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オーナ大口

「大口か」


 このラテン系女子は、オーナ大口。

 2年F組の生徒だ。


「何をしてるんだ? なんで草むらに?」


 問うが、大口は答えない。

 にちゃっとした笑みを浮かべたまま、手いたずらを続けている。


 見た目こそ国際的なモデルみたいな大口だが、教室では全くといって良いほど目立たない。

 まず、誰とも喋らない。

 しかも、いつもタブレットでなにか観ている。

 イヤホンを、埋まるんじゃないかってぐらい耳にきつくねじ込んで。


 俺は地面に突き立てた両手剣に体重を預け、大口の答えを待った。

 答えが一分なければ、置いていこうと思った。


「そ、その、逃げっ……なん、その、逃げて……」

「逃げる? 大口が? 何からだ」

「みっ、みんなっ、から」

「みんな? クラスの?」


 大口は頷いた。


「は、ハカギリ君も、そのっ、ソロっソロで?」

「は?」

「だっ、だから、これから、ソロで旅をするの?」


 ぽかんとしてしまった。

 だが、俺の沈黙を何と勘違いしたのか、大口は草をかきわけてこっちに歩いてきた。

 きつい猫背で、その歩き方は、なんていうか、亀みたいにのさのさしていた。


 大口が俺の前に立った。

 デカいなコイツ。


「わ、ワタシも……ワタシも、連れていって!」


 大口が俺の手を取り、ぎゅうっと握りしめた。

 それから、


「ふ、ふひっ」


 にちゃっとした笑みを浮かべた。

 手汗すごいなコイツ。


「あー……」


 色んな情報を、頭の中で総合する。

 コイツがなんでクラスで一人ぼっちなのか。

 生徒たちから逃げてきたという発言。

 俺が、ソロで冒険を始めようとしているんじゃないかという誤解。


「誰にだ?」

「ふひっ……?」

「これまで、誰にイジメられてきた?」


 大口は全身をびくりと震わせた。

 掴まれたままの大口の手が、一瞬にして氷みたいに冷たくなった。


「あ、そのっ、まっ、教室ではそんなことなくて、委員長さんがいるから、でも、ラインとか、家にっ、家、家に、来たり、とか……」

「陰湿な連中だな。で、どこのどいつが?」

「まっ、町田さんとか、菊名くん、とか……矢部さん、あと、ふ、淵野辺くんっ」

「淵野辺グループか」


 今挙げられた生徒で、生き残っているのは淵野辺だけ。

 あのイヤミな垂れ目と下まつげが求心力を発揮できていないのは、取り巻きがだいたいティアマットに殺されたからだ。

 もし菊名や町田あたりが生き延びていたら、状況は変わっていたかもしれない。


「よかったな、イジメてきた連中はだいたい死んでるじゃないか。淵野辺も、今オマエにどうこうする気力はない。ハイアルドに戻って、ベルカを頼れ」


 手を振り切ろうとしたが、力が強い。


「でっでもっ、ハカギリ君は、そのっそのっ、ソロで、冒険するんでしょ? きっキリトみたいにっ! だからワタシ、いっ一緒! 一緒に!」


 そこを解決しなくちゃならないのか。

 そういえばコイツがタブレットで熱心に観ていたのはアニメだった。


 現世でダメだったヤツが異世界召喚なり転生なりしたところで、いきなり行動力を発揮できるわけないだろうと、俺は今まで思っていた。

 だが、それは誤解だったらしい。

 大口は少なくとも、いきなり行動力を発揮しようとしている。

 俺を主人公に、自分をヒロインに見立て、異世界で生まれ変わろうとしているのだ。


 やり方はともかく、そのロケットスタートぶりには見るべきところがある。

 あれだけ死人が出た後で、よくも独りで行動しようなどと思えたもんだ。

 それがたとえば、自分には『主人公補正』がかかっているのだという、思い込みだとしても。

 座り込んで配給を待つ家畜よりは、よっぽど根性が据わっている。


「いいか、大口。まず手をはなせ」

「はいっ」


 素直に言うことを聞いてくれた。

 強く握られていたせいで、手の甲に爪の痕が残っている。


「次に、このゲームはソロでユニークを狩れるようなシステムにはなってない。レベル3のリスに殺されかかっていたところを見たろ。最初のダンジョンでさえ、ロールを揃えないと突入申請すらできないんだよ」

「え? じゃ、じゃあ、キリトみたいには……」

「なれない。俺も大口も、残念ながら2年F組の枠内で行動する他ない」


 もしもソロ狩りが許されるようなゲームデザインだったら、俺は生徒を見捨てて動き出し、今頃レベル15ぐらいにはなっていただろう。

 人は一人では生きられない。

 これは大いなる皮肉だ。


「次。俺はもう一つの都市に行くが、一日でハイアルドに戻る。俺一人で行動するべき局面だから、そうしているだけだ」

「どっ、どう、いう?」

「食材を集めたり料理を作ったりできるクラスを習得しに行くんだよ。このままじゃ飢え死にするからな。ヤバすぎるユニークモンスターの討伐でもないし、全員出し抜いてチート装備を回収しに行くのでもない。俺は2年F組の一員として、委員長の指示の下に動く。理解できたな?」

「アッアッ」


 なんだその反応。

 ぜんぜん分からん。


「最後。だから大口は俺に無駄な期待をかけず、ハイアルドにいろ。以上。じゃあな」


 俺は納刀し、大口に背を向けて歩き出した。


「まっ!」


 襟首を掴まれて、俺はうめき声をあげた。


「なっなにをっ」


 声が出ない。

 コモン・バトルチュニックの襟が、頸動脈を圧迫している。


「わ、ワタシ! ハカギリ君、見て、そ、その、かっこいいって、しゅ、主人公みたいって……」

「あ、あ」


 返事をしようとしたかったが、とにかく声が出ない。

 息すら覚束ない。


「だからっ、は、ハカギリ君、役に立ちたいのも、ほんとだから!」

「い、い、から、はなせ」


 俺は大口の手の甲を叩いた。


「あぐっぐぉめんなさい!」


 大口が手を離し、俺はようやく呼吸できるようになった。

 振り返り、大口の顔を睨みつけようとしたら、目の前にあったのは大口の胸だった。

 あまりにも山塊で、俺は虚を突かれ言葉を失った。


「……ふひっ?」


 俺は咳払いし、大口を見上げた。


「そこも含めて、ベルカに説明してもらうつもりだったんだがな。いいか、今の大口が俺の役に立てることは何もない。レベルをカンストさせて、装備を整えて、スキル回しを覚えろ。そうしたら、逃げ出したくなるほど役に立ってもらう。あのクソ女神を殺すためにな」


 焦りからか、少し辛辣な言い方になってしまった。

 だが、さすがにこれで大口も理解するだろう。

 

「……ふひひっ」


 大口はにちゃっとした笑みを浮かべた。


「大口……」


 俺は、言葉を失った。

 その笑みを、なんと表現すればいいんだろう。

 飼い主に意味もなく殴られた犬が浮かべる、愛想笑いとでも言えばいいだろうか。

 それ以上傷つけられたくないのに、媚びる以外に方法を知らないのだ。


 思わず想像してしまう。

 大口がこれまで、どれだけ痛めつけられてきたのかを。

 猫背も、卑屈な笑みも、手いたずらも、手汗も、クソみたいな連中に人生をひん曲げられてきた証拠だ。

 コイツは、下手したら一生治らないような傷を負って、生きているのだ。


 ハイアルドに引き返して、自分を変えることはできないという事実を、噛みしめるのか。

 それとも、努力した果てに、高レベルMOBの手にかかって無惨に死ぬのか。

 どっちがマシな人生なのだろうか?


 俺はしばし迷った末、チャットウインドウをアクティブにした。


>>小金井こがねい鐘火ベルカ:大口を保護した。パインガーデンまで連れて行く。


 ベルカにtell――個人チャットを送信する。


小金井鐘火:把握したよ。こちらは動ける生徒でチュートリアルクエストを始めるところ。なにか注意点はある?


 すぐに答えが返ってくる。


>>小金井こがねい鐘火ベルカ:難易度は低いから、モチベーションの部分で。1、まずは誰かが成功例を見せる、桜木が適任。2、ヒラ一人横に立たせて、死にそうになったらヒール。

小金井鐘火:ありがとう。委員長として、一人でも多くクリアさせてみせる。それと、2240ルスタ貯めるのに、効率のいい方法はあるかい?

>>小金井鐘火:サブクエスト。下層の『折れた竜骨』と『接続された海賊』。ハイアルド大灯台の『ランニングコスト』と『ワン・ツー・スイッチ!』は都市内で完結する上、バトルがない。

小金井鐘火:ありがとう。期待には応えてみせる。道中の無事を祈っているよ。


 無事、か。

 俺は、無事だろうな。

 

「大口」

「あっあい」

「言っても無駄だろうが、十中八九、死ぬぞ。警告はしたからな」

「えっえっ? そっ、じゃあ……?」


 俺は黙って大口にパーティ申請を投げ、ついでにフレンド申請も投げた。

 大口は俯いて、小刻みに震えはじめた。


「なんだ? やり方が分からないのか?」

「う、ううう、うううう」


 更に大口は、唸り声を上げはじめた。


「おい、どうしたんだよ」

「わ、ワタシ、友達っ、友達っ、はじめてできた」

「ウソだろ」

「だ、だってみんなワタシのこと、デカいとか、外人とか、なっ名前、オーナって名前が……変って……男の子が……」

「……最低だな。ソイツらは、最低だ」


 俺に、イジメられた経験はない。

 だが、自分たちとの些細な違いを見つけ出して排除しようとするクズどもとは、関わり合いにすらなりたくない。


「そろそろ行くぞ」

「はいぃっ!」

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