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Ambrosia Knight 〜 遠き日の約束 〜  作者: 雑用 少尉
第6章 終焉の始まり
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第25話(81話) 過去の遺物

 

 ーー 無事に産まれてきてくれるかな…… ーー


 ーー 大丈夫よ。私と彼の……そして、貴女の子でもあるんだから ーー


 ーー 私の…………? ーー


 ーー そう。貴女が産むのだから、貴女の子でもあるのよ ーー



 少女は膨らんだ自らの下腹部に触れる。

 胎児は稀にお腹を蹴ることがあるらしいが、未だに感じない。大人しい子だ。

 きっと目の前にいる女性と、その夫に似て優しい子になるだろう。何となくわかる。


 母親の、感という奴なのだろうか。まだ18歳で、父親もいないというのに。



 ーー 名前は、決めたんですか? ーー


 ーー もちろん。名前はね…… ーー






「ん…………んん?」


 [現在、グシオス軍はグリモアール残存軍のほとんどを拘束、基地を制圧した模様です。詳しい動向は、情報が入り次第ーー]


 丁度目が覚め、付けっ放しだったネットニュースを切る。近況を知るにはこういった公共の放送も役に立つ事がある。


 最近、アルギネア、グシオス共にグリモアールの残党狩りを盛んに行い、テロの発生率は激減している。だが拘束されたグリモアールの軍人達がどのような末路を辿ったのかは、誰にも知らされていない。


 あの戦いから1ヶ月。こちらも動き出す頃合いだ。



「おいビャクヤ!! こいつになんとか言ってくれよ!!」

 いつもの騒ぎだ。ビャクヤは立ち上がり、扉を開けてその人物達を迎え入れる。

「スペクター!! 何度だって言うぞ。俺を……EAのパイロットにしてくれ!!」

「馬鹿野郎!! EAに乗るのがどれだけやばいのか分かってーー」

「てめえには聞いてねえ!!」

 ベレッタとウォーロックの言い争いの発端は、つい2週間前に遡る。



 回収した6号機、アークリエルの今後について総司令官に問うと、返答はこうだった。


 [好きに使ってくれて構わない。是非とも君達の戦力に加え、回収した戦闘データをこちらに送って欲しい。希望するなら、改修用資材も手配しよう]


 これを皆に報告したところ、ウォーロックが話に食いついたのだ。

「だったら俺に譲ってくれ。彼奴には借りがある。俺と一緒に、この部隊へ借りを返さなきゃな」

 だがこれに噛みついたのがベレッタだった。

「待て待て! オルトベロスはどうすんだ!? ど素人だったお前をここまで守ってきた愛機から浮気すんのかよ!?」

「だったらコクピットブロックを移植すればいい話だろ。元よりそうするつもりだった」

「いやそもそも、EAに乗るには精査が必要なんだ! 乗せろ、はい乗せます、は出来なーー」

「そこをなんとかして見せろよ、天才整備士! それともなんだ、そんな簡単なことも出来ないのか!?」

「な、ん、だ、とぉ……!?」



 このいがみ合いが、ここまで長引いたのだ。


「ビャクヤ、止めてくれって!」

「スペクター、頼む!! 俺は本気だ!!」

 2人はビャクヤの目を、真剣な眼差しで見つめる。

 ビャクヤは、ゆっくり口を開いた。


「ゼオンさんに聞いて、その後総司令官に聞けばいいんじゃないかな? じゃあ、俺はシャワー浴びてくるから」


 そのまま2人の横を通り過ぎ、部屋を出て行った。


 しばしベレッタとウォーロックは言葉が出なかったが、やがてベレッタの方から切り出した。

「……だ、そうだな。聞きに行く、か」

「あ? あ、あぁ……」

 ウォーロックがそう返し、簡単なことに気づけなかった2人は羞恥心で互いの顔を見る事が出来なかった。




 水が流れ落ちる。無くした部分を補う義手と義足を伝い、銀色の光沢を放つ。


 今でこそ慣れたものだが、最初は思うように動かないどころか、神経を繋いでから2週間は激痛に苦しめられた。指を動かそうとしただけで痛み、歩こうとするだけでも痛む。

 誰の為に、こんな苦行に耐えていたのか。その答えを見つけたのは最近だった。


 ーー 君は君だ。君が、ソウレン・ビャクヤだ ーー


 自分が、ビャクヤであるなら。

 アリアから引き継いだ記憶が本当ならば。


 真実を知らなければならない。彼等の為だけでなく、自分の為にも。


 シャワー室を出ると、丁度廊下を歩いていたゼオンと鉢合わせになる。

「お、スペクター、じゃねえやビャクヤか。……え、どっちが正解なんだ? ベレッタもウォーロックも、皆んな呼び方バラバラだからよ……」

「好きな方で。……貴方は、ビャクヤの方が呼び慣れているんじゃないかな?」

「そうか? ならそうさせてもらおうか。……義肢の調子はどうだ?」

 袖口や裾口から覗く銀の輝きに目が向けられる。ビャクヤは右腕をグルグルと回したり、爪先で床を叩いてみせる。

「見ての通り良好。流石、EAにも使われている技術を応用しただけある」

「脳からの微弱な電気信号を拾って動く。昔の技術にもあったものだがな。EAの様な巨大兵器を動かすレベルの代物だ。残った腕よりも便利なものだろ?」

「今度は中に武器でも仕込んで貰えないかな?」

「考えておく」

 2人は同時に笑い出した。決して軽い話ではない。過去の重みを知っている2人だからこそ、笑って話す事が出来るのだ。

「じゃあ行くわ。シラキに話があるって呼び出されたもんでな」

 そう言って手を振りながら、ゼオンは去って行った。


 態度には出ていない。だが彼の背には自分と同じ、重い過去がのしかかっている。

 バイオレストア手術を生み出し、EAに適合する人間を作る研究をしていた、一生をかけて償いきれない罪を身につけたまま。




 シラキは、総司令官から送られてきたデータファイルを開く。

 感心と同時に、畏怖を覚えた。流石、元軍事研究開発チーフだった経歴は伊達ではない。自分も多くの機動兵器を見てきたが、このようなものは考え付かないだろう。


 惜しむらくは、彼の技術が先を行き過ぎているせいで、実現に至るのに時間がかかる事だ。



 ーー 君達なら、この力の一端を任せられるだろう ーー



「冗談じゃない……これで…………一端……?」


 新型フレームと装甲を纏った、EAの右腕のデータ。


 それを、右腕を失ったディスドレッドへ移植した時の理論値は、明らかに既存のEAとは別次元の出力を示していた。



 続く

次回、Ambrosia Knight 〜遠き日の約束〜


「動かない針」


いつまで経っても彼の時は動かない。あの日から、ずっと。

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