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Ambrosia Knight 〜 遠き日の約束 〜  作者: 雑用 少尉
第6章 終焉の始まり
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第34話(90話) 偶像の愛

 

 人に銃を向けて、身体が震えたのは初めてだった。


 人を撃つのが今更怖くなったわけではない。目の前にいる人物の存在を、身体が否定しているのだ。


 そいつが生きている筈がない。お前の目は幻を見ているのだ。そう自らに言い聞かせるように。



「貴方も大きくなった……えぇ、とても…………」



 だがアレンの耳に入り込むその声は、紛れも無く本物だった。死んだとばかり思っていた人物は今、生きた肉体を持って目の前にいる。


「どうやってここに来たのかしら? 誰かの手引き? ……まぁどうせ、そこにいる道化の差し金でしょうけど」

 横目で睨まれたトリックフェイスは知らないと言わんばかりに両手を広げる。


「何故生きている……!? 死んだ筈だ、死んでなきゃおかしい!!」

「貴方も。貴方もあの外道の言葉に騙されているのね。可哀想……自分の父親がマッドサイエンティストなのを知らされないまま、貴方達は育ってきたのだから仕方ないでしょうけど……」

「違う!! 親父の話じゃない……17年前のあの事件。あの時砂漠を覆ったアクトニウムの中心にお前はいた筈! 生きていられるわけがないんだ!!」

「…………貴方の言うとおりよ。何故生きていられたのか私にも分からない」

 そう言うと、おもむろにアリアは上着を脱ぎ、そしてワイシャツを脱ぐ。



 身体を走るいくつもの深い裂傷。そこからは小さいアクトニウムの結晶が所々突き出し、生々しい鮮血が今尚滴り落ちていた。


 あまりに凄惨な姿に、近くで見たエルシディアは悲鳴を上げた。



「きっとゼロが私を守ってくれたの。でもね、傷は今でも痛い。ずっと、ずっと、ずっとずっとずっとずっとずっとずっと!!」

 アリアは乱雑に上着を羽織り、叫ぶように思いを語り始める。



「けどね!! こんな痛みなんかどうでもいい! でもこんな身体じゃあ……ビャクヤを抱きしめて上げられない。17年も会っていない、きっと悲しんでるに違いないわ!! 私が、私しか彼を慰められないのに……なのに…………」

 自らの身体を恨めしそうに撫で、アリアは呻く。つられるようにアレンは自らの右肩を撫でた。


 自分にも彼女と同じ様な傷が右腕にある。忌まわしい過去を見せつけるかの様に深く、目立つ傷から、アレンは目を背ける。


「……それでは、奴に、ソウレン・ビャクヤにお前の人格が宿っていた理由がつかない。あれは何だったんだ……!? クラウソラスに洗脳されて記憶を埋め込まれた? だがアリアが生きていたと知っていたなら、そんな事をする意味は……」

「あぁ、もしかしてそれ…………ゼロの事を言ってるの?」

「ゼ、ロ…………?」

 アリアの言葉に、エルシディアの記憶が蘇る。


 2年前、何度かゼロエンドは搭乗者であるビャクヤの意思に関係なく動いていた時があった。

 そして、ビャクヤの人格が変わっていた時、いつも近くにゼロエンドがいた。


「ゼロ…………だと?」

「正確には、ゼロに搭載されていたAI。EAには電子頭脳が搭載されているのは知っているかな? だけどあれは普通の電子頭脳じゃない。ちゃんと学習するの。戦い方だけじゃない。その人の言葉、感情、思い出……それこそ、本物の人間の様に。ゼロは最早、もう1人の私と言ってもいい」

「ありえない!! EAは兵器だ!! 兵器が意思を持つわけがない!! 剰え人間の人格を乗っ取れる訳が……!!」

「乗っ取る? ふふふ、ゼロはそんな事していないよ。ビャクヤとゼロは特別なの。私が……特別にしたの」

 それ以上のことは語らない。まるで自分とビャクヤだけの秘密の様に。

「貴方もビャクヤに会ったら、また仲良くして上げてね。あぁ、あぁ、ビャクヤ……」


 アレンには分かっていた。

 自分の目の前にいる女は自分に話している様に見えて、その実自分のことなど眼中にない。

 自分が産んだ息子に囚われ、母親だと思い込んでいる、哀れな女。


 17年間アレンの中で渦巻いていた憎しみと虚無感が、口を突き動かした。


「…………ソウレン・ビャクヤは俺が殺した。お前の夢は叶わない」

「…………?」


 アレンの言葉にアリアは目を丸くした。理解出来ない、といった表情だ。

「アレン? なんて言ったのかな?」

「ソウレン・ビャクヤは、俺が、殺した」

「……………………………………………………」

 不気味な程に長い沈黙。そして返ってきたのは、



「アレン。冗談だとしても笑えない。謝ったら許してあげるから、今すぐに謝りなさい」

 冷酷な表情と、言葉だった。無意識の内に、銃を握る手に力が入る。

「俺は、お前の…………クラウソラスの血の呪縛を断ち切るために生きてきた。例えそれで……」

 僅かにエルシディアへ目を向ける。


 彼女には今、自分が見えているのだろうか。変わり果てた妹の姿は、痛々しくて、哀れで。

 自分から離れて、スティアと暮らしていてくれればよかった。その間に自分が全てを終わらせられれば。だが結果、こんな目に合わせてしまって。

「……………………すまない、エル」

「……っ!」

 微かな声で言った言葉は、エルシディアの耳にも伝わっていた。


「お前が生きているなら、もう一度殺せばいいだけだ」

「いいんですかぁ? その人総司令官ですよぉ? 殺したら国が混乱してぇ、戦争負けてぇ、貴方は処刑待った無しですよ?」

 トリックフェイスがアレンに忠告する。しかし彼の手は揺るがない。

「クラウソラスは、親父はもういない、お袋もいない。お前が最後だアリアッ!!! 俺は、俺達は、もうお前達に縛られない!!!」

 引き金に指がかかり、引かれようとする。しかしアリアは微動だにしない。


 引き金が引かれた。



 耳をつんざく発砲音と共に放たれた弾丸は、アリアの頬を掠めた。血が滴るが、すぐに傷は塞がる。


 対するアレンの右腕と両足からは、血が噴き出していた。

「っ!?」

 倒れていく中視界に入ったのは、硝煙が立つ銃を持ったトリックフェイスの姿があった。

「トリックフェイス…………!!!」

「興醒めだよ、お前達の茶番。失敗作が一丁前に幸せになろうとするなんて、絵本の物語じゃああるまいし。……ま、私が演じてた道化も大概茶番だったか」

 そこにいたのはトリックフェイスではない。かつてアーバインやゼオンと共に多数の人間の運命を歪めた、ギーブルだった。


 アレンが取り落とした銃を蹴り、ギーブルは背を向けた。

「私は7号機の最終調整に入ります。パイロットの選抜は任せましたよ、総司令官殿」

 そう言って部屋を去った。



 床を滑っていった銃は、地に伏せていたエルシディアの頬へと当たった。

 咄嗟の判断だった。最後の力を振り絞り、銃を取るとアリアへと向ける。震えて定まらない照準を、懸命に眉間へ向ける。

「エル、危ないから渡しなさい」

「……っ」

「…………何、その目。彼奴にそっくり。……気に入らない!!!」

「きゃあっ!?」

 顎を蹴られ、銃を無理矢理取り上げられた。

「貴女達が実験に成功していれば、ビャクヤはあんな目に遭わなかったのかなぁ? そうだとしたらさぁ、貴女達も、私とビャクヤの仇って事だよねぇ?」

「あ、あ、あぁ……」

「やめろアリアッ!!!」

「煩い!!」

 迷う事なくアリアはアレンへ発砲。立ち上がろうとしたアレンの右脇腹を貫いた。口から吐血する。

「ガ、ハッ……!!」

「兄さんっ!!」

 口を突いて出たのは、兄さん、という単語。兄だとすら思ってなかった青年へ向けて、少女は叫んだ。


「決ぃめた。7号機のパイロット……エルに決定」


 アリアが指を鳴らすと、入り口から多数の兵士達が現れ、エルシディアを連れ出そうとする。

「嫌、嫌!!! 私は、私はぁ……嫌だ、嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」

「エルッ!!」

 アレンは這いずりながらエルシディアを追おうとする。しかしその手を、アリアの足が踏みつけ、動きを止めた。

「お前の目的は何だアリア!!? 7号機とエルを一体何に──」


「貴方にはまだまだ働いて貰う。7号機の護衛を任せるわ」

「そんな事誰が──」

「貴方に拒否は出来ない。だって大事な家族を失うのは嫌でしょ? 特に貴方は、昔からお姉ちゃんが大好きだったんだから」

「まさか…………まさかお前…………!?」


 アリアの口角が上がる。三日月の様に艶かしかった。





「…………繋がらない」

 スティアはアレンからの応答を待っていた。少し前にエルシディアの様子を気にかけて欲しいと送ってから、しばらく連絡が来ていない。

 アレンの手伝いに行っていると聞いて少し気が緩んでいたが、エルシディアが心身共に負っている傷が深い事はこの前の事から明らかだ。自分の目が届かない場所での様子も把握しておきたかった。


 もう一度、通話ボタンを押そうとした時だった。


 インターホンが鳴る。今日は来客の予定などなかった筈。

 扉の前へ赴き、覗き穴から来客の様子を伺った。



 外にいたのは、大量の武装兵士だった。


「っ!?」

 驚いて目を離した瞬間、鍵を撃ち抜かれ、扉が蹴やぶられた。チェーンロックはバーナーで焼き切られ、瞬く間に兵士達が家に上り込む。

「な、何を、きゃあっ!?」

 車椅子が倒され、引きずり降ろされたスティアの腕に手錠がかけられる。

 やがて組み伏せられたスティアの前に、1人の人影が現れた。


「……確かに、俺にしか出来ない仕事か。悪いね姉ちゃん、あんたを拘束するようにって、総司令官から直々の指令だ。面識は無いが、牢でのあんたの面倒は俺が見ることになった。よろしく頼むぜ」


 シュランは淡々と告げた。



 続く

次回、Ambrosia Knight 〜遠き日の約束〜


「17年の寂寞」


想い、眠り続けた時が流れ始める。

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