第3話(59話) スペクター
「ふざけた事を!!」
アークリエルはスピアーを構え、全速力で突進する。しかしディスドレッドは闘牛士の様にそれをいなす。
「躱された!?」
アークリエルはすぐさま反転する。しかしディスドレッドはすでに目の前まで迫り、大剣を振り回す。
アークリエルは巨大な盾でそれを受け止めるが、打ち込まれる一撃の重さに徐々に後退していく。
「調子に乗るな!!」
ケイオスは一瞬の隙をつき、槍を突き出す。頭部を狙った一撃は首を動かして躱される。しかしそのままスラスターを全開にしたシールドバッシュ。
ディスドレッドは大きくよろけ、大剣を取落した。
その隙を見逃さず、アークリエルは槍を構えて突進する。
「調子に乗ってるのはそっちだ」
ディスドレッドの両腿からハンドガンが射出。二丁の掃射をアークリエルの頭部へ放つ。
「何っ!?」
剥き出しの緑のツインアイが弾ける。動きが鈍った隙に取り落とした大剣を地面から引き抜き、通り過ぎ様に背中に叩きつける。
「グゥッ!!」
アークリエルは体勢を崩しそうになるがギリギリの所で踏み止まる。しかし、
「コアの限界が近いか……だが目的は果たした」
ケイオスはそのまま荒野を走り抜け、撤退した。
青年は深追いしようとはしなかった。
「…………ごめんベレッタ。逃げられた」
〔仕方ねえ。近くにあった工場は?〕
「破壊されてる。これから生存者を探す」
〔頼む〕
蒼い機動兵器のコクピットが開き、中からパイロットが姿を現した。
人魂の様な、炎を模った奇妙な仮面を付けた男だった。警戒すべき相手ではあるが、敵意はなさそうだ。
ウォーロックがハッチを開けると、男はこちらに気づいた。
「大丈夫?」
「大丈夫なもんかよ……目、付いてんのか」
「間に合って良かった。まだ生きてる人がいて」
「間に合ってなんかねえよ…………!!」
自らの後ろで燃え盛る炎を指差し、脱力した様に倒れ込む。
「何にも出来なかったじゃねえか……まだ何も恩返ししてねえよ……ちっきしょう!!」
青年は空を見上げる。
美しく輝く月を、空を飛ぶ影と炎が遮った。
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「そっか……災難だったな」
ウォーロック達は輸送船の中に保護され、黒髪の短髪の青年ーーベレッタに事情を説明した。
自分達の身に起きた、理不尽な出来事を。
「どうして……私達、何もしてないのに…………工場長達まで…………!!」
「ここまで腐った国になっちまったのかよグリモアールは……」
「……」
ノルンは泣きじゃくり、リムジーとベックは歯を食いしばっている。
「まぁ、なんだ。あんま偉そうな事は言えないが……災難だったな」
ベレッタはバツが悪そうにする。
「俺達がもっと早く来てりゃ、防げたのかもしれないけど……」
「だが、これは少々面倒な事になった」
と、ドアが開き、中から白髪混じりの医師が現れた。気怠げながら、眼光は鋭い。
「あんた、誰だ?」
「ゼオンだ。って、お前らの事は後だ後。俺はベレッタに話があるんだ」
ウォーロックの話を強引に打ち切り、ゼオンはベレッタへと視線を戻す。
「ディスドレッドを奴らに見られ、あまつさえ逃げられたんだ。グリモアールだけじゃない。奴らの後ろにいる何かに勘付かれる可能性もある。いくら何でも、これは軽率な判断だったんじゃないか?」
「おっさん、今こいつらの前でその話はーー」
「何よそれ…………私達を助けたのは間違いだって言いたいの!?」
ノルンが涙で濡れた顔を上げ、ゼオンに食ってかかる。対してゼオンは表情一つ変わらない。
「あぁ、はっきり言って間違いだ。本来なら奴らの跡を追って、俺達の艦と合流してから戦闘をする予定だったんだ。それを…………なぁ、隊長さんよ」
ゼオンが投げかけた視線の先を、その場にいる全員が追う。
ドアが開いた先に立っていたのは、1人の男だった。銀髪と黒髪の混じった髪、黒いコートに身を包んでいる。
そして何より目を引くのは、炎を象った青白い仮面。まるで人魂のようだ。
「…………まぁ、良いじゃないか。助かる命があるなら、助けてやりたい。そうでしょ、ベレッタ」
「あ、あぁ……悪い。なんか、他人事じゃなくてよ」
「…………なぁ」
ウォーロックは立ち上がり、謎の男の元へ歩み寄る。リムジーとベックが止めようとするが、彼は止まらない。
「あんた、名前は?」
「俺はスペクターだ。君は?」
「…………ウォーロック。あんたら、何でグリモアールが工場を襲ったのか、そして奴らの後ろにいる何かが何なのか、知ってんのか?」
「ちょっと待てや兄ちゃん。それをお前さんが知る必要はないと思うな」
ウォーロックの問いをゼオンが遮る。しかしウォーロックはゼオンを煩わしそうに一瞥しただけ。依然スペクターの返答を待つ。
すると、仮面に篭った低い声が帰って来た。
「あぁ、知ってる。けどゼオンさんが言った通り、部外者に教える事は出来ない」
「ならどうすればいい。どうすればーー」
「お、おいウォーロック……」
リムジーの額に冷や汗が浮かぶ。得体の知れない相手に対し、ウォーロックが踏み込み過ぎているような気がしたのだ。このままでは、大変な事に巻き込まれる。
「一旦落ち着こうぜ。まずは俺達が今後どうするかを考えなきゃいけないんじゃね? 工場も、ないしさ……」
「俺も、そう思う。これから、どうする?」
ベックもリムジーに賛同する。
しかし、これにノルンが反発した。
「私……仇を取りたい」
「ノ、ノルン……?」
ノルンの表情は先程と違い、怒りに燃えていた。激情ではない。青い炎の様に、静かな忿怒。
「工場長も、みんなも、何も悪い事してないのに……私達を助けてくれたのに……こんな事絶対おかしいよ!! 絶対、絶対許さない!!」
「許さないったってどうするんだよ!」
混沌とする空間。
助けを求める様なベレッタの視線に、スペクターはクスリと笑った。
「なら、こうするのはどうだい?」
スペクターの言葉に、皆が静まり返る。
「ここにいる全員、俺達の部隊に来るというのは」
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「新型機の納品が完了しました。これから配備先の決定を行いたいと思います」
「ご苦労」
兵士が一礼し、部屋を去っていく。
アルギネア総司令官は軽く息を吐き、地球儀に手を掛ける。
グシオスとの戦いが休戦して1年。グリモアールでの一件を糾弾され、軍の肩身が狭くなるかと思っていた。
しかしあの男、ガウェル・ミカザル大佐が1年の間に軍を立て直す手はずを整えた事により、状況が変わった。
大統領との交渉機会の用意、ハスト社とより多くの中小企業を連携させ、再び軍備増強を行うことが出来るようになった。
「あの男、優秀だが、しかし…………」
総司令官には一つ引っかかることがあった。
だが、今それを伝える気はない。現時点ではまだ、使える人材だ。
グリフィアに代わる新たな機動兵器、ガルディオン。その優先配備先を考えなくてはならない。
と、VRモニターが目の前に浮かび上がる。回線は秘匿。つまり、彼からの通信だ。
「……どうした?」
[思わぬ形で新たなメンバーが加わりまして。後でデータを送ります。それと機動兵器を1機、あといくつかの予備パーツの手配をお願いしたいのですが]
「あまり派手な事は出来ない。グリフィアでいいかな?」
[充分です。では、予定通り合流地点へ向かいます]
通信が途切れる。
総司令官は仮面の奥で、クツクツと笑った。
「これでよし」
「これでよし、じゃねえよ。絶対面倒になるぜこれから」
スペクターの横にゼオンが腰掛ける。いつまでも文句を垂れる彼に、スペクターは肩をすくめる。
「何で一般人を巻き込んだ。下手すりゃ死ぬかもしれないんだぞ。それに……」
「どっちの心配もいらないよ」
「……へーへー、分かりましたよっ。あー、おっさん若者のノリについてけねえなぁ」
わざとらしく喚いていると、ノルンが偶然通りかかった。眉間にシワをよせ、更には舌を出してゼオンの前から去っていく。
「…………悲しいなぁ。それはさておき、だ」
ゼオンは頭を切り替え、話題を変える。
「グリモアールの目的がただのテロじゃねえのは今回の一件で確定だな。あの工場、確か新型機の部品製造を任されてた。んで半年前に奪われた6号機、アークリエルを使ってたって事は……」
「グリモアールはこっちの戦力を落とすだけじゃない。再起を狙ってるのか、或いは力を誇示してどちらかにつけ入ろうとしているのか」
「でもそれ、おかしくないか?」
と、2人の話に割って入って来たウォーロック。その表情は真剣そのものだ。
「グリモアールはただでさえ2年前の戦争で大打撃を喰らってんだ。しかも軍備はグシオスに頼ってた。何処であんな軍事力を?」
「詳しいな。確かお前スラム暮らしじゃなかったのか?」
「グシオスの軍人がよく出入りしてたしな。それで、そこんところ、あんたはどう思ってんだ、スペクター」
意見を聞かれたスペクターは俯いた。これが何を意味しているのか、仮面のせいでよく分からない。言い辛そうにしていると、ウォーロックは勝手に解釈する事にした。
「そうだね。多分グリモアールの後ろには何かがついてる。グシオスか、それとも…………」
彼が顔を上げたその時、ウォーロックの眼にはあるものが見えた気がした。
「アルギネア…………かな?」
虚無感に囚われた、スペクターの姿が。
続く
次回、Ambrosia Knight 〜遠き日の約束〜
「新たな同志」
新たな仲間、新たな力、新たな一歩。