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Ambrosia Knight 〜 遠き日の約束 〜  作者: 雑用 少尉
第6章 終焉の始まり
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第32話(88話) 根差した記憶

 

「……報告書にあったことは、事実なの?」

 静かに、だが厳しい口調でエリーザは2人に問いかける。その隣では、同じく厳しい表情のまま報告書を睨むアレンの姿があった。

「信用出来ないなら自分達で現場見に行けば良いじゃん。ケチつけんなよ報告書に」

「先輩、言葉。……確かに文面だけ見りゃ、嘘っぱちに感じるのはしょうがないでしょうな。現にこの目で見た俺も、夢でも見てたんじゃないかって思ってましたし」

 フブキを抑え込み、シュランが前に出る。

「ただ、俺とフブキ先輩のEA見たら、嫌でも実感させられますよ。……ありゃやばい。あれがもし実戦レベルにまで実用化出来ていたら、虎の子のEAすら奴等に通用しないことになる」


 アレンはシュランの言葉と同時に、報告書に載せられたヘカトンケイルとヴォイドリベリオンの写真を確認した。



 装甲、武器、フレームに至るまで焼け焦げ、所々に結晶が生えていた。



「アクトニウムか、これは……」

「流石少佐殿だ。確かにそれはアクトニウムです。それも、とびきり純度の高い奴。触れるどころか専用の防護服着てないと、近づくだけで即死レベルらしいっす。おかげで俺のヘカトンケイルは隔離整備室送り……デビュー戦を散々にしちまった」

「よく貴方達は無事だったわね?」

「俺らはパイロットスーツがありましたし、すぐに脱出しましたから……けどヘルメット外してたりしてたらお陀仏だったでしょう。いやほんと、タチが悪い兵器だ」

 命からがらといった感じだったのだろうか。そう話すシュランの表情は少々疲れたようなものになっていた。

 一方フブキはというと、壁を蹴り、柱に拳を叩きつけて怒り狂っていた。こちらは屈辱を思い出したようだ。

「あぁぁぁっ!! 次会ったら、次会ったら必ず……!!」

「次って。修理の目処立ってないからしばらく出撃できないっすよ」

「あの変態に意地でも早くやらせる!! 私帰って寝るから!! 起こしたら殺す!!!」

 扉を蹴破り、大声で喚く声が遠ざかっていく。それを怪訝な様子でシュランは見送った。


「…………」

「何か気になることでも?」

 報告書から一向に目を離さないアレンの肩に、エリーザは優しく手を乗せる。

「…………場合によっては、俺が出る事になるかもな。嫌な、胸騒ぎがする」

 報告書を握る手が、僅かに震えているのをエリーザは見た。何を恐れているのか、一体何が不安なのか。

 まだそれを汲み取る事が出来ない自分に歯痒さを感じながら、優しく背中をさする。


「…………あ、あ〜。俺、そういやまだ飯食ってなかったなぁ………………それじゃ、俺はこれで」

「……? あぁ、分かった」

 気遣いに気づいていない様子のアレンを尻目に、シュランはゆっくりと部屋を出た。あんなものを見せつけられては居心地が悪い。

「傭兵だった頃は割りかし風俗行ってたが……流石に今はキツイか」


「なんですかぁ? 夜のお悩みで〜すっか?」


 と、もはや聞き慣れた声。いつものフルフェイスヘルメットを被ったトリックフェイスが姿を現した。

「旦那……」

「よろしければ行きつけの店紹介しますか? ちょっとお高いですが、中々スリリングなプレイが……」

「いや、遠慮しておく。旦那の趣味的にやばそうだ。薬キメるタイプとか」

「なぁんでバレたんですかね? まぁんなこたぁどうでも良いんですよ。それより、はい」

 懐から取り出されたカプセルが放り投げられ、シュランはそれをキャッチする。


 見たところ、薬のようだ。


「これは?」

「まぁ言ってしまえばアクトニウムに対する抵抗力を一時的に高める薬です。あの結晶が機体内部に侵入した場合、パイロットスーツを着用していても3分が限界です。でもそれを服用すれば、パイロットスーツと合わせて、10分くらいは保つくらいに抵抗力が付きます。まぁそれだけあれば脱出は楽になるでしょう」

「なるほど、で? 副作用を知らない限り飲む気にはなれませんね。教えてくださいよ、旦那」

 カプセルをヒラヒラ振りながら、シュランはニヤリと笑う。それを見たトリックフェイスもつられて篭った笑い声を上げる。

「…………流石、鼻が効く。んまぁ、ただでそんな便利機能を得られる訳もなくて。服用すれば精神が少々不安定になります。無気力になったり、癇癪を起こしたり、場合によっては幻覚を見る事になるでしょう」

「了解、覚えておこう」

 そう言うとシュランは薬をポケットに入れ、トリックフェイスの横を通り過ぎる。

 その際、トリックフェイスはこうも言った。


「そうそう。常用者がいますので、その方に聞いてみるのもありですよ。……どんな地獄が、見えているのかをね」




 そう、地獄だ。


 薬が切れた瞬間に体を襲う、張り裂けそうな感覚。内側を何かに食い破られていくような激痛。

 これが、アクトニウムに侵され尽くした身体に課せられた罰。

「ああぁ…………!!」

 机の上にあるコップや花瓶を払い落としながら探す。手当たり次第に扉を開け、立て掛けた本棚を倒す。

 音を聞きつけて、慌ててスティアが駆け寄ってきた。

「エル!? 薬、薬は……!!」

「いつも…………見える場所に…………置いてって、言ってたのに……!!!」

「ご、ごめんね。部屋を片付けた時に閉まったままにしててーー」

「言い訳は良いから早く……っ!!? あぁ、あ、あぁ!!!」

 口から吐血し、目や鼻からも流血し始めた。スティアは動かない足を懸命に引きずりながら、棚から薬を取り出す。

 そしてエルシディアの口に薬を入れ、顔に付いた血を拭き取る。

「ごめんね、本当にごめんね……」

「はぁ、はぁ……何考え、て…………」

 だが次の瞬間、エルシディアの顔から血の気が引いていく。


 床には割れた花瓶の水に薄く映った、エルシディアの顔。


 そこに映ったもう1人のエルシディアは、語りかけた。




「早くビャクヤを助けてあげなさいよ。それとも、今が幸せだから忘れちゃってた? ……裏切り者」




「っ!? いや、いや、いやぁっ!!! 聞こえない、聞きたくない!!」

 スティアの手を振り切り、自らの部屋に駆け込んで行った。

 最近彼女の様子がおかしい事にスティアは気づき始めていた。何より薬の摂取する感覚が短くなってきている。


 スティアはスマートフォンを取り出し、自らの弟に繋いだ。



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 お腹の中にいる子は、とてもおとなしい子だった。


 普通の胎児はこの時期になると、お腹を蹴ったりするらしい。だがそんな気配は一切ない。本当に生きているのか、少し不安になる。


 不安げな表情を見せた為か、隣で林檎を剥いていた女性が尋ねてくる。

「どうしたのアリアちゃん? 何か不安?」

「う、ううん。何でもないよイシューさん」

「そう。ストレスはどっちにとっても良くないから、嫌な事とかあったらすぐに言ってね」

「うん」

 女性は優しく微笑んだ。

 雪のように白い髪と、煌めく銀色の瞳。女性の目から見ても、見る目麗しい姿だ。お腹の中の子も自分ではなく、イシューに似て欲しい。誰に対しても優しく、包容力がある、正に母親の鑑のような人だ。

「この子も本当は、イシューさんから産まれて来たかったんだろうな……」

「コラ、そんなこと言っちゃダメ。赤ちゃんが悲しむでしょ、お母さんからそんなこと言われたら」

「あ、あう、ご、ごめんね、赤ちゃん……」

「この子には、お母さんが2人いるの。貴女もお母さんなんだから、ね?」

「じゃあ、いつまでも赤ちゃん呼びは良くないかも。名前、決まってる?」

 尋ねると、イシューは嬉しそうに笑い、そしてその名を告げた。


「ビャクヤ。……つい3日前くらいにね、コウヤが徹夜して考えたの」

「ビャクヤ…………太陽が沈まない現象。いつまでも沈まない、太陽の子……」


 コウヤ、イシューの夫が考えたのだ。とても良い名だ。

「ビャクヤ……ふふ、ビャクヤ……あっ」

 ほんの少しだが、お腹を蹴られる感覚がした。喜んでくれている。


 自分も、嬉しかった。





 プロトゼロの中で、目が醒める。


 何が起きたのだろう。戦場で戦っているうちに、プロトゼロのコアがオーバーヒート寸前になり、退却しようとして…………そこから先の記憶がない。


 所々の機器がショートしている。早く修理しなければならないのだが、やけに外が静かだ。


「出なきゃ……外に…………」


 ハッチが固い。何かで固められたようだった。無理やり蹴り開ける。

「ごめんね、ゼ、ロッ!!」

 勢いよく蹴ると、ハッチが跳ね上がる。外の景色が目に入る。



「…………あ」



 美しい地獄が広がっていた。


 砂嵐が舞う砂漠はそこになく、光を反射して輝く結晶が広がっていた。数多の機動兵器が結晶の中に取り込まれ、彫像と化している。


 突き抜けるような青空から、皮肉の様に自分へ光が浴びせられていた。


「私が……? ゼロが……? やったの…………? これを…………?」


 プロトゼロの方を見る。その装甲は焼けてこそいるものの、アクトニウムの結晶はついていない。自分の言葉を肯定するかの様に。



「あぁ…………私が、私が…………あぁぁぁぁ……………………!!!」





「ビャクヤに、会わせて……」

「出来ない」

「どうしてっ!!?」

 ビャクヤの身柄が預けられた、自らの兄の研究所のインターホンに叫ぶ。

 轟々と雨が降りしきる中、開かない半透明の扉を叩き続ける。

「ビャクヤはお前に会わせられない。今後の研究の邪魔になる」

「だったらせめて、せめてコウヤさんとイシューさんにビャクヤを渡して!!」

「もうこの世にいない人間に渡してどうする」

「は…………? え…………?」

 理解出来なかった。

「この世…………この世…………?」

「プロトゼロも探さなければならない。何処にやったか話す気はあるか?」

「何言ってるの……? いいからビャクヤを、返してよ……兄さん……」

「話す気は無いと。やはりアーバインを探すしかないか」


「クラウソラス博士。バイオレストアで培養していた細胞が十分増えました。そろそろ、アリアの左腕(・・・・・・)の移植を行えるかと」

「…………私の、腕?」


 背後から聞こえた研究員の言葉。しかし自らにはまだ両腕が残っている。


「これで駄目ならもう一度プランを練り直さなければな。……右腕、左腕、心臓、足。どれが正解なんだ。人為的に、効率的にアクトニウムに完全な耐性を持つ人間を作るには…………」

「博士、こちらは結果が出ました。辛うじて、2番の右腕が目立った拒絶反応無しですが……1番と3番は駄目です」

「腕、なのか? スティアとエルシディアは選ばれなかったか。だが何かに使えるかもしれない。まだ楽にはするなよ。アレンは引き続き経過を観察しろ」


「スティア…………? アレン……? エル?」

 その名は確か、兄の子供達。


 まさか、自らの子すら、実験材料に……?



「は、はは…………はっはははははははははははははははハハハハハハ!!!!?」


 思考がそこまで至った瞬間、何かが壊れた。


 笑いが止まらない。止まらない。止まらない。


 だっておかしいではないか。誰よりも子を愛するべき親が、子を研究材料にするなど。



「ははははははハハハハハハハハハハ…………ああああああああアアアアアア!!!!」


 叫ぶ。届くまで叫ぶ。曇天の空に、ひたすら叫ぶ。



「許さない許さない許さない!!! 絶対取り戻してやる!! 全部、全部私から、私達から奪ったんだ!! お前だけじゃない!! アーバインも、ゼオンも、ギーブルも、みんな、みんなぁ!!! 返せぇ!!! 私のビャクヤを、返せぇぇぇぇぇぇっっっ!!!」


 白く濁った瞳を震わせ、血を吐くまで。


 我が子を返せと、泣き叫び続けた。



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「…………」

 夢から覚めた。


 夢だったなら、どれだけ良かっただろう。


 今の自分には分かる。あれは夢ではなく、事実。


 ならば1つ、新しい事実がある。



 アリアは「天翼の光事件」で死んでいない。ならば何処にいるのか。そこまでは夢は教えてくれなかった。


 だがそうなると、1つ疑問が浮かぶ。


 何故今になって、この記憶が蘇ったのか。グシオスと戦った時に聞こえた声と、アクトニウムフレアの暴発。



 総司令官に命じられたアクトニウムフレアの制御法。これを探っていけば、何処かで真相への糸口を掴めるだろうか。



「いたな、サボり野郎」


 2つの影が、甲板に寝転がるビャクヤの頭を覆う。防護服を着たベレッタとウォーロックだ。

「早く修理の手伝いに来い。今は誰の手も借りたいんだ」

「俺のティラントブロスをあんなんにした償い、やって貰うぞ」

「…………分かったよ」

 渋々、引き受ける。



 焦げと結晶まみれのティラントブロスの哀れな姿を思い出すと、嫌だとは言えなかった。


 続く

次回、Ambrosia Knight 〜遠き日の約束〜


「真と虚」


既に虚なる存在が、真を語る

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