふざけんなよ。
「ガバの話はするなって言ったろ。練習での成功率は九割だったんだよ」
俺は大口の手を払い、寝返りを打った。
「あっでゅっあっいやっ、いっ今のは、RTAのじゃなくて、そのっ」
「今度も成功する。完璧にな。なんならtwitchで配信してやっても良いぐらいだ」
「アッアッ」
「だいたい、本番でも二回目で上手くいったろ。ロスはたったの二分……いや90秒。誤差だよ誤差」
額がくっつきそうなほどの距離で、俺はまくしたてた。
「分かったな? 下らないこと言ってないで、寝ろ」
俺は寝返りを打って大口に背を向けた。
ふざけんなよ。
二度も三度も、命と引き替えに救われてたまるか。
「は、ハカギリ、君」
「なんだよ。寝てるよ」
いきなり、やわらかいものが俺の背中に当たった。
考えるまでもなく、大口の胸だった。
大口の腕が俺の体に回された。
俺の心臓はバクンとばかでかい音を立てて跳ねた。
「ごっごめってあっ手汗っ」
たしかに、コモン・バトルチュニックは一瞬にしてくちゃくちゃになった。
この服の素材は、山苧麻だったか。
吸水性はまるでなく、大口の手汗が肌まで直行してきている。
汗のぬるさが、生々しく人肌を感じさせる。
大口は、俺の襟足のあたりに鼻先をつっこんできた。
なまあたたかい息がうなじにかかって、背中がゾワゾワする。
「あっあのっありがっ、ありがとう……てっ手汗、ごめんっ」
謝るならするな。
「……ひっ、人肌、あったかい」
大口が喋るたび、背中がゾワゾワした。
勘弁してくれ、なんでこんなことになるんだ。
「あのな、大口」
振り返ることもできず、声をかける。
「んん……すぅ……」
大口は寝息を立てていた。
そう来たか。
俺も目を閉じた。
眠れるはずがないと思っていたが、そんなこともなく。
たちまち疲れが噴き出して、しびれるような眠気が全身を包んだ。
ぬるい泥に沈んでいくように、俺は眠りに落ちる。




