第11話(67話) 髑髏蛇の巣
ウォーロックは甲板に立ち、地平線の彼方に目を凝らす。だが眼下に見える密林はどこまでも広がっており、果てなど無いように感じる。
ゴルゴディアスは陸艦の名を冠しているが、陸、海、更にはグリフォビュートですら不可能だった空の航行も行うことが出来る。現在も広大な密林の上空を飛行している。
「国境なんて存在していない、か」
「お、随分詩的な事を言うね」
横に立った人物はスペクター。
「次の作戦は決まったのか?」
「あぁ決まったよ。ただ結構危なめな任務なんだ」
「戦闘か?」
「いいや、潜入だ。この前ゴルゴディアスを襲撃した傭兵部隊があったろ? その傭兵部隊の基地が特定出来たから、ちょっと情報収集しに」
敵地への潜入。軍人ではないウォーロックでも、それがどのくらい危険な任務なのか想像出来る。
「言っておくが、俺は手伝えないぞ」
「その辺は気にしないで。こういうのはプロに任せておけばいい」
スペクターは手をヒラヒラ振ると、甲板を後にしようとする。
「待て」
「ん?」
突如呼び止められる。
ウォーロックの表情は、いつになく真剣なものとなっていた。
「あんたは何を糧に動いてる? 前に大事な奴に会いたいからと言った。それと関係があるのか?」
「……知りたい?」
振り向いたスペクターから放たれる気迫に、ウォーロックの背中に寒気が走る。
「それはな……」
「…………」
「美味しいご飯と、任務終わりの読書。それが俺の糧だよ」
肩透かしを食らう。画面の奥で、今頃ヘラヘラ笑っているのだろうか。それを想像すると苛立ちが湧いてくる。
「そういう事を聞いてんじゃ……!」
「その内教える。でも、まだその時じゃない」
そして今度こそ、スペクターは甲板を後にした。
残されたウォーロックは、再び景色を眺める。自分の戦う糧は、あの白いEAへの復讐心。口ではああ言っていたが、きっとスペクターも同じだ。
そうでなければ、人を殺すことなど耐えられる訳がない。復讐を果たすという免罪符がなければ。
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「…………お前か、アルギネアからの情報提供者というのは」
密林の奥深くに位置する小さな基地。洞窟に偽装した入り口に立っていた2人の兵士に、ある男が近づいていた。
「はい」
「見たことないな。予定の奴と違うようだが?」
「都合がつかず、代理に私が。理由の説明は必要ですか?」
「い、いや、いらん。おい、案内しろ」
2人は近くにいた兵士達を呼びつけると、男の周りに6人の兵士が付く。いずれも油断なく、銃を携えている。
彼らは気味悪がっていた。
男がつけた異形の仮面に。
何か怪しげな動きを起こしたらすぐさま射殺出来るように、引き金に指をかけておく。
「団長、アルギネアの情報提供者と名乗る男が到着しました」
「……そいつか?」
端末で話し込んでいた男が、一瞬こちらに目を向けた。
想像していたよりも若い見た目だった。無造作な茶髪に黒い瞳、がっしりとした身体つき。そこには無数の古傷が刻まれている。
男は端末の相手に断りを入れると、電源を切る。
「合言葉を言え。心臓を食う蛇の住処は?」
「食らった者の髑髏の中」
「…………良いだろう。名前は?」
「スペクターと名乗っています」
「スペクター、亡霊か。面白い。俺はシュランと呼んでくれ」
シュランは手を差し出し、握手を求める。だがスペクターはそれに応じようとしない。
「…………握手は嫌いか?」
「毒蛇に咬まれてしまってはひとたまりもないので」
「ふん、正解だ」
シュランは差し出した掌を見せる。そこには謎の液体に濡れた、小さな針があった。
「本題に入ってもよろしいですか?」
「まぁ待て。俺だってただ遊んでいただけじゃない。……っと、来たな」
スペクターが入った入り口とは別の、洞窟の入り口が開く。とても巨大なそれは、何を出入りさせるものかはすぐに分かった。
薄暗い洞窟の中でも分かる、純白の輝き。槍と盾を携えた騎士が扉を潜り、膝を下ろした。
ウォーロック達の工場を襲った機動兵器、EA6号機だ。
ハッチが開くと、中からパイロットが姿を現わす。紺色の髪に、ヴァイオレットの瞳、風貌は女性と言われても納得がいく程の優男だった。
「よぉ、グリモアールのエース! 首尾はどうだい?」
「2日前にグシオスの補給基地を1つ制圧した。物資や機動兵器は回収してある」
「良いじゃねえか。それで……?」
「分かっている。いくつかはそっちに送る」
「サンキュー。俺達は最近調子悪くてな。助かる」
するとケイオスの視線がスペクターの方へ向く。明らかに警戒しているような色を含んでいた。
「こいつは?」
「アルギネアからの情報提供者。急遽、代理が寄越されたんだと」
「……アルギネアが、一体何の情報を?」
スペクターは声色だけで分かった。ケイオスがアルギネアという単語に反応し、そして怨嗟が込められた事に。
「誰の遣いだ?」
「グリモアールを必要としている人間が、少なからずアルギネアにもいるという事です」
「…………お前達がした事も、グシオスがした事も、俺は忘れない。精々背中には気をつけておけ。頭を撃ち抜かれない様にな」
「肝に命じておきます」
ケイオスは吐き捨てる様に言うと、基地の奥へと消えていく。
「やっぱ、アルギネアとグシオスがグリモアールを潰したのは馬鹿だったな。何の得もねえってのに」
「その通りですね。……さて、これを」
スペクターは端末を起動し、シュランの端末へと送信する。映し出されたのはロンギールから中立地帯の鉱山にかけてのルート。
「この鉱山は……グリモアールの仮拠点?」
「あるものを輸送する為の予定航路です。私の上官が、あの機動兵器をあなた方に譲渡したいとのことで」
「あの機動兵器……まさか!?」
「EA……世界のバランスを崩す、貴方達が欲する力……」
「EA……!!」
シュランの口角が持ち上がる。
スペクターは仮面の中で小さく笑った。釣りの餌は少し豪華にしなければ、獲物は食いつかない。
「成る程、あの白い奴とイソギンチャクの他にもう1機か……良いじゃないか良いじゃないか!」
「ですが1つ問題が。この輸送隊には護衛が付きます。第一特務機動部隊、アルギネアの精鋭部隊です」
「いいさ。こっちも本気で行かなきゃならんが……いや、有力な情報をありがとう。それじゃあ…………」
シュランがニヤリと笑うと同時に、重々しい音が鳴る。
兵士達がスペクターに銃口を向けていた。
「お役ご免だ。さようなら」
「……そうだね。さようならだ」
この様な事態になる事など、想定済みだった。事情に精通した本来のスパイならばともかく、代理で寄越された輩に情報を知られる訳にはいかないからだ。
だからスペクターは、既に手を打っていた。
突如砲撃音が響き、洞窟の入り口が吹き飛ばされる。
「何っ!?」
「もう少し君達から情報を引き出したかったんだけど……ここまで教えたんだ。ちゃんと来てくれよ、待ち合わせ場所に」
周りの兵士が一斉に銃を撃とうとする。しかし上部から放たれた機銃によって先に撃ち抜かれてしまう。
「オート操縦か!」
シュランは間一髪で物陰に隠れ、端末に指示を飛ばす。
「総員に通達! 戦闘班は応戦、他は物資を持って退避しろ! 機動兵器は出さなくていい! 相手はEA、無駄な損失を産むだけだ! それが終わり次第ここを放棄する!!」
端末を閉じ、自身は機動兵器の元へと走る。
「随分と気が早い連中だったな。もう少し探りたい事が……」
「いたぞ、あそこだ!!」
銃を持った兵士が殺到する。しかしスペクターは動じる事なく、目の前のディスドレッドに告げた。
「探し物をしてくる。ここの人全部、駆除して構わないよ」
ディスドレッドは了承した様に駆動音を響かせると、肩の機銃を掃射。容赦無く兵士達を殺戮していく。物資を運ぶトラックや作業用機械も容赦無く破壊。
「やりやがったな彼奴……!」
シュランは機動兵器を起動。
モノアイに光が灯る。
頭部はグリフィアを改造したもの、腕と脚はジェイガノン、胴体は外から装甲を重ねたヴァルダガノン、バックパックはゼファーガノン。
そしてギールアイゼンの物を改造した、チェーンブレイドとロングライフルを背負っている。
その異形の出で立ちはまさに、継ぎ接ぎだらけの怪物。
「好き勝手はさせねぇ!」
チェーンブレイドの刃を回転させ、兵士達を駆逐するディスドレッドに斬りかかる。
ディスドレッドはすぐさま大剣を抜き、峰で受け止める。回転刃は峰の凹凸に引っかかり、切断能力を失う。
「チッ、自動操縦の癖に厄介な……」
「退がっていろシュラン!」
通信機から響いた声に反射的に反応、シュランはフランケンを飛び退かせる。
次の瞬間、突き出された巨槍がディスドレッドの右肩を貫き、基地の壁に叩きつける。
「ケイオス!」
「お前も撤退しろ! こいつは俺がやる!」
「……あぁ、任せた」
「……今ある資料はこれだけか」
血が飛び散った保管庫の中、返り血が付着した手で端末にデータを入力する。
中は散らばった道具と死体で足の踏み場もないが、重要な基地ではあったらしい。機密事項があるこの場所の守りは厳重であったが、それ故に撤退時に持ち込みきれなかったものもあった。
外から金属音が響く。
「詳しくは後で……か。ーーディスドレッド、帰るよ」
ディスドレッドの眼が赤く輝く。アークリエルの槍を素手で引き抜き、弾き飛ばした。槍は天井に突き刺さる。
ケイオスは視界の端に、ディスドレッドへ走り寄る人影を見つける。
「奴は……そうか、此奴の!」
肩の機銃を発射し、スペクターを狙い撃とうとする。しかしディスドレッドはそれを見逃さず、腕のブレードで頭部を斬りはらう。
一瞬怯んだその隙に、ディスドレッドはスペクターを回収。自らの胸に迎え入れる。
「…………覚えたぞEA。お前は俺が仕留める」
「君は、俺より別の人に目を向けた方がいい」
「何?」
ケイオスが気を取られた時、数発のロケット弾が入り口から侵入。アークリエルの装甲を爆炎で焼く。
「グゥッ!?」
視界いっぱいに広がる炎に目が眩む。隙間ほど開けた目に映ったのは、グリフィアに似た機体だった。
[次に会った時は、お前を殺す]
聞き覚えのない声が通信機から聞こえると同時に、視界が開ける。
その時には既に、燃え盛る基地と死体だけが残っていた。
「お迎えありがとう」
「白いEAを討つのは俺だ。あんたに譲る気はない」
「分かってるよ」
スペクター達はゴルゴディアスに回収され、眼下に見える基地を見つめる。
所々で爆発が起き、洞窟は崩れ去っていく。その少し先では、機動兵器やトラックが逃げ果せていた。
「……潜入任務だって言ってなかったか?」
「そうしたかったけど、危うく殺されかけたからね」
「どうやって本来の情報提供者と入れ替わった?」
「単純だ。本人が向かっているところを、ちょっと。あ、大丈夫だよ。彼は今、河で水浴びでもしてるよ」
正確には、本来の情報提供者を捕縛、尋問し、あらゆる情報を吐き出させた上で、河に沈めた。
その事をウォーロックはおおよそ察したのだろう。まだアクトニウムで汚染されていない、濁った河に目を向けていた。
「友軍だろ。平気なのか?」
「辛いに決まってるさ。いくら裏切り者でもね」
ハッチが静かに閉じ、密林の景色は途切れた。
続く
次回、Ambrosia Knight 〜遠き日の約束〜
「追い求める物」
仮面の奥で、亡霊が探しているものとは。