第31話(87話) 深き世界からのメッセージ
「もう1機いるとか……うざ」
いつもと同じ様に悪態を吐くが、フブキの頭の中では様々な対処を考えていた。
ヴォイドリベリオンは遠距離で戦って真価を発揮するEA。今目の前にいる機体は近距離、又は中距離での戦いを得意としているだろう。右腕に携えた巨大な槍と、腰に備えられたライフルから予想する。
攻略法は1つ。如何にして距離を取るかだ。
そして、その答えが出る前に戦いは始まる。
ディスドレッドの背部バーニアが蒼炎を噴き、槍を突き出して来た。
「ちょっと!? もう、まだどうするか考えてる最中だっての!!」
瞬間的な速度はヴォイドリベリオンも速い。だがディスドレッドの速度を到底振り切れる程ではない。
フブキは「ヘラクレス」の銃身で受け流そうとする。だがアクトメタルで出来た銃身ですら、ディスドレッドが繰り出した突きで抉られていた。
「糞が!! 何なんだお前!!」
フブキは「ヘラクレス」に対機動兵器散弾を込め、レバーコッキングの後にすかさず発射。しかし飛散する弾丸は槍の一振りでほとんど弾き飛ばされてしまう。
ディスドレッドの槍は斧槍に似ていた。しかしその穂先は槍の半ばまで斧の刃が占めており、先端が申し訳程度に槍の形をしていた。柄にはスピアーの様に鍔が付いているが、小さなスラスターが見えている。
再び槍を構え、ディスドレッドは突進する。その一連の動きは単純ながら一切の無駄がなく、まるで戦闘マシーンの様だった。
「とにかくこのままじゃジリ貧になる……早く来い、おっさん!!」
「おっさんじゃないってば!! 行きたいのは、山々なんだけどなぁ……!!」
依然取っ組み合ったまま、互いに前進と後退を繰り返すティラントブロスとヘカトンケイル。体格差ではヘカトンケイルの方が上だが、ブースターやスラスターを全開にしているティラントブロスの方が出力は上。単純な機体の力だけで押しているヘカトンケイルが押されるのも無理はない。
「このままだと、アクトニウムコア、だったか? オーバーヒートする……!! 仕方ねえ!!」
シュランはヘカトンケイルを後退させる。同時に拮抗していた力のバランスが崩れ、ティラントブロスは前につんのめるようによろけた。
「勝負は負けてやるが…………殺し合いは勝たせてもらうぜ」
振り上げたヘカトンケイルの拳が、ティラントブロスの胴体にぶつけられた。
宙を舞い、転げ回り、近場にあった岩に衝突した。砂埃が舞い上がり、どうなったのかは窺い知れない。だが今の一撃は間違いなくコクピットを破壊した筈だ。
「とにかくあのヤンチャさんを助けに……」
「いってぇ……じゃねえかぁぁぁっっっ!!!」
砂埃を突っ切り、ティラントブロスが姿を現した。その分厚い装甲を纏った胴体には亀裂こそ走っているが、潰れてなどいなかった。
「嘘だろ!? どんな構造とパイロットしてーーっ!!?」
今度はティラントブロスの盾の打突部が、ヘカトンケイルの胴体に叩きつけられる。全身のスラスターとシールド内のブースターによる渾身の打撃は、ヘカトンケイルをよろめかせ、中のコクピットを大きく揺らした。
「がぁぁ……!! 頭が、割れるみてえだ……」
「あぁ……歯が1本割れた……いっつ、ペッ!」
ウォーロックは割れた歯の欠片を吐き出す。口の中を切ったが、戦闘に支障はない。
対してシュランは頭を打ったせいか、視界がボヤけていた。
「まずいなこれは……フブキ先輩、そっちはどーー」
[きゃっ!?]
「……先輩?」
フブキの小さな悲鳴。
何か嫌な予感が過った。
「さて、続きだ……っておい!? どこ行く気だテメェ!!?」
突如自分を無視して走り出したヘカトンケイル。すぐにその後を追おうとした時だった。
ヘカトンケイルの両側頭部にある、顔のようなものがスライド、合体し、もう1つの頭を形作る。
背部から更に一対の腕が出現し、ティラントブロスを掴み上げた。
「物のついでだ……お前もすりつぶすか」
そのまま地面に押し付け、引き摺り回す。
凄まじい振動に、もがくことすら出来ない。仰向けに押さえつけられているせいで踏ん張りも効かないのだ。
「クッ…………抵抗すれば余計に損害が……保ってくれよ、ティラントブロス!」
「全く、世話焼かせなんだからな……あのガキは」
「もう、なん、なの……!!」
距離を離そうとしても一瞬で間合いを詰められ、近接戦をしようともヒットアンドアウェイ戦法で散弾の間合いから逃げられる。
「早く来い、使えない奴!! 囮くらいこなせよ!!」
口汚く罵りながら、槍を突き出そうとするディスドレッドへ散弾を放つ。しかしユラユラと揺れるように躱され、頭部に一撃を貰う。ヴォイドリベリオンの曲面を描く頭部装甲によって大事には至っていないが、それも時間の問題だ。
「残念だけど、孤立するように陣取った君の負けだ。君のライバルなら、きっと上手くやってたに違いない」
もしフブキが聞けば憤慨するような言葉を呟き、今一度槍を構え直す。持ち手の鍔から火が噴き、狙いを胸部装甲にある僅かな隙間に定める。この武装ならばその小さな点を貫き、斧の刃でそれを押し広げながらコクピットを破壊出来る。
大きく踏み込み、突きを繰り出そうとしたその時だった。
ーー ビャクヤ…… ーー
「っ?」
ーー 何処にいるの……? ビャクヤ……!? ーー
ーー 寂しい……!! ーー
ーー 1人は嫌ぁ!! ーー
「…………アリア?」
「久しぶりだなぁ! 蒼いEA!!」
頭に響いた声に躊躇った一瞬の隙に、ディスドレッドの身体が宙に持ち上げられる。
目の前に現れた頭に、2つの銀の輝きが灯った。
「さて、うちの可愛い先輩痛ぶってくれた分と、前に仲間を殺した分、罪を悔いながら握り潰さ……」
「詰めが甘い」
ビャクヤは僅かに自由なディスドレッドの右腕から槍を離し、腰のライフルを持つ。そのままヘカトンケイルの頭に向けて発射した。
耳をつんざくような爆音と、空気が震える程の凄まじい発射反動。ヘカトンケイルの頭が大きく揺れ、同時にディスドレッドとティラントブロスを離した。
「あぁぁ、やっと離しやがったな。スペクター、反撃開始だ。……スペクター?」
立ち尽くしたまま動かないディスドレッドの様子を、ウォーロックは訝しむ。
「おい、スペクター!?」
「……聞いたことがない言葉だ」
「は?」
「もしかして……これは…………」
ヘカトンケイルの頭部は歪な形に変形してはいたが、まだ機能不全に陥ってはいなかった。
「やっぱ俺、貧乏くじ引く運命なんだな……先輩、俺頑張ったんだから少しは……」
「私に恥かかせやがって……!! あの蒼い奴、コクピットぶち抜いてやる……!!」
「恥って言った! 俺に助けられた事、恥って!!」
シュランが騒いでいるのも無視し、フブキは再び「ヘラクレス」へ弾丸を装填。
「死ね!!」
間髪入れずに発射した。
そして、
「これは…………アリアの声……」
ディスドレッドの右腕から蒼炎が舞い上がり、「ヘラクレス」から放たれた弾丸を焼き尽くした。
炎は踊り狂う。
「あっぶねえ!? 何のつもりだスペクター!?」
「違う、俺の意思じゃない! ……どうした、落ち着けディスドレッド!」
右腕から炎を振りまき、周囲が次々と炎に包まれていく。煌めく蒼炎の中に、結晶が輝きを発していた。
ーー ビャクヤ、ビャクヤ!! 会いたいよ、会いたい、会いたい会いたいあいたいアイタイアイタイ ーー
ーー 私の、愛しい、たった1人の、子…… ーー
続く
次回、Ambrosia Knight 〜遠き日の約束〜
「根差した記憶」
絡み合った記憶は、深く、広く、伸び続け……