第30話(86話) 運命の右腕
「なぁ、ビャクヤ。本当にあれで良かったのかよ」
「あれって、あぁ、ウォーロックの事? 彼が自分で決めた事だもの。俺がとやかく言う謂れはないよ」
「……何かなぁ、運命ってすげえよな」
ビャクヤとベレッタは、空を飛ぶゴルゴディアスの甲板で話している話題は、少し前に遡る。
「EAの適性試験に合格、しただぁ!?」
「うん、ギリギリだけど」
シラキはベレッタに診断結果の用紙を手渡した。隅々まで読み込むが、全て基準をクリアしており、最後の総括にはご丁寧に、
[以上の結果より、EAへの搭乗を認可する。更なる戦果を期待する]
と記されていた。
「嘘だろ……」
「はっ…………見たかよ」
「うっ……」
シラキの部屋で診断を受けていたウォーロックは小さく笑った。許可が出たとはいえ、身体への影響を考慮してしばらくはゼオンやシラキの検査を受ける事になっている。
「わ、分かった……あのEAはお前の物だ」
「ってなると、一旦ロンギールに戻るのかな?」
「いや、その必要はない。本部から改装用のパーツが送られてくるらしい。ビャクヤが手配したそうだが……彼奴、こうなること分かってたのか?」
「とにかく、次の仕事までに俺はEAに慣れなきゃなんない訳だ。機体のデータくらいは急いでくれ」
ウォーロックはそう言い残し、制服の上着を片手に部屋を後にした。
「調子に乗りやがって、あの野郎……」
「にしても君、EAに否定的だね? どうしてかな? むしろ君の様な整備士からすれば、弄りがいがある機体だと思うけど」
シラキの言葉に、ベレッタは複雑な表情を浮かべた。
「関わった奴等は皆、何かを失っているからな……。命か、身体か、心か。確かにEAに限った話じゃないかもしれない。でも俺は……」
「分かるよ。私もそうなった人を隣で見たことがあるから」
「あんたはアクトニウム研究機関にいたから、あるだろうけど」
「私の師匠2人がね。……そうそう。ウォーロック君のEAもだけど、ディスドレッドの改修も忘れないように。先週渡した設計図は何処まで進んだ?」
シラキの問いに対し、ベレッタは目線を逸らした。
「いや、何というか、ディスドレッドの整備は、難航中で……あの腕と機体の出力が釣り合わないというか、あのその…………」
「ありゃー、やっぱりか。しょうがない! 私も手伝いましょう! 今はそっちが優先!」
大きく背伸びをし、パソコンを閉じて部屋を出て行くシラキ。ベレッタはすぐに後を追おうとしたが、あるものに気がついて歩みを止める。
何やら小さな紙。そこにはメモ書きが記されていた。
辺りを見回し、そっと手に取る。内容を読むが、ベレッタには何のことか理解出来なかった。
「どうかしたー? ベレッタくん?」
「あぁ、いや! すぐ行く!」
咄嗟に元の場所へ戻し、急ぎ部屋を後にした。
残されたメモには、こう書かれていた。
[アクトニウムフレアの制御法を確立させる為、とある場所に向かえとのこと。位置座標の解析をお願いします]
アクトニウムフレア。
おそらく、ディスドレッドに組み込むよう総司令官から指示された、[スカルフレームシステム]に関係するものだろう。
発動したのを直接見たわけではない。だが焼け焦げたディスドレッドの装甲、そして5号機だったあのEAの姿を見れば、その破壊力は容易に想像出来る。
ひょっとすればあの機動兵器の右腕は、あのメモと関係があるのではないのだろうか。
「ウォーロック、ぼーっとしてるよ。少し寝た方が良いんじゃないか?」
「あぁ? たかが五徹したくらいだぞ? 舐めるな」
「本当に五徹?」
「……嘘ついた。ノルンとシラキ博士が途中交代したから3日だ、寝てないのは」
「そう、そして今日が交代の日!」
突如背後からベレッタの首が掴まれ、引っ張り上げられた。
振り返るとそこには、仁王立ちをしているノルンの姿があった。目の下には濃いクマが浮かび、作業の過酷さが伺える。
「さぁ、また徹夜の日が続くよ!」
「嫌だ! 後はガロットの親父さんとお前がもう一回徹夜すれば終わるだろ!」
「終わりません! さぁ観念してーー」
「ごめんね。君達に無理ばかりさせて……」
申し訳なさそうに肩をすくめるビャクヤを見た途端、ノルンの表情が一変する。
急にしおらしくなり、掴んでいた手を離して背の後ろに回す。
「い、いえ……戦えない私達に出来る、唯一の手助けですから……」
「……なんか、ウォーロックとかリムジーが言ってた意味が分かーー」
「という訳で、パパパッと作業やっちゃいましょー!さ、行、き、ま、す、よ!?」
「ああぁ! 助けてー! 助けてビャクヤー!」
情けない叫びを撒きながら、ベレッタは引き摺られていった。
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「センパーイ、何で俺と先輩だけ出撃なんですかー?」
先程から機体の無線を使い、シュランはフブキに呼びかけている。しかしフブキはいつものようにヘッドフォンで両耳を塞ぎ、全く話を聞いていなかった。
「先輩? ちょっと? ねぇ?」
「プッハー! 最高ー!!戦争行く前の音楽があればやる気も出るー!!」
「あのさ先輩!? 質問に答えなさいよ!!」
「あぁ?! うるせえな!!」
ちょうど曲の切れ目だったのか、フブキは無線に向かって怒鳴り散らす。
「そんな事エリーザに聞け! 私達はただ敵をやればいいんだよ!!」
「えぇ……」
シュランはすぐに割り切り、ブリーフィングファイルを端末で確認する。任務はグシオス領を飛行する不審な艦の排除。
一応、先程から停船するよう勧告を繰り返しているが、応じる様子はない。
要するにこれは、新型の実戦テストが本当の目的だ。
「そんじゃ、私もう出るから」
「まだ勧告中ですけど」
「応じる訳ないじゃん。ってなわけで撃ち落としちゃうから」
「あのさ先輩。戦争にもルールってもんがありましてね。あっちに敵対する意思なかったら面倒ごとに」
輸送艦の甲板にヴォイドリベリオンが現れ、「ヘラクレス」に巨大なマガジンを挿入する。銃側部のレバーを引き、内部のリボルビングが回転。
選んだものは対艦装甲貫徹弾。艦の装甲を破壊する程の威力を持つ弾である。
照準を合わせる。それ程大きくない輸送艦だ。一撃で沈められる。
「先輩、落ち着こうよ。後で何か買ってやるからーー」
「死ね」
シュランと輸送艦、双方へ向けた暴言と共に弾丸が発射された。
余りの衝撃にフブキたちの艦は大きく揺れ、甲板が凹む。
撃ち出された弾丸は一瞬のうちに空を飛ぶ輸送艦を貫き、爆散した。
「一発必中! イエイ!」
「酷すぎる」
「ボケーッと飛んでんのが悪いんだよ。……それに、あっちも元からやる気だったみたいだね」
「ん?」
シュランはモニターに目を移すと、爆煙の中から降下する機体が見えた。
パラシュートを切り離し、地面を揺らす轟音と共に着地する。
膨れ上がった筋肉のような肩と胸部の装甲。脚部には小さなスラスターとホバーユニットが搭載されている。何より身の丈の半分以上の大きさを誇る巨大な盾を両腕に取り付けている。
「あれ、EAか? なんか頭に見覚え……って、あぁ!? あれ、アークリエルか!?」
「EAー0006 ティラントブロス!! 行くぞ!!」
ウォーロックが叫ぶと同時にバックパックと脚部から火を噴き、機体に見合わぬ速度で走り出した。
「はっ! 見掛け倒しだって証明してあげる!!」
すぐさまヴォイドリベリオンはレバーを引き、弾丸を換装。対機動兵器爆発弾を込め、発砲。
しかし構えられた盾は弾丸を弾き飛ばし、後方で爆発。
「ちっ、あの盾邪魔! おっさん、早く取って!」
「おっさんじゃありません。まだお兄さんです」
「早く!!」
「はいはい」
輸送艦の下部のカタパルトが開き、1体の機動兵器が躍り出た。
従来の機動兵器よりも一回り大きく、巨大な腕を持ったその姿は正しく怪物だった。一歩踏み出す度に地面に亀裂が入る。
「ヘカトンケイルなら止められる……止められるよな?」
振り上げた巨大な拳が、ティラントブロスへと叩きつけられる。
だがガッチリ合わせた2つの大盾は豪腕を受け止めた。しかし機体が引きずられ、地面が抉られる。
「図体ばかりでかくても、意味ねえよ」
「おいおい、デビュー戦でこいつに恥かかせるのは勘弁だぞ……」
「今度はこっちだ!!」
大盾からブースターが露出。蒼い炎を噴出し、徐々にヘカトンケイルを押し返して行く。
「やるなこいつ……だが、俺たちはタイマン張ってるわけじゃないんだぜ?」
ウォーロックは気づいていない。
ヘカトンケイルの背後の輸送艦甲板から、ヴォイドリベリオンの姿が消えていることに。
ティラントブロスとヘカトンケイルが取っ組みあっている場から少し離れた場所に陣取っていた。ヘラクレスに弾丸を込め、照準を合わせる。狙いはバックパックの中心。弾丸は対機動兵器貫徹弾。コクピットを貫く算段である。
ヘカトンケイルごと撃ち抜いてしまいそうだったが、彼なら上手くやるだろうと信用することにした。
「じゃあ、さっさと撃……は?」
ヴォイドリベリオンが敵の接近を知らせる。だが周囲を見渡してみても機体の影は見えない。依然、反応は近づいてきている。
やがて、フブキはある事に気がついた。
反応の点の位置が変わっていない。
「上かぁっ!!」
全てのスラスターを一気に点火させ、後方へ飛び退いた。そのコンマ1秒後、巨大な槍が先程ヴォイドリベリオンがいた位置を貫いた。
そしてその姿は、自分が憎むべき機体によく似ていた。
しかし1つ異なる点があった。自身の身の丈に迫る槍を携えるその右腕は、眩しい程に輝く白銀の装甲を纏っていた。淡い銀色の粒子を揺らめかせている。
「……じゃあ、行ってみようか。ディスドレッド」
続く
次回、Ambrosia Knight 〜遠き日の約束〜
「深き世界からのメッセージ」
消えたはずの声が、聞こえてくる