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ヴァース:ゼロトレランス―MMORPGに囚われた2年F組は復讐を誓うー  作者: 6k7g/中野在太
PatchX.xx  prologue―選ばれた子どもたち―
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ゼロトレ

 目の前にはでかくて赤くて悪そうな顔のドラゴン。

 円形のフィールドは緑色のラインに縁取られていて、触れれば即死。

 要するに、このドラゴンをぶっ殺さなければ生きて帰ることはできない。

 この上なく分かりやすい状況だ。

 ゲームってのはこうじゃないといけない。


『散開』


 拡張機能アドオン機械音声ゆっくりボイスが、敵の攻撃ギミックについて淡々と告げる。

 ドラゴンの後ろに貼り付いていたパーティメンバーが、フィールドの四方八方にさっと散っていく。


「散開処理したら頭割り来るよ」

『あいあーい』

『やっべ忘れてた』

『オレ西だよね! 西ってどっち!』

「左でしょ」


 VCボイスチャットで声をかけると、次々にパーティメンバーが反応する。

 

 俺は次々にスキルを放っていく。

 スキルには共有の待機時間リキャストが設定されており、間隔は1.5秒。

 つまりこのMMORPG――『ヴァース:ゼロトレランス』は、1.5秒に一度の意思決定を俺に要求する。

 今どこに立っているべきか? 次にどんなスキルを使うべきなのか? パーティメンバーの立ち位置はどうなっている?


 戦闘の難易度が非常に高く、敵の繰り出すギミックを処理できなければ即死。

 一人でも死ねばそこからパーティが一気に崩れて、攻略失敗ワイプ

 ワイプを繰り返していく内、だんだんパーティの雰囲気がとげとげしくなっていく。


 ゼロトレが『ギスギスゲー』と呼ばれる所以だ。


 だが俺はその緊張感に取り憑かれ、ゼロトレを三年間もプレイしている。

 立派なアドレナリンジャンキーだ。

 こないだおそるおそるプレイタイムを確認したところ『270日21時間』と表示された。

 貴重とか二度と取り戻せないとか言われる十代の青春を、6500時間もつぎ込んだわけだ。

 それだけの魅力が、このゲームにはある。


『あーーーーー!』


 VCから、耳をつんざくような悲鳴。

 楽姫らきの声だ。

 律儀にチャット欄にまで『あーーーー!』と入力している。

 余裕あんなオマエ。


 楽姫のPCプレイヤーキャラクター、“Lucky Princess”が、死体となって転がっていた。

 ギミック処理をミスしたのだ。


 ゼロトレの戦闘は、各プレイヤーの役割が厳密に決まっている。

 敵の攻撃を引きつけるタンク、回復を一手に担うヒーラー、とにかく敵のHPを削り落とすDPS。

 パーティはタンク二人、ヒーラー二人、DPS三人の七人で、誰か一人欠けてもクリアはできない。


 俺のクラスは暗黒騎士ダークナイト、ロールはタンク。

 たった今床に転がった楽姫の職業クラス舞踏士ダンサー、ロールはヒーラー。

 ヒーラーが死ねば、そこからはもう総崩れだ。

 敵の猛攻に俺のHPは見る見る溶けていく。

 こうなれば、強化バフスキルも焼け石に水。

 俺が死に、もう一人のタンクが死に、もう一人のヒーラーが死に……そんなこんなで、ワイプまでは二十秒とかからなかった。

 全くもって、これこそゼロトレだ。


「楽姫、また頭割り入った?」


 俺はマウスから手を離して椅子にもたれた。


『ごめーん! なんかみんな困ってる! って思ったらつい……』

「DPSで処理するから。その気の毒な気持ち、一旦ぐっとこらえて」

『ううー、ふーちゃんの正論はいつも怖いなあ』


 他のパーティメンバーが笑った。

 まあ、仕方ない。

 楽姫とはもうリアルで十年以上の付き合いだし、ゼロトレ内では三年の付き合いになるけど、こいつは昔から変わらない。

 困っている人がいると、助けずにはいられないのだ。

 ヒーラーにぴったりの性分だとは思う。


「ま、しゃーなしだ。さすが最新のレイドコンテンツ、すぱっとクリアすんのは無理だな」

『ううう……みなさま、すまんこってす』


 楽姫は震え声で謝った。

 ふざけてんのか本気なのか分からない。


「いいよ。今日はもう寝るか。おやすみ、また明日」

『ほーい! 明日こそクリアだ! おやすみ!』



 ショートホームルーム前の2年F組はざわめいている。

 しゃべり声とか、椅子を引く音とか、ばかでかい音量でソシャゲをやってる奴とか。

 俺は教室の隅でつつましく読書なんかしながら、はやくも家に帰ってゼロトレの世界に飛び込みたい。


 人生は不平等だが、ゲームは平等だ。


 然るべきレベルと装備。

 然るべきタイミングと然るべき立ち位置。

 然るべきスキル。

 入力インプット出力アウトプットは完璧にかみ合っている。


 それは、人生とは全く違う。

 正しさや努力以上に、運や声の大きさが重視される人生とは。


 人生に対して、大きな努力を払わない。

 葉限はかぎり普林路フリンジが――俺が決めたルールだ。


 中学も高校も、地頭だけで行ける偏差値を目指した。

 真面目にはがんばらず、かといってドロップアウトもせず。

 部活にも入らず。

 誰とも深く関わらず。


「ふーちゃん、おっはよー!」


 無論、どんなルールにも例外はある。

 今、俺の両肩に手を置いて耳元で大きな声を出した女子生徒がそれだ。


「うっさ。朝からうっさ」


 うんざりとへらへらを絶妙にブレンドした表情を向けると、楽姫はうれしそうにした。


「元気!」

「報告ありがとう、楽姫。なによりだ」


 楽姫は俺の前の席の椅子に、後ろ向きに座った。

 他愛のないおしゃべり、俺はだいたい相づちを打つか皮肉を言うか。


 六歳のころ、地元の夏祭りで迷子になっていた楽姫を助けてから、もう十年。

 なぜか小学校から高校まで、ずっとクラスが同じだった。

 人生は不平等ゆえに、そういう偶然が生まれる。


「昨日はごめんね、でも今日はいけるよ! 頭割りぜったい飛び込まないから!」


 楽姫がゼロトレの話をフってきた。

 

「今日クリアできればワールド1stいけるかもな。まとめサイトで騒がれるぞ」

「いいねえ、騒がれたいねえ。ついっちで動画配信してhimechanって言われたいねえ」


 ゼロトレのレイドコンテンツは、とにかくあまりにも難易度が高い。

 最初のクリアパーティが出るまで一ヶ月、なんてのはざらにあることだ。

 だから、世界で最初にクリアするパーティがどこなのかは、プレイヤーの間で大きく注目される。


 攻略に挑むプレイヤーの熱気も凄まじい。

 数十人からなるレイドチームを結成し、その中から七人のメンバーを選抜してクリアに挑む。

 名門野球部みたいな話だ。


 俺と楽姫の所属するレイドチーム『Disrupter』も、レイドレースではときどき言及される。

 三年の活動実績があり、前回のレイドではワールド3rdだった。

 他のメンバーも、俺や楽姫に劣らぬ立派な廃人だ。


 予鈴が鳴った。

 ざわめきのトーンが一段階下がって、楽姫は俺に手を振ると体を前に向けた。

 教室の引き戸が開く。


 そして担任教師の代わりに、そいつが教室に入ってきたのだ。


 そいつは、なんというか……女神だった。

 水色の長髪、ゆったりしたトーガ。

 右手には天秤、左手には剣。

 背中には鷲みたいな立派な羽根。

 この世ならざる美しさ。


 そいつが教壇に立った。

 俺たちは、相当長い間、ぽかんとしていた。

 女神は底意地の悪そうな笑顔を浮かべた。

 俺たちの戸惑いや沈黙をたっぷり楽しむみたいに。


「どちら様ですか?」


 沈黙を破ったのは、クラス委員の小金井こがねい鐘火ベルカだ。

 セミロングのストレートヘアからちょこんと耳が飛び出した、すらっとした長身の女子生徒。

 こんな意味不明な状況だと言うのに、きちんと挙手し、立ち上がってから発言している。

 筋金入りにきちんとした女子だ。


「阿部先生はどうされたんですか?」


 ベルカの、はきはきした口調で語られる疑問に、女神は底意地の悪そうな笑顔で応えた。


「参ったね。解答する気はないってことか」


 ベルカは、とくに参っていなさそうな顔で呟き、隣の席の女子に顔を向けた。


「ライカ。クラス委員として、ボクたちはどうするべきだと思う?」


 国立くにたち雷歌ライカ、2年F組の副クラス委員長。

 小柄でショートカットでメガネの女子。

 ベルカとは幼なじみらしい。


 ライカは、目を落としていた本から顔を上げて、女神を見た。


「なにか、いるね」


 今気づいたらしい。

 ライカは基本的に無口なヤツだし、周囲にあまり興味を示さない。


「……ねえ、ふーちゃん、あれ」


 楽姫が体をこっちにねじって、小声で言った。


「ばかみたいなこと言うなよ、楽姫」


 俺は、楽姫の言いたいことに先回りした。

 楽姫と俺は、間違いなく、まったく同じことを考えていた。


「あなたは、何者だい?」


 ベルカが再度、問う。

 女神は挑発的なまでにゆっくりと頷いた。


「おはようございます。天秤の女神アストライアです」


 あんまり日本人っぽくはない名前を、女神は名乗った。


「やっぱり……」


 楽姫が息を呑む。


 天秤の女神アストライアは、ゼロトレの世界における、ある意味での創造神だ。

 そして問題は、ゼロトレのキャラのコスプレをした女が、なんで教壇に立っているかという点にある。

 プロモーションだとすれば、意味不明すぎる。


「あれ……なんか、止まってね?」


 窓の外を見て呟いたのは、菊名きくなキル

 つられて窓の外を見る。


 一羽の鳩が、空中で羽根を広げたまま、静止していた。


「私は選びました。あなたたちは選ばれました。以上です」


 アストライアが口を開いて、天秤を高く持ち上げた。

 高く持ち上げた天秤から、手を放した。


 天秤が斜めにかしぎながら落ちていき、床に触れて、粉々に砕け――


 まばたきをすると、世界は何もかも変わっていた。

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