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スクワッド

 こまごまとした説明を全部飛ばして、これでスクワッド結成は完了。


「リーダーは委員長に設定しておいた。生徒を片っ端から勧誘していってくれ」

「なるほど、この世界でもこのボクが委員長というわけだね? 実に適任だ」

「え、自分で言っちゃうの、それ……」


 宇多が呆れたように言った。


 ベルカの言葉は、半ば……いや、八割が虚勢だろう。

 だが俺たちは、その虚勢にすがる他ない。

 20人の命の行く末を、ベルカに預けるしかないのだ。


「ああ、適任だ。頼んだぞ」


 だが俺は謝る代わりに、委員長の肩をぽんと叩いた。


「任せたまえ。なにしろボクは委員長だからね」


 疲れきった顔に、ベルカは精一杯の笑みを浮かべた。

 

「さて、これからどうするんだい? ゲームだし、宿屋なんかはあると思うのだけど」

「一泊100ルスタ。で、今の俺たちの手持ちは?」

「32ルスタだよ」


 ライカが無感情に呟いた。

 命がけでMOBを狩り殺し、得られた金は一人頭でたったそれだけ。

 フィールド狩りがいかにばかばかしいのか、よく分かる。


「“ハイアルド記念広場”には、チュートリアルクエストを発行しているNPCがいる。ソイツに話しかけてチュートリアルクエストをこなせば、100ルスタ手に入る」

「なるほど。ボクたちはまず、みんなでその、チュートリアルクエストをすればいいわけだね」

「いや、そうじゃない」


 俺は首を横に振った。


 ゲームの導線に沿っていければ、どれほど楽なことだろうか。

 ゼロトレは異常な難易度を誇るゲームだし、メインクエストはクソみたいなお使いだらけだ。

 その割に導線はものすごく丁寧で、粛々とクエストをこなしていけば自然に一通りのことができるようになっている。

 間口の広さに騙されたカジュアルプレイヤーが、レイドで骨も残らないほどめちゃくちゃにされるのがゼロトレというゲームなのだ。


 だが、のんびりと敷かれたレールの上を走ってはいられない。

 ここからは、時間との勝負になる。


「俺は一日、一人で行動する。その間、委員長はみんなをまとめておいてくれ」


 委員長は小さくうなずいた。

 続けろ、ということだろう。


「チュートリアルクエストには二つの問題がある。ソロ専用ということ、そして、戦闘があること」

「……なるほど。参ったね」


 ベルカは、参ったような顔をした。

 俺の言いたいことのほとんどを理解したのだろう。


「は? なに? 殺せるんでしょ? しかもお金もらえるし」


 一方で、宇多は信じられないほど呑み込みが悪い。

 まあ仕方ない、コイツは拳銃なのだ。


「たしかに殺せるな。俺たちも死ぬ可能性があるけど」

「……あー。戦えない子たちがいるってことね。でも、別にほっとけばいいんじゃない?」

「そういうわけにはいかないのさ、貴音くん」

「なんでよ」


 宇多の疑問がストレートすぎて、俺は少したじろいだ。


「あまりにも問題が多くて、どこから説明したものか難しいんだが……宇多、俺たちはこの世界でも、食わなければ死ぬ。ハイアルドに食料店はあるが、一番安い“ハードブレッド”が12ルスタ。水分は“蒸留水”が5ルスタだ。一日三食これを食うとして、いくらかかる?」

「51……え、51!? 一日もたないじゃない!」

「戦闘に参加していなかった生徒の持ち金は、当然、ゼロだ。つまり、チュートリアルクエストをこなせる人員だけで、21人分×51ルスタを毎日捻出しなきゃならない」

「一日に1071ルスタかかるってわけね。パンと水を全員分用意するだけで」


 宇多も、だんだん理解してきたようだ。


「宿を利用すると、そこに更に一日2100ルスタ乗っかる。計3171ルスタだ。そして、今のところマトモに戦えそうなのは?」

「八人だね」


 ベルカが答え、俺は頷いた。


「俺、ベルカ、ライカ、宇多、相原、フェイト、サイハテ、桜木。一人頭、一日400ルスタがノルマだ。サブクエストを消化していけば、少しは保つだろう。だが、ジリ貧だ。メインクエストすらマトモに進められなくなる」

「それに生徒たちの間で、格差も広がるだろうね。貴音くん、自分では動きもせず、他人の稼ぎでのうのうと暮らすような人間を、キミは許せるかい?」

「無理」


 宇多は即答した。


「だってそいつら絶対、もっといいもの食わせろとか言ってくるんでしょ? 考えただけでイライラしてきたんだけど」

「狩猟採集時代」


 ぼそっとライカが呟き、俺は思わずふきだした。

 あまりにピッタリの表現だ。


「その通り。その日暮らしでは、余剰が発生しない。余剰が発生しなければ、永久に文化が発達しない。人類史のおさらいだな。さて、これまでの俺たちの行動で、なにか余剰を作れそうなものはあったか?」

「ギャザリングとクラフティング、それからハウジングかい?」

「農耕定住だね」

「その通りだ、委員長、ライカ。定住して生産する。余剰が生まれれば、他の連中を育てる余裕も出てくる。そうやって一人一人のレベルを上げていく」

「それが、アイツを殺すことに繋がるわけね」

「銃弾の数は多い方がいいだろ?」


 宇多はうなずいた。


「納得したわ。それで? 今の話、バカギリが一人で行動するのと関係あるの?」

「ハイアルドで取得できるのは、クラフティングクラスのゴールドスミスだけだ。もう一つの開始都市ホームタウン、パインガーデンでハンターとコックを解禁する必要がある。この二つがあれば、食料生産が可能だからな」

「それ、パーティで行っちゃダメなの?」


 宇多の疑問はもっともなものだ。

 だが、そうもいかない理由がある。

 これもまた、あのクソ女神のクソ采配なのだろうが。


「通常のルートでハイアルドからパインガーデンを目指せば、ゲーム内時間で十日かかる」

「十日……戦えない子たちを連れ回すのはムリそうね」


 宇多は、しかめっ面をして、こめかみを指でおさえた。


「数時間でこのザマだからな。結局、戦える誰かをここに残して、戦えない連中を養う必要がある」

「おまけに役割が固定するには十分な時間だね。まるでスタンフォード実験だ」


 ベルカが言った。

 

「この場合は囚人と看守ではなくて、家畜と餌やり番だがな」

「参ったね。もっと残酷なことになりそうだ。ボクも自分を保てる自信がないよ」


 閉鎖された状況でひとたび役割が決まれば、覆すのは簡単なことではない。

 どんなことが起きるだろうか?

 餌やり番が資産を盾に横暴の限りを尽くすのか、調子に乗った家畜が日に日に要求を高くしていくのか。

 どちらにせよ、一度でも奴隷と主人の関係が結ばれれば、まともな人間関係には戻れない。


 人類はろくでもないし、人生はクソみたいなものだ。

 だから、ろくでなしがろくでもないことをする前に、手を打たなければならない。


「だが、とあるルートを通れば、ハイアルドからパインガーデンまでは一日だ」

「ふむ。そうなると、そのルートに問題があるわけだね?」

「“レイジオブアストライア”。山を真っ二つに裂いた細い切り通しだ。そこは一帯が“澱み”の支配下にある」

「よどみ? 初耳なんだけどアタシ」

「このゲームの悪役だよ。どうせメインクエストで殲滅する。今は、そのルートの敵の平均レベルが40ってことだけ理解してくれ」

「よんじゅっ……」


 宇多は目を見開き、口をぱくぱくさせた。


「うそでしょ? レベル3のネズミで十分にしんどかったわよ。無理」 

「宇多、二つ間違えたぞ。まず、ハイアルド・プレーンズマーモットはネズミじゃない。どちらかといえばリスの仲間だ」

「どっちでもいいわよ! で、もう一つの間違いってなによ」

「無理じゃない。少なくとも、俺だけは」


 6500時間の経験が、俺にはある。

 地形も、MOBの位置も索敵範囲も、俺は完璧に把握している。

 俺ならば――そう、俺だけは、無傷でパインガーデンにたどり着ける。


「パインガーデンに到着したら、ファストトラベルでハイアルドに戻る。パーティを組んでいれば、未踏の土地にもファストトラベル可能だ。しかも金は一人分しかかからない――あー、ちょっと待ってくれ」


 俺は頭の中で必要金額を暗算した。


「ファストトラベルに必要な金額は、俺の分を抜いて2240ルスタだ。これだけあれば全員パインガーデンに連れて行ける。コストは比較すべくもないだろ」

「渡し船だね」


 またライカが気の利いたことを言った。


「その通りだ、ライカ。俺がパインガーデンを目指す間、委員長たちにはこっちでファストトラベル用の金を稼いでもらう。全員パインガーデンに連れて行って、ハンターとコックを取得する。食料生産の開始、文明の夜明けだ」


 ようやく説明が終わり、俺は長く息を吐いた。

 三人はしばらく、眉根をひそめ、何も言わなかった。

 俺の案を検討しているのだろう。

 たしかに、ムチャクチャなやり方に聞こえるかもしれない。

 だが、少し考えれば、これがまずまず合理的なアイデアなのだと理解してもらえるはずだ。


「賭け、だね」


 ベルカは、絞り出すような声で言った。

 眉根は強くひそめられている。

 反論を思いつけず、俺を一人で死地に送り出すのが、悔しいのだろう。


「命をチップにするだけの価値はある。ちんたら生き残ったあげく空中分解するか、誰かが命を危険に晒してコミュニティを維持するか。重要なのは、そこなんだ。俺の生き死には副次的な問題に過ぎない」

「いや、バカギリが死んだら終わりでしょ、どう考えても」

「宇多はここまで戦えただろ? この先もそんな感じでメインクエストをこなしていけば、生きていける。その場合、戦えない連中は全員見捨てるか数人選んで育てろ」

「育てろって……ポケモンみたいに言わないでくれる?」

「自分も他人も甘やかすな。死ぬだけだ。分かりきった話だろ」

「……っ」


 宇多は、それ以上食い下がらなかった。


「ライカは? って、ベルカがいいならいいか」

「……死んでほしくは、ないよ」


 思わぬ言葉に、少し胸がつまった。

 だが俺は、肩をすくめることにした。


「自分の墓を掘りに行くつもりはない。全員がまともに生き延びるための最善手を打つだけだ」


 今度こそ、三人とも何も言わなかった。


「よし、決まりだな。スクワッドチャットで一時間ごとに連絡を入れる。三時間途絶えたら俺は死んだと判断してくれ。その後の行動は任せる。ただし、レイドに挑むのは薦められない。フェイズ1で殺されて終わりだ」


 あいつを、殺す。

 そのためなら、俺は躊躇なく自分の命を使い捨てることができる。


 死んだら、楽姫らきのところに行けるだろうか?

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