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Ambrosia Knight 〜 遠き日の約束 〜  作者: 雑用 少尉
第4章 あの日の約束へ
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第55話 白夜

 

「天翼の光……」

 総司令官は地球儀を回しながら独白する。


 あの日から全てが終わり、全てが始まり、全てが狂った。


 人類を滅ぼすアクトニウム。それは驕り高ぶる人類に対する神の刑罰。

 しかし人類はそれすら、己が欲望を満たすため、己が夢を叶えるため、



 己が救いたいものの為に利用した。



 自分もその、驕り高ぶる人類のうちの一人だ。彼が成し遂げようとしたのは、一人の男が抱いた夢を共に目指すこと。


 アクトニウムを用いた半永久機関、アクトニウムコアの創造。


 しかしその夢は悪夢へと変えられることとなった。


 一人の少女のあまりに無垢な願いと、それを利用し己の欲望を満たした悪魔の存在によって。



 この仮面の奥にその傷痕は今も残り続けている。自らへの罰だと、この傷については既に割り切っている。


 しかし今でも受け入れることができない事実が、今尚心の中で蠢き、這いずり回っている。



「アンブロシア計画……人類存続の願いを果たす為に生まれたEA。それを人間同士の殺し合いに使う兵器に転用した私も、悪魔になっているのかもな」



 アリアを蘇らせる。


 その狂気に取り憑かれた悪魔の姿は、いつしか自分にも重なっていた。




 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「もうしつこいなぁ!! 何でこいつたった1機で……!!」

 ヴォイドリベリオンはZ.Kで防御をしながら、両肩の機銃で迎撃する。しかしマーシフルはそれを滑べる様に躱し、Z.Kに重い一撃を与えていく。


 しかし、

「フブキ! 援護するから距離を離して!」

「了解っと!!」

 サブマシンガンの射撃がマーシフルに飛来したかと思うと、続けてパイルバンカーが肩を掠める。

「……邪魔」

 エルシディアは舌打ちし、対艦刀をフィーアバエナの細腕目掛けて振り下ろす。

 エリーザはパイルを展開し、対艦刀を受け止める。もちろん受け切ろうとは考えていない。対艦刀の軌道をずらすとマーシフルの腕を掴み、パイルを胸部に突き刺そうとする。


「っ!!」

 エルシディアは間一髪機体をひねり、その一撃を回避する。だが、

「フブキ!!」

 ヴォイドリベリオンの狙撃がマーシフルのバックパックと頭部を撃ち貫く。

「う……あぁっ!!」

 小さな爆発を起こし、機体が前に押し出される。そこにフィーアバエナは蹴りを放ち、押し返す。シリンダー機構を利用した必殺の蹴りは、マーシフルの腹部を蜘蛛の巣状に割る。


「フブキ、とどめを……」

「まだ……まだぁぁぁぁぁぁっっ!!!」


 マーシフルの背中に十字形の蒼炎を背負い、対艦刀を構えてガムシャラに突進する。

「エリーザッ!! 回避して!」

「向かってくるなら受けて立つ!!」


 フィーアバエナは4本全ての鉄杭を装填。両腕を構え、それを一斉に発射した。

 鉄杭は蒼い戦乙女の肩、銅を貫く。痙攣する様に身体を震わすが、それでもマーシフルは突進を止めようとしない。鉄杭が突き刺さった凄惨な姿で。

 コクピットの中も、飛び散った破片がエルシディアの脇腹を貫いていた。流れ出る血がスーツを、シートを汚していく。


 だが、止まらない。


「エリーザッ!!」

 フブキはマーシフルに向け、ライフルを最大限撃ち込む。頭部を吹き飛ばし、腹に風穴を開け、脚を撃ち抜かれて尚、マーシフルは止まらなかった。


「私……は、まだ……死ねない!!」



 突き出した対艦刀はフィーアバエナのコクピットを穿つ瞬間、半ばからへし折れた。



「…………あぁ……………………」

 無念と、哀しみ。

 それがエルシディアの心に、錆となって纏わりつく。

 だが、彼の元へ、ビャクヤの元へ帰れば。きっとこの錆だって、消えてくれる筈だと。


「君……君さえいてくれれば……私は…………」

 エルシディアの意識が途切れた瞬間、マーシフルは遂に地面に伏した。



「はぁ……はぁ……はぁ……!!」

 対艦刀の切っ先が目の前に迫っている光景に、エリーザは一瞬死を実感した。

 だが勝った。勝ちは、勝ち。


「エリーザ、どうする? 機能停止してるけど……鹵獲する?」

「いいえ。このままコクピットを破壊する!」

 エリーザはフィーアバエナのパイルを装填、展開。倒れたマーシフルに押し当て、発射しようとしたその時だった。


 [エリーザ少尉。その機体を回収して下さい]

「少佐?」

 モニターに映し出されたスティアに、エリーザは驚きを隠せなかった。

「どうしてです!? こいつは……!!」

 [命令です。回収して下さい]

「……了解」

 通信が切れると同時に、憎き敵を見下ろす。


 汚れ、破壊された乙女の姿は、酷く憐れなものだった。




 拳と爪がぶつかり、衝撃が機体を伝わってコクピットに響く。

 ネヴァーエンドのサブアームがゼロエンドの頭部と首を絞めつける。しかしゼロエンドはそれを力任せに引き千切り、ネヴァーエンドの頭部に頭突きを当てて距離を取る。そして再び拳を振るう。


「あの時から俺達の時間は止まった! 前に進めないんだよ……アリアの遺物が存在し続ける限り!」

『EAは俺の約束、私の約束!! 必ずアンブロシア計画を成し遂げる! その為に……大切なものを犠牲にしてまで帰って来た!!』

「また俺らを踏みにじる気か!? アンブロシア計画なんて妄想の為に俺や姉さん、エルや彼奴を利用して」

『違う!!』


 ビャクヤの髪は半分銀色に染まっていき、瞳が琥珀色に染まっていく。

 自我は既にビャクヤとアリアのものが一体化し、記憶も全てが合流していた。今の自分はソウレン・ビャクヤなのか、アリア・クラウソラスなのか。それすら分からない。


 ただ漠然と分かるのは、近いうちにビャクヤとしての人格は消失する。そして、アリアとして生まれ変わるのだ。



 15年前に起きた、あの事件を贖罪するため。

 自分のせいで人生が狂った、あの家族に償うため。

 今度こそ、計画を完遂するため。



『例え俺の約束が果たせなくても皆を守れるなら!! 皆がいる世界の為に俺は!!』

「完全にアリアの傀儡と化したか……!!」

 振り下ろされたネヴァーエンドの爪を籠手で受け止め、ゼロエンドは腰からナイフを抜く。頭部目掛けて突き出すが、もう片方の爪にナイフを持った左腕が刺し貫かれる。

『ーーっ!!』

 ゼロエンドは再び頭部をネヴァーエンドに打ちつけようとする。しかし先にネヴァーエンドの口部が開き、赤熱した牙がゼロエンドの頭部に喰らい付いた。

 徐々にアクトニウムの装甲が溶け出す。


『ゼロエンド……も、もう少しだ……もう少しだから……!!』

 ネヴァーエンドの口から火花が散り始める。内部からギリギリと、パイルを装填する音が聞こえる。


『お前も死ぬ気でやれ!!』


 ゼロエンドの眼が狂暴な光を放つ。

 自らの左腕を爪から強引に引き剥がし、ネヴァーエンドのコクピットに蹴りを放つ。凄まじい衝撃でゼロエンドの左腕は千切れ、ネヴァーエンドは距離を離される。



「グッ!? 何だ……この馬力は……!?」



 アレンは目の前に佇むゼロエンドの姿を睨み据える。


 背中のフィンは4枚から8枚に増え、放つ群青の光は更に輝きを増していた。半分焼け崩れた頭部からは未だにドス黒く、赤い光が覗き、千切れた左腕からは鮮血のように液体が流れ落ちる。



 さながらその姿は美しい天使の翼を持つ、残虐な悪魔。




『ゼロエンド……』

 フラつくような足取りで、ゼロエンドはネヴァーエンドに迫る。


『約束……したからね…………』

 ネヴァーエンドの機銃に撃ち抜かれ、装甲が次々と剥がれ落ちていく。


『絶対に帰る…………皆が、待ってる……』

「…………やめろ」


 ネヴァーエンドは一歩後ずさる。

 機銃が空になったことにすら気づいていない。


 ゆっくりと、ゼロエンドの右腕が伸びる。


『アレン……スティア……エル』

 ーー ティノン……皆………… ーー


「やめろぉぉぉぉぉっっっ!!!!」



 ネヴァーエンドが突き出した爪が、ゼロエンドの胸部を貫いた。




 伸びたゼロエンドの手は、ネヴァーエンドの頬を撫で、


 そして、その身体から力が抜けた。



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 ビャクヤが目を開けると、いつか見たあの青空が広がっていた。


 だが少し違ったのは、自らを見下ろす白銀の髪をした少女がいたこと。

 その少女ーーアリアは、ビャクヤの頭をその胸に抱いた。懐かしいその香りと柔らかさは、ビャクヤの心を安らかにする。



「…………アリア?」

「……ごめんね。私、また、救えなかった。貴方を利用してまで生き返ったのに…………また…………」

「アリア……」


 アリアを慰めようと右手を伸ばそうとする。だが右手が動かない。


 そこでようやく、ビャクヤは気づいた。


 自身の右手、否、両足の膝から先も無くなっていることに。


「…………そっか。だったら……」

 残っていた左手でアリアの背中を撫でる。


 何故ここまで冷静なのかは分からない。だが自棄になっているわけではない。

 ただ、ただ、安らいだ気持ちがビャクヤの中を支配していた。


「アリア、お疲れ様」

「っ!」

 瞬間、アリアの瞳からポロポロと涙が溢れ出す。

「もうゆっくり休んでいいんだよ。1人で抱えなくていいんだ。だから今は……おやすみなさい」

「…………ビャクヤ」


 アリアが笑顔でそう言うと、彼女の身体から粒子が溢れ始める。

 徐々に薄れていく姿。まるで空間に溶け込むように消えていき、やがて完全に消えた。


 ーー おやすみなさい。ビャクヤ ーー


 最期に残った彼女の声を聴き終えたビャクヤの意識は薄れていき、



 融けて、消えた。




 潰れたコクピットの中で、左手以外の四肢を失ったビャクヤは笑っていた。まるで、幸せな夢を見ている様に。


 左手の薬指にはまっていた約束の指輪は、静かに砕け散った。


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 アレンの眼から、一筋の涙が零れ落ちていた。憎き仇を討ったというのに、湧き出るのは虚しさだけだった。

「…………何故だ…………何で……俺達はこれで…………解放された筈なのに……」


 ネヴァーエンドが爪を引き抜くと、ゼロエンドはゆっくり地面に倒れる。そのまま二度と起き上がる様子はなかった。


「何故だ……答えろアリア…………答えろアリアァァァッッッ!!!」


 自らの手で葬った敵に対し、ひたすら問い続ける。



 アレンに気づくことは出来ない。



 誰かを許せない程憎むということは、それだけその人を信頼し、愛していたことの裏返しであったことを。






 その後、程なくして戦争は終結した。


 結果は両者共に兵力をすり減らし、目的であったグリモアールに壊滅的被害をもたらしただけ。


 戦争は何も得ない、無意味なもの。それをまざまざと見せつける様に遺った残骸や死体は語っていた。



 国を守る為に戦い、散った兵士の誇りや信念さえ、無意味なものだったのだろうか。


 それはこの場所で、何かを失った者にしか分からない。




 続く

次回、Ambrosia Knight 〜 遠き日の約束 〜


「遠き日へ」


残された者たちは再び、歩き出す。

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