第8話(64話) 存在しない戦争
「……ゼナちゃん、次の召集何時だったっけ?」
「11時」
「そ、そうだったね、ハハ……」
こんなやり取りを、もう何度繰り返しただろうか。
同室のゼナはひたすら銃の分解、組み立てに勤しみ、ツキミに話しかけたことなど一度もなかった。これから一緒に戦っていく仲間。ツキミとしてはもっとコミュニケーションを取りたいと思っていた。
だがツキミ自身、他人とのコミュニケーションが苦手な性格だったため、こうしてジレンマに陥っているのだった。
「き、今日の夕食何だろうね!? た、た、楽しみだなぁ、何だろうなぁ?」
「…………ツキミ」
「は、はいぃっ!?」
「これ」
ゼナは一丁のハンドガンをツキミに投げ渡す。軍の支給品の、ごく一般的なもの。見るとゼナの手にも同じものが握られている。
「競争しない? 銃を分解して、もう一度組み立てるだけ。何の意味もない会話より有意義でしょ?」
「え? あ、うん、いいよ!」
さりげなく今までのツキミの努力を否定された様な気がしたが、この際気にしない。
初めて顔を合わせ、つい3日前に同じ部隊に配属され、そして今日やっとまともに会話する事が叶ったのだ。
ツキミはゼナの隣に座ると、銃を並べる。ゼナは端末のストップウォッチを起動し、開始カウントを3に設定。
カウントが始まる。3から2、2から1にかわり、
スタート。
無機質な金属音が部屋に響く。
ツキミは学校でやった手順を思い出しながら、高速で手を動かす。分解までは手が覚えている。問題は組み立て。銃はかなり細かい部品で構成されていて、手順を一つ間違えるだけで使い物にならなくなる。
(大丈夫、落ち着けば……)
額に小さく汗が浮かぶ。小さな部品だったものは徐々に組み上がっていく。
「…………出来た!!」
余り部品は一つもない。完璧に組み上がった。
だが隣を見ると、ツキミは声が出なかった。
「終わった? お疲れ」
既に完成していただけでなく、二丁めの銃の組み立てを行なっていたのだ。
「は、速い……」
「そう? ツキミも十分速かった。……次の任務、期待してる」
「え、そ、そう? へへ……」
照れ臭そうに笑うツキミ。
それを見るゼナの目は笑っていなかった。
(呑気な人……)
嘲笑はもちろん、心の中に留めておいた。
次の日、召集を受けたティノン達は、ガウェルの部屋を訪れていた。
「さて、新メンバーを迎えて早々申し訳ないですが、君達にある任務をお願いしたい」
「私達だけ、ですか?」
「正確には第一特務機動部隊にですね。他の隊員には追って伝えます。それでだ。少し前にロンギールに搬入される予定の機動兵器があったんですが……」
「その機動兵器というのは?」
後ろで聞いていたゼナが問いかける。エリスが諌める様な視線を向けるが、ガウェルは微笑みながら答えた。
「そうですね、嘘を吐いたって仕方ないから教えよう。……EA7号機、機体名はアジーハルファス。その輸送最中に何者かに襲撃されたらしいのです。貴方達にはアジーハルファスの奪還、或いは破壊を願いたい」
「な、何者か……?」
「恐らくグリモアールでしょうが……」
「何か妙だな」
「妙、というと?」
ティノンの言葉に、ガウェルが興味を持つ。
「これまでのグリモアールは都市部への爆破テロや要人襲撃など。ですがここ最近、特に半年前くらいから機動兵器での基地破壊や都市破壊が中心になっている」
「元国家とはいえ、資産の大半はアルギネアとグシオスに奪われましたし。だからこそ小規模活動しかしてこなかったんでしょうけど…………」
ティノンとエリスが話す内容に理解が追いつかないのか、ツキミは先程から頭を抱えて考え込んでいる。ゼナが呆れてその様子を見ていると、やがてガウェルが一つの結論を出した。
「つまりグリモアールがこれだけの活動を行える様になったのは、背後に何かの存在があるから、と言っていいですね。となると、小さな企業などではないでしょう。機動兵器ならともかく輸送艦まで確認されたらしいですし。となると、グシオスか、考えたくはないが……」
「アルギネアに裏切り者がいるか」
その瞬間、部屋の空気にピリピリとした雰囲気が纏わり付いた。
裏切り者がいるかもしれない。信じている仲間に後ろから引き金を引かれる可能性だってあるのだ。
「…………分かりました。調査は私の方から指示します。貴方達も何か分かったことがあったら報告を。以上です」
「お久しぶりです、アイズマン副……いえ、艦長」
「こちらこそ。未だに間違われますね。まぁ副艦長歴が長かったのもありますが」
グリフォビュートに入ったティノンは、アイズマンと握手を交わす。
アイズマンだけではない。ビリーにクラウン、カイエンとリン。かつての仲間達が集っていた。
「さて副艦長、再会の挨拶はそれくらいにして出発しましょうやい」
「えぇ、頼みますよビリー。後、艦長です」
2人のやり取りにクラウンは呆れ、カイエンとリンはクスクス笑う。
内心、ティノンは安心していた。たまには変わらないものがあったっていい。
「ティノン中尉もなんか、雰囲気が大人になったよなぁ」
「今は大尉だろ、いい加減にしろよ」
「いや、まぁ……」
変わったといっても、あまり自分は変わっていないとティノンは内心思っていた。
甲板に出ると、心地良い風が頬を撫でる。
ロンギールを抜け、今は中立地帯の草原を走行している。
しかし空は灰色。まるでこれから良くないことが起きる前兆の様だった。
「そろそろポイントか……」
端末を開き、ティノンは双眼鏡を取り出す。グリフォビュートのレーダーがあるが、最近ではレーダーにかからない機体も増えている。こういった目視確認も重要なのだ。
「…………」
風は穏やか、周りに障害物は少ない。
だからこそだろうか。何やら不自然な雑音が混じって聞こえる。
艦橋から連絡はない。加えて前方にも異常なし。音が聞こえて来る方向は、背後。
「全艦隊!! 背後から敵機が接近! ステルス機がつけて来てるぞ!!」
端末に叫ぶと、グリフォビュートの艦体が急速に回頭。振り落とされそうになるのを手摺に掴まって耐える。
見ると隣のグリフォビュートも回頭している。
やはり背後に機動兵器がいた。原型はグリフィアの様だが、専用にカスタマイズされているのか姿が違う。
何よりその肩や胴に、髑髏に巻きつく大蛇のエンブレムデカールが貼られていた。
「ステルス機!?」
「すみません! 全く気づけなくて……」
「今はいいカイエン! 総員戦闘配置につけ!機動兵器、出撃準備!」
慌ただしくなる艦内に、アイズマンの号令が轟く。
「さぁさぁ準備急いで!! ……お、新人ちゃん!」
ミーシャの元に、ゼナとツキミが駆けつける。ゼナはやる気に満ち、ツキミは落ち着かない様子だ。
「2人とも、送ったマニュアルは読んだ?」
「読みました。問題ありません」
「だ、大丈夫、だと、思います……」
「ならよし! さ、乗った乗った!」
ゼナとツキミはそれぞれの乗機に登場する。
ゼナのガルディオンはアクトメタルブレード、32mmサブマシンガン。ツキミのガルディオンはロケットランチャー、ヒートナイフを装備している。
「今回は標準装備で我慢してね! 2人のデータが集まったら専用機に仕立ててあげるから! はい、いってらっしゃい!!」
ミーシャの掛け声と同時に、2人のガルディオンがカタパルトに接続される。
「は、初出撃、がんばろうね、ゼナちゃん!」
「…………」
「あ、ご、ごめん、馴れ馴れしくて……」
「2人とも、私語は慎む様に」
と、2人の間のカタパルトに金色の機体がセットされる。
「副隊長……」
「2人は出撃後、私の殿をお願いします。くれぐれも先行しすぎない様に。……特にゼナ准尉は。理由は分かりますね?」
エリスはゼナに圧力をかける。
もちろん、理由というのは新人合同演習の事だろう。ゼナは小さく「了解」と返した。
「よーっし! 3機の発進準備完了!!」
「カタパルトオープン。発進、いつでもどうぞ!」
ミーシャとリンの発進コールと同時に、3機は戦場に躍り出た。
「全機へ通達します。これより敵機への制圧射撃を開始します。データ範囲に入らない様にしてください」
エリスは通達を全部隊に送ると、インプレナブルを射撃体制へ移行。
両肩、胸部、バックパックのハッチが開く。中からは無数のミサイルが顔を覗かせていた。
「全弾一斉掃射、開始」
瞬間、無数の白煙とともにミサイルが打ち出され、雨の様に敵部隊へと降り注ぐ。ミサイルの動きは単調で、追尾する事なく進路を爆撃する。
「何だ、あの数のミサイルは!?」
「牽制だ! 止まるんじゃなーー」
だが直後、数機のグリフィアがミサイルに当たり、爆散した。
「ち、違う! これは無誘導弾じゃない!」
正確には、無誘導弾のみではない。
インプレナブルのミサイルの中には、多数の無誘導弾に混じって誘導弾が入っていたのだ。更に誘導弾の威力は無誘導弾の数倍。まともに喰らえば輸送艦すら数発で沈める破壊力だ。
「敵機の動き、制限されています」
「畳み掛けるぞ」
それに乗じ、多数のガルディオンが進行を開始。
「私達も」
『了解』
合わせてエリス達も移動を開始する。
返事をしながら、ゼナはあるものを待ち望んでいた。未だ姿すら現さない、伝説を。
(まだか……紅蓮の鷹。早く実力を見せろ)
土煙の中からグリフィアが姿を現わす。しかしいくらカスタムを受けていようと、どれだけパイロットが場数を踏んだ兵だろうと、ガルディオンに戦いを挑むのは愚策だった。
アクトメタルブレードはグリフィアの対艦刀を容易く両断。機銃は牽制にすらならず、頭部を刺し貫かれ、腹部にサブマシンガンを掃射されて沈む。
ツキミのガルディオンが放ったロケットランチャーはグリフィアの下半身を吹き飛ばし、身動きが取れない隙に背中にゼナがブレードを突き立てる。
最早制圧戦ではなく、虐殺だった。
「テロリストの分際で……」
「ゼナちゃん、副隊長から離れてない? 戻ろうよ」
「EA何だから心配無いわ。それにデータが必要なんだから、臨機応変に対応しなきゃいけないでしょ。さ、行きましょう」
「う、うん……」
流されるまま、ツキミはゼナの跡を付いていった。
「…………あれほど言ったのに」
コクピット内で毒突くと、エリスはティノンへ通信を繋ぐ。
「新人2人が先行してしまいました。申し訳ありません。私の不手際で……」
「分かった。バックアップは私がする。エリスは適宜援護してくれ」
「了解しました」
通信を切る。エリスは小さく溜息を吐くと、少し目を伏せながら独白した。
「……私には、やっぱり…………」
その時、2機のグリフィアがインプレナブルへ接近してくる。ステルス機能はこういった乱戦時に効力を発揮する。
無論、それを考えていないエリスではない。
まずは両肩から誘導弾を発射。1機は胴体を粉砕し撃破する。しかし残った1機は左腕を吹き飛ばされてなお、右手で対艦刀を引き抜き突貫してくる。
「近づけば何とかなるとでも?」
インプレナブルの右マニピュレータが格納され、腕の4枚のブレードが展開。それらが中心で結合。高速回転を開始。
帯電し始めた電磁ドリルブレードを、グリフィアの胴体へ突き立てた。
破砕音が鳴り響き、胴体には穴が穿かれる。装甲は砕け、頭部は破裂。
装甲が焼け、鉄屑のミンチと化したグリフィアは、ゆっくりと地面に伏す。
「邪魔しないでください。私達の、復讐の邪魔を」
この言葉は目の前のグリフィアに言ったのではない。
グリモアールと、それに荷担する全ての者達に送った言葉だった。
「ゼ、ゼナちゃん、どんどん前に言っちゃってるけど、大丈夫なの?」
「張り合いがない。せめて手練れの兵士がいれば……」
「デ、データならもう取れたよ。もう戻ろうよ……」
涙声になるツキミ。しかしゼナは構う事なく進んで行く。
このまま帰るわけにはいかない。隊長クラスの首を取れば、皆んなが納得する筈だ。
自分が、エースだと。
「……っ!? ゼナちゃん、前!!」
ツキミの叫びが響き、咄嗟にゼナはガルディオンを反転させる。すると先ほどまでゼナがいた位置に巨大な亀裂が走った。
「このパワー…………まさか!」
目の前にいたのは、まさに死神だった。
大鎌の様な形状をしたアックス。右肩には肋骨の様に緩いカーブを描くスパイク、左肩には亀の甲羅の様な曲面シールド。胴体は黒いマントで覆われており、伺い知る事は出来ない。
ゼナ達を睨む5つのガーネット色のアイレンズは煌々と輝きを発していた。
「こいつ……EA?」
「分かんないよぉ…………だって、だって…………」
ツキミが幾らデータベースを参照しても、ガルディオンの電子頭脳は一致する機体を見つけられない。
それどころか熱源レーダーにも、音波ソナーに切り替えても、何も映っていない。確かに目の前にいるのに。ステルス機構が意味を成さないほど近くにいるというのに。
「こんなの…………見た事ないっ!!」
ゆらりと影が揺らいだかと思うと、謎の機動兵器は高速で迫って来た。
続く
次回、Ambrosia Knight 〜遠き日の約束〜
「死神襲来」
戦場を彷徨う死神は、戦士へ死の刃を振るい続ける