第6話(62話) 戦争の需要
ゴルゴディアスの発艦時間までの間、ウォーロックは艦内をブラついていた。
こんな時に何をしていれば良いのか分からなかった。トレーニングルームで時間を潰すのにも飽きてしまい、ベックは通信の基礎を習いに、リムジーは早速厨房の方に引っ張られていってしまった。ノルンは整備区画にて作業中。
元から仲間と談笑を楽しむタイプでもなかったが、時間を持て余すのは辛い。
「時間が惜しいな……」
「どうかされましたか?」
「あ?」
通路の奥から1人の女性が声をかけてきた。
オレンジ色の髪を結い上げ、その背はウォーロックに迫るほど高い。優しげなグレーの瞳、その目の下には泣きぼくろがある。
「誰だあんた」
「このゴルゴディアスの副艦長を務めさせていただいている、マクシィと申します。貴方は、新入りさん?」
「そんなところだ。ウォーロックだ、よろしくな」
ウォーロックはそう一言告げると、さっさとマクシィの横を通り過ぎようとする。
しかしその時、ウォーロックの腕をがっしり掴んできた。
「おい何をーー!?」
直後、身体は宙で一回転。そのまま全身を艦の床に叩きつけられた。
「いってぇ……何しやがんだお前!!」
「口の利き方くらいは最低限気をつけなさい。それと隙だらけ。暇ならもう一度トレーニングして来たら、新入りさん?」
マクシィは先程と変わらない優しい笑顔を向け、ウォーロックの腕から手を離した。
通り過ぎていく彼女と入れ替わりに、マックスが現れた。その顔はニヤニヤと意地の悪い笑いを浮かべていた。
「一本取られたな」
「艦長、部下の躾くらいしっかりしろよ」
「今さっき躾けられた奴に言われてもなぁ。それにこういう風に躾けたのは俺だ」
「…………は? 一体どういう……」
「マクシィは俺の娘だよ。名前と顔つきで分からなかったか?」
ウォーロックは一瞬口を開け、しばらくして溜息を深く吐いた。
「分かるわけないだろ……あんたのむさい顔に比べて、副艦長は美人だったんだ」
「マジで? 今年で28歳だよ? 嫁に欲しい?」
「勘弁してくれ……」
数年ぶりに泣き言を漏らしたウォーロックだった。
「ふぅ……」
マクシィは手の関節を鳴らしながら艦橋に入る。そこでは既に数名のクルー、そしてベックの姿があった。
「どうも、新入りさん。調子はどう?」
「…………何となくは、掴めたっす。でも、実戦は、ちょっと…………」
「大丈夫。しばらくはアシスタントをして貰うから。……うん、素直でよろしい。さっきの彼とは違って」
疑問符を浮かべるベックを置き、彼女はもう1人の人物の方へ歩み寄る。
艦橋から外を見渡している、仮面の男。
「仕事もせず、どうかされましたか?」
「そんな、俺はかなり働いているつもりですけど」
「私には艦内をぶらついているようにしか見えませんでしたよ? お暇なら、自らの部下の指導でもなさったらどうですか?」
「俺の言う事、聞くような奴に見えますか?」
マクシィは口元を押さえて笑う。
スペクターに対し、警戒心を持たずに話す人物は少ない。当然だ。異形の仮面を被り、素性すら明かしていない男の事を信用しろと言う方が難しい。
その中の数少ない人物の1人が彼女なのだ。
「それで、本当の所はどうなんですか? 働き者な貴方が、こんな所で暇を持て余す訳がないでしょう?」
「…………流石、マックス艦長の娘さんだ。実はもうすぐ、戦闘が始まるから準備していたのさ」
「戦闘? まだグリモアールの行方はーー」
その時、マクシィの声を遮る様にサイレンが鳴り響く。敵の接近を予告するものだ。
「副艦長! 敵影を確認しました! 数は5…………その背後に小型の輸送艦も補足!」
報せを聞き、驚きを隠せない様子のマクシィに、スペクターは面白がっている様に笑った。
「ま、ちょっとした第六感、って奴ですよ」
ーー 総員に告ぐ。敵影を確認しました。これより本艦は戦闘態勢に入ります。速やかに戦闘準備をして下さい ーー
「え、ちょちょ、早すぎんだろ!」
リムジーは弁当を抱えたまま、通路で狼狽えていた。
「せっかく作ったってのに、これどうすりゃーー」
「邪魔だリムジー」
と、通路を駆け抜けるウォーロックに突き飛ばされる。
「あっぶねぇ!! 前見て走れや初心者パイロット!!」
危うく落としかけた弁当をキャッチし、リムジーは毒づいた。
「お、ウォーロック。早速来たか」
「出せるんだな?」
「いつでもオッケーだ。ってかシュミなしだけど行けんのか?」
「操縦系がグリフィアと同じなら問題ない」
ウォーロックはシステムを起動させる。モニターに浮かび上がる形式番号と、オルトベロスの文字。
互いに初陣を飾る、新たな相棒だ。
「無理すんなよ、初心者パイロット。安全マークつけるか?」
「いらねぇ」
苛立ったウォーロックの声が、機体の中に消えていった。
「あ、あ、あの、ス、スペクターさん! い、行ってらっしゃいませせせ!」
噛み噛みなノルンの見送りを背に、スペクターはディスドレッドに搭乗する。
「ノルンの初仕事は?」
「ス、スラスターのガス補給は、じ、自分がやりました!」
「うん。初仕事お疲れ様。じゃあ行ってくるよ」
ハッチが閉まり、カタパルトへと移動していくディスドレッドの後ろ姿に、ノルンはうっとりとしていた。
「格好良い……騎士様みたい…………」
恋する少女の瞳は、夢に満ち溢れていた。
遅れて艦橋に入って来たマックスは、久方ぶりの号令をかける。
「敵の機体は?」
「はい、ジェイガノン、ヴァルダガノン、そしてグリフィアの混成部隊です!」
「なぁんか、バイキングみたいな編成だなぁ。寄せ集めか」
「というより、傭兵部隊でしょうね。あの機体、どれも最新機ではないですし、チューンも粗い。正規軍ではないでしょう」
横からマクシィが情報を分析する。マックスはその様子に感服していた。
「流石だな。いやぁ、親子タッグで臨むこーー」
「では、2機とも発進して下さい。健闘を祈ります」
「うわー、反抗期かなー」
緊張感のない2人の会話は、艦橋の空気を妙な物に変えていた。
「よし、2機ともカタパルトへ設置完了! 発進コールスタート!!」
ベレッタの号令に合わせ、ノルンがスタートランプを点灯。
5、4、3、2、1とランプが灯っていき、遂に全てのランプが点灯した。
「ディスドレッド、スペクター、発進します」
「オルトベロス、ウォーロック、出るぞ!!」
同時に2機の機動兵器がカタパルトから射出された。
「んで、どうすればいいんだよ?」
地上を滑走するディスドレッドの後を追いながら、ウォーロックは尋ねる。
「2機だと陣形の取りようがないからね。俺が適当に搔きまわすから、取り零した奴を潰して」
「……要するに、ハイエナやってろと?」
「まさか。立派な援護だよ、援護」
それと同時にディスドレッドは加速。あっという間にオルトベロスを置いて行ってしまった。
「…………アレは全部1人で殺る気だな」
そうはさせないと、ウォーロックはオルトベロスのスラスターを全開にして追従する。
「隊長、1機だけこっちにすっ飛んでくる機体が。あぁ、よく見たらケツにもう1機いましたわ」
「へっ。こっちは数で勝ってんだ。押し潰すぞ、野郎ども!」
『へいっ!!』
先頭のジェイガノンにはブレードアンテナと、バックパックにはグリフィアの脚部を改造して造られたバックパックが取り付けられている。おまけに肩には、髑髏に巻きつく大蛇のエンブレム。
その趣味の悪さに、スペクターは笑ってしまった。
「おらぁ、挟みこめ!!」
隊長の号令に合わせ、2機のグリフィアが左右からディスドレッドを挟み撃ちにしようとする。両機はジェイガノンのものと思われるヒートアックスを振り上げ、叩きつけようとする。
対してディスドレッドは両腕のブレードを展開、アックスではなく、それを持つ手を刺し貫いて止めた。
「まぁいい、そのまま押さえてろ!」
隊長が叫ぶと、2機のグリフィアはそのままディスドレッドに組みつく。ジェイガノンの手に携えられているのは、通常の倍近くの大きさがあるヒートアックス。
「脳天カチ割ってやるぜぇ!!」
しかし、彼らはディスドレッドを、スペクターの実力を見誤っていた。
ディスドレッドはブレードを強引に斬り払い、グリフィアの腕を両断。拘束から逃れると、片方のグリフィアの胴体にブレードを穿ち、もう片方を盾にヒートアックスの一撃を受け止める。
瞬く間に2機を撃破され、隊長は呻いた。
「何だぁコイツ!? なんて戦い方……」
だが驚くのも束の間、ディスドレッドは背中の大剣を抜刀。振り下ろされた一撃を斧の柄で辛うじて防いだ。
「一つ聞きたいことがあるんだけど」
「こいつ、なんで俺の無線周波数を……!?」
「君たちをけしかけたのは誰だい?」
スペクターの声はあくまで穏やかだ。しかし話している間にも大剣は徐々に迫っている。
「だ、誰が教えるかよ!!」
「なるほど、君たちが独断でやったわけじゃないことは分かった。ありがとう」
「て、てめぇ鎌をかけ……」
その瞬間、斧を弾き飛ばされる。隊長はすかさず予備のヒートアックスを取り出し、ディストレッド目がけて振るう。しかしそれは、凹凸のある峰に受け止められた。
アックスの刃は峰にがっちりと食い込み、それ以上前に進まない。
「背中のブースターは飾りかな?」
「ふ、ふざけやがってぇぇぇっっ!!」
ジェイガノンのブースターが火を噴く。斧を押し込める力が増していく。
「叩き切ってやる!! てめぇを真っ二つーー」
直後、嚙み合った峰が高速で振動。ヒートアックスの刃は真っ二つに砕けた。
「真っ二つになったのは君の方だったね」
そのまま大剣を一閃。鈍い音と共にジェイガノンの胴体は無残に引き千切れた。
「さて、次は……」
スペクターが次に目を付けたのは、小型輸送船だった。
「あの野郎、もう3機片付けたのか」
ウォーロックが追いついた時には既に3機の機動兵器の残骸が残っているのみだった。しかし道中機動兵器には出会わなかった。
手遅れだったか。
「……いや、そんなことはなかったな」
オルトべロスの広域レーダーは森の中に潜んでいる敵影を捉えていた。腰部からアサルトライフルを取り出し、片方の敵の位置に向けて発砲した。
「居場所が!?」
それに反応し距離を取ろうとするヴァルダガノンを追従する。オルトべロスの速度はヴァルダガノンを大きく超えており、回り込む。
「仲間が殺されてんの見て知らないふりかよ、戦争屋」
「ちっ、鬱陶しい奴だぜ!!」
ヴァルダガノンはヒートアックスに手を伸ばす。しかしそのすきを見逃さず、オルトべロスのアサルトライフルが発射される。
「何だってお前らは戦争を……!」
「うるせぇ、それを望む奴らは世界に無数にいんだよ!! 戦争で儲けてる奴はな、戦争が終わったら食いぶちに困るんだよぉ!!」
「だったら飢えて死ね!! 人の命を食い物にしてんじゃねぇ!!」
ウォーロックはアサルトライフルを放ちながら、オルトべロスの左盾を構えた状態で突撃。ヴァルダガノンを突き飛ばし、コクピットに銃口を押し当てて再び発射。一瞬の痙攣の後、力なく頽れた。
「……おい」
ウォーロックは背後のヴァルダガノンに向き直る。その時、ヴァルダガノンが構えていたロケットランチャーを発射。直撃し、火柱が上がる。
「仲間がやられるのボサッと見てんじゃねぇぞ!!」
しかし爆煙を突っ切り、オルトベロスが両腕の盾を構えて突進してきた。その機体はおろか、盾には傷一つ入っていない。
そして腕の盾から無骨な棒が射出される。オルトべロスの盾に内蔵されている、アクトメタル製のトンファー。
ヴァルダガノンはロケットランチャーを投げ捨て、アックスを抜く。
刹那の攻防は、振る動作が必要なアックスよりも、小回りの利くトンファーの方が速かった。
右の一撃がヴァルダガノンの頭部を砕き、そのままシールドが反転、返す一撃がアックスを弾き飛ばす。そして左の一撃がコクピットを貫いた。
「はぁ、はぁ、結構……やれるもんだな……」
初陣で2機を撃破。
それだけでもかなりの体力を使ってしまった。一旦戻らなければならない。
だがオルトべロスの警告音が、そんな気分を吹き飛ばした。
「おい、ちょっと……きついぞ……」
反応は2機。スペクターから言われた、取り逃がしを狩る体力すら残っていない。
「……てめぇも災難だよな、オルトべロス」
操縦桿を握り直し、自らの頬を叩いて気合を入れる。アサルトライフルを構え、来るべき戦闘に備える。
しかし敵の姿は現れず、代わりに爆発音と衝撃がオルトべロスに降りかかった。
「……っ」
「やぁ、無事みたいだね。良かった」
静かに降り立ったディスドレッドの装甲は煤や飛び散ったオイルに塗れていた。
「他、は……?」
「全部片付けた。輸送船も破壊したからもう帰還していいよ」
「そうか……」
もはや驚く声すら枯れていた。
だがウォーロックは、最後に枯れた喉でスペクターに尋ねた。
「なぁ…………あんたは何のために戦争やってんだ?」
「ん〜…………」
間延びした返事と、長い沈黙。やがて通信機から聞こえてきた声は、
「大事な人を探してるんだ。遠くにいる、とても大事な人をね」
続く
次回、Ambrosia Knight 〜遠き日の約束〜
「変わらない信念」
悲劇の少女を突き動かすのは、あの日に見た別れの笑顔。