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Ambrosia Knight 〜 遠き日の約束 〜  作者: 雑用 少尉
第5章 終わらない宿命
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第10話(66話) かつての自分

 

「お、お、お疲れ様でっす!」

 着艦するディスドレッドの中から現れたスペクターに、ノルンはドリンクを持って駆け寄る。

「おっと、ありがとう。気が利くね」

「い、いいえ! 自分に出来ることはこれくらいですし……」

「いや、ディスドレッドの調子も良い。君は才能がある」

 スペクターはノルンの頭を優しく撫でる。

「お礼のキスの1つもしたいところだけど、生憎人前で仮面は外せなくてね。これで我慢してくれ」

「あ、あ、あああ、はい!」



 そんな2人の様子を、ウォーロックは遠目から見ていた。呆れ果てた様に溜息を吐く。

 それを見たベレッタが心配そうに声をかける。

「おうウォーロック、調子は……あ〜、悪そうだな」

「全くだ。あんなの見りゃ調子も悪くなる」

「違いねぇ」

 思わず苦笑いを浮かべる。

 基本ノルンはウォーロック達馴染みのメンツ以外に素っ気ないのだが、スペクターは別だ。まるで王子様を追いかける乙女の様に純粋になる。


「まぁそれより、オルトベロスはどうだ?」

「もう少し反応速度と加速度を上げてくれ。彼奴の機体に追いつけない」

「お前、EAとグリフィアのスペック分かって言ってんの? つーか、ただでさえオルトベロスは無理がある設計なんだ。これ以上内部をいじるのは……」

「なら外装に追加して、せめて加速度くらいは頼む。こいつの性能はこんなもんじゃない」

 ウォーロックはコクピットから降り、格納庫を後にする。

 ベレッタは顔をしかめながら頭を抱える。

「簡単に言うけどなぁ、予算がなぁ……」

 資材も資金も限られている。そんな中でどうやりくりするか、目下の悩みだった。



「おーい、スペクターさんよ」

 スペクターが艦内の廊下を歩いていると、背後から声が掛かる。振り向くと、白衣姿のゼオンの姿があった。その手には一枚の資料が握られている。

「なんか掴めたかい? わざわざアルギネア軍と傭兵部隊の戦闘に飛び込んだんだ。収穫無しってのはやめてくれよ」

「無しではないですよ。ただリスクには見合ってないかもしれません」

「ないよか良いだろ。んで?」

 スペクターは廊下の手すりに寄りかかり、知り得た情報を語り始める。

「まず1つ。あのステルス機動兵器はEAということ。ディスドレッドが得たデータを見ましたが、2年前に行方不明になったあの機体に間違いない」


「……5号機、ファンタズマか」


 ゼオンは資料に目を通す。現在行方が分かっていないEAについての情報が載ったそれに記されていた。

「それは確かなのか?」

「ディスドレッドには特殊なセンサーを組み込んでもらいましたからね。それでもあまり詳しい事は分かりませんでした。恐ろしい妨害システムです」

「EAを狩るためのものか。まさしく報復者だな」

 ゼオンの言葉にスペクターは苦笑する。自分にも言われたようだったからだ。

「けしかけたのはグリモアールか? あの傭兵部隊とグリモアールに繋がりがあるのは確定的だろ」

「いや、グリモアールの状況的に考えられません。やはりバックの存在を疑うべきです。……5号機の存在から考えて、特にグシオスが濃厚でしょう」

「あぁ。もしこれで、アルギネア側に裏切り者がいるとすれば……」

「……ふふ、考えただけで恐ろしい」

 言葉とは裏腹にスペクターは不敵に笑う。恐ろしいのはお前もだろうと、内心でゼオンは思っていた。

 異形の仮面の下の真意。それを全く悟らせない雰囲気がスペクターを覆っている。


「そして2つ目、ガウェル大佐の部隊を少しだけ把握できました」

「第一特務機動部隊、アルギネアの精鋭部隊だな。ガウェルって言ったら……」

「アルギネアの軍事情に大きく貢献した男。ただ、総司令官から裏切りを疑われている人でもある」

「証拠はあるのか?」

「それを調べるのも俺の仕事です。白であれば良いんですけど。ですが彼について調べると言う事は、少なからず第一特務機動部隊の動きにも注視しなくてはならない」

 スペクターは通信端末を起動し、モニターを宙に浮かび上がらせる。

 すると陸艦、配備されている機動兵器、人員の情報が記されている。

「それも総司令官から?」

「えぇ。それでですがーー」


「お? こいつは……」


 ゼオンはある少女に目を止めた。緋色の髪、金色の瞳。

「懐かしいな。元気にやってるかなぁ、なぁ?」

「…………」

 急に黙り込むスペクターに、ゼオンは小さく笑みをこぼした。


 当たり前だ。第一特務機動部隊。その元となった部隊は、彼にとって縁の深い部隊だったのだから。



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 エリスとツキミは、トレーニングルームの中にあるモニター画面に目を向けていた。

 ティノンとゼナの戦闘シュミレーション、事実上の決闘。行く末を見届ける為、そしてトラブルが起きた際に諌める為、2人がいるのだ。

「ふ、副隊長」

「何でしょう?」

「大丈夫ですか? その……さっき、頭痛か何か、あったようでしたので……」

「問題ありません。薬は常備していますので」

「そうですか……」

 ツキミは安堵した様に笑う。エリスはその笑顔に疑問を抱く。

「何故、貴女がそれを気にかけるのですか?」

「あ、す、すみません! お気に障りましたか!?」

「いえ、ただ単純に気になっただけです」

「……だって、副隊長、私達より年下じゃないですか。その、やっぱり辛い事多いのかなとか、だからこそ尊敬出来るな、とか、えっと……その……」

 しどろもどろになりながら、迷走し始めるツキミ。



 以前の自分とそっくりだ。不安で一杯で、勝手が分からなくて、どうすればいいのか分からない。それでも優しさはまだ、純粋な心と共に残っている。



 今の自分にはもう、欠片も残っていないもの。



「……それを、忘れない様にしてくださいね」

「え、ど、どういうーー」

 ツキミの質問は、モニターに映し出されたシュミレーション画面の起動音に遮られた。

「始まりますよ」

「は、はい」




 シュミレーション用コクピットの起動と同時に、通信機を通してゼナへティノンの声が届く。

「さて、始めようか。フィールドは何処が良い?」

「隊長が得意なものをどうぞ」

「そうだな、じゃあ……」

 少しの間の後、目の前にシュミレーションフィールドが浮かび上がる。

「市街地、ですか」

「あぁ、思い出があってな」

 高層ビルなど、様々な遮蔽物が存在するフィールド。人間とは違い、機動兵器での遠距離狙撃は不利となる。


 ティノンの得意分野である狙撃を効果的に行うには、空から仕掛けるほかないだろう。


「機体はどうする?」

「私はガルディオンでお願いします。ティノン隊長はエグゼディエルをーー」

「なら私はグリフィアで行く」

「……隊長?」


 最新鋭のガルディオンに対し、旧式のグリフィアで挑もうというのか。ギールアイゼンならともかく、グリフィアではスペックが完全下位互換だ。パイロットの腕で何とかなる話ではない。


「性能差を考慮したつもりですか? 私は全力の貴女を見たいんです」

「いや、そんな優しい理由じゃないさ。言っただろう? お前の誇りを砕くって」

「……負けた時の言い訳にしないでくださいね」


 怯まず、ティノンに噛み付く姿勢を続けるゼナ。


 ティノンはあることを思い出し、苦い表情を見せた。自分の腕を信じて疑わず、誰に対しても牙を剥く。



 [シュミレーション、スタート]

 システムの無機質なアナウンスと共に、フィールドが構築。

 ゼナが乗ったガルディオンは、ビルに囲まれた市街地に降り立った。


「位置は……」

 ガルディオンの高性能レーダーが早速捉える。

 ビルの間を縫う様に、高熱原体がこちらに接近してくる。狙撃機体ではないのだろうか。

「接敵まで、3、2、1……コンタクト!」

 サブマシンガンを構え、ビルの影から飛び出るであろうグリフィアに向けて発砲しようとした。


 だがグリフィアの動きはゼナの予想の斜め上を行った。


 ガルディオンが引き金を引くより一歩速く、グリフィアのマシンガンが放たれる。

「っ! 反応速度でグリフィアに負けるはずが!?」

 ガルディオンの硬い装甲はマシンガンの弾丸を弾き、傷一つつかない。対して一足遅く放たれたガルディオンの弾丸はグリフィアのマシンガンを撃ち抜き、爆散させる。

「こんな程度で!!」

 そのまま引き金を引き続け、グリフィアに迫る。しかしグリフィアはS字を描く様に躱し、翻弄する様にビルの影へ隠れる。


 ゼナは深追いせず、自身もビルの影へ潜む。そして情報を整理。

「あの紅いグリフィア……おそらくEAに換える前の機体……レドームと狙撃銃があるということは、やはり狙撃機。なのに姿を見せた……」

 思わず歯噛みしそうになる。

 あの動きは明らかに遊んでいた。挑発のつもりなのかは知らないが、ゼナの精神を揺さぶるための動き。


 現に、反応が先程隠れた位置から全く動いていない。


「あんな戦い方が……エースだとでも!?」

 左手にサブマシンガン、右手にアクトメタルブレードを携え、影から飛び出した。反応の位置まで一気に加速する。

「化けの皮を剥がしてやる……!!」

 だが反応は依然動かない。気づいていないのか、舐めているのか。

 迷い無く、ゼナはアクトメタルブレードを突き出した。



 その時響いたのは金属の断裂音ではなく、破裂音だった。

「デコイ!?」

 直後、背後からの強い衝撃にガルディオンは前のめりに倒れ込んだ。

 レーダーに目を向けると、遥か後ろ。その距離2kmにもう一つの反応が存在した。


「そんな……いつの間に移動を……?」

 ガルディオンの態勢をすぐに整えようとする。しかし連続で狙撃弾が背を撃つ。いくら頑強なガルディオンの装甲も、一点を狙われ続ければ穿かれていく。

「あの距離から……クッ、ああぁっ!!」

 地面を転がり、狙撃弾を回避。無理矢理立ち上がらせると、ビルに擦り付けるのも構わず蛇行しながら加速。

 だがティノンの狙撃は正確に、無慈悲に、ガルディオンの頭部や脚部を捉えていた。


 ガルディオンの胸部や肩など、一部には確かにアクトメタル装甲が採用されている。しかしティノンは脚部の付け根のフレームや顔面など、フレームが露出した僅かな隙間を狙い撃っているのだ。


「まだっ! まだ、まだ、まだっ! 負けてない!!」

 ゼナは叫び、アクトメタルブレードを振り回して狙撃弾を弾く。しかしすぐに持った右手を狙撃され、アクトメタルブレードは地面に投げ出される。


 距離は残り700m。


 ゼナはサブマシンガンを出鱈目に撃ち放つ。当たる訳がない。そんな事は本人が一番分かっていた。

「もう少し! もう少しで……届く……!!」

 ナイフを抜く。残り400m。狙撃はより苛烈になる。だがまだ、ガルディオンは動く。

「届けぇぇぇっっ!!」



「私には届かないよ。お前の手は」



 ティノンは静かに片目を閉じ、トリガーを引いた。


 マズルフラッシュと共に飛翔したライフル弾は、ガルディオンの首のフレームを撃ち抜き、その頭部を吹き飛ばした。

 全ての視覚、バランス感覚を失ったガルディオンは速度をそのままに地面へ倒れる。火花を散らせながら機体は滑走し、ビルへ衝突した。


 凄まじい衝撃と振動。幾度も頭を打ち付け、ヘルメットが外れかける。

 ゼナの意識はほぼ失う寸前だった。

 ぼやける視界の中で見えたのは、突きつけられた狙撃銃の銃口。


「ラストショット、さようならだ」


 銃声と衝撃を最後に、ゼナの意識は完全に闇に落ちた。



 [シュミレーション、終了しました]

 アナウンスが告げると、シュミレーションコクピットのハッチが開く。

 中から出て来たティノンは手を軽く払い、ゼナの元へ歩み寄る。

「少しは満足したか?」

「ハァ、ハァ、う、ゴホッ!!」

 ゼナはコクピットから滑り落ち、嘔吐した。立ち上がる気力すらないのか、手足が無様に床を掻く。


「ゼナちゃん!!」


 ツキミがすぐさま駆け寄り、肩を貸して立ち上がらせる。

「す、すみません、ゼナちゃんを医務室に連れて行きます!」

 ティノンが返答するより先に、ツキミはトレーニングルームを去ろうとする。

 その時、ゼナの顔が僅かに上がり、ティノンの方を向いた。

「次は…………負けな…………ゴホッ!」




「珍しいですね。あそこまでやるなんて」

「あぁ、殺すつもりでやったからな。もっとも、例えの話だが」

「どうしてですか? あんな新兵に構っていても仕方がありませんよ。明らかに自分の力量を分かっていない」

「だからだ。私みたいになる前に……気づかせなきゃいけない」


 ティノンは自らの目に触れる。今ではすっかり慣れてしまった、作り物の目。



 もっと早く、気がついていれば。あの時、新兵時代に彼女の警告を聞いていれば。




 鼻先に突きつけられた訓練用のナイフ。腰が抜け、立てない自分。


「貴女は、自分の力を分かっていない。何でも出来るって思い込んでる」

 少女はティノンに告げる。ティノンは床を握りしめる。

「私は銃で貴女に勝てないわ。でもナイフなら貴女に負けない。貴女はナイフで私に勝てない」

 蒼銀の髪をかきあげ、無機質なコバルトグリーンの瞳がティノンを睨んだ。


「認めなさい、知りなさい、自分の得手不得手を。自分に出来ることを。そうしないと、いつか何かを失う羽目になる」



 エルシディア・ゼイトの警告を、聞いていたなら。



 続く

次回、Ambrosia Knight 〜遠き日の約束〜


「髑髏蛇の巣」


蛇が眠る巣にあるのは宝か、災厄の卵か

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