ひのひー
俺たちは、少し買い物をしてから“ハイアルド記念広場”に戻った。
生徒たちはだいぶ落ち着いたようで、グループごとに固まって公園のあちこちに散らばっていた。
「生徒諸君、お待たせしたね! 今後の方針について話すから、ボクの近くに集まってくれたまえ!」
早速ベルカが生徒たちを招集する。
何人かは広場の隅から動こうとしなかったが、ほとんどの生徒は素直にベルカに従った。
「さて、と」
インベントリを開き、手持ちのアイテムをチェックする。
“ハードブレッド”が5個、“蒸留水”が12個。
ベルカとライカと宇多の金を譲り受けて――というか、半ば押しつけられて――、買ったものだ。
死闘の果てに得た全財産が、安いパンと水に化けた。
むなしさがこみ上げてくる。
だが、これで道々の食料を心配しなくて済む。
ベルカがスクワッドについて説明している間に、俺はそっとハイアルド記念広場を抜け出した。
下りになっている橋を、どこか、肩の荷が下りたような気持ちで歩いて行く。
他人の命の心配をしなくていいというのは、気楽でいい。
「ちょいちょいちょーい!」
橋の途中で、変な声がした。
振り返ると、桜木が立っていた。
「普林路君! どこへ行こうというのかね!」
桜木は、元気そうな外跳ねセミロングを揺らしながらちょこちょこと走ってきて、俺の腕を掴んだ。
「別の都市まで行ってくる。詳しいことは後でベルカに聞いてくれ」
「それ、わた――」
「ダメだ」
「はっやっ! 普林路君はっやっ!」
「説明を繰り返すつもりはないし、急いでるんだよ。引き留めないでくれるか?」
「あ、これ楽姫ちゃんに聞いたことある! これが普林路君の、『ぜったい話が通じないときのふーちゃんモード』なんだね!」
桜木は珍しい鳥を見てはしゃいでる時みたいな言い方をした。
「いや……安直すぎるだろ、その名前」
俺のいないところでそんな話をしていたのか。
それにしても、戦慄するほど安直だ。
「分かってるなら、もういいだろ? じゃあな、桜木」
俺は桜木の手を振り切って、さっさと歩き出した。
「あっあのっ普林路君!」
「なんだよ」
振り返ると、桜木は、見たことがないほど真剣な表情を浮かべていた。
「死んじゃやだよ。死んじゃやだからね! だってこれからずっと後になって、楽姫ちゃんのお話とか、いっぱいしたいんだからね!」
俺は桜木の前向きさに驚いた。
ずっと後、俺は楽姫の思い出話ができるようになっているんだろうか?
桜木は、できるようになると信じているのだ。
今は考えただけで全身がぐちゃぐちゃになりそうだけど、いつか、きっと。
ありそうにない死後の世界を想定するのと、生きて誰かと楽姫の話をするのと、どちらが前向きだろうか。
きっと後者だろう。
「分かったよ、『ひのひー』」
「ひ、ひえええ! その名前で呼ぶのだけは! その名前で呼ぶのだけはあ!」
「じゃあ、行ってくる」
照れまくってクネクネする桜木を置いて、俺は再び東ハイアルド街道に歩を進めた。
『行ってくる』という言葉を素直に言った自分に、少しばかり驚きながら。
月に照らされた丘陵地帯を歩く。
夜風は冷たいが、心地良い。
どこかでモンスターが動き回っているのか、がさがさという音がする。
ゼロトレのフィールドBGMは環境音がメインで、生意気にも7.1ch対応だった。
ヘッドホンを付けて、足音や風の音に耳を傾けながらフィールドをぷらぷらするのが好きだった。
不細工な鳴き声は、カエル型のモンスター、ヒルズ・バルボウルーラのものだろうか。
赤い月を横切った鳥の影は、大きさからして、ハイアルド・ナイトホークだ。
ノンアクティブのモンスター、カッパースケイル・パンゴリンが街道を小走りに横切る。
夜は静かで孤独で豊かだった。
独りはいい。
余計な考え事が、夜に溶けていく。
そういう気持ちを誰かに話したいと思って、楽姫のことが思い浮かんだ。
どんな流れで、どんな言葉で語ればいいだろうか。
どうすれば楽姫は、俺の言葉で笑うだろうか。
どうすれば楽姫は、俺の感情を理解してくれるだろうか。
もうそんな必要はないのだと気づくと、胸が苦しくなった。
人が死ぬというのは、大事な人がいなくなるというのは、こういうことなのか。
話したいことがあって、ソイツを相手にどういう風に喋るか考えるのが、無駄になるということなのか。
俺は立ち止まり、石ころを蹴飛ばした。
放物線を描いた石ころは草むらに吸い込まれ、
「ふぎっ!?」
変な声が上がった。
俺は瞬間的に抜刀した。
背中を冷や汗が伝った。
あそこにMOBはいないはずだ。
たしかに冷静さを欠いていたかもしれないが、そこまで愚かなつもりはない。
だいたい、仮にMOBがいたとして、今のが攻撃になるのか?
抜刀したまま、声の上がった草むらを睨みつける。
やがて、声の主が姿を現した。
長身に真っ黒な髪に褐色の肌、バッチバチの二重まぶた、ものすごく発達した体。
ラテンアメリカっぽい女子だ。
ラテンアメリカ女子は、異様に猫背で、しかも親指の爪をカチャカチャいじって手いたずらをしていた。
目が合った。
「ふ……ふひひっ」
ラテンアメリカ女子は、にちゃっとした感じの笑みを浮かべた。




