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RTA

「あ、あの、ハカギリ君」

「なんだ?」


 俺はチャットウインドウから顔を上げた。


「は、ハカギリ君、ゼロトレ詳しすぎ疑惑が」

「そりゃ、6500時間もやってるからな」

「で、でも、こんな、ここまでは普通じゃない気が……」


 大口の言いたいことは分かる。

 ゼロトレにフィールド狩りの旨味はないし、ファストトラベルも充実している。

 こんな、一度通るか通らないかみたいな土地のMOBの位置まで完璧に把握しているというのは、我ながら異常だろう。


 だが、これはあまり言いたくなかった。

 なんというか、ゼロトレ好きすぎるにも限度があるだろう、みたいな話だからだ。


「……RTAだよ」

「あ、あーる、てぃー……? え、それ、『はい、よーいスタート』の……?」

「見てる動画に偏りがあるな」


 RTA、すなわち、リアルタイムアタック。

 どれだけ速くゲームをクリアできるかを競う遊びだ。


「1.0のメインクエストRTAで、俺は世界記録を持ってる。走者は三人しかいないけど」


 パッチ間の何一つやることがない時期を調査に当てること、一年。

 チャートを練り、試走を繰り返すこと三ヶ月。

 俺は『ゼロトレ メインクエスト1.0RTA 7:13:34』の記録を打ち立て、タイトルホルダーとなった。

 twitch配信での視聴者は300人ぐらいだったが、後日ニコニコ動画に投稿したら50000再生ぐらいされた。


「アッアッ」


 また大口が読めないリアクションをした。


「みっ、見たこと、ある」

「えっウソだろ」


 俺は思わず、大口に顔を向けた。

 

「ほんとっほんとにっ! 思い出した! このゲームだった! 見た! おもしろかった!」

「プレイしたことのないゲームのRTAなんて、見るもんなのか?」

「ッ見る!」


 力強く言い切られた。


「ネタすごい面白っ面白くて本気ガチ勢っぽいのにすごい失敗ガバがあって語録使い方うまくて解説丁寧でワタシすっごい笑ったの! おもしろかった!」

「おい、あんまり興奮するな。そしてガバの話はするな」


 プレイ開始から四時間を過ぎた辺りで頭が回らなくなり、六時間を過ぎたところで、よりにもよってボスバトルの最中に一瞬気絶したのだ。

 俺は眠ったままコントローラのスティックを倒し、プレイヤーキャラクターは入力通りフィールドをまっすぐ歩いていった。

 目を覚ますと、自キャラがフィールド内の穴に落ちて死んでいるところだった。

 その場面には台風並の最大瞬間風速でコメントが押し寄せ、画面を覆い尽くした。

 不適切な入力には不適切な出力、というわけだ。


「あのっあの、毎日ワタシしんどくて生きるのすごいイヤで、ワタシだけなんにもできないような気がして……でもゲームすごく上手くて面白い人でも変な失敗とか普通にするんだって思ってだからすごい笑ってね、でも泣いちゃったの! ゆっ許されたって、いうか、みんな失敗するんだって思って!」

「分かった、分かったから」


 大口は俺の手を取り、めちゃくちゃな早口で話しはじめた。

 

「おもしろかったあ……ほっ、ほんとっ、おもしろかった……」


 かと思ったら、しみじみしはじめた。


「ううう、うううう……」


 かと思ったら、泣きはじめた。


「あ、ありがと、ハカギリ君」


 そして感謝された。

 俺はどうすればいいんだ。


「分かったよ、大口。観てもらえてうれしい。先の話をするぞ」

「うん!」


 無理に話題を変えることにした。

 なるほど、自分のやったことに言及されると、こんな風に照れくさいのか。

 『ひのひー』の気持ちが少し分かった気がする。


 俺はミニマップを立ち上げ、手に取った。

 俺と大口の現在位置は、丸いアイコンで示されている。


 マップをピンチアウトし、表示領域を拡大する。

 とある一点に、俺はフラグを立てた。


「澱みの本陣だ。ここには、どうしても避けられないMOBが一体いる」

「えっそれっ死ぬっ死ぬんじゃ」

「RTA、見たんだろ?」


 大口はしばし沈黙し、考え、思い出し、まっさおになった。


「アッアッ」

「思い出したか? あれをやる。できなければ死ぬ」

「て、ていうか、ハカギリ君、死んでた……」


 痛いとこ突いてくるなコイツ。


「ガバの話はするな。練習じゃ成功率九割だったんだよ」


 よりにもよって本番で失敗し、俺のプレイヤーキャラクターは即死した。

 『再走しろ』とか『イキリライトの末路』とか『親譲りのガバ』とか、辛辣なコメントで画面が埋め尽くされた。

 いま思い出しても少し落ち込む。


「それにロスは二分もない。あんなもん、誤差だよ誤差」


 俺は意地になってまくしたてた。

 我ながら、顔が真っ赤だ。

 大口はぽかんとしている。


「……あー、その、なんだ」


 大口の絶句で我に返った俺は、咳払いをして取り繕った。


「最大限、アシストはする。さっきも言ったように、失敗したら俺は見捨てる。大口も、見捨てろ。できるな?」

「うっうん」


 目が泳いでいる。

 まあ、俺にできるのは念押しだけだ。

 俺が失敗してコイツが助けようとして、共倒れになったとして。

 それはコイツの責任だろう。


 それからは、俺たちの間に喋るべきことなどなかった。

 俺たちは隣り合って崖にもたれかかり、二つの月の下を薄い雲が滑っていくのを眺めた。

 時刻は午後十一時。


Squad 葉限普林路:朝五時まで寝る。

Squad 小金井こがねい鐘火ベルカ:おやすみ。今日はボクたちも野宿だ。現在総資産1800ルスタ強。なんとかなるものだね。

Squad 桜木さくら:地面硬い……

 

 桜木もチャットの使い方を覚えたようだ。


Squad 葉限普林路:もうそこまで稼いだのか、無理するなよ。寝床なら、下層の“跳ねるイワシ亭”にベッドがある。二つだけ。


 返信すると、しばらく間があった。


Squad 桜木さくら:勝ったああああ! しゃああああ!

Squad 葉限普林路:は?

Squad 桜木さくら:じゃんけん! あたしとライカちゃん!

Squad 吹原ふきはら運命フェイト:おとなしく地面で寝るよ……


 俺は笑った。

 悪しき平等主義に陥ることなく、じゃんけんで勝負を決めたか。

 それでいい。

 みんな仲良く辛い思いをするよりは、よっぽどいい。

 どうやったのかは知らんが、ベルカはうまく生徒たちをコントロールできているようだ。


「あ、の、さっきから、独り言……?」


 大口が、おずおずと訊ねてきた。


「チャットだよ。音声入力なんだ」


 俺はスクワッドについて説明した。


「あっそっぎっ、ギルドみたいのあるんだもんね」

「ああ」


 頷いてから、少し迷ったけど、


「大口は、これからどうするんだ?」


 そう問うことにした。

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