第55話 白夜
「天翼の光……」
総司令官は地球儀を回しながら独白する。
あの日から全てが終わり、全てが始まり、全てが狂った。
人類を滅ぼすアクトニウム。それは驕り高ぶる人類に対する神の刑罰。
しかし人類はそれすら、己が欲望を満たすため、己が夢を叶えるため、
己が救いたいものの為に利用した。
自分もその、驕り高ぶる人類のうちの一人だ。彼が成し遂げようとしたのは、一人の男が抱いた夢を共に目指すこと。
アクトニウムを用いた半永久機関、アクトニウムコアの創造。
しかしその夢は悪夢へと変えられることとなった。
一人の少女のあまりに無垢な願いと、それを利用し己の欲望を満たした悪魔の存在によって。
この仮面の奥にその傷痕は今も残り続けている。自らへの罰だと、この傷については既に割り切っている。
しかし今でも受け入れることができない事実が、今尚心の中で蠢き、這いずり回っている。
「アンブロシア計画……人類存続の願いを果たす為に生まれたEA。それを人間同士の殺し合いに使う兵器に転用した私も、悪魔になっているのかもな」
アリアを蘇らせる。
その狂気に取り憑かれた悪魔の姿は、いつしか自分にも重なっていた。
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「もうしつこいなぁ!! 何でこいつたった1機で……!!」
ヴォイドリベリオンはZ.Kで防御をしながら、両肩の機銃で迎撃する。しかしマーシフルはそれを滑べる様に躱し、Z.Kに重い一撃を与えていく。
しかし、
「フブキ! 援護するから距離を離して!」
「了解っと!!」
サブマシンガンの射撃がマーシフルに飛来したかと思うと、続けてパイルバンカーが肩を掠める。
「……邪魔」
エルシディアは舌打ちし、対艦刀をフィーアバエナの細腕目掛けて振り下ろす。
エリーザはパイルを展開し、対艦刀を受け止める。もちろん受け切ろうとは考えていない。対艦刀の軌道をずらすとマーシフルの腕を掴み、パイルを胸部に突き刺そうとする。
「っ!!」
エルシディアは間一髪機体をひねり、その一撃を回避する。だが、
「フブキ!!」
ヴォイドリベリオンの狙撃がマーシフルのバックパックと頭部を撃ち貫く。
「う……あぁっ!!」
小さな爆発を起こし、機体が前に押し出される。そこにフィーアバエナは蹴りを放ち、押し返す。シリンダー機構を利用した必殺の蹴りは、マーシフルの腹部を蜘蛛の巣状に割る。
「フブキ、とどめを……」
「まだ……まだぁぁぁぁぁぁっっ!!!」
マーシフルの背中に十字形の蒼炎を背負い、対艦刀を構えてガムシャラに突進する。
「エリーザッ!! 回避して!」
「向かってくるなら受けて立つ!!」
フィーアバエナは4本全ての鉄杭を装填。両腕を構え、それを一斉に発射した。
鉄杭は蒼い戦乙女の肩、銅を貫く。痙攣する様に身体を震わすが、それでもマーシフルは突進を止めようとしない。鉄杭が突き刺さった凄惨な姿で。
コクピットの中も、飛び散った破片がエルシディアの脇腹を貫いていた。流れ出る血がスーツを、シートを汚していく。
だが、止まらない。
「エリーザッ!!」
フブキはマーシフルに向け、ライフルを最大限撃ち込む。頭部を吹き飛ばし、腹に風穴を開け、脚を撃ち抜かれて尚、マーシフルは止まらなかった。
「私……は、まだ……死ねない!!」
突き出した対艦刀はフィーアバエナのコクピットを穿つ瞬間、半ばからへし折れた。
「…………あぁ……………………」
無念と、哀しみ。
それがエルシディアの心に、錆となって纏わりつく。
だが、彼の元へ、ビャクヤの元へ帰れば。きっとこの錆だって、消えてくれる筈だと。
「君……君さえいてくれれば……私は…………」
エルシディアの意識が途切れた瞬間、マーシフルは遂に地面に伏した。
「はぁ……はぁ……はぁ……!!」
対艦刀の切っ先が目の前に迫っている光景に、エリーザは一瞬死を実感した。
だが勝った。勝ちは、勝ち。
「エリーザ、どうする? 機能停止してるけど……鹵獲する?」
「いいえ。このままコクピットを破壊する!」
エリーザはフィーアバエナのパイルを装填、展開。倒れたマーシフルに押し当て、発射しようとしたその時だった。
[エリーザ少尉。その機体を回収して下さい]
「少佐?」
モニターに映し出されたスティアに、エリーザは驚きを隠せなかった。
「どうしてです!? こいつは……!!」
[命令です。回収して下さい]
「……了解」
通信が切れると同時に、憎き敵を見下ろす。
汚れ、破壊された乙女の姿は、酷く憐れなものだった。
拳と爪がぶつかり、衝撃が機体を伝わってコクピットに響く。
ネヴァーエンドのサブアームがゼロエンドの頭部と首を絞めつける。しかしゼロエンドはそれを力任せに引き千切り、ネヴァーエンドの頭部に頭突きを当てて距離を取る。そして再び拳を振るう。
「あの時から俺達の時間は止まった! 前に進めないんだよ……アリアの遺物が存在し続ける限り!」
『EAは俺の約束、私の約束!! 必ずアンブロシア計画を成し遂げる! その為に……大切なものを犠牲にしてまで帰って来た!!』
「また俺らを踏みにじる気か!? アンブロシア計画なんて妄想の為に俺や姉さん、エルや彼奴を利用して」
『違う!!』
ビャクヤの髪は半分銀色に染まっていき、瞳が琥珀色に染まっていく。
自我は既にビャクヤとアリアのものが一体化し、記憶も全てが合流していた。今の自分はソウレン・ビャクヤなのか、アリア・クラウソラスなのか。それすら分からない。
ただ漠然と分かるのは、近いうちにビャクヤとしての人格は消失する。そして、アリアとして生まれ変わるのだ。
15年前に起きた、あの事件を贖罪するため。
自分のせいで人生が狂った、あの家族に償うため。
今度こそ、計画を完遂するため。
『例え俺の約束が果たせなくても皆を守れるなら!! 皆がいる世界の為に俺は!!』
「完全にアリアの傀儡と化したか……!!」
振り下ろされたネヴァーエンドの爪を籠手で受け止め、ゼロエンドは腰からナイフを抜く。頭部目掛けて突き出すが、もう片方の爪にナイフを持った左腕が刺し貫かれる。
『ーーっ!!』
ゼロエンドは再び頭部をネヴァーエンドに打ちつけようとする。しかし先にネヴァーエンドの口部が開き、赤熱した牙がゼロエンドの頭部に喰らい付いた。
徐々にアクトニウムの装甲が溶け出す。
『ゼロエンド……も、もう少しだ……もう少しだから……!!』
ネヴァーエンドの口から火花が散り始める。内部からギリギリと、パイルを装填する音が聞こえる。
『お前も死ぬ気でやれ!!』
ゼロエンドの眼が狂暴な光を放つ。
自らの左腕を爪から強引に引き剥がし、ネヴァーエンドのコクピットに蹴りを放つ。凄まじい衝撃でゼロエンドの左腕は千切れ、ネヴァーエンドは距離を離される。
「グッ!? 何だ……この馬力は……!?」
アレンは目の前に佇むゼロエンドの姿を睨み据える。
背中のフィンは4枚から8枚に増え、放つ群青の光は更に輝きを増していた。半分焼け崩れた頭部からは未だにドス黒く、赤い光が覗き、千切れた左腕からは鮮血のように液体が流れ落ちる。
さながらその姿は美しい天使の翼を持つ、残虐な悪魔。
『ゼロエンド……』
フラつくような足取りで、ゼロエンドはネヴァーエンドに迫る。
『約束……したからね…………』
ネヴァーエンドの機銃に撃ち抜かれ、装甲が次々と剥がれ落ちていく。
『絶対に帰る…………皆が、待ってる……』
「…………やめろ」
ネヴァーエンドは一歩後ずさる。
機銃が空になったことにすら気づいていない。
ゆっくりと、ゼロエンドの右腕が伸びる。
『アレン……スティア……エル』
ーー ティノン……皆………… ーー
「やめろぉぉぉぉぉっっっ!!!!」
ネヴァーエンドが突き出した爪が、ゼロエンドの胸部を貫いた。
伸びたゼロエンドの手は、ネヴァーエンドの頬を撫で、
そして、その身体から力が抜けた。
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ビャクヤが目を開けると、いつか見たあの青空が広がっていた。
だが少し違ったのは、自らを見下ろす白銀の髪をした少女がいたこと。
その少女ーーアリアは、ビャクヤの頭をその胸に抱いた。懐かしいその香りと柔らかさは、ビャクヤの心を安らかにする。
「…………アリア?」
「……ごめんね。私、また、救えなかった。貴方を利用してまで生き返ったのに…………また…………」
「アリア……」
アリアを慰めようと右手を伸ばそうとする。だが右手が動かない。
そこでようやく、ビャクヤは気づいた。
自身の右手、否、両足の膝から先も無くなっていることに。
「…………そっか。だったら……」
残っていた左手でアリアの背中を撫でる。
何故ここまで冷静なのかは分からない。だが自棄になっているわけではない。
ただ、ただ、安らいだ気持ちがビャクヤの中を支配していた。
「アリア、お疲れ様」
「っ!」
瞬間、アリアの瞳からポロポロと涙が溢れ出す。
「もうゆっくり休んでいいんだよ。1人で抱えなくていいんだ。だから今は……おやすみなさい」
「…………ビャクヤ」
アリアが笑顔でそう言うと、彼女の身体から粒子が溢れ始める。
徐々に薄れていく姿。まるで空間に溶け込むように消えていき、やがて完全に消えた。
ーー おやすみなさい。ビャクヤ ーー
最期に残った彼女の声を聴き終えたビャクヤの意識は薄れていき、
融けて、消えた。
潰れたコクピットの中で、左手以外の四肢を失ったビャクヤは笑っていた。まるで、幸せな夢を見ている様に。
左手の薬指にはまっていた約束の指輪は、静かに砕け散った。
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アレンの眼から、一筋の涙が零れ落ちていた。憎き仇を討ったというのに、湧き出るのは虚しさだけだった。
「…………何故だ…………何で……俺達はこれで…………解放された筈なのに……」
ネヴァーエンドが爪を引き抜くと、ゼロエンドはゆっくり地面に倒れる。そのまま二度と起き上がる様子はなかった。
「何故だ……答えろアリア…………答えろアリアァァァッッッ!!!」
自らの手で葬った敵に対し、ひたすら問い続ける。
アレンに気づくことは出来ない。
誰かを許せない程憎むということは、それだけその人を信頼し、愛していたことの裏返しであったことを。
その後、程なくして戦争は終結した。
結果は両者共に兵力をすり減らし、目的であったグリモアールに壊滅的被害をもたらしただけ。
戦争は何も得ない、無意味なもの。それをまざまざと見せつける様に遺った残骸や死体は語っていた。
国を守る為に戦い、散った兵士の誇りや信念さえ、無意味なものだったのだろうか。
それはこの場所で、何かを失った者にしか分からない。
続く
次回、Ambrosia Knight 〜 遠き日の約束 〜
「遠き日へ」
残された者たちは再び、歩き出す。




