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Ambrosia Knight 〜 遠き日の約束 〜  作者: 雑用 少尉
第5章 終わらない宿命
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第7話(63話) 変わらない信念

 新人合同演習の結果が発表されてから数日。


 今日はそれぞれの部隊に配属となる隊員達との顔合わせの日だった。

 ティノン達が所属する第一特務機動部隊はいくつかのチームに分かれており、その中でティノンが管轄するチームに配属される新人の数は2人。あの演習を含めた卒業成績で首席、及び次席が来るのだ。


 会議室でその2人が到着するのを、約束の時間一時間前からティノンとエリスは待ち続けている。

「今度の新人はどんな奴なんだろうな」

 何気なく尋ねたティノンに、エリスは表情一つ変えずに事務的な態度で返す。

「それはこれから会えば分かります。まぁ人格がどうあれ、前の新人達の様に死ななければ良い話です」

「おいエリスーー」

「事実を言ったまでです。何か間違いが?」

「…………いや」

 冷え切った声に、冷酷な視線。何を言っても彼女に自分の声は届かない事を、ティノンは思い出した。


 と、会議室のドアが叩かれる。どうやら到着したようだ。

「あぁ、入ってくれ」

 ティノンの声をかけると同時に、2人が会議室へ入室する。


 2人の内、1人の少女にティノンは見覚えがあった。

「君は確か、あの時……」

 自分の事を物陰から見ていた、浅緑の髪をした少女だった。あの時と変わらず、紅い瞳はティノンを睨んでいた。

「ゼナ・マディオンです」

「あ、あぁ、よろしくなゼナ。……えっと、君は?」

「……は、はいっ!!」

 ティノンに名を尋ねられた隣の少女はびくりと肩を震わせ、顔を上げる。


 空色の髪はウェーブがかかっており、おどおどと開閉を繰り返すオレンジの瞳。その背はさほどティノンと変わらないほどだが、態度のせいで随分と小さく見える。


「わ、わた、私は……あ、あぁ……」

「あまり緊張しなくていい。と、言っても、これは人によるからな……」

 緊張のあまりまともに名乗れすらしない少女に、ティノンは困惑した表情を浮かべる。すると見かねたエリスが書類のようなものを懐から取り出した。

「ハギリ・ツキミ。ルーツは日系、両親は共に一般企業の社員。軍学校を次席で卒業、この前の新人合同演習では実技、筆記共に優秀な結果を残しています」

「……なるほど」


 ということは、隣のゼナが主席卒業ということ。


「なら自己紹介も終わったことだし、今後のーー」

「その前に一つ、聞きたいことがあります」

 ティノンの言葉を遮ったのはゼナだった。

 戸惑うティノンに、不愉快そうに眉を顰めるエリス、そして慌てふためくツキミ。

「貴女が紅蓮の鷹と言われているのを聞いたことがあります。何でも、演習では負けなしだとか」

「……あぁ…………それが?」

「一度、私と戦ってくれませんか? 紅蓮の鷹の実力、一度この身で体感したいのです」


 ゼナの言葉に場の空気が一気に凍り付く。当の本人は無言でティノンの返答を待ち続けている。


「ふざけたことを言わないでください」

 だが先に口を開いたのはエリスだった。

「自分の立場を分かっているんですか? 実戦経験も積まずに偉そうなことを言って。弁えなさい」

「……はい。出過ぎた真似をしました。申し訳ございません」

 謝罪をするゼナの表情には、全く反省の色が見えなかった。エリスもそれを分かってはいたようだが、何も言わず、話を再開するようティノンに促す。


 今後の予定を話している間、ティノンは既に不安で心がいっぱいだった。



「あぁぁぁぁっっっ!! 疲れたぁっ!!」

 全ての作業が終わり、ティノンはベッドに身を投げ出した。

 戦場に出る事はめっきり減った一方、デスクワークや新人指導などの仕事が重くのしかかる。早朝から深夜まで続く事などザラだ。


 ベッドに横になっていると、自然に睡魔が襲って来る。時刻は夜11時。シャワーはおろか、まだ着替えも食事もしていない。

 まずはやるべき事をやってから。それは分かっているのだが、疲労しきった身体は言う事を聞くはずがなく、

「んん…………」

 そのまま深い眠りへ沈んでいった。






「ティノン姉おはよー…………って、凄いクマできてるよ」

 早朝5時に格納庫に呼びつけられたティノンは既にボロボロだった。ミーシャは心配そうに駆け寄る。

「ごめんね。エグゼディエルが届いたから、つい見せたくなっちゃって……」

「いや、今日の分の仕事は昨日済ませたから大丈夫だよ。……それで、見せてくれるか?」

「もちろん! ささ、奥までどうぞー!」

 固く閉ざされた扉が、ミーシャのコード入力の完了と共に重い音を立てて開いた。



 照明に照らされていた緋色の機体は、かつての姿から大きく姿を変えていた。

 何より目立つのは背中、そして腰に2枚ずつ、計4枚の大型ウイングスラスター。鮫の背鰭のように鋭利なウイングには多数の切れ込みがあり、凶暴ながらも美しいフォルムとなっている。

 鷹のように鋭いヘッド、肩には以前と同じように小型のマシンガンが搭載されている。脚部は脛だけでなく、膝にもブースターが増設されている。

 機体色は輝く緋色に、金色と蒼色のライン。姿は変わったものの、その美しさは健在だ。



「エグゼディエル・グリファス! 名前がグリフィアとちょっと似てるのは、ティノン姉が隊長だから。つまり、まさしくグリフィア達の王ーー」

 ミーシャが煌々と名の由来を語っている中、ティノンはエグゼディエルにそっと触れた。



 2年ぶりの再会。自らの通り名の由来ともなった機体。

 何も語らずとも分かる。お前は絶対期待を裏切らない。


「ちょっと! 聞いてるティノン姉!?」

「……あぁ、もちろん」

 ティノンは機体から離れると、ミーシャの頭をクシャリと撫でる。

 こうしていると気持ちが落ち着くのだが、ミーシャは嫌がる素振りを見せる。

「また子供扱いする〜。言っとくけど、私も大人なんだからね。もうティノン姉より胸大きいよ!」

「はいはい。……じゃあ、私は戻るよ。色々やらなきゃいけないからな……まずシャワー浴びなきゃ」

「…………あっ、ティノン姉!」

 格納庫を去ろうとするティノンをミーシャは呼び止める。その視線は、エグゼディエルがある更に奥に位置する扉に向けられていた。


「あの、最後に挨拶していかない? 多分ビャクヤさんもーー」

「ミーシャ」

 振り向かず、ティノンは静かに続けた。



「ビャクヤはもう死んだ。アレはビャクヤじゃない」




 去って行ったティノンを見送ったミーシャは複雑な表情を浮かべていた。彼女も自分と同じで変わっていく。それが嬉しいような、寂しいような。


 と、入れ替わりにある人物が格納庫を訪れる。

「ミーシャさん、EAが届いたと聞いたのですが」

「あぁ、うん。ていうかミーシャで良いのに……まま、見てよ見てよ!!」

 ミーシャはエリスをエグゼディエルの隣にある格納区画へ案内する。

「これが、新しいインプレナブルだよ!」


 そこにあるインプレナブルの姿はまさに要塞だった。

 重鎧を着た様に分厚い胴体、肩。腕は巨人の様に太く、4つの刃が取り付けられている。脚部は依然と変わらずキャタピラ、バックパックには長大な砲身が輝いている。

 機体は金色に、黒いライン。まるで美しく咲く一輪の花の様に輝く色だった。


「名付けて、インプレナブル・マリーゴールド! えっと機能はーー」

「説明は大丈夫です。後でデータを送ってください。次回の作戦で投入予定ですので、準備をお願いします」

「あ、うん……」

 冷たく突き放すような態度をとるエリス。ミーシャは何も言えずに黙り込んでしまった。


 彼女はかつての相棒を見る。インプレナブル、友に戦い、そして愛する人と共に散った機動兵器。だがこうしてもう一度、咲くことが叶った。


「マリーゴールドですか。確かに、私にはぴったりの名前です」

「で、でしょでしょ!! マリーゴールドの花言葉は、変わらぬ愛。きっとーー」

「良い方で捉えるんですね」

「え……?」

 エリスはほんの少しだけ笑みを浮かべていた。かつての笑顔が太陽ならば、今の笑顔はさながら月の光の様に切なく、美しかった。


「マリーゴールドの花言葉は他にもあるんですよ。…………絶望、っていうね」

「っ!! そんなつもり……」

「ふふ、冗談です。それにミーシャさんの言った花言葉も正しいですから。ただ、違うところがあるとすれば……」


 笑顔は雲に隠れるように失せた。



「変わらないのは愛じゃなくて、信念です。2年前のあの日から変わらない……グシオスを打倒するっていうね」




「…………ふぅ」

 ミーシャは整備橋に仰向けに寝転がる。

 エリスが去った後、格納庫にはミーシャ1人だけになった。


 新たな戦いがまた始まる。


「私も頑張らなきゃな……ちょっと寝たら新人ちゃんのガルディオンの調整しなきゃ」

 そう言って少女は、束の間夢の世界へ出かけた。



 続く

次回、Ambrosia Knight 〜遠き日の約束〜


「存在しない戦争」


束の間の平和。その水面下で、火花と命は散る。

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