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第一話 アゼルは舞い降りた [1]

「口で言って分からぬなら、しかと見よ!速水ツトム、真の我が姿を!」


いいかげん彼女の戯言に付き合うのに嫌気がさし、校舎の屋上から帰ろうとしていた俺は、反射的に彼女の声のする方に目をやった。


目のくらむような凄まじい閃光。


俺は一瞬目を閉じた。そして再び目蓋を開けた時、俺の目に飛び込んできたのは、今日うちのクラスに転入してきた転校生の美少女アゼル・シュタイナーの姿だった。


この短時間にどうやったのか皆目見当つかないが、彼女はさっきまで着ていた俺たちの学校の制服(今じゃ珍しいオーソドックスなセーラー服)とは違う制服に身を包んでいた。


その制服は、上下黒で統一されたジャケットと(ちょっとミニな)スカート、それにネクタイという一見どこにでもあるようなデザインの服だった。

だが、一目で俺のような人種には理解できた。



「待ってくれよ。その制服って」



それが普通の学校の制服ではないことが。



「これが大魔界帝国陸軍、皇帝武装親衛隊少尉、アゼル・フォン・シュタイナーの真の姿だ!」




彼女が着ていたのは、悪名高きナチスドイツのアドルフ・ヒットラーの尖兵にして、第二次世界大戦中最強の兵士たちと恐れられた、ナチスドイツ武装親衛隊、通称「武装SS」の制服にソックリなものだった。


[1]


それは期末試験が終了し、夏休が目前に迫った七月のある日のことだった。


ホームルームが始まる直前、クラスメートのヒデアキがいつものように俺に話しかけてきた。


「よー、どうしたツトム。またギャルゲーに熱中して徹夜か?」


「バカ!何いってんだよ」


ここは都内にある私立特光大学園高等部1年B組の教室。


俺の名前は速水ツトム。


この春ここに入学したピカピカの一年生だ。


「ダメだぜ、いくら若いからってやり過ぎるのは。XXXXは一日三回までな!」


「あのなー、ヒデアキ、おまえと一緒にするなよ」


いま俺に話しかけてるヤツは安曇ヒデアキ。


中学からの腐れ縁で、どこの学校にもいるいわゆるムードメーカーというヤツで、悪い男じゃないんだが、どうにも性格が軽い。


「ハハハハ、冗談はさておき、オヤジさんたちが外国に転勤してからもう一月だろ。どうよ、一人ぐらしの感想は?」


「思ってたほどいいもんじゃないよ。家事とか全部自分でやらなきゃいけない分、かえって自由に使える時間が減ったよ」


俺は素直な感想を述べた。実際お袋は一人で毎日こなしてたわけで、今さらながら頭が下がる。


そのお袋も単身赴任している親父を追って二週間前にブラジルに行っちまった。


「セイジ君(俺の親父の名前)を一人にしておけないわ!お母さんがついていなきゃダメなの~~!(余談だが、お袋は元宝塚ジェンヌだけあっていい声してんだよな)」


お袋はこう言って、一人息子を残し日本を去った。


まったくいい歳して何いってんだか。


言われたこっちが赤面しちゃうよ、ホント。


「またまたよくゆーよ。家事なんて島村の奴にやってもらえばいいじゃんか。いいよなー、隣に幼馴染の彼女が住んでるなんて…ちくしょー!うらやましいー!ギブミー幼馴染!」


ヒデアキのヤツが急に話しを変えたので、俺は慌てて言い返した。


「アホか、それにサエコのヤツとはそんなんじゃないって。本当にただの幼馴染みで……」


俺は必死に言い訳したが、ヒデアキの奴がしつこく食い下がってくる。


「えーえー、そーですとも。彼女のいる奴はみんなそーゆーんですよ。一人モンに遠慮してさ。でも、かえって残酷なんだぜ。そーゆーの」


このての話になるとしつこく絡んだよな。実際幼馴染なんて世間の男子たちが憧れるほどいいもんじゃない。


自分のガキの頃の恥ずかしい話を他人に覚えられてるなんてすげー嫌なだけだ。特に相手があのサエコだと思うと。


「イジケるなっつーの!第一サエコのヤツ家事なんて女らしいこと、まるっきりできやしないんだから」


「マジかよ?…意外だな。」


そうなのだ。


島村サエコ。


俺の家の隣に住む幼馴染で、同級生。


一見大和撫子風の美少女なんだが、外見に誤魔化されると酷い目に遭う。


一年生ながら剣道部のエースで、全国大会に出場したほどの腕前なのだ。


しかも運動だけでなく勉強もできるという完璧超人なので、昔からなにかと比べられてきた俺としては大変面白くない。だが、そんなあいつにも弱点はある。


「マジも、大マジ!特に料理なんて酷いもんだよ!」


サエコのヤツ、家が洋食屋のくせに料理がからっきしダメなんだよな。


ああ、神様って本当にいるんですね。


これで家事なんかも完璧だったら、俺はもう何を信じて生きていけばいいのやら。


「いやー、一度あいつの作ったカレー食ったけど、その後二週間お粥以外身体が受け付けなかったよ」


だがその時、背後に密かに忍び寄ってくる人影に俺は気がつかなかった。


「まー、あれはある意味天才といえるかもな。カレーを作るハズが全然別の物質を作り出したワケで、ほとんど魔界の錬金術師といっても…」


「お、おい、ツトム!」


突然ヒデアキが叫び、背後にただならぬ気配を感じた俺は後ろを振り返った。


「だ~れ~が魔界の錬金術師ですって~!」


その時俺が目にしたのは、鬼のような形相で仁王立ちしているサエコの姿だった。


「ひっ!サエコ!…いえ、サエコさん、い、いつからそこに?」


俺は爆発しそうな心臓を抑え、なんとか笑顔を作ってサエコに話しかけた。


「あたしが家事がまるっきりダメってあたりよ。で、ツトム、誰が魔界の錬金術師なのかしら?」


サエコは冷たい目で俺を見下ろしながら、尚も詰問した。


「えーと、そんなこと俺言ったかな?なあ安曇君」


俺は薄氷を踏む思いでヒデアキにボールを投げた。


頼む!お前の天才的な口車で、なんとかサエコの爆発を抑えてくれ!


ヒデアキはこれ以上ないというくらい素敵な笑顔をつくり、


そして。


「ええ、それはもう完全に疑う余地もなく、パーフェクトに仰いましたよ」

 と、答えた。


「………」


茫然自失とする俺を尻目に、笑顔でヒデアキに向かって親指を立てるサエコ。


「安曇、グッジョブ!」


「キタねー!!ヒデアキ、裏切りやがって!」


 俺の涙ながらの訴えもヤツには届かない。


「すまん……誰しも自分の身が一番大事なのだよ!アデュー!」


そう言うと奴は俺たちを残して、教室から脱兎のごとく姿を消した。


ちくしょー、男の友情なんて、やっぱこんなもんかよ。


「こらー!一人で逃げんじゃねー!」


俺は見捨てられたのだ。


敵陣のど真ん中で。


ああ、孤立無援!絶対絶命の大ピンチ!


「ふふふ、さーて、それじゃツトム、ゆっくり二人で話し合いましょうか」

 たった一人取り残された俺にサエコが近づいてくる。


その姿は獲物を捕らえた捕食獣。


まさに女プレデター!!


「ま、まて、サエコ、話せば、話せば分かる。ほら、僕らに必要なのは戦うことじゃない、愛し合うことだって言った人もいただろ?え、知らない?ちょっとネタが古すぎたかな。まあ、俺たちの生まれる遥か以前の番組だし、でも最近リメイクされたし…てっ、ちょっと、何なんだよ、その木刀は!いくら剣道部だからってそんなモン教室に持ってきていいのかよ!サエコさん?…悪かった、本当に反省してるって、だから、ねっ、お願い許て……」


その後俺の断末魔の悲鳴が教室に響き渡った。


はーい、みんな席について。ホームルームを始めるわよ!」

 始業のチャイムとともに、担任の土井先生が教室に入ってきた。


土井ミナト。


一年B組の担任で、世界史担当の今年28歳の女教師。


美人で面倒見もよく、多くの生徒から慕われている反面、直情型で思い込みが激しく、突っ走しったら止まらない性格で、あだ名は「暴走特急」。


「いててて。チクショー、本気で殴りやがって。少しは加減てもんを考えろよ」


くそー、暴力女め。


俺はサエコの会心の一撃でできたタンコブを撫でながら、恨めしそうにアイツに文句を言った。


「大げさね。ちょっと小突いたくらいでしょ」


サエコは呆れ顔でそう言った。


「ふざけんじゃねー!」


俺は怒りのあまり思わず大声で言い返した。


「ちょっと小突いたぐらいで、こんなタンコブができるかよ!」


「何よ、そもそもツトムが悪いんでしょ!人の悪口陰でコソコソ言うから」


むかーっ、堪忍袋の緒が切れた!


「悪口じゃない!厳然たる事実だろ。おまえの料理が大量破壊兵器なのは!」


「何よ、大量破壊兵器って!」


「そのまんまの意味じゃ!」


俺たちはホームルーム中だということも忘れて、大声で怒鳴りあった。


そのうち外野から「いいぞ、もっとやれー!」などと野次が飛びかい、クラス中大騒ぎと化した。


だが、こんな無法地帯を「暴走特急」が黙って見ているハズがない。


おもむろに教卓の中から特大のハリセンを取り出すと…。


「シャーラープ!!」


と、大声で叫び、黒板をハリセンでバシバシと叩いた。


一瞬のうちに教室の中が静まりかえった。


「二人とも夫・婦・喧・嘩はそのへんにしなさい!続きをしたきゃ、家に帰ってからにしてちょうだい。今はホームルーム中よ!」


土井先生の目が据わっている。


やばいぞ、これは。


「それともなに?あんたたち、恋人いない歴7年、28にもなってまだ独身街道爆走中のこのアタシに対する嫌味でやってるわけ?」


そういえば、先生この間18回目のお見合いもダメだったって言ってたっけ。


わざわざ生徒に言わなければいいと思うのだが、どうしても自分の失恋話というものを人に話しまうのが人間の悲しいサガなのだろうか?


とにかく俺は自分の軽率な行動を後悔したが、後の祭りだった。


「えーえー、こちとら見合いの破談回数新記録更新中、行き遅れの三十路目前の女教師でございますよ!」


土井先生の声が、地獄の底から響き渡る亡者のうめき声の様相を呈してきた。


こうなった土井先生は、もう誰も止められない。


「だいたいヒロミのやつなにが『もう男なんかいらないわ。これからの女性は自立した生き方を選ぶべきよ』なんてぬかしてたくせに、見合いでいい男ゲットした途端『やっぱ女の幸せは家庭にあるのよねー』なんてほざきやがって!あたしと結んだ独身女同盟をいとも簡単に破棄して!くそ~裏切りモノ~!」


ほとんど場末の飲み屋で、酔っパラって、クダをまいてる中年親父である。


普段が美人で知的なイメージが強いだけに、そのギャップがもの凄い。


「いいこと、女子はよーく憶えておきなさい。花の命は短いってよくいうけど、女の賞味期限はもっと短いのよ!今はちやほやされてても、すぐに飽きられてポイされるのがオチなんだから。米やウナギの偽装表示はできても女の賞味期限の偽装はできないんだからね!」


事態を収拾すべく、意を決してクラス委員長(もちろんメガネでお下げという最強装備!)が捨て身の直訴に打って出た。


「あ、あの~、先生…いまホームルーム中なんですけど」


その少々涙声まじりの声を聞くや、先生の顔が見る見る温和な表情へと変わっていった。


なんだか大〇神みたいだな。


「そ、そうだったわね…こほん、それじゃあ、気をとり直してホームルームを始めます」


先生は教壇にハリセンをしまうと、何事もなかったかのように話し始めた。


「えーと、実はですね。このクラスに転校生がやってくることになりました。(ドアの方を向いて)いいわよ、入ってらっしゃい」


先生がそう言うと、一人の女の子が前の扉を開けて、教室に入ってきた。


転校生?


もうすぐ夏休みだっていうこの時期に?


「みんな紹介するわね。今日からこのクラスの仲間になるアゼル・シュタイナーさん。みんな仲良くしてあげて下さいね」


俺たちの目の前に現れたのは、流れるような金色の髪、エーゲ海の海を思わせる碧い瞳、透き通るような白い肌を持つ、まるでファンタジー小説に出てくる妖精のような美少女だった。そして美しい完璧な日本語でこういった。


「アメリカから転校してきました、アゼル・シュタイナーです。みなさんよろしくお願いします」


それが俺とアゼルとの最初の出会いだった。

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