再会
〇駅舎・外観(夕)
白い帽子を被っているかのように屋根には、雪が積もっている。
その雪に陽の光が、乱反射してる。
陽は既に、雪の山並みの向こうに沈もうしている。
〇同・プラットホーム(夕)
電車が静かに入って来る。
そして、停車する。
乗降口が開き、客たちが降りて来る。
客たちの殆んどが、旅行客である。
その客たちが改札口から、心太の様に駅舎の外へと押し出されて行く。
〇駅前ロータリー(夕)
タクシー乗り場やバスターミナルには、時間通りに発着するバスやタクシーに客たちが、
我が先に乗り込んで行く。
その中に法被を着ている旅館の従業員たちが、旅館のマイクロバスに予約客を乗せている。
〇街頭(夕)
買い物客が行き交う中、旅館の法被姿の二人の若者が歩いている。
羽村浩二(22)と坂下克己(22)である。
克己「まいったなあ。予約客が意外と多くって、俺たちは歩いて帰ることになるとはなあ。
思っても、見なかったよ。」
と、克己は息を荒くして、言う。
浩二「いいんじゃないの。それだけ、人気のある旅館と言うことさ。」
と、ペットボトルのコーラを飲みながら、歩幅を広げたり、縮めたりしながら歩いている。
克己「陸上部のその歩き方、止めてくれる?
漫研の俺にとって、その歩き方はとても、辛いんだけど・・・。」
と、汗を掻き、その場に立ち尽くしてしまう。
浩二、立ち止まり、克己にペットボトルのスポーツ飲料を差し出す。
克己「ありがとう。」
と、言って、差し出されたスポーツ飲料の蓋を開け、咽喉を鳴らしながら飲む。
浩二「運動不足なんだよ。まだ、一キロも歩いてないのに。」
克己「俺はお前と違って、頭脳派なの。身体を鍛えるより、頭ん中を鍛えてんの。」
と、スポーツ飲料を飲みながら、言う。
浩二「(あきれて。)タクシーで帰るか?俺は、金を出さないけどな。」
克己「俺も、金なんかないよ。」
浩二「じゃ、歩きましょ。」
克己「判ったよ。」
二人は再び、歩き出す。
克己「---ところで、浩二。お前さあ、来年、どこへ就職するんだよ。決めていないんだろう?」
浩二「・・・会社訪問が解禁したら、考えることしている。」
と、少々困惑してるような顔をする。
克己「俺は、ここでのんびりと、親父から旅館の経営のマジメネントを学びながら、同人に漫画など
を描いてゆくつもりだ。」
浩二、溜息をする。
浩二「二足の草鞋か?」
克己「そうだよ。旅館業を主にしながら、副業に漫画を描くのさ。」
と、自信たっぷりに言う。
浩二「挫折をしないように、な。」
克己「挫折と言えは、テニスの推薦入学のお前、入学して三か月で止めてしまったとか、聞いたん
だけど、ほんとか?」
浩二「ああ。」
と、頷く。
克己「それにしては、大事そうにテニスラケットを持ち歩いているな。」
浩二「あのラケットは、俺にとってのお守り。あいつの・・・。」
と、言いかけ、淋しそうな顔をする。
浩二たちが歩いて行く前方から、一台のワゴン車がやって来る。
そのワゴン車の横には、克己の旅館のロゴが入っている。
浩二たちを迎えに来た旅館の送迎車である。
〇旅館『坂下』・表(夜)
浴衣の上にどてら姿の客たちが数人、出入りしてる。
〇同・フロント(夜)
浩二と克己が立っている。
壁掛時計の針は、八時を回っている。
克己「・・・浩二、もうここは、俺一人充分だから、お前は飯を食いに行ってくれ。」
浩二「門限まで、あと少し。時間まで、付き合うよ。」
克己「それはそれで、俺は嬉んだが、ここをお前に託して出掛けたいところがあるんだ。」
浩二「いいよ。出掛けてくれば。」
克己「そうも、いかねーんだよ。この時間は、俺が責任者になっているから。そこが、親族経営の
厳しーいところ。俺が野暮ようで、出掛けたことが、親父やお袋に知られたら、『経営者の跡継ぎ
が、そんなことでどうするんだ。』と大目玉だ。」
浩二「----お前の代わりにそこへ行って来いか?」
克己「まあ、率直に言えば、そうなる。」
と、頭をぼりぼりと掻きながら言う。
浩二「わかった。で、用件は?」
浩二、カウンターの外に出る。
克己「これをオーナに渡してくれ。」
克己は浩二にB4の分厚い封筒を渡す。
浩二「結構、重たいな。」
と、渡された分厚い封筒を持つと、玄関の方へ歩き出す。
克己「特製ラーメンを作って待っている。肉たっぷりのやつを。」
と出て行く浩二に言う。
浩二、克己のその声に左手を挙げて、応える。
〇街頭(夜)
封筒を大事に抱えた浩二が歩いている。
気温はすでに0度近くまで、下がっているらしく、浩二の吐く息が白い。
浩二「あの坂を登った先の、二階建てのログハウスか。」
と、呟く。
〇ペンション『夢の丘』・玄関前(夜)
浩二、呼び鈴のボタンを押す。
〇同・玄関の中(夜)
車椅子の少女が、玄関の扉を開く。
静かに開いて行く扉。
玄関先に浩二が立っている。
浩二と車椅子の少女、お互いの顔を見ると、驚きの表情を浮かべ、時が止まってしまう。
突然、冷たい風が玄関から奥の部屋へ入って来る。
風は、車椅子の少女の長い髪を梳かしてる。
女性の声「朝美、風が入って来るから、扉を閉めなさい。」
その声の主は、玄関の方へ向かって来る。
そして、声の主は玄関に現れる。
車椅子の少女の母親の森永静子(46)である。
静子「あら、浩二くん!よく、ここが判ったわね。」
と、笑顔で言う。
浩二、静子のその声に反応したかのように涙が溢れだす。
〇同・朝美の部屋(夜)
電燈が点き、部屋の中が明るくなる。
そこへ車椅子の少女・森永朝美(22)が、浩二を案内して入って来る。
二人とも、無言のままである。
浩二は、朝美のヘッドに座る。
静子が、お茶とお菓子を持って入って来る。
静子「あの時は、引っ越しの片づけが忙しくって、挨拶どころじゃなかったのよ。」
と、浩二に話しかける。
静子「これからも、朝美を宜しくね。」
と、言うと、部屋から出て行く。
二人とも、どう切り出して良いのか、解らずに無言のままが続く。
このペンションの客たちの合唱する『想い出がいっぱい』が聞こえて来る。
浩二、ふと、壁に架かるパネルを見る。
そのパネルには、朝美の事故前のテニスラケットを握っている雄姿の写真が飾られている。
浩二「あの・・・。」
朝美「あの・・・。」
と、浩二と朝美が同時に言う。
そしてまた、時が止まる。
朝美「・・・いきなりのこと・・・なんで、何を言ったら、いいの・・・。いっぱい、言いたい
ことや、聞きたいことがあるのに・・・。」
と、声が上ずっている。
浩二「俺も・・・。でも、こうしてまた、会えた。それで・・・、満足だよ。」
と、朝美の顔が見られなくて、俯いたまま、言う。
朝美「あたしは・・・、浩二くんにもう、逢えないと思っていたんだ。浩二くんの顔を見たら、
心臓がばくばくして・・・。」
と、胸を押さえながら言う。
朝美、浩二を見る。
俯いた浩二の瞳から床に涙が落ちて行く。それは浩二本人にもなぜだかは、解らない。
〇街頭・坂の途中(夜)
浩二が立ち止まり、星が降ってくるような夜空を見詰めている。
浩二、ふうと、白い息を吐く。
そして、画面は白くなって行く。
〇街頭・十字路(夕)
白い画面が、明けて行く。
字幕「六年前。」
信号機の信号が変わるのを待っている三人の高校生。
浩二(17)、朝美(17)、松村雅美(17)。
雅美「朝美、惜しかったね。最後の試合。」
朝美「まあ、今年は地区予選まで、行ったのだから、それで満足よ。」
と、ガッツポーズする。
浩二「雅美は明後日、決勝戦だから、身体を壊すなよ。」
朝美「浩二くんもね。」
と、笑顔で言う。
雅美「あたしも、浩二くんのような恋人、欲しいな。」
と、呟く。
朝美「雅美のような美人だったら、浩二くんよりも、カッコいい男性が現れるわよ。」
雅美「そうかな。」
と、笑顔になる。
朝美、自分のラケットを浩二に渡す。
朝美「あたしも、浩二くんと一緒に戦いたいの。そばに置いてね。」
浩二「・・・わかった。」
と、朝美のラケットを受け取る。
雅美、そんな二人を羨ましいそうに見つめる。
歩行者用の信号機が、赤から青に変わる。
朝美「明日、学校でね。」
と、横断歩道を渡って行く。
信号無視の軽乗用車が、猛スピードで朝美に向って来る。
耳を引き裂く急ブレーキの音。
そして、宙を舞う、朝美の身体。(スローモーション。)
路上に横たわる、朝美の身体。
浩二と雅美、唖然として、それを見詰めてる。
〇病院・外観(夜)
病院の駐車場から病院の玄関へ走ってる男女。朝美の父親と母親である。
〇同・集中治療室の前
浩二と雅美が、俯き加減で長椅子に腰掛けている。
病院の事務員に案内されて、朝美の父親の森永繁(45)と母親の静子(40)が、沈痛な表情で
歩いて来る。
浩二と雅美、椅子から立ち上がる。
事務員「今、担当医師と看護師が参りますので、椅子に腰かけて、お待ちください。」
と、言うと深くお辞儀をし、受付の方へ戻って行く。
集中治療室の扉が開き、中から医師の正岡信繁(46)が出て来る。
繁「先生、娘の容態は、どうなんですか?」
と、信繁に問いただす。
信繁「今の状態を申し上げますと、お嬢さんは、生死の境を行ったり、来たりして、ここ三日が
峠です。」
繁「・・・そうですか。」
と、落胆する。
信繁「しかし、お嬢さんのバイタルは、微妙ではありますが、正常に戻りつつあります。
それでも、油断は出来ません。」
静子「娘は・・・、テニスをしているので、出来るようになりますか?」
と、信繁に訊ねる。
信繁「それは、答えようがありません。お嬢さんは、身体のあっちこっちに、骨折をしておりまして、
一番、危惧しておりますのが、腰椎の骨折なのです。もしかすると、下半身麻痺を起しているかも、
知れません意識が戻れば、そこのところが、はっきりするのですがね。」
と、疲れたというように眼鏡を外し、ハンンカチで目頭を押さえる。
〇朝美の病室。
朝美がベッド上に上半身を起こしてテニスを題材としたコミック本を読んでいる。
なんとなく、つづく。