第20話(76話) 躊躇いの死線
グリフォビュートの周りを包囲する傭兵部隊、そしてグリモアールの機動兵器に対し、エグゼディエルとインプレナブルは奮戦する。
グリフォビュートの機関銃に合わせてインプレナブルが両手のマシンガン、そしてミサイルをばら撒き続ける。
[敵を近づけないで下さい! 取り付かれたらこちらが不利になります!]
リンのコールに合わせ、インプレナブルの背部から砲身が伸び、榴弾を発射。飛び散った熱片は複数のグリフィアの薄い装甲を溶解し、崩壊させた。
「でもこの数は……!」
[エリス中尉! 甲板に敵が!!]
警告と共に、1機のゼファーガノンが甲板に降り立つ。スレッジハンマーを振り上げ、インプレナブルへ打ち降ろそうとする。
「っ!!」
即座に右腕のドリルブレードを展開、振り向き様に回転刃を腹部へ突き立てた。回路がショートし、粘性の液体が飛び散ると、ゆっくり倒れ臥す。
「……ティノンさん、まだですか…………!?」
撃ち抜かれた頭部から黒煙を吹き上げ、グリフィアは膝をつく。
「ゼロエンドは……?」
両腕に携えた64mm徹甲弾マシンガンの空弾倉を抜き、弾丸を込め直す。
ここに辿り着くまでに数機のグリフィアと交戦したため、残りの弾薬も少ない。いざとなれば背中に背負った電磁加速ライフルを使えばよいのだが、グリフォビュートの大型レールガンの為にバッテリーパックを消費した為、予備は1つしかない。
それにエリス達もいつまで保つか分からない。
「反応はここのはずなんだが……っ?」
その時、機動兵器の反応がレーダーに浮かび上がる。だが反応は複数機。ゼロエンドではない。
「……仕方ないか」
視界の端から飛び出したグリフィアが放つロケット弾を、エグゼディエルは飛翔して回避する。
上空から確認すると数は5機。いずれもエグゼディエルを撃ち落そうと上を見上げ、武器を向けている。
「来るか?」
刹那、グリフィア達が一斉にエグゼディエルへ射撃を開始する。それらを陽炎の様にユラユラと揺れ、弾雨の隙間を潜り抜ける。
グリフィア達は焦っているかの様に射撃の手を緩めない。だが弾丸は無限ではない。弾幕が途切れたその一瞬をティノンは見逃さなかった。
「今度はこっちの番だ!!」
糸が切れた様にエグゼディエルは落下する。両手で構えたマシンガンを真下に掃射。装甲を貫徹した弾丸はグリフィアの機関部を撃ち抜いて爆散させる。
爆発で巻き起こった土煙の中、怯むグリフィア達。
その時、1機のグリフィアは正面からの謎の一撃で仰向けに倒される。吹き荒れる中最後に見えたのは、自らを足で踏みつけ、マシンガンを胸部に向ける機体だった。
発砲音、続いて爆炎。再び巻き起こる砂嵐にグリフィア達は完全に位置を見失っていた。
何処から、自らを狩る天敵が来るのか。
ある者は諦めたかの様に立ち尽くし、ある者は抵抗する様にマシンガンを周りに乱射する。
だが鷹の王の爪は、等しく、平等に獲物に襲い掛かる。
背中に突きつけられたことに気付いた時には、撃ち抜かれて爆散。それに気がついた2機は後退り、戦意を喪失した様に武器を取り落す。見ると機体を捨てて逃げ出す人影が見えた。念の為に肩の小型アサルトライフルを撃ち、コクピット部を潰す。
最後に残されたグリフィアは自暴自棄になったのか、マシンガンを投げ捨てて対艦刀を抜き、ブースターを点火。高速で突進を仕掛ける。
エグゼディエルはマシンガンの銃身で対艦刀を受け止める。マシンガンは貫かれるが、防御が目的ではない。もう片方のマシンガンで対艦刀を持った手を撃ち、取り上げるとそれを頭から突き立てた。
「…………」
揺らめく炎の中、獲物を狩り終えた鷹の身体が赤く照らされる。
その時、レーダーに新たな反応が現れた。たった1機でこちらにゆっくりと向かっている。
振り向くとそこには、白銀の身体を煤や油で汚したEAの姿があった。
後は回収し、この場を去るだけでいい。早く戻らねばエリス達にも負担が掛かる。
それは分かっている。だがティノンは通信回線をゼロエンドの周波数に合わせる。
繋がった所で中に誰もいないのは知っている。それでも、ティノンは聞きたかった。
「もう、ビャクヤには会えないのか……? 私は、本当に、前に進むだけで良いのか……!? 過去の事を、全て忘れて……?」
その時、一通のメールが送られて来た。
差出人はアンノウン。そこにはこう書かれていた。
〈ビャクヤは、側でいつも君達を見守っているよ。だから君は、彼を信じて進み続けて〉
「……ふ、ふふ…………分かったよ。ゼロ」
エグゼディエルはゼロエンドの手を取ると、飛行形態へ変形。
「帰ろう。皆が待ってる」
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数度刃を交わし、何度もとも知らぬ鍔迫り合いを行う。
殺気が籠っていない大鎌は絶えずディスドレッドの首元を狙う。まるで、プログラムされているかの様に。
「頭を破壊して、本体を回収する様に言われているのか?」
「…………」
「答えるわけないか……!!」
スペクターは押し返し、大剣を一閃。しかし胴体を掠めた程度で躱されてしまう。跳びのき様にライフルを連射、それをディスドレッドは大剣の刀身を盾に防御する。
大剣を右腕に、左腕からブレードを展開し、前に躍り出る。横薙ぎに払う大鎌の一撃が襲い掛かる。スペクターは大剣を地面に突き立て、峰で刃を受け止めた。
だが振動で刃を砕く前にデュランハデスは大鎌を引き、再び大きく距離を取る。
この反応速度はトリックフェイスが開発した、「セカンドブレインシステム」の恩恵だ。頭部の電子頭脳とは別に、コクピット内に第2の小型電子頭脳を搭載。内部の人間をパーツの一部として高速で分析、伝達した情報を機体の動きに変換する。
勿論生きている人間にそんな事は出来ない。
内部のウェルゼだった男は虚ろな目で、デュランハデスが伝える命令を忠実に実行する部品と化していた。
「誘い込んでいる……?」
不自然な動きにスペクターは薄々感づいてはいた。一旦動きを止め、デュランハデスを注視する。
その選択が命取りだった。
死角から突如見えない力で引っ張られ、大剣を持った右腕が吊り上がる。
対応に遅れたディスドレッドを見た途端にデュランハデスは突進。横に薙いだ一撃を、ディスドレッドは間一髪屈んで対処する。
だがすぐに死神の鎌は翻す。拘束した右腕に向けて振り下ろす。刃は装甲の隙間を潜り抜け、頑強なフレームに到達する。拮抗したのもほんの一瞬。強引に振り抜かれた斬撃はディスドレッドの右腕を刈り取った。
「っ!!」
驚くのも束の間、スペクターは拘束から解放された機体を飛翔させようとする。だが今度は頸部が引っ張られ、地面に叩き落とされる。
仰向けになったディスドレッドの胴体に再び大鎌が叩きつけられようとする。それに対し左手のブレードで受け止めるが、軌道を変えただけですぐに破砕してしまった。
「クッ!!」
ディスドレッドを立ち上がらせるが、またしても左腕に力に振り回される。まるで操り人形だ。
その時スペクターの視界の端に、不自然な空間の歪みが映った。
「…………アレは!!」
スペクターはその正体に気がつき、ディスドレッドの肩の機銃を力の方向に連射する。大半が地面を抉る中、僅かに歪んでいた空間から火花が飛び散った。
そこには蜘蛛のような小型機の姿が浮かび上がる。かつてのファンタズマに搭載されていた工作機「ガーズ」を発展させたものだった。
ディスドレッドは反転し、再び機銃を連射。同じように火花が飛び散り、ガーズは爆散する。同時にワイヤーが切断され、力が消え去る。
「これで……っ!?」
しかし、ガーズは燃え盛る炎を纏ったままディスドレッドへと組み付いた。払う間も無く内部燃料が燃え上がり、2機のガーズは爆発する。
全身の装甲が焼け付き、膝から崩れ落ちる。胴体の装甲が焼け落ち、コクピットが覗く。項垂れたまま、スペクターはピクリともしない。
デュランハデスは大鎌で地面を削りながら、ゆっくりと歩み寄る。
処刑人の様に、或いは死神の様に。
ディスドレッドは断頭を待つ罪人の様に、動かない。
いつか見た空間。
青空が広がるだけの、殺風景な光景。
そう、彼の記憶では、ここにアリアがいた。
「……何の用だい?」
今、スペクターの目の前にいるのはビャクヤだった。静かな笑みをたたえて。
だがビャクヤの手足はあの時と変わらず、存在していない。見えない何かにもたれかかる様にしてスペクターを見上げている。
「君はもう、いない筈だろうビャクヤ。俺は君とアリアの人格が混ざって生まれた。だから君は……」
「いいや。僕はずっとここにいたよ。君が見ないふりをしていただけ」
「だったら今更、何でこんな場所に呼び出した?」
「迷ってるから」
「何をだ!!」
声を荒げるスペクター。そこで初めて気付く。
自らの手が、蜃気楼の様に揺れている事に。
「君はいつまでも、自分が僕とアリアの代わりみたいに思っているよね? …………違うよ。君は君だ。それだけは、忘れないで」
「…………いや」
ビャクヤの言葉にスペクターは返す。
「俺は君の、ソウレン・ビャクヤの、そしてアリア・クラウソラスの半身だ。君達の想いを果たす為に生まれたんだ。俺に自我は、俺に自己存在は必要ない。俺は君の亡霊であり続ける。だからその為に……」
手を伸ばす。
「俺に、君の全てを託してくれ」
一瞬だけ目を見開くビャクヤ。だがやがて、優しく笑い、
「勿論だよ。今日から君は、君が、ソウレン・ビャクヤだ」
残った左手で、その手を受け入れた。
〈CORE LIMITED OVER
SKULL FRAME〉
ディスドレッドのアイレンズが煌々と輝きを発した瞬間、機体が蒼い焔で燃え上がった。
装甲の隙間はおろか、カーボンナノチューブ筋肉が焼け焦げんばかりにフレームが蒼炎の衣を纏う。
余りの熱気に、デュランハデスの歩みが一瞬止まった。
「今…………助けます……ウェルゼ隊長」
スペクター、否、ビャクヤは静かに目を開いた。
続く
次回、Ambrosia Knight 〜遠き日の約束〜
「決別の炎」
さようなら、過去。弔いの炎を背に、生者は未来へ歩む。