第14話(70話) デスティニー・エンカウント
「案の定、ていうと変だけどよ……暇だな」
「暇ならいいんだよ。このまま何も起きないで済むのが一番だろ」
「でもよぉ、もう鉱山目の前だぞ。結局何もないまま任務終了だ」
覇気のない顔をするビリーと、それを嗜めるクラウン。だが無理もない。変わりばえのない輸送任務のせいで、リンやカイエンも退屈そうに背伸びしていた。
「なんて緊張感ねえ奴らなんだ……大佐が見てんの知ってんのか……?」
艦長席のアイズマンの隣、空いた副艦長席にはガウェルが座っていた。
「いや、私の事は気にしなくてもいいですよ」
和かに話すガウェルを見ると、クラウンは少しホッとした様に向き直る。
一方アイズマンは常に険しい表情で座っている。その様子を気にかけたガウェルは声をかける。
「艦長、何か気になる事でも?」
「いえ……最近こういった輸送任務を襲撃されるので、少し警戒をしていたのですが……」
「出来る限り安全な航路を考案したつもりですが、油断は禁物です」
「このまま、静かに終わるに越した事はないですけど」
その時、ガウェルの端末からコールがかかる。
「失礼、少し外させてもらいます」
「どうぞ」
管制室を去り、近くにある空き部屋でコールに応答する。
「はい。……えぇ、グリモアールを通して譲渡を…………そちらの協力者は報酬として彼らに要求する筈。傭兵部隊に力を借りている以上、グリモアールに拒否することは出来ないかと」
すると、端末の向こうの相手はクスクスと笑う。
「そう上手くいけばいい? 無茶な要求に応えたんです。それなりのケアを頼みますよ。これからも良い関係を築きたいならーー」
直後、艦内にアラート音がけたたましく鳴り響く。リンの声が続く。
[上空に所属不明の陸艦を発見! 本艦はこれより警戒態勢に入ります! 総員、直ちに配置につき、パイロットは機動兵器の発進準備を!! 繰り返します!]
「敵襲……? 一体何処が……」
協力者がいる以上、グリモアールとグシオスの可能性は少ない。裏切るにしてはタイミングが合わない。
となると、相手は限定されてくる。この任務と航路を知ることが出来、尚且つアルギネア側にいる人間。
「…………総司令官、貴方の差し金ですか」
「ウォーロック、敵艦から30メートル横に着弾」
「下手くそコラっ!!」
「黙ってろ! 狙撃なんて初めてなんだよ! オルトベロスは狙撃機体じゃない!!」
ウォーロックはリムジーの野次に怒号を返す。ベックの報告を元に角度を修正、敵艦の主砲に向けて対艦ライフルを発射。
「着弾! 敵艦の、手前に」
「センスねぇ!」
こめかみに青筋を浮かべ、ウォーロックは違う相手に怒鳴った。
「おいスペクター!! いつまで続けりゃいい!?」
「輸送艦と護衛艦が止まったら、機銃側に回って。くれぐれも輸送艦に当てないように」
「んな事分かってる!! 俺だってこんな狙撃くらい!!」
そのまま続け様に、ライフル弾を発射。
「着弾! 輸送艦の後部甲板」
「当てんなって言われたばかりだろ!!」
「ぐ……動きは、止まったな……機銃側に回るぞ!!」
「やっぱりウォーロックにはきつかったかな?」
「彼奴に狙撃は無理ですよ……」
ノルンは呆れ果てた様子で首を横に振る。隣ではベレッタが苦笑していた。
既にディスドレッドの装備は、特殊仕様にカスタマイズされていた。
小型プロペラントタンクを内蔵したレッグブースター、背部に長距離射程ライフル、大型ソードブレイカー、腰部にはライフルの予備弾倉が装着されている。
これなら人型形態のまま、長時間の空中戦闘が可能となる。
「だがこの装備でもアレと正面切ってやり合うのはキツイぞ。無茶だけはすんな」
「無茶しなきゃ殺されると思うから、それは約束出来ない」
「……あぁそうかい!! 亡霊なんだから2度も死ぬなよな!」
「はーい」
ディスドレッドのハッチが閉じ、カタパルトへと接続される。
「敵艦からの砲撃無し!! いつでも出せまーす!!」
「よぉし!! カタパルト射出!!」
ノルンとベレッタの号令と同時に、ディスドレッドが空へと放たれた。
「敵艦、機動兵器を出撃させました!」
「解析出来るか!?」
「はい、今…………え……?」
リンは画像を解析した瞬間、その動きをピタリと止めた。
「どうした!?」
「機体、コードは、不明……だけど、これ…………」
正面のモニターに出す。
その姿に全員が絶句し、アイズマンが辛うじて声を絞り出す。
「4、号機……!?」
「早くあの機体を迎撃してください!!」
管制室の扉が開いたかと思うと、ガウェルが指示を飛ばした。
「大佐、一体どういう……!?」
「あの機体の狙いはおそらく輸送艦。破壊か奪取かは分かりませんが……このままではまずい!」
「ですが、あの、機動兵器は……」
「早く発進指示を! 犠牲が出るかもしれないんですよ!」
「……了解」
不安げな表情を浮かべるクルーに対し、苦い表情でアイズマンは言い放った。
「全機、発進。目標は……EA!」
スペクターは試しに暗号通信を送る。だがブロックを受け、弾かれてしまった。
「全く、話を聞かない人達だ。あの輸送艦の中身は……」
と、熱源反応が大量に押し寄せる。その数はおよそ40。
「ベレッタ、援護お願い」
すると、ディスドレッドの背後から無数の弾丸が大挙し、ミサイルのほぼ全てを撃ち落とした。
「相変わらずだな」
「……許さない!」
エリスは煮え滾るような怒りに呑まれていた。
かつて共に戦い、そして散った機体。それをのうのうと使っている人間が許せなかった。
再度ロックオン。今度は背部の滑空砲も装填する。弾丸は徹甲弾。
ミサイルを一斉発射。しかし再び背後からの援護射撃で大半が撃ち落とされる。
その爆炎を突っ切り、現れたディスドレッドに狙いを定める。
「っ!!」
徹甲弾を発射。しかし肩の一部を掠めただけ。
だが輸送艦の方には既に彼女達がいた。
「相手がEAだろうと!!」
「絶対、守り抜いてみせる!!」
ゼナとツキミを始めとする、ガルディオン達がマシンガンやロケットランチャーで応戦する。
弾幕に押されたのか、ディスドレッドは一旦更に高く飛翔。長距離射程ライフルを放つ。
亜音速で放たれる弾丸は容赦なくガルディオンのアクトメタル装甲に傷を刻む。だが怯むことなく応戦し続ける。
こちらには切り札がある。
「ティノン隊長!」
直後、刹那の雷光と共にディスドレッドが大きく仰け反った。
「やった……!?」
「……いや」
ディスドレッドの腰からライフルの予備弾倉が焼け落ちる。
「あの一瞬で機体を反転させて直撃を避けた……?」
ティノンはエネルギーパックを交換しながらも思考を巡らせる。
カスタムや戦い方から、パイロットは4号機の特性を理解している。そもそも2年前からパイロット諸共行方が分かっていないのに、何故姿を今になって現したのか。
そして何より、あの機体から感じる胸騒ぎは何なのか。
次弾を発射。しかしまたしても躱された。ガルディオンの中にも損傷が激しくなってきたものも増えている。
たった1機で最新鋭機とEAを相手取る。操縦技術だけではない。あのパイロットには執念がある。
ならば、それをここで打ち砕く。
かつて共に戦った、蒼い幻を。
その時だった。
予期せぬ方角から放たれた射撃が、ディスドレッドとガルディオン達を襲ったのだ。
「……っ!? 友軍……じゃ、ないな、ガルディオンも攻撃対象に入ってる」
エグゼディエルのツインアイが格納、中心からモノアイが迫り出し、遠方の敵を観察する。
敵機体はバラバラだ。グリフィア、ジェイガノン、ヴァルダガノン、ゼファーガノン、だがその全てに黒いマントが装着されていた。
「なるほど、レーダーに映らないカラクリはそれか」
おそらく以前襲撃したグリフィアも同じだ。ということは、今襲って来たのもあの傭兵部隊。何故この航路を知る事が出来たのかは分からないが、考えている暇はない。
すぐさま狙撃を再開。一旦ディスドレッドから狙いを外し、傭兵部隊を狙い撃つ。
「グリモアール……と傭兵部隊。鉱山から既に部隊を出して待機させてたようだな。まぁこのまま予定通り、第一特務機動部隊にぶつけるか」
スペクターは溜息を吐き、ガルディオンの部隊を飛び越える。そのまま傭兵部隊の真ん中に向けてレッグブースターをパージ、それを撃ち抜き、巨大な爆発を巻き起こした。
「ごめん、レッグブースター外したから帰るの遅くなる。みんな先に帰ってて」
[は!? お前周り敵だらけなんだぞ!? おい待て、スペクーー]
通信を切断する。
作戦は臨機応変に対応する。スペクターの信条だ。
地面を巻き上げる程の爆風に、傭兵部隊の陣形はバラバラになる。その隙を突き、ガルディオン達が制圧戦に入る。
「よし、今のうちに……おっと」
輸送艦の前に降り立とうとした瞬間、マシンガンの掃射が降りかかる。
「行かせないって言ったでしょ!!」
「ここは通しません!」
「手助けしたんだから通してくれたっていいじゃないか」
ブレードを抜き突進するゼナ、その背後からライフルで援護するツキミ。
弾丸を大剣の刀身で弾き、振り下ろされた斬撃を峰で受け止める。
「相手がEAでも、私は!!」
「自分達が何をしようとしてるのか、分からないようだね」
大剣の峰が振動。アクトメタルで造られたブレードは簡単には砕けない。しかしそれを握ったガルディオンの腕は振動に耐えられず、鈍い音と共に破砕した。
「そんな……っ!?」
そのまま胴体を蹴り飛ばされ、ゼナのガルディオンは背を地につける。
「さてーー」
「まだ私がいます!!」
ツキミはライフルを撃ちながらナイフを抜き、ディスドレッドに向けて突き出す。しかしその腕を掴まれ、へし折られる。
紅い瞳がツキミを睨む。恐ろしい、だが自分が退いたら輸送艦が狙われる。ゼナが殺される。
「怖いけど……そうなるのはもっと怖いから!! だから私は!!」
ライフルを至近距離からディスドレッドの頭部へ発射。甲高い音が響き、装甲を穿つ。
だが、ディスドレッドの動きを止めるには至らなかった。
折れた腕からナイフを奪い取り、頸の隙間からそれを、内部のコクピット目掛けて突き刺した。
ツキミのガルディオンは、動きを止めた。
「ツキミ、ツキミ!! 返事してよ、ツキミ!」
通信機にはノイズが走るのみ。何も聞こえない。おどおどした声も、明るい声も。
「ーーーーっ!!」
声にならない叫びを上げ、ガルディオンを立ち上がらせようとする。が、その背を踏みつけられ、背に大剣があてがわれる。
「ごめんね。でも俺は、やらなきゃいけないんだ。その為にも輸送艦の中身は、渡せない」
ゆっくり振り上げられる大剣。
ゼナに恐怖心はない。代わりに湧いてきたのは無念と哀しみ。
「ツキミ……ティノン、隊長……!!」
「お別れだ ーーっと!?」
その時、真横から飛来した白い機体がディスドレッドを攫っていった。
巨大なスピアーが大剣と迫合う。その出力は以前会った時よりも数段向上していた。
「見つけたぞ……蒼いEA!」
「はぁ……邪魔ばかり入るなぁ!」
ディスドレッドとアークリエルは一度距離を取り、互いを睨み据える。
アークリエルの背にはX字に広がる大型スラスター、そして腕には更に武装が追加された大型盾を装備していた。
「輸送艦の中身は渡さない! グリモアールが復興する為の切り札になってもらう!」
「ウォーロックには悪いけど……ここで消すか」
「ツキミ、准尉……?」
ツキミが撃破される光景を、エリスは見てしまった。
思い起こされるあの光景。手を伸ばしても届かなかったあの時と全く同じだった。
赤い液体と、鉄の匂い。それらはエリスの脳内を満たし、理性を飛ばす。
「ああああぁぁぁぁっっ!! 許さない、許さない許さない許さないぃぃぃ!!!」
インプレナブルのアクセルを踏み込み、甲板から飛び降りる。最早頭痛など、彼女を制止するブレーキにすらならない。
喉が割れんばかりに叫び、何かを振り払うように仕切りに首を振る。狂気に囚われた彼女には誰の声も届かない。
その時背後の僅かな殺気に気づく。
振り下ろされた大鎌の一撃を、分厚い腕部装甲と刃が受け止めた。
「邪魔するなぁっ!! 死神なんかに……足を取られてる場合じゃなぁい!!」
もう、彼女には昔の味方など分からなくなっていた。過去を振り返らない、その為に過去の惨劇に蓋をして。
「…………任務、6号機ノ、援護。ソノ障害ヲ、排除スル」
それは死神も、同じだった。
続く
次回、Ambrosia Knight 〜遠き日の約束〜
「ゼロの幻影」
幻は姿を現わす。未だ、失ったものを求める者に。