第52話 霊が哭いた日
「彼奴はレーヴァスの!?」
「そうだよ!! 死んでも死にきれなくってさぁ……お前を殺るために戻って来たんだよぉぉぉっ!!」
フブキが破れた声で絶叫すると、ヴォイドリベリオンはエグゼディエルに向けて狙撃を再開する。
凄まじい連射速度と裏腹に、一発一発の弾丸は正確にエグゼディエルを捉えている。おまけにヴォイドリベリオンはグリフィアもかくやと言わんばかりの速度で滑走しながら、この芸当をやって見せているのだ。
「捉えられない! こうなったら……」
ティノンは電磁加速ライフルをショートレンジへ変更。マシンガンのように電磁加速弾を放ちながら、ヴォイドリベリオン目掛けて降下する。
その直後だった。
空気を割いて発射された鉄杭がエグゼディエルの左肩に突き刺さったのだ。
更にそれは、数秒せずに爆裂。エグゼディエルの左肩を吹き飛ばした。
「うぐぁっ!?」
飛び散った破片はコクピットにも飛来し、衝撃でティノンのヘルメットを弾く。額を切り、血が流れ出る。
そこへ追い打ちのようにヴォイドリベリオンの狙撃が命中する。
「ナイス援護だねぇ、副隊長殿」
「どういたしまして」
エリーザは素っ気なく返答する。
鉄杭を発射したフィーアバエナの左腕に、バックパックのサブアームが新たな鉄杭を押し込み、リロードする。
「このまま挟み込むようにしてあのEAを墜とすわ。それで異論はない?」
「オッケー」
フブキは了承すると、ヴォイドリベリオンをエグゼディエルの背後まで移動。狙いはバックパックのスラスター部。
「呆気なさすぎるんじゃないの? もっと歯応えを……」
とフブキが言いかけた時だった。
エグゼディエルは右腕の電磁ブレードを展開し、ヴォイドリベリオンへ強襲する。
フブキは冷静にヴォイドリベリオンの腰から対機動兵器刀ーーZ.Kを引き抜く。そして振り抜かれようとした電磁ブレードに合わせて突き出した。
しかし、エグゼディエルはスラスターを逆方向へ噴射。急停止すると共に、蒼炎をヴォイドリベリオンへ吹きかける。
「バックファイアを!? ……うわっ!!」
一瞬ひるんだ隙を逃さず、エグゼディエルはヴォイドリベリオンを蹴り飛ばし、その反動を利用して今度はフィーアバエナへと肉薄する。
エリーザはその一撃を紙一重で躱し、左腕のパイルバンカーを射出。エグゼディエルの右目が抉られるが、電磁ブレードをすぐさま斬り上げてパイルをへし折った。
「このEA……何故こんな戦い方が!?」
「私は引き退る訳にはいかないんだ……もう誰も死なせる訳にはいかない!!」
突き刺さったパイルを右手で引き抜き、投擲。それをフィーアバエナが弾く間に再び空へと飛翔する。
右眼からスパークを迸らせ、残った左眼が一層強く光った。
「何てこった……このままじゃティノンがやばい!」
振り降ろされた大剣を躱し、ばら撒かれるミサイルを撃ち落とす間に、ウェルゼは2機のEAに包囲されるティノンを助ける隙を伺う。
しかしゲオルガイアスの猛攻は絶え間なく続く。
「あの2人なら、しばらく抑えてくれるだろう」
[中佐、お一人でEAを相手するのは危険です。我々も援護を……]
「必要無い。君達はあの2人の援護をしていてくれ」
[は、はぁ。了解いたしました]
援護に駆けつけた兵士達を追い払い、ハリッドは再び目の前の敵へ集中する。
「随分余裕ぶっこいてんじゃねえか。中佐がホイホイ戦場に出てくんじゃねえよ」
「私は前線で戦い続け、そして戦果を上げて今の地位にいる。君のように隠れて生き残ったわけではない」
「だったらもっと昇進させてやるよ。名誉の戦死で二階級特進、ご立派な最期にな!!」
ファンタズマはマシンガンをフルオートでゲオルガイアスへ連射。撃ち切ると同時にゲオルガイアスへ投げ捨て、ショットガンでそれを撃ち抜いた。
爆炎でモニターが埋め尽くされるが、ハリッドは大剣を薙いでそれを振り払う。目の前に迫ったナイフを持った腕を掴むと、後方へ投げ飛ばした。
「うおぉっと!」
「前に使った手は通用しない!」
ゲオルガイアスは両肩のブースターを噴射、倒れたファンタズマに襲いかかる。
しかし、ゲオルガイアスに向けて2機のグリフィアが急接近する。そのうち1機は、隊長機を示す長いブレードアンテナが伸びている。
[副隊長、挟み込むぞ!!]
「馬鹿、お前、よせ!! そいつはーー」
[偉そうな事を言えた玉かお前は!! 昔から死に急いだ戦い方をして! いいから自分の隊員を助けに行け!!]
2振りの対艦刀を携えたグリフィアがゲオルガイアスへ打ちかかる。それをハリッドがシールドで防いでいる間に、もう1機のグリフィアがマシンガンで畳み掛ける。
「ギルバート……」
[久々に名を呼んだな……ウェルゼ]
第一部隊隊長、ギルバート・クランセンは笑った。
特殊工作部隊がウェルゼを残して全滅したあの日以来、彼を見る兵士の目は冷たくなった。
敵味方問わず、ほぼ全ての兵士が死んだあの基地の一件で、ただ一人奇跡の生還を遂げた。これを喜ぶ者よりも、不気味がる者の方が多かったのだ。
その後の任務でも、どれだけ死人が出ようとも、彼が死ぬことは決して無かった。
いつしか彼は、兵士を呪い殺す「怨霊」が憑いていると噂されるようになっていった。
そんな中、ある兵士がウェルゼに話しかけて来た。
その男はウェルゼと同い年で、階級も同じ。それだけだった。何の接点もない男だった。
「……何だ、あんた?」
「俺は機動兵器部隊のギルバートだ」
「機動兵器部隊……あぁ、あのろくに仕事してねえ部隊か」
「そんな事言うな。本当の事言われるのは辛いんだ」
機動兵器部隊。当時グシオスと友好関係を結ぼうとしていた世間に、一番の厄介者だと指差されていた部隊だ。主な仕事は新型機動兵器の稼働試験。平和的に事を進めたがっていた活動家や政治家に目をつけられ、ろくな任務すら与えられていない集団だった。
「そういうお前こそどうなんだ? とうとう任務に参加させてもらえなくて、待機命令出されたらしいが」
「言わせとけばいい。俺が行こうが行くまいが、死ぬ奴は死ぬんだ」
「冷たいな。みんなアルギネアの人々のために動いているっていうのに」
「ハッ。人々のため。マジでそんなこと言う奴いるんだな。裏で馬鹿みたいに人が死んでるのに、それを知らん顔してる奴らを守りたいなんてよ」
ウェルゼはギルバートの言葉を嘲笑する。しかし当のギルバートは気にする様子すら見せない。
「随分捻くれてるな……って、今はそんな話をしに来たんじゃないんだよ」
彼は立ち上がると、一枚の紙をウェルゼに差し出した。
「あ? 異動届……?」
「そんな所で腐ってるよりだったらって、うちの隊長がさ。どうだい、うちに来いよ」
「仕事しねえ集団に仲間入りしろってか?」
「今は無いだけさ。今は、ね」
含むように笑うギルバートを見て、ウェルゼはいつの間にか笑ってしまっていた。
面白い奴を見つけた。
「いいぜ、お前の大嘘に乗っかってやる。せいぜい俺を上手く使ってくれよ」
「さあてね。どうだか」
「邪魔をするな!!」
ゲオルガイアスがシールドを払い、ギルバートのグリフィアを押し返す。
そしてマシンガンを放つグリフィアに向き直ると、弾丸を真正面から受け止めながら突進。速度と重量を乗せた大剣の一撃を振り下ろし、グリフィアを叩き潰した。
しかし、ゲオルガイアスのバックパックへ対艦刀が突き刺さる。ミサイルコンテナが火を噴く。
ハリッドは舌打ちし、ミサイルコンテナを切り離す。見据えた先に、対艦刀を両手で構えるグリフィアの姿が。
「ウェルゼ、忘れるなよ……隊長の役目は……!!」
グリフィアが最大速度で突っ込む。
渾身の突きはシールドに阻まれ、対艦刀が半ばからへし折れる。
「部下の為に、自分の命を張ることだ……だから、お前はまだ……!!」
無防備な胴体が、無慈悲な一撃の元に砕け散った。
「ギルバートォォォォォォォォォッッッ!!!」
ウェルゼの慟哭はコクピット中に響き渡り、ハリッドの耳にも届いた。
「愚か者が……友を遺して死ぬとは」
ハリッドは目を閉じ、大剣についた残骸とオイルを払う。飛沫がファンタズマに降りかかり、モスグリーンの装甲を汚した。
「まさか、お前も隊長に抜擢されるとはな」
「俺はウェルゼが隊長に選ばれたことの方が驚きだよ。……いつか、また任務で会おう」
「それまでに生きてるか、隊長クビにならなきゃな……あばよ」
友と交わした約束は守られ、そして直後、友は散っていった。
「…………次は、お前が逝く番だ」
「何?」
ファンタズマはフラフラと立ち上がる。
オイルと鉄屑、砂埃にまみれたその姿は、血塗れの死霊の様だった。
「仲間ばっか、だったもんなぁ……ハハハ……………次はぁ……お前が呪い殺される番だァァァァァァァ!!!」
ウェルゼの怒号と合わせ、ファンタズマから甲高い慟哭が響き渡った。
ただの金属の擦れる音とも、排熱の音とも違う。まさしく死霊が泣き叫ぶ様に生々しい慟哭が。
続く
次回、Ambrosia Knight 〜遠き日の約束〜
「未来に託す約束」
託された想いは、いつまでも生き続ける。