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ヴァース:ゼロトレランス―MMORPGに囚われた2年F組は復讐を誓うー  作者: 6k7g/中野在太
PatchX.xx  prologue―選ばれた子どもたち―
2/28

ティアマット

 なるほど、これは夢なのだろう。

 なぜなら俺は、ゼロトレのキャラクターメイキング画面にいるからだ。


 奇妙な感じだった。

 画面を見下ろす自分と、画面の中にいる自分が、矛盾なく同居しているみたいな。

 間違いなく夢だ。


 誕生日だとか信仰だとか所属する国家レルムだとかを適当に決めていき、クラスの選択画面で俺は首を傾げた。

 そこには、各ロールの説明と、選べるクラスが表示されている。



ロール:タンク


 あなたの責務は敵の攻撃を引き受け、パーティメンバーを守ることだ。

 強い責任感とリーダーシップが問われるクラスである。

 誰よりもはやはしり、誰よりも先に会敵し、誰よりも多くのダメージを受けるのだ。

 パーティを率いて、敵を殲滅せよ。


「ガメイの“盾持ち”どもをひねり潰せ! そうすりゃ俺たちの勝ちだ!」 ――“澱み”の指揮官、テューベン・ベグの最期の言葉


 聖騎士パラディン 暗黒騎士ダークナイト 逃亡騎士フォールンナイト


 死神リーパー 忍者ニンジャ 海賊バッカニア



ロール:ヒーラー


 あなたの責務はパーティメンバーの回復ヒール強化バフだ。

 兵站なき軍団が無力であるように、回復なきパーティもまた無力である。

 戦場の全てを把握し、傷ついた仲間に立ち上がる力を与えよ。

 あなたの慈悲の心こそが、憎むべき悪に対しての無慈悲な一撃である。


「あの鈴の音が聞こえた瞬間、私の四肢には再び力が漲り、気づけばジャイアント・フォレストベネソンはばらばらになっていたんです。ちょうど食べやすい大きさの肉片にね。ええ、今食べているのがそれですよ」――休暇中のパインガーデン衛兵


司祭プリースト 巫術師シャーマン 賢者フィロソフィア


王族ロイヤルティ 錬金術師アルケミスト



ロール:DPS


 あなたの責務は敵を徹底的に痛めつけ、殲滅することだ。

 そのために、味方の強化バフや敵の弱体化デバフを試みることがあるだろう。

 殴り倒せ。

 切り裂け。

 焼き尽くせ。


「おれたちは大嵐テンペストのように襲いかかり、大騒動テンペストを繰り広げた。そいつらは泣きわめいてテンペスト・オブ・ウィーピング命乞いをした。おれたちはそいつらを一まとめにして、冬の暴風テンペストが吹き荒れるハイアルド湾に叩き込んでやった」――ハイアルドの用心棒バウンサー、“死地求め”のボラン・ゴラン

 


 武士ブシドー 戦士バトルマスター 用心棒バウンサー


 銃撃手ガンナー 弓手レインメーカー


 精霊使い(テイマー) 魔術師メイジ



 もちろん、俺が選ぶのはダークナイトだ。

 問題は、そこではない。

 いくつかのクラスが足りないのだ。

 吟遊詩人バード魔法騎士ルーンナイトと言った人気クラスも、楽姫のクラスであるダンサーも、だ。


 おそらく、もっとも初期のバージョンに存在したクラスしか選択できない。

 バードはバージョン2.0で、ルーンナイトは3.0で追加された。

 ダンサーはサービス開始ローンチに実装が間に合わず、二週間後に当てられたパッチ1.05でプレイできるようになった。


 考えてもしょうがない。

 その後の細々した設定を終えると、視界が暗転し、気合いの入ったプリレンダムービーが流れはじめた。



――而して、天秤は墜ちた。


女神アストライアは開闢以来重みを増し続ける不幸と悪徳に目を背け、その責務を放棄した。

上天より墜ちし天秤は大地へと民を投げ――スキップ。



 スタート画面でしばらく放置すると流れるやつで、ゼロトレの舞台、テッラ・フェルマの創世神話だ。

 ざっくり要約すれば以下の通り。


 その昔、人類は上天という天国みたいな世界にいて、女神アストライアの持つ天秤の皿の上に住んでいた。

 しかし人類はあんまりに悪さをするので、うんざりしたアストライアは、彼らを天秤ごとテッラ・フェルマに放り捨てた。

 テッラ・フェルマは原住民がはびこる未開の地であり、上天で平和にやっていた連中にとって、ものすごく非寛容ゼロトレランスかつ生きづらい世界である。

 人類は、また上天に戻れる日を夢見ながら今日も生きている。

 つまるところは、よくある原罪と楽園追放についてのお話。


 さて、これでいよいよゲームがスタートするはずだ。

 それにしても、この夢はどこまで続くのだろうか?


 長い暗転。


 視界が開ける。


 -CONTENTS START-


 そんな文字が、緞帳が開くようにゆっくりと持ち上がっていく。


 目の前には、でかくて赤くて悪そうな顔のドラゴン。

 円形のフィールドは緑色のラインに縁取られていて、触れれば即死。


 唖然とした。

 これは、二週間前から昨日の夜まで必死でやってきた、最新にして最難関のレイドコンテンツじゃないか。

 正式名称は『“大深度暗黒遺構アルシーヴ”第一層 モールズネスト』。

 ボスの名前は“盲眼睨み”のティアマット。

 夢の中でまで、俺はこいつを倒したいのか。

 俺はもしかして、ゼロトレのことを好きすぎるのでは?

 今更ながら、自分の人生を振り返ってしまう。


「ふ、ふーちゃん……だよね?」


 声がして、振り向いて、


「あはははは!」


 俺は爆笑した。

 そこにいるのは間違いなく楽姫だったが、その格好が面白すぎるのだ。

 巫女装束に、神楽鈴かぐらすず

 シャーマンクラスの装備だ。


「わ、笑った! 出会い頭に笑いましたよふーちゃんが!」

「だってオマエ……巫女じゃん!」

「ふーちゃんこそ鎧じゃん!」


 指摘されて気づいた。

 俺はダークナイトの装備一式を着込み、両手剣を背負っているのだ。


「うわ、なんだこれ。爆笑だな」

「そんなことないよふーちゃんかっこいいから! でもできれば出会い頭に『かわいい』的なこと言ってほしかったよ!」


 楽姫はキレながら褒めた。

 どう反応していいのか分からん。


「なんかダンサーが選べなかったんだよ! シャーマンなんてレイドで出したことないよ!」


 楽姫は両手をぶんぶん振り、神楽鈴がしゃんしゃん鳴った。


「これは……どうしたことかな」


 別の声がして、辺りを見回す。

 2年F組の面々が、思い思いの格好で途方に暮れていた。


 いま呟いたのは、クラス委員長のベルカだった。

 分厚いマントの下に、露出度の高い服。

 手には王笏おうしゃく

 ロイヤルティの女性専用装備だ。


「参ったね、ボクはとんでもない夢を観ているらしい。自分にこんな願望があるとは知らなかったな」


 自分の装備を見たベルカは、とくに参った顔もせず、客観的に呟いた。


「平気だよ。似合ってる」


 副クラス委員長のライカは、小柄な体を、パラディンのごつい鎧で覆っていた。


「夢……そっか、夢かあ」


 楽姫が腑に落ちた顔をする。

 それから、俺に向かって意地悪な笑みを向ける。


「ふーちゃん、ちょっと確かめてみよっか」

「はいはい」


 ほっぺをつねるとか、それぐらいベタなやつだろう。

 俺は呆れながら顔を突き出した。


 楽姫が俺に向かって手を伸ばす。

 その手は俺のほっぺを通り過ぎて、首の後ろに回される。

 楽姫の顔が、ゆっくりと近づいてくる。


 次の瞬間、俺は額に強い衝撃を受けてのけぞった。


「あいたー!」


 楽姫がおでこを抑えてうずくまっている。


「え、痛……え?」


 俺はそんな楽姫を見下ろし、途方にくれた。


「ううう……失敗した……やったことないから失敗した……」


 いや、頭突きとしてはけっこう成功の部類に入ると思う。

 すげー痛いし。


「でも分かったよふーちゃん。顔をこう、ちょっと傾けなきゃだめなやつなんだね!」


 立ち上がった楽姫が、なんか分からんが前向きなことを言った。

 なんのつもりだ。


「よーし! 次こそ成功させる! ふーちゃんじっとしてて!」


 なんのつもりだ。


「うわーやべー、ドラゴンじゃん! 完全にFFなんだけど!」


 と、誰かがでかい声を上げた。

 菊名だ。

 軽装鎧と片手剣は、戦士バトルマスターのもの。

 ふらふらとティアマットに近づいていく。

 FFじゃねえよ。


 バトルマスターのロールはDPS、防御力は紙同然だし、HPもタンクの半分以下。

 あのままだと、ティアマットの通常攻撃オートアタックで即死するだろう。

 それはちょっと、夢見が悪くなりそうだ。


「何したいのか分からんけど、後にすっか」

「むうう……無念」


 楽姫はしゅんとしたけど、直後、すぐさま笑顔になった。


「でもふーちゃんはえらいねえ。夢でもそうそう体を許さないんだもんね! 起きたらほめてあげるね!」


 前向きすぎる。

 楽姫は『よかった探し』の天才なのだ。


 俺は両手剣を抜くと肩に担ぎ、ティアマットめがけて走った。

 しかし、少しばかり、遅かった。


 ティアマットが体の向きを変え、菊名に正対する。

 赤く光る放物線が、ティアマットから発して菊名に向かう。

 ティアマットが、菊名に敵視ヘイトを向けたのだ。


「え? うわ、近くだと怖っ!」


 菊名は未だにへらへらしている。

 一瞬後、自分がどうなるかも知らずに。


 スキルアイコンやホットバーなんかの情報画面(HUD)は、視界の中にある。

 向こう側が透けるような半透明だ。

 視線を合わせたスキルが浮かび上がった。


 挑発インフレイム

 半径十五メートル以内の敵のヘイトを引き受ける、タンク専用のスキルだ。

 だが、浮かび上がったスキルアイコンはグレーアウトしている。

 距離が足りないのだ。


「……間に合わないか」


 インフレイムの射程距離レンジに突入する前に、ティアマットは動き出していた。


 ティアマットが、ばかでかい前肢を振り上げる。

 三本指の先端には、俺の体よりも遙かに巨大な、黒曜石色の爪。


「あ……やばくね?」


 体重を乗せた、前肢の一撃が菊名を捉える。


 俺は、菊名が消えたのだと感じた。

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