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桜木さくら

 日が暮れた。

 虫がやかましく鳴きはじめた。

 だが俺たちは、未だに東ハイアルド峡谷を抜け出せていない。


 急速に温度が下がり、もやが出てきた。

 コモン・バトルチュニックとコモン・バトルレギンスは薄っぺらくて、風が吹く度に震えた。


「……少し、しんどいね」


 八体目のジャイアント・モスキートを倒したライカが、小声で言った。

 水はどうにかなったが、食料が足りない。

 歩みはどんどん遅くなり、俺も手が震えはじめている。

 低血糖の症状だ。


「はるか、もうだめかも……」


 女子生徒の一人が、とうとう膝をついた。


「みなみちゃん、わたしも、むりっぽい」


 同じ顔の女子生徒が、ぺたんと尻餅をつく。


 八王子はちおうじみなみと、八王子はちおうじはるか

 双子で、前髪を右分けにしているのが姉の南、左分けにしているのが妹の遙。

 なにかの間違いで同じ2年F組にいる。


「ううー……なんで? なんでこんなところに来ちゃったの?」

「わかんないよ、みなみちゃん……」


 南と遙が、とうとう泣きだしてしまった。

 前に進む意思を奪うような、重たい諦めの雰囲気が、たちまち生徒たちに広まっていく。


 想定よりも、ずっと状況は悪い。

 とくに、動き回っているバトルチームは最悪だ。

 フェイトとサイハテは、さっきから一言もしゃべっていない。

 気丈に振る舞うベルカだって、顔色は悪い。


「はるちゃん、みなちゃん」


 泣きつづける八王子姉妹に、外跳ねセミロングの女子、桜木が近寄っていった。

 しゃがんだ桜木が、耳打ちの距離で双子になにかささやきかける。


「えっうそ!」

「ほんと!?」


 八王子姉妹は顔を見合わせたあと、驚愕の表情で桜木を見た。

 桜木は元気そうな外跳ねセミロングによく似合う、明るい笑顔を浮かべている。


 それから桜木は、小さな声で何かを言った。

 双子は耳をそばだてていた。

 桜木の声を、一言でも聞き漏らすまいとするように。


「しーだよ、しー。ないしょないしょ」


 立ち上がった桜木は、満面の笑みを浮かべ、なぜか俺のところに来た。


「んっふふーん。元気をもらってしまいました」

「桜木が慰めてたんじゃないのか?」

「それもあるけど、でもこっちも元気になるんだよ」

「ああ、そっか。桜木は――」

「しー! しーだよ! ないしょのやつだから! 知ってるの普林路君と楽姫ちゃん……」


 楽姫の言葉を口にしかけて、桜木は黙った。


「ご、ごめん、普林路君」

「いや、いい。助かったよ、桜木。あのまま二人に泣かれてたら、みんなの心が折れてた」

「いいってことですよ。恩返し恩返し!」


 桜木は俺の背中をべしべし叩いた。

 元気だな。


「ねえ普林路君、あたしも戦おっか? この逃亡騎士フォールンナイトってのが強いのか分かんないけど」


 フォールンナイトはMT適性のタンクだ。

 差し替えるとしたら、パラディンのライカがいいだろう。

 だが。


「ミスったら死ぬぞ」

「みんなそうでしょ?」

「自分のミスで死ぬならまだマシだ。ヒーラーがミスっても死ぬ。DPSにタゲが飛んだら、他人を殺すことになる。できるか?」

「それは……分かんないけど」


 桜木が俺を見上げる瞳は、力強い。


「ライカ、まだ行けるか?」

「ベルカが、いいなら」


 崖にもたれていたライカが、無表情で言った。


「だとさ、委員長」

「ふむ、確かめてみようじゃないか」


 ベルカがライカの頬をつっついた。

 その途端、ライカはころっと地面に倒れた。


「限界を越えていたみたいだね。無理するなとはいつも言っているのだけど、聞いた試しがない。さくらくん、よろしく頼んだ」

「まかされて! あ、今のはカイさんのまねー。普林路君はカイさん知ってる?」

「セイラさん、愛してるよ」


 俺がカイ・シデンの真似をすると、桜木は腰が抜けるぐらい笑った。


「あはは! 意外に似てるじゃーん! やっぱり普林路君はいいねえ。さーあ、がんばろ!」


 でたらめな世界に放り出されて、死の危険に晒され続けながらも、明るく振る舞ってみせる。

 桜木の態度は、夢を与える職業にふさわしい。


 俺と楽姫だけが知っている秘密。

 桜木は、今年だけで六本のアニメに出ている声優、野乃々のののみや檜葉ひのはだ。

 ツイッター公式アカウントのフォロワー数は25万。

 YouTube公式チャンネルの登録数は30万。

 愛称は『ひのひー』だが、本人に言うとものすごく嫌がる。



「レベル1のタンクが使えるスキルは三つだ。ロール共通のスキルが一つに、クラス固有のスキルが二つ。フォールンナイトの固有スキルは、“サイレントアタック”と“シークレットハーベスト”。どちらも単発では低威力だが、二つのスキルでコンボがつながる」


 峡谷を歩きながら、俺は桜木にフォールンナイトの運用について説明した。


「“サイレントアタック”を実行すると、“シークレットハーベスト”のアイコンが点灯する。このときに“シークレットハーベスト”を使えばコンボが成立し、ダメージとヘイト倍率が上昇する。そしたら、“サイレントアタック”に戻って、繰り返しだ」

「あ、意外に簡単!」

「レベル1だからな。レベルが上がれば、複数のコンボルートやらバフやらゲージやら、色々と仕事が増える。だが、今はとにかく、1.5秒ごとにスキルを交互に実行する。それだけ覚えてくれ」

「うっし! やってみる!」


 桜木はフォールンナイトの武器である曲剣ショーテルを構えた。


「くぅー、かっこいいねえ。中二心がザワザワしてきちゃうねえ」


 二刀のショーテルを操るフォールンナイトは、とくに人気のクラスだ。

 MT適性タンクの中では最高の攻撃力を誇るが、魔法耐性の低さが仇となり、評価は浮き沈みする。


「でゅくし! でゅくしでゅくし!」


 桜木はショーテルを振り回しはじめた。

 元気だなコイツ。


「抜刀すると移動速度が落ちる。仕舞っとけ」

「なにさ! 普林路君は中二っぽい名前なのに中二心がわからんのかね! しぇいは! しぇいは! 理想のテンポ!」


 桜木は、怒りながらもショーテルをいいだけ振り、満足げな顔をして納刀した。


「昏き勇者と我らの心根は異なるようだな、輩」

「葉限君は中三っぽいよね」


 フェイトとサイハテまで、桜木に乗っかる。

 中三ってなんだ。

 俺たちは高二だろ。


「さくらくんは大したものだね。教室では、あまり目立つ生徒ではなかったけれど」


 ベルカは、桜木に感心しているようだ。

 事実、桜木がはしゃいでいるおかげで、生徒たちは泣き言をもらさなくなった。

 ぐったりしていたフェイトとサイハテも、元気が出てきたようだ。

 あとは、戦闘にも適性があるかどうか。

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