第4話(60話) 新たな同志
演習場の周りには既に人だかりが出来ていた。
アルギネアに存在する各軍学校から選抜された卒業生がしのぎを削り、ロンギールの本隊へと配属される人物を決める。
そしてその中でも上位に位置する者は、ロンギールの中でも精鋭部隊、第一特務機動部隊に配属されるのだ。
機体がぶつかり合う音が演習場に響き渡る。武装は全て演習様の物になっているが、その音は本物の戦場のものと変わらない。
「…………」
ティノンも人混みの中に紛れ、演習風景を見守る。だが近くの人間はティノンの方に視線を向けており、あまり集中出来る雰囲気ではなかった。
その中で、ティノンはある機体に注目していた。
チーム戦であるにも関わらず、単騎で突撃し、そのまま敵チームを薙ぎ倒していくグリフィア。後続のグリフィアはうろたえる様な動きをするばかりで、援護すらまともに出来ていない。
実際の戦場であんなことをすれば確実に部隊は壊滅する。
「気になる機体が見つかりましたか?」
背後から人混みを掻き分けて来る影。振り向かずとも声だけで分かる。
「エリス……」
「あの中から私達、第一特務機動部隊に入る人材が決まるんです。今後の作戦や任務において、重要なことですよ」
「分かってる。分かってる……さ」
ティノンは何処か寂しげな表情でエリスを見つめていた。
エレナを亡くしてから2年。背は一回り伸び、身体はより大人の女性のものとなっていた。髪は左右で結い、顔つきもまだ幼さを残しつつ、大人のものへと近づきつつある。
しかしその表情は険しいものとなっていた。あの無邪気な、太陽の様なエリスの笑顔は、そこになかった。
「……何ですか? そんな情けない表情をされては、第一特務機動部隊隊長として面目が立ちません。しっかりしてください」
「あ、あぁ……すまない」
エリスから投げかけられる厳しい言葉を飲み込み、演習場の方へ視線を戻した。
これからなのだ。本当に始まるのは。
「ガルディオン、搬入ラストだよぉ!! ささ、気張って行こー!!」
整備橋の上で叫ぶミーシャに、多くの整備員達が勝鬨を上げる。
現在ロンギールの整備区画ではガルディオンの最終調整が行われていた。
量産された初期型は20機。現在15機の調整が終了し、ロールアウトは目前だ。
そして最後の5機の調整。その内の2機は、今回の新人合同演習にて、第一特務機動部隊に配属される新人兵士用のチューンが施される。
ガルディオンはグリフィアの設計思想を受け継ぎ、高機動性を保ちつつ、操縦性を向上させている。
更には試験的に、一部の装甲にはアクトメタルが採用されている。これは初期型にのみ組み込まれた特権の様なものである。
ガルディオンの設計、及び開発担当者はミーシャ。今は別の部隊へ配属されたベレッタとガロットの背を追いかけ、必死に追いつこうとしているのだ。
「じゃ、任せたよ〜。私はあっちの整備しとくから」
『へい!』
ミーシャは整備員達に手を振り、別の区画へと移動する。
区画の看板に書かれた文字は、「特務機動兵器」。
そこにはかつて戦った仲間達が新たな姿で戻って来ている。
それまではティノンとエリスに量産機で戦場に向かわせていたが、やっと再会させてあげることが出来るのだ。
猛々しく輝く紅蓮の鷹。
燦然と輝く金色の巨兵。
「さ、2人に会う前に体調チェックしよ。エグゼディエル、インプレナブル」
新人合同演習は無事に終了し、結果は後日発表となった。演習終了後も卒業生たちは基地の中を見回ったり、兵士たちとの談話に勤しんでいる。
彼らもいずれ、戦場に赴き、その命を張って戦う戦士になる。ここまで生き延びてきた先輩の言葉は、きっと将来の為になる筈だ。
ティノンはその様子を遠めに見て、昔の自分を思い出していた。軍に入隊した時から生意気だった自分と違い、皆熱心に話を聞いている。その様子に思わず笑いが零れた。
「あ、あれって……」
「まさか……」
数人の学生がティノンに気が付いた。まずい、とティノンが思った時には既に遅し。大量の生徒が波の様に押し寄せてきた。
「ティノン大尉ですよね!?」
「あぁ、いや……」
「ティノン大尉って、あの紅蓮の鷹!?」
「凄ーい!! かっこいい!!」
「おまけに美人なんですね!!」
もみくちゃにされながら質問攻めにあい、酔いそうになっていると、
「全員、そこをどいてください」
エリスが生徒達を遠ざける。
「ティノン隊長、残りの予定はご存知ですか?」
「新人合同演習の結果についての会議、新兵講習の計画書づくり……あぁ、後は……?」
「シミット基地のメンバーとの親睦会。スケジュールを詰めるスペースはありません。遊んでいる時間なんてありませんよ。では」
一礼し、エリスは去っていく。それに続くように、生徒達は一礼しながらばらけていった。
ティノンも会議室に向かおうと歩を進めようとした時だった。
何者かに見られているように感じ、その方向に目をやる。
柱の陰からティノンを見つめていたのは一人の少女だった。浅緑色の三つ編み、鋭く細められた赤い瞳。
しかしティノンの視線に気づくと、少女は何処かへ行ってしまった。
その視線には、様々な感情が籠っているように感じた。だがその主たるものは、敵意、対抗心。それだけは感じ取ることが出来た。
昔、自分が他人に向けていた視線だったためだ。
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「こうして顔を合わせるのは初めてだな。改めて自己紹介しよう。私はマックスだ。よろしくな」
「えぇ、初めまして」
スペクターと握手を交わす壮年。彼はかつてグリフォビュートの艦長を務めていた男、マックス。
スペクターたちは無事に艦との合流、現在は中立地帯の森林にて待機をしていた。
「だがびっくりしたよ。突然グリフォビュートを左遷されたと思ったら極秘任務を任されるなんてな」
「総司令官曰く、このゴルゴディアスの艦長を任せられるのは貴方しかいなかった、とのことです」
「はは、お世辞として受け取っておくよ」
マックスは苦笑いを浮かべながら答える。
この男、スペクターと対峙していると、総司令官と向き合っている時と同じ感覚を覚える。表情を読み取れないというのは人に不信を抱かせてしまうのだろうか。スペクターに並々ならぬ事情があったとしても。
「それで、彼らの分の制服は用意出来ていますか?」
「あぁ、出来てはいるが……かなりイレギュラーというか、よく総司令官が許可を出したな」
「確かにイレギュラーではあります。ですが、このイレギュラーがどう動くかはまだ分かりません」
「おやっさん、おひさ」
「何だお前ら、遅かったじゃねえか」
「つっても1日遅れなだけだろ」
ベレッタは久しぶりに交わすガロットとの会話に花を咲かせていた。
「完成してたんだな、ゴルゴディアス」
「ディスドレッド完成とほぼ同時にロールアウトだった。そもそもこいつの存在自体が極秘だったし、かなりヒヤヒヤしてたぜ」
「俺はディスドレッドに回されてたからなぁ」
ベレッタは感慨深い様子で艦の壁に触れる。
ゴルゴディアスはグリフォビュートをより隠密作戦よりに再開発された姉妹艦であり、武装こそ共通だが、作戦範囲の向上、長距離移動にも適している。こうして森林の中に紛れ込めているのも、ゴルゴディアスの迷彩機能のおかげなのだ。
「俺はディスドレッドの方がびっくりだよ。ベレッタ、お前あの機体のベース……」
「……いや、正直俺も目を疑ったよ。何で行方不明だったあの機体が戻って来たのか」
「それよりもだ。お前、何であの……スペクターだったか? 彼奴がディスドレッドのパイロットになれーー」
「邪魔するぜ」
と、整備区画を訪ねる影が見える。
「どうかしたかウォーロック?」
「ウォーロック?」
「新入りだよ。んで、何か用でも?」
「俺の機動兵器は何処にある? 既にここへ届いていると聞いたが」
「その話か。届いてるには届いてるぜ。だがまだだ」
ベレッタの言葉を聞いたウォーロックは眉をひそめる。その表情は何故かを問いながら、早く理由を説明しろと求めていた。
「焦んな。俺に考えがあんだよ。素人のお前でもついていける様な機体にしてやるから楽しみに待ってな」
格納庫で整備を受けているグリフィア。
その身体には、ガルディオンに用いられる装備が取り付けられていた。
続く
次回、Ambrosia Knight 〜遠き日の約束〜
「戦いの覚悟」
覚悟無き者は、淘汰されゆくのみ。