第2話 Cracked World 中編
私の声 聞こえる?
私も 君も
約束を果たす時が来たよ
「うぅ……」
逆巻く土埃の中、ビャクヤは電柱にもたれかかった状態で目を覚ました。
頭を強く打ちつけた影響か、何が起きたのかよく思い出せない。
「確か、学校行こうとして、それで…」
ビャクヤは立ち上がろうと地面に手をついた。
ヌルリとした、明らかにアスファルトや土とは違う感触。
「‼︎」
ビャクヤは自分の手を見て息を詰まらせた。自らの手は赤く染まっており、それは紛れも無い人間の血だった。
それを見て思い出した。あの惨劇を。
今は土埃が舞っているため見えないが、向こう側の光景は地獄と化しているだろう。既に辺りから鼻を抉るような鉄臭さが漂っている。
「何でグシオスが…しかもよりによってフラムシティをどうして…」
ビャクヤは電柱を支えにふらつきながら立ち上がる。どのくらい気絶していたのか分からないが、幸い頭が少し痛む程度で身体は何ともない。早くこの場を離れて避難しなければさらなる戦闘に巻き込まれるかもしれない。
そう思った時だった。
地面と金属が無理に擦れるような爆音と共に何かが吹き飛ばされてきた。凄まじい暴風に、ビャクヤの身体は枯葉同然に巻き上げられる。
「うわぁぁぁぁぁ‼︎」
そのままビャクヤは路地裏の道へ叩きつけられ、それでも身体は地面を転がり続け、
「……!そんな…」
そのまま街を流れる用水路へ転落した。
呼吸もままならず、荒れ狂う水流が身体をねじ切る様な痛みをもたらす。
(嫌だ…。ここで、死ぬなんて…まだ…まだ‼︎)
しかし、水流に抗う力などビャクヤには無く、意識までも飲み込まれてしまった。
あの戦闘に巻き込まれた時、決して離さなかった何かだけは右手の中で輝き続けていた。
始まってしまった。
少女は戦場となってしまった街を風のように駆ける。崩れた建物の瓦礫を踏み越え、物言わぬ骸となった人間を飛び越えて。
まさか、グシオスがこんな強行策に出るなど予想していなかった。一般人をも巻き添えにするなどと。
一刻も早く、あの兵器を見つけ出さねばならない。グシオスに渡るのだけは何としても阻止しなければ。
と、少女のコートのポケットに入った通信機が鳴る。足を止めず、少女は通信をオンにした。
「エル!聴こえるかエル!」
「こちらエルシディア、現在フラムシティ内で例の兵器を探索中。ティノン、グシオスが攻め込んで来たの。機動兵器も出てる。早くしないと街が」
「あぁ、さっき機動兵器隊の何機かが交戦を開始したらしい。私も少ししたら到着する」
「了解。私は…」
「お前も援護してくれ。機体の投下ポイントを送る。そこに向かえ」
「でもあれがグシオスに渡る可能性が」
「今は民間人保護が優先だ!フラムシティを制圧するにしてはやけに戦力が多すぎる。例の兵器があるなら尚更制圧されるわけにはいかない。いいな⁉︎」
「…………了解」
エルシディアは通信を切るのと同時に、上空に巨大な機影が姿を現わす。
アルギネア軍の量産型機動兵器、グリフィアだ。ジェイガノンよりも細身な体型、白く塗装された装甲、モノアイのアイカメラを持った頭部。
投下ポイントを見ると、エルシディアがいる位置から数十メートル先にあった。単なる偶然か、それともティノンはエルシディアがなんと言おうと援護に向かわせる気だったのか。
ヘリに吊るされた状態から、上空で切り離されて降下したエルシディアのグリフィア。通常のグリフィアよりも大型のバックパックとブースターを装着し、腰には同じく大型の対艦刀を一振り装備している、カスタム機である。
ゆっくりと歩み寄り、慣れた足取りで機体を登り、コクピットへ乗り込む。
「ふぅ」
エルシディアは大きく息を吐く。緊張や恐怖からではない。
戦場が一番、落ち着く場所なのかもしれない、と彼女自身が感じているのだ。
「メインジェネレーター起動、スラスターメインサブ共に正常稼動、重心バランサー安定確認、機体各部問題無し、システムオールグリーン」
機体のシステムが順調に起動し、グリフィアのモノアイにオレンジ色の光が灯る。バックパックのスラスターが深呼吸するように熱を放出し、グリフィアの脚部から圧縮された空気が放出、ホバー体勢へ移行する。
「エルシディア・ゼイト、これより戦闘へ介入します。敵の位置情報の転送、お願いします」
エルシディアが通信機で味方へ呼びかける。と同時にバックパックが青白い炎を吹き、街の瓦礫を巻き上げながらグリフィアは戦場へ駆り出た。
生臭い風は容赦なくビャクヤの身体に吹きつける。だが今のビャクヤはそれすら感じられなかった。
用水路に落ちた後、ビャクヤはこの地下水道へと流れ着いていた。ビャクヤの目を覚ましたのは、前夜に苦しんだものとよく似た頭痛と、ありえない方向にねじ曲がってしまった左腕の激痛だった。
水路から這い上がった時点で力尽き、こうして地下水路の天井を見上げるばかりだった。
最早意識も頭と左腕を走る痛みで保っている様な状態。握ったままの右腕も半分開きかけ、間から指輪の輝きが覗いていた。
(こうやって…人間って死ぬんだな…)
人は死を覚悟すると走馬灯が見えるらしいが、ビャクヤはその代わりに別のものが見えていた。
(周りが……暗くなっていく…)
目の前に広がっていたドブ色の天井は黒い靄に覆われていき、そして……
気がつくとビャクヤは見知らぬ場所にいた。
全てが黒く塗りつぶされ、前後左右の方向すら分からない。
(あぁ、とうとう死んだんだな、僕は)
悲観的なことを言っている割に、ビャクヤは楽になった気分だった。
頭の痛みも消え、左腕も元に戻っていて痛みも無い。全てから解放されたような気分だった。
だが、あることに気づいた。
「! 指輪が無い‼︎」
あれほど必死に掴んでいた指輪が影も形もない。その事実は、ビャクヤの心から冷静さを奪い去った。
「どこだ、どこだ!」
方向感覚も無いこの空間の中をひたすらに走る。
「あれがないと、あれがないと僕は‼︎」
と、その時だった。
お願い、私の声を聞いて
どこかで聞いたことのある声が、空間の中を響き渡る。
「この声、確か、あの時の…」
前の日の夜、そして戦闘に巻き込まれて気絶していた時に聞いた声。しかし、こうしてはっきり聞こえたのは初めてだ。
「どこにいるの⁉︎君は誰⁉︎」
ここに、いる
「だからどこに……っ‼︎」
すると、ピキッと何かがひび割れるような音が背後から聞こえた。ゆっくり振り向くと……
そこには幼い少女がいた。プラチナ色に輝く髪は腰まであり、身につけた黒いワンピースとは対照的な白い肌。
ビャクヤはその姿に、どこか見覚えがあった。あの雨の日のバス停で出会った、あの少女に似ている。
「君は…………?」
「私は……アリア」
「アリア…」
聞いたことのない名だった。しかし何だろう、心にチクリと来るこの感覚は。
そしてビャクヤは、アリアという少女の左手に握られているものに気づく。
「その指輪‼︎」
ビャクヤは少女に駆け寄ろうとするが、何か見えない壁に阻まれ、少女にその手は届かなかった。
「指輪、僕のなんだ!大切な、大切なものなんだ…だから…」
「そうよ……とても、大切なもの」
「え…?」
目の前の少女は、まるでビャクヤのことを懐かしむ様な眼差しで見つめる。
「とても、大きくなったね」
「な、何を言って」
「やっと声が届いて、あなたにまた逢えた」
アリアの口ぶりは、まるでビャクヤのことを昔から知っているかのようだった。
アリアは静かに右手で見えない壁に触れる。
「今度は、救ってみせる。だから…」
優しく微笑み、その琥珀色の瞳を向けて囁いた。
「身体を、借りるね」
その瞬間、目の前の壁にビキビキと亀裂が走ったかと思うと、微細に砕け散った。
「っっっっっっ⁉︎」
ビャクヤはそのまま少女と入れ替わるようにすれ違い、闇の中にその意識が消えていった。その間際に見えたのは、アリアの悲しげな表情だった。
ゆっくりと、ビャクヤは地下水道を進む。
まるで何かに引き寄せられるように、複雑な道を進む。
何故なら、知っているから。
待っている、遠い待ち人の場所を。
更に階段を降りていき、地下深くへと潜っていく。
ねじ曲がってしまった自身の左腕をビャクヤは優しく撫でる。
「こんなに…痛い思いをして、あなたは」
声は、ビャクヤのそれではなかった。普段の銀色の瞳は、今は琥珀色となっている。
階段を降り切った先にあったのは、錆びついた扉。その扉に手をかけ、ノブを回す。扉は悲鳴に近い音を上げてその道を開いた。
「久しぶり、何年ぶりかな?」
その場所で待っていたのは、白銀の装甲に身を包んだ、機動兵器だった。
その姿はまるで騎士のような力強さと美しさを持ち、各部が錆びついて尚、気高く光を放っている。
「さあ、おはようの時間だよ。ビャクヤを護るため、約束を果たすため」
ビャクヤ、いやアリアは整備橋を渡り、その機動兵器へ乗り込む。
その左腕は、完治していた。
「行こう、ゼロエンド」
アリアが指輪を左手の薬指にはめ、起動パネルに触れる。
〈システムリビルド アクトニウムコア臨界出力到達 エネルギーパルス全体浸透を確認 EA 起動〉
琥珀色の光を灯したアイレンズを、頭部のフェイスガードが下りてその光を遮る。
ゼロエンドは大きく一歩を踏み出した。
主を護るため、眠りから覚めた騎士は、今一度戦火の中へ歩みを進めた。
後編へ続く
前回、後編で会いましょうと言ったな?
あれは嘘だ。
というわけで中編です。後編はまた次ということになります。申し訳ない_| ̄|○
さて、とうとうこの物語の鍵となるロボット、ゼロエンドがやっとこさ出ました。後編にて、その闘いをお楽しみください。
それではまた後編で会いましょう。
……今度は本当ですよ。