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Ambrosia Knight 〜 遠き日の約束 〜  作者: 雑用 少尉
第4章 あの日の約束へ
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第50話 忘れない

 

 マーシフルを着艦させると、エルシディアはヘルメットを脱ぐ。損傷率は約10%。整備にそれほど時間はかからないだろう。

 ハッチを開けると、ミーシャがドリンクを片手に駆け寄って来た。


「お疲れ様! 対艦刀の研ぎ直しと装甲の手入れがあるから、30分休憩ね。まだ大丈夫?」

「……大丈夫」

 ドリンクを飲みながら、エルシディアは何処かへと歩き去っていく。

「ど、どこ行くの?」

「ちょっと、用事」

「そう? あまり無理しないでね。休みたいときはいつでも言って!」

「うん」



 急ぎ足でトレーニングルームに向かうと、パイロットスーツを脱ぎ、シャワーを浴びる。

 鏡を見ると、いつも通りの自分の顔が浮かび上がっていた。だが少し違うのは、少し笑顔であること。

 前までの快楽に歪んだものではない。年相応の少女が見せる、純粋なものだった。


 シャワーを浴び終え、再びパイロットスーツに着替える。時計を見ると、まだ時間はたっぷり残っている。エルシディアは駆け足でとある部屋へ向かった。

 ドアを数度叩くと、すぐにその部屋の主は顔を出した。


「エル?」

「…………」

 その瞬間、エルシディアはビャクヤに身体を寄せた。甘えるように頬を胸に当てる。

 ビャクヤはほんの少し驚いたような素振りを見せたが、すぐにその背中を摩る。


 流石に2週間も同じ事をしていれば慣れるものだ。


「お疲れ様」

「うん」

 嬉しそうに微笑みかけるエルシディアの姿に、ビャクヤも自然に笑みが浮かぶ。懐かしさすら感じていた。


「……懐かしさ?」

 シミット防衛戦後に見た笑顔、レーヴァス戦後に見た甘える姿。過去に見たエルシディアの一面は確かに初めて見たはずで、だからこそ今の姿を懐かしく感じるはず。


 だが今感じた懐かしさは、もっと遠い過去に感じたようなものだった。


「……ビャクヤ」

 考え事に囚われていると、エルシディアに襟を引っ張られて現実に戻される。

「ご、ごめん。ちょっとボーッとしてた」

「ちょっと、座って」

 と、ビャクヤを椅子に座らせる。そして、今度はその頭を自らの胸に抱いた。


 これももう、慣れたものだ。この独特の柔らかさはまだ慣れていないが。


「……本当に、これで落ち着くの?」

「これじゃなきゃダメ。ビャクヤじゃなきゃダメなの」

 落ち着いた声で告げるエルシディア。しかしビャクヤにはその言葉の裏にあるものが見て取れた。

 彼女は、必死に崩れそうな心を持ち堪えさせようとしている。



 あの日の夜、エルシディアが求めた感情を受け止めた日。

 彼女は泣きながら語った。自分がバイオレストア手術を肺と心臓に受けていた事を。手術は成功こそしたものの、バイオレストアに用いたアクトニウムに完全には適合出来ず、発作を抑えるために抑制薬を飲んでいた事。抑制薬の副作用で起きる、精神異常に苦しんでいた事を。


 そして改めて明かした。

 自分が、グシオス人である事を。


「私がアルギネアにいるのは、総司令官のおかげ。アクトニウムの研究チームにいるのは……何処かで思ってたのかも。この身体を何とかしたいって。そうすれば辛い現実から目を逸らせるから……」

「現実は誤魔化せない。見て見ぬ振りをしてたって、僕達には蜘蛛の糸のように運命が絡まっていく。苦い現実を味合わなきゃいけない……」

「でも苦い味は誤魔化せる。甘い味で……」

 唇が深く押し当てられ、細く白い四肢がビャクヤの身体に絡まる。

 ビャクヤの眼からは、いくつも水滴が流れ落ちていた。理由は分からない。虚しさとも、安心感とも取れる、胸を突く謎の感覚に飲まれていた。



「そろそろ行かなきゃ」

 ビャクヤがあの日の夜のことを思い出していると、エルシディアの身体が名残惜しそうに離れる。

「行ってらっしゃい。僕も早く行けるよう、ベレッタ達と頑張るから」

「うん。行ってきます」

 そしてビャクヤの頬に小さくキスをすると、エルシディアは部屋を後にした。


 目を逸らし続けても、忘れる事は出来ない。歩みを止める事は許されない。


 まだ、約束は果たせていない。



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



「あれがフブキ准尉の新型か……」

「えぇ! 確か本人はヴォイドリベリオンと名付けてました。仇でもいるんですかねぇ」

 ハリッドとトリックフェイスの2人は肩を並べ、格納庫の様子を見物していた。

 ゲオルガイアスも連日の出撃で消耗していた為、一度本格的な修理が行なわれる事となった。対してハリッドはというと、疲労している様子は一切見られない。

「あなたもぉ。中佐でしたらわざわざここまで来ないで、安全圏で上からポンポン指示飛ばしてりゃいいじゃないですかぁ。どうしたってこんな面倒な……」

「それが出来ていれば命を張らずにすんなり出世できたかな? 何分、戦果をあげてのし上がってきた出来の悪い人間でね」

「なぁるほど。あなたが人の上に立つのが向いてないわりに、人から信頼されている理由が何となく分かりました……ところで」

 トリックフェイスは興味を無くしたようにこの話を切り上げると、すぐさま話題を切り替える。


「あれ……何故アンドラスの回収を?」

「彼は……キーレイ曹長は実直な男だったとアレンから聞いていてな。それに、EAを墜とした彼の遺志は遺しておきたい」

「ふふーん。実直ねぇ……でもまぁ、EAを倒したのは確かに讃えられるべきでしょうね」


 回収されたアンドラスの残骸は無惨なものだった。機関部の爆発の衝撃で胴体付近はフレーム以外残っておらず、武装のほとんども破損。当たり前だが、パイロットであるキーレイの遺体は出て来なかった。

 彼の戦果はEA一機。戦争を終わらせるなどと意気込んでいた割に、自分の自信作に不名誉なレッテルを貼ったキーレイに、トリックフェイスは内心憤っていた。


「さて、私はアレンを呼びに行ってくるよ。そろそろ私のゲオルガイアスも修理が終わる。もうすぐ出撃だろう」

「あぁ、それなら一緒にフブキちゃ……ごほん、フブキ准尉とエリーザ少尉もお呼び下さい」

「エリーザ少尉も? 彼女のアルミラージも修理が終わったのかい?」

「何というかですねぇ。むしろアルミラージが壊れたおかげで完成が早まったというか……ヒヒ」

 不気味な笑い声を漏らしながら、トリックフェイスはタブレット端末を起動し、ハリッドに見せる。


 映し出された機体を見たハリッドは、初めてその表情を変えた。


「トリックフェイス……君は一体何者だ……?」

「ちょっと金持ちとパイプのある、ただの天才科学者ですよ……あぁ、自分の才能がコワァァイ! ヒヒヒヒヒヒ」


 アナザーナンバー2、ヴォイドリベリオンの隣にある名前。


 アナザーナンバー3、「フィーアバエナ」。



「フブキ……」

「止めないでよ。私は行くから」

 暗い廊下で話す影は3つ。アレンと、彼の隣に付き添うエリーザ、そしてそれに正面から向かい合うフブキ。

「止めるつもりはない。だがお前は本当にそれで良いのか? あの機体は、アナザーナンバーはお前を殺そうとしたものと同じ力だぞ……」

「なら好都合じゃん。やっとあいつと同じ土俵に立てたんだ。それにもう油断はしない。もう遊びで戦いなんてしない」

 するとフブキは、エリーザに向き直る。エリーザは少し身構えたが、直後の行動に驚いた。

「あんたにも、もう歯向かわないよ。あんたの指示にも大人しく従う。だからさ……私に、リベンジさせて」

「……っ」

「話は終わり。じゃ、次の戦いで」

 そう言い残し、フブキは2人の前から去って行った。


「フブキ……一体どうして……」

「奴も思うところがあったんだろう。自分より上を知って、何が足りないのかを」

「……私にも、力があれば」

「何の為のだ?」

「え?」

 アレンはエリーザの肩を掴む。エリーザの頬が赤く染まるが、アレンは構わず続ける。

「俺は呪いを断つ為に、フブキは敵を倒す為に、力を欲した。お前は何の為の力が欲しい? それを見失えば……」

「私は……ただ……」

 視線を逸らし、エリーザは頭を垂れる。やがて小さく、消え入りそうに話した。

「貴方の力になりたい……あの時から、変わってません…………」

「俺の力に……か」

 アレンは静かに返すと、微かに笑った。肩に置いた手を、エリーザの頭の上に乗せる。

「ならお前は、俺の許可無しに死ねない事になる。それを忘れるな」

「はい」

 エリーザも笑みで返す。


 あの日に交わされた2人の約束を、思い出していた。



 続く

次回、Ambrosia Knight 〜 遠き日の約束 〜


「叛逆の凶弾」


再び相見える、真紅の鷹と、虚空を穿つ叛逆者。

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