第9話(65話) 死神襲来
戦場で、死神はただ立ち尽くしていた。だが呆然としているわけではない事ぐらいは伝わる。巨大な鎌を携え、まるで獲物を、否、迎える対象を選別しているようだった。
「ゼ、ゼナちゃん、逃げようよ…………あの機動兵器、絶対…………」
「なら貴女1人で逃げなさい。背中からやられても知らないけど」
「そ、そんな……」
2人は正に蛇に睨まれた蛙のように動けない。5つのアイレンズは一体何を見ているのか、油断せずに注視する。
死神の鎌がゆっくり振り上げられた。
「動いたっ!!」
ゼナはサブマシンガンに持ち替え、死神に向けて撃ち放つ。しかし死神の反応は速かった。シールドですぐさま防ぐと、マントをはためかせながら滑走。
そしてその姿は、空間に溶けるようにして消えた。
「消えた…………」
「ど、どこ!? 何処なの、ねぇ!?」
「騒がないで! 背中合わせになりなさい!」
すぐさま2体のガルディオンは背中合わせになり、互いに武器を構える。もちろんレーダーに反応はない。視覚も頼りにならないだろう。
だが相手は機動兵器。動く時の微かな音を逃さなければ、おおよその位置は捉えられるはず。
筈だった。
「ゼナちゃーー」
ツキミの叫びが聞こえ、振り向こうとした時、ゼナは目を見開いた。
死神は既にいたのだ。何処に?
ゼナのガルディオンの肩に、まるで止まり木に止まる鳥のように、一切の音も立てず。
「あーー」
抵抗する間も無く、大鎌が振り下ろされる。
事はなかった。
金属同士が衝突する激音が鳴り響いたかと思うと、死神は大きく吹き飛ばされた。
「な、一体……!?」
[2人とも退がれ!! そいつは危険だ!]
「隊長!?」
2機の頭上を、風切る弾丸が飛び越える。その弾丸は死神の頭部を狙い撃った。
「これって…………」
「は、早く撤退しようよ! ね!?」
「待って、まだ……ち、ちょっと!?」
まだ立ち向かおうとするゼナを、ツキミは無理やり引っ張って連れ戻した。
死神はゆっくり立ち上がり、2人の跡を追おうとする。
しかし超長距離から放たれる狙撃弾は的確に死神に降りかかる。
だが死神は、これを知っていた。
突如姿を消し、狙撃弾を回避する。
「気づかれたか」
ティノンはスコープから目を外すと、エグゼディエルの電磁加速狙撃銃を折り畳む。そして代わりに大型マシンガンを携え、甲板から飛び立つ。飛行形態になるまでもない。何故なら、
「飛び立つ瞬間は隙があるものな!」
両肩の小型アサルトライフルと大型マシンガンが火を噴く。
何も存在しない虚空から火花が散る。直後、虚空から死神が出現。大鎌を真横に薙いだ。
「ステルスは衝撃で剥がれるな……」
折り畳まれた電磁加速狙撃銃が変形、銃のストック部分からブレードが突出し、大鎌の一撃を正確に受け止めた。
「これは効いたか…………いや、そうでもなさそうか」
死神はすぐに対応を変える。競り合おうとはせず、一旦地面へ着地。マントを翻すと、中からドラムマガジンが装着されたアサルトライフルが姿を現した。
そのまま上空のエグゼディエル目掛けて発射。
ティノンはそれを冷静に回避する。
「それにしても、こいつ…………」
近くで戦っている味方など目にもかけず、ひたすら自分に戦いを挑む。兵士ではなく、狂戦士、否、やはり死神以外に思い当たる言葉がない。
「まだ、死ぬ時じゃないんだ。死神には退散してもらおうか」
エグゼディエルはバックパックからマイクロミサイルを発射。死神はそれらをライフルで次々撃ち落としていくが、取り逃がしたいくつかが足元に着弾。巨大な土埃を巻き上げる。
ティノンはその隙に電磁加速狙撃銃を銃形態に変形、マシンガンと同時に土埃の中へ容赦無く撃ち込んでいく。
直後、土埃が払われる。中から姿を現した死神本体に傷は見受けられない。シールドの損傷具合が土埃の中での行動を物語っていた。
「随分と執念深いな、お前」
死神は変わらずティノンの方を凝視している。次はどんな手で攻めてくるのか。ティノンは油断せずに睨み返す。
その時、別の方角から異なる反応が近づいていることに気がついた。
レーダーが示した反応は、ティノンの心を揺さぶった。
「EA!? 何処だ……まさかグシオス!?」
天から飛来した影は、見覚えのある影だった。
蒼く輝く装甲、美しいライン。その機体は2年前に行方を眩ませた、あの機体に似ていた。
「4号機……?」
死神も蒼い機体に釘付けになる。
大剣を構え、死神に挑みかかろうとするEAに対し、死神は、
ステルス機能を用いて忽然と姿を消してしまった。
すると蒼い機体も武器をしまい、跡を追うように飛び立って姿を消してしまう。
まるで、束の間の夢を見ていたようだった。
「ティノン隊長、敵部隊の撤退を確認。こちらの撃墜機体はなし、被害はほぼ見受けられません」
「あぁ、そうか。報告ありがとう、エリス」
「…………どうかされましたか?」
「いや…………」
ティノンは先程の出来事を記憶の片隅に押し留めた。
「少し、幻が見えてただけだ」
「さぁ、言い訳くらいは聞きましょう。何故隊列を守らずに突っ走ったんですか?」
「あぁ、あ、あの、あの…………」
艦の中にある会議室で、ゼナとツキミはエリスに問い詰められていた。ティノンはその様子を、扉の側から静かに見守っている。
おどおどと怯えるツキミに対し、ゼナは平然とした様子で椅子に座っている。ティノンは既に嫌な予感を感じ取っていたが、この場はエリスが任せて欲しいと言った事を思い出し、口を閉ざした。
「あぁ、あの、戦っている、内に、はぐれてしまったというか…………」
「そうですか。確か私は殿をお願いした筈なのですが、何故はぐれた後、私かティノン隊長に連絡をしなかったのですか?」
「そ、それは…………」
言い淀むツキミ。その視線は、知らず内にゼナの方を向いていた。
「私はツキミさんよりも、貴女に聞きたいんですけどね、ゼナさん?」
「戦果を上げたかったからです」
「……っ、はぁ…………」
呆れ果てたように机の始末書をグシャグシャに握りしめる。それを見たツキミは小さく悲鳴を上げた。
「なるほど……素直で、分かりやすい、理由ですね……!!」
「深く反省しているつもりです。始末書なら何枚でもーー」
「そんなに簡単なことじゃないんですよ!!」
遂にエリスは声を張り上げた。
「隊長がいなければ貴女は死んでいたかもしれないんですよ!? 戦果を上げる以前の問題です!」
「死ぬ事を恐れてたら兵士なんてやれませんよ。私、副隊長がそのくらいで取り乱す人とは思ってませんでした」
「何を、偉そうに……うぅ……!?」
エリスは突然頭を押さえ、呻き声を上げる。懐から錠剤が入ったタブレットを取り出し、一気に飲み込む。
2年前から、感情が昂ぶったり、精神が不安定になりがちになり、それと同時に重度の頭痛に襲われるようになった。
忌まわしく思いながら、エリスは歯噛みする。感情のコントロールが上手く出来ていない、自分の非でもある為だ。
「…………ゼナ」
その時、傍観していたティノンが口を開いた。
鋭く細められた眼光が、ゼナの瞳を捕らえて離さなかった。
「トレーニングルームに来い。前に言っていたよな? 私の実力が見たいって」
「…………それが?」
「残酷だが……お前の高いプライドを砕いてやる。相手になるよ、全力でな」
その言葉を聞いたゼナは、微笑を浮かべた。とても純粋な、子供のように。
続く
次回、Ambrosia Knight 〜遠き日の約束〜
「かつての自分」
不遜な態度を取る新人に、紅蓮の鷹は自らを重ね合わせていた。