ハイアルド
橋を渡って、俺たちはハイアルドの入り口に辿り着いた。
―大灯台 中層―
眼前にそんな文字が浮かぶ。
ここは、“ハイアルド記念広場”。
石畳の敷かれた広場で、噴水が目印だ。
「町……すご……人が生きてるとこ来れた……」
誰かが呟いて、その場に崩れ落ちる。
「あはは……安全な場所だねえ」
頷いて、桜木もへたりこむ。
生徒たちは、安堵の声を上げながら、みんなその場にしゃがみこんだ。
死地を越えたという実感が沸いたのだろう。
へたり込まずにいられた生徒も、何人か。
生意気そうなツリ目で広場を見渡すのは、宇多だ。
アーチにもたれかかり、腕組みをしている。
気を抜いた姿を見られたくないんだろう。
野良猫みたいだ。
ベルカも、すらっとした長身の、背筋をしゃんと伸ばしている。
ここで終わりではないと、ベルカは理解しているのだろう。
その横で、フラフラしながらもなんとか立っているのは、ライカだ。
メガネはちょっとずれてるし、だいぶ視線も覚束ないが。
「お風呂はいりたい!」「腹減ったな-」「俺ここで寝て良い?」「月光よ、枯れ果てた我が魔力炉に再び炎を……」「サイハテ、改めてすごいね。この状況でよくそんな台詞スラスラ出てくるよ」
生徒たちが口々に、少しばかり前向きな声をあげはじめた。
俺たちは風呂に入りたいし、なにか食べたいし、寝床を求めている。
それらを得るためのリソースを、残念ながら俺たちは持っていない。
「委員長、ライカ、宇多。悪いがもう少し付き合ってくれ」
動けそうな三人に声をかける。
「なによ、まだ何かあるわけ? アタシ寝たいんだけど」
「貴音くん。キミはまだ、普林路くんの行動に無駄があると思っているのかい?」
「それは、別に、その……いや、ちょっとぐらい毒吐いたっていいじゃない」
宇多は甘えるようにむくれた。
ベルカは笑い、宇多の頭をぽんぽんした。
「え、何それ。ちょっと止めてくれる? アタシ、頭撫でられるのこの世で一番嫌いなんだけど」
とか言いながら、若干まんざらでもなさそうな顔をしている。
意外だ、宇多はベルカに甘えるのか。
これもまた、ベルカの委員長力と言ったところか。
「ライカ、もう少しだけいけるね?」
「ベルカがいいなら」
「ありがとう。助かるよ」
ベルカは、ちょっとかがんでライカのメガネのずれを直した。
ふてくされる宇多と、へろへろのライカと、同じくへろへろだろうに元気な素振りを見せるベルカ。
三人を連れて俺たちが向かうのは、“大灯台上層”の“ハイアルド役場”だ。
潮位差を利用したエレベータがやってくるのを待つ間に、今からすることを説明する。
「まずは“スクワッド”を結成する。スクワッドってのは――」
「学校でいうクラスみたいなものかな?」
ベルカが言った。
コイツの物わかりの良さは異常だ。
なんでぱっとしない公立なんかに通っているんだろう。
「そう考えてもらっていい。ゼロトレのコミュニティは、このスクワッドが基本単位になる」
「それ、なんかアタシたちに良いことあるわけ?」
「スクワッドの結成で解禁される要素は多い。大きくは二つ。家を作るハウジングに、名誉――特定の行動で蓄積するポイント。オナーは、スクワッド専用のバフに使ったり消費財の購入に使ったりできる」
「敵を殺しやすくなるってこと?」
宇多が目を輝かせた。
「戦闘系のバフはない。ファストトラベル――一度行った場所にワープできる機能には金がかかるんだが、これが割引になるとかな。採集や製作でも有利になる。
メンバー共有のチャット欄が与えられるのも大きい。どんな状況でも、互いにやり取りできるわけだ」
身ぐるみ剥がれてこの世界に放り出されたのだから、スマホなんか持っていない。
スクワッドチャットは、意思疎通に重要なツールとなるだろう。
「しかし、チャット欄は見えるけれど、これはどう入力したものかな」
「さあな。俺はディスコード――外部ソフトでのVC派だったし……」
チャットウインドウに視線を合わせ、手を伸ばす。
ウインドウの下部にあるボタンに触れると、なにやら入力モードっぽくなった。
「あああああ」
声をだしてみると、チャットウインドウに、
葉限普林路:あああああ
という文字列が出力される。
「入力は音声か。ここは早めに習熟した方がよさそうだな」
というわけで、エレベータに乗っている間、チャットウインドウには四人分の『あああああ』が延々流れることになった。
―大灯台 上層―
エレベータを降りると、おなじみになってきた画面上の文字が俺たちを出迎えた。
静まりかえった回廊には、無言の歩哨が立っている。
いや、チャットウインドウを見ると、システムメッセージが流れていた。
【やあ、冒険者君!
役場は右手側、執務室は左手側だよ!
アルジー執政官は誰とでもお会いになるけれど、決して失礼のないようにね!】
「誰よ、アルジー執政官」
宇多が言った。
「ハイアルドの一番エラいヤツだよ。メインクエストでウンザリするほどお使いを頼んでくる。これから世界を救う冒険者に対して、
『愛人に贈る水着を作るための布を作るための糸を吐く巨大な芋虫をおびき出すための薬を作るための草を五種類集めて来い』
とかな」
「なにそれ、殺したい」
「まだ殺すのは早いぞ、宇多。草を五種類集めたら薬を作るクエストが発生して、薬を作ったら巨大な芋虫を倒すクエストが発生して、巨大な芋虫を倒して確率で入手できる糸を……」
「あー、その辺でやめにしてくれる? やる気なくなってきたんだけど、アタシ」
「レベル10になったら誰もが通る道だ。今の内に諦めとけ」
宇多が大きなため息をつき、ベルカは笑った。
「で、ここが役場だ。スクワッドの結成、オナーを消費してのアイテム購入、強化なんかは一括してここで行える」
扉を開けると、カウンターに五人ほどのNPCが並んでいる。
俺はいったんパーティを解散し、この場の四人で改めて組み直した。
NPCの一人に近づくと、システムウインドウにメッセージが流れる。
【やあ、冒険者君!
ここではスクワッドの結成を受け付けているよ。
結成は四人以上のパーティを組んでいることが条件だ。】
スクワッドを結成しますか?
目の前でYes/Noの選択肢が浮遊した。
Yesに目線を合わせると、UIが立ち上がる。
スクワッドの名前を決める、入力画面だ。
「あー……名前、どうする?」
振り返って、三人に問う。
「なんでもいいわよ別に」
「そうか、俺もだ。委員長は?」
「決まっているだろう?」
あっけらかんとベルカがいった。
「そりゃそうだな」
俺は笑って、入力欄に、『2年F組』と打ち込んだ。




