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Ambrosia Knight 〜 遠き日の約束 〜  作者: 雑用 少尉
第5章 終わらない宿命
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第13話(69話) 私が見ている姿

 


 トレーニングルームに肉がぶつかり合う音が鳴り響く。


「ハァッ!」

「ダメだ!! 踏み込みが甘すぎる!!」

「っ!?」

 正拳突きを受け流され、勢いを利用した投げを受ける。ゼナは硬い床に叩きつけられるが、すぐさま起き上がりながら足を払いにかかる。

 だがそれさえ躱され、起き上がる前に組み伏せられる。首元に訓練用ナイフを突きつけられ、訓練終了のベルが鳴った。



 これで10戦10敗。これはあくまで格闘訓練のみの結果であり、射撃訓練や機動兵器操縦訓練を含めればその3倍近く負けている。



「いい加減負けを認めろ。1回勝ったところで、ここまで来たらもう意味はない」

「……まだ、負けてません」

 フラフラになりながら、それでも立ち上がるゼナ。

 ティノンはそれを見て、小さく溜息を吐いた。

「こうして訓練に付き合っていれば少しは仲良くなれるかと思ってたんだがな……」

「仲良くなる気なんてさらさらありません……私は、貴女を超えなきゃならない……その為に……」

「……仕方がないか」

 ティノンは端末を取り出すと、誰かに通信を繋いだ。

 [はい、エリス・アリアード少尉です]

「あ、エリス。悪いが今日の予定は全部キャンセルしてくれ。スケジュールの調整頼む」

 [……は? 一体何を言って……]

「大事な用事なんだ。それじゃあ」

 [待ちなさい! 何勝手な事……!!]

 エリスの声を遮るように端末の電源を切る。そして自らのロッカーにしまい、シャワールームへ入っていく。


 何が起きたのか分からず呆気にとられていると、シャワールームからティノンが現れ、ゼナの手を引く。

「な、何を……!?」

「汗だらけだぞ。ほら、洗ってやるから」

「い、いらな……ひゃ、ちょっと……!?」

 抵抗空しく、シャワールームへと引き摺り込まれていった。



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「…………っ!!」

 繋がらなくなった端末を床に投げ捨てる。その様子を見た兵士達が驚くが、構わずに廊下を歩き出す。

 頭がズキズキと痛む。だが薬を飲むところを他人に見られるわけにはいかない。自分の部屋まで痛みに耐える。


 何故、指示通り動いてくれないのか。何故、あんな新人にかまけているのか。

 考えれば考えるほど、頭は痛くなっていく。


「うぅあぁ……痛い……た、す……けて……お姉……ちゃん……!!」


 その時、誰かの声が聞こえた。

「大丈夫ですか副隊長! 副隊長!!」

 見上げると、ツキミの顔が見える。彼女はエリスの懐から薬を探し当てると、錠剤を飲ませる。

「ツキミ……准尉……?」

「あ、動かないで下さい! 私が医務室まで……」

「いえ……私の部屋までお願いします」

「分かりました」

 ツキミはエリスを背負って歩き出す。

 普段のおどついた態度は無く、しっかりと歩くその姿にエリスは何かを感じていた。

「いつもの……貴女と違いますね……」

「あぁ……なんか、副隊長が倒れたのを見かけたら身体が勝手に……すみません」

「謝る必要ありません。……むしろ、ありがとうございます」


 頬をツキミの背に当てる。人の肌の温かさ。いつ振りだろうか。


「私、3人兄弟の長女なんですよ。うちに妹と弟がいて。だからですかね、世話焼きになっちゃって。下の子に示しがつくように、常に正しいお姉さんになろうとして、間違わないようにして……人の態度を伺うようになったのも、そのせいかも」

「それで私は、その下の子に似ていて、つい世話を?」

「い、いえいえ!! そそそそんなことありまーー」

「大丈夫です。事実ですから」

「え?」

 いつの間にか、エリスの部屋についていた。


 ツキミの背から降りると、部屋のロックを解除する。開いた扉の前で、エリスは手招きした。

「上がってください。お茶くらい出しますから」

 その笑顔をツキミは初めて見た。

 太陽の様に眩しい、温かい笑顔を。




「私には姉がいたんです。いっつもボ〜ッとしてて、私がいなきゃ何も出来なくて」

 紅茶に甘いお菓子と共に、エリスは昔話を始めた。ツキミは黙ってそれに耳を傾ける。

「でも姉は私に居場所を作る為に、ふりをしてくれていたんです。不器用でしょ?」

「いえ、とても優しいと思いますよ! ただ副隊長くらい優秀なら、そんな必要は……」

「それが全然、ダメダメだったんですよ。機動兵器の操縦だって新人以下でした」

 自虐してこそいるが、その表情は明るい。

「是非会いたいです! 今は何処に?」

「今は……私のそばにいます」


 結っている右の髪を解く。髪留めはボロボロで、髪を結べるのが不思議なくらいだ。


「あ…………すみません。無神経でした……」

「気にしないで。これは私の誓いなんです。もう2度と大事なものを失わない様に」

 髪留めを握りしめ、決意に満ちた表情をツキミに向けた。

「だから貴女も、大事なものだけは失わないでください。そして、絶対死なないでください。貴女が大事な人だっている筈ですから」


 重みが違った。失った人間だけが内に秘める願いが込められた言葉。


 ツキミは目を閉じ、次いで大きく頷いた。

「了解しました!!」

「……ならばよし、です」



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「隊長……」

「ん? 何だ?」

「何だ、じゃありません! 私達は一体何しにここまで……」


 半ば強制的に連れられた場所は、海を見渡せる丘だった。近くには人が集まる公園があり、屋台も軒を連ねている。

 当のティノンは屋台で買ったクレープに舌鼓を打っていた。


「ほら、お前も食べろ。美味しいぞ」

「いりません。というか質問に答え、フグッ!?」

 断ったが、ゼナの口に無理矢理突っ込まれる。口の中に広がる、甘ったるいクリームの味、しっとりとした生地、フルーツの甘味。確かに美味しい。

「隊長! さっきから聞いていますが、一体何の為に……」

「何の為って、ただ話をしたかっただけだ。あと、ここでは隊長じゃなくて名前で呼べ。何ならタメ口でもいい」

「…………」

 ゼナは苦い表情を浮かべる。

 ティノンは自分の隣を指で叩き、座れと無言で促す。

 隣に座ると、しばらくの間、無言で海を眺めていた。


「綺麗だな、海は」

「でも、今は全ての海がアクトニウムに汚染されています。あの綺麗な海には、魚の1匹もいません」

「じゃあ、戦争なんてしてる場合じゃないよな」

「…………って、何の話ですか。今そんなことを話したって意味ないでしょう」

「いいや、そんな事はないよ」

 ティノンは笑いながらクレープを齧る。その笑みには何処か、悲壮感が漂っていた。

「会話してればどんな奴かってのは自ずと分かる。中々お前は素顔を見せてくれないから、こうして連れ出したんだ」

「……」

「聞かせてくれ。どうして私を越える事に固執するのか」

 ティノンはゼナの目を真っ直ぐに見据える。目を離すことが出来ない。まるで鷹に狙われているかの様な鋭さだった。


「私の家は、元々軍人の家系でした。ですが代を追うごとに廃れてきて……家族に期待されているんです。私が戦果を挙げていけば、やがてマディオンの家名も復興すると、みんな信じているから…………」

 余程の重圧なのだろう。そう話すゼナの声にはいつもの様な威勢の良さはなく、微かに震えていた。


「でも1年前、学校の研修で訪れた合同演習で、紅いEAを見ました。何のしがらみもなく、美しく空を舞う姿。…………最初は憧れました。でも日々を過ごす中で、憧れは嫉妬になって、いつしか超えなければと思うようになったんです。貴女を越える事で、あの美しさを否定しようとした」

「どうして?」

「認めたくないからです。戦場なんて汚れた場所で、あんな高潔に戦えるのが」


 ゼナの話を聞き終えると、ティノンは立ち上がり、青い空を見上げた。


「そうか。ありがとうな、本当の事を言ってくれて」

「それだけですか?」

「他に何を言う必要がある? 理由が知れたから私は満足だ。ただ……」

 最後にティノンは諭すように告げた。



「私に勝ったって、私を否定する事は出来ない。……家のしがらみからは抜け出せないまま、何かを失う事にならないようにな」



 帰りの車の中、ティノンとゼナは互いに無言だった。2人の関係に大きな進展があったわけではない。だが互いを知るきっかけになったなら、この時間にも意味はある。


 と、車内の端末から通信が掛かる。運転中のティノンの代わりにゼナが応答した。

「はい、ゼナ准尉」

 [こちらエリス少尉。やっと応答しましたね。おサボりは楽しかったですか?]

 ゼナの表情が面倒臭そうなものに変わる。ティノンの方へ視線を向けると、彼女は知らん顔をする。

「あの、私は無理矢理……」

 [後で2人共始末書を書いてもらいますが……新しい任務です。至急、戻って来て下さい]

 その言葉に、ティノンとゼナは真剣な表情に戻る。

「少し飛ばすぞ、いいな?」

「はい」



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 召集を受けた第一特務機動部隊は、ガウェル大佐の部屋に集められた。

 巨大なモニターに映し出されたのは、ロンギールから中立地帯の鉱山にかけてのルート。


「君達には中立地帯の鉱山にある、我が国のアクトニウム研究機関への輸送資源護衛にあたってもらいたい」


 ガウェルから言われたのはそれだけで、資源の中身については明かさなかった。という事は余程重大な物なのだろうと察し、誰も問おうとはしなかった。



 ブリーフィングが終わり皆がバラバラに解散する中、ガウェルはティノンに歩み寄る。

「御機嫌よう大尉。調子はいかがですか?」

「大佐? どうされました?」

「ちょっと食事でもどうかと」

「え、いや……えっと……」

「あぁ、冗談だ。任務前に君の邪魔はしないよ」

 狼狽えるティノンを見たガウェルは慌ててネタばらしをする。

「本題は、私も君達の艦に乗船したいんです。アクトニウム研究機関の責任者に話がありましてね」

「は、はい、そういう事でしたら。アイズマン艦長に話は通しておきます」

「お願いします」

 恭しく一礼すると、ガウェルは去っていった。



 誰もいない廊下の中、ガウェルは端末の向こうにいる相手に告げた。



「私です。予定通り決行しますので、それでは。心配ありません。約束通り、あの機体は貴女の手に」



 続く

次回、Ambrosia Knight 〜遠き日の約束〜


「デスティニー・エンカウント」


遂に相対す。残酷な運命なのか、積み重ねて出来た必然なのか。

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