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Ambrosia Knight 〜 遠き日の約束 〜  作者: 雑用 少尉
第4章 あの日の約束へ
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第49話 怨霊の夢

 

 息が詰まりそうだ。

 それは何故か。ここが戦場で、敵の基地の中でもあるから。


 自分たちに与えられた任務は敵基地からデータをハッキング、持ち帰ること。

 そしてその後、この基地を破壊する事だ。


 勿論機動兵器など用意されていない。己が身一つで敵地を制圧する。

 一切痕跡を残さず、誰にも見えない、幽霊のように。



 だが今回の任務は何かが違った。



 敵の警備は穴だらけで、容易に内部へ進入、工作活動が進んで行く。

 ウェルゼを含め、隊員全員はこの状況が何か異質なものだということを感じていた。


 監視室に辿り着くと、中にいた兵士を手早く射殺。監視カメラのスイッチを切る。

 そのまま基地の司令室へ一気に進み、扉の前で止まった。


「ウェルゼ、お前はここで待機だ」

「了解」


 隊長の指示に従い、ウェルゼは隊員達が突入した後に扉の前で警戒態勢をとった。


 誰であろうと通さない。そう意思を固めた瞬間、最悪の事態は起こった。


 凄まじい衝撃と爆音、その次の瞬間、ウェルゼは扉と共に吹き飛ばされた。

 窓を突き破り、地面へ落下して行く最中に気がついた。


 グシオスは、データを守るために基地を犠牲にしたのだ。それも、中にいる自軍の兵士達にすら伝えず、一部の工作部隊のみに事実を伝えて。

 情報がリークされたのだろうか。


 硬いコンクリートの地面に背中から激突。鈍い音が響き、血混じりの吐瀉物が口から溢れる。やがて、人間やその残骸が、爆発に連鎖して降り注ぐ。


 任務は失敗。

 激痛に揺らぐ視界の中、ウェルゼは何とか立ち上がり撤退しようとした。


 だがその時、ウェルゼの足首を何者かが掴む。


 振り返るとそこにいたのは隊長だった。顔が潰れ、腕や身体が捻じ曲がってしまっている。しかし力を振り絞るように、口を動かした。

「生き、て…………帰れ……これが、次の……」


 指令を言い渡すと同時に、隊長は事切れた。


 周りの敵兵士や同僚たちが死にたくないと泣き叫ぶ中を、1人歩き続けた。


 背中を引く悲痛な叫びに晒された彼の心には、いつしか怨霊が取り憑いていた。


 彼の周りの人間の命を奪う、怨霊が。




「っ」

 目が覚めた後に移ったのは、灰色のコクピットの天井。周りでは慌ただしく動き回る整備班の声が響き渡っている。


 どうやら、昔の夢を見ていたらしい。


「おっとっと。昔より今だよ今」

 [ウェルぜ大尉、ファンタズマの武装と装甲の整備終わりました! いつでも出撃大丈夫です!]

「なら、早速行ってくるぜ。あっちは戦力が幾らあっても足りないだろうしな」


 ウェルぜはそう言うと同時にファンタズマの発進準備を開始する。

 止まっている暇は無い。


 今は、戦うべき時なのだ。




 アルギネアによるグリモアール侵攻によって始まった戦争から2週間が経った。

 戦況はどちらも一歩も引かぬ激戦で、一方が押されれば押し返す、といった泥試合。撤退と前進を繰り返し、互いに疲弊し合う。

 そうしている間に、戦場は基地のある前線のみならず、市街地にまで及ぼうとしていた。最早、目的であるグリモアールを滅ぼさんとする勢いで、戦火は広がっていく。



「整備待ちの機動兵器はこっちに回せぇ!! まだグリフォビュートには空きがあるぞぉ!!」

「こっちこっちぃ!!」

 ガロットとミーシャの叫びを待たず、整備待ちを言い渡された機動兵器達がグリフォビュートへと運ばれてくる。

 戦況に進展はないようだが、確実に損害は増えている。

「引くに引けねえ戦いとはいえよ……こいつは流石にまずいかもなぁ」


「あぁ、ハッチ開けて開けて! エグゼディエルが帰ってくるよー!!」


 ミーシャが叫ぶと同時に、真紅の機体が着艦した。装甲に目立った外傷はなく、弾丸とスラスターガスの補給で十分な様だ。


 しかし、コクピットを叩くベレッタの様子がおかしい。何か焦った様子だ。

「ベレッタ? なにしてーー」

「開けろティノン中尉!! もう3日ぶっ続けで戦ってんだろ、死ぬぞ!!」

「えぇっ!?」

 ミーシャの声が思わず裏返る。

 3日のほとんどをコクピットで過ごすなど、身体を壊しかねない。すぐさまミーシャも説得に参加する。

「ティノン姉! 一旦出て休憩しよ? ね、早く出てきて!」


 すると、コクピットハッチが開いた。

 中にいたティノンの姿は痛々しかった。目の下には隈が浮かび、常に肩で息を吐いている。顔色も真っ青だ。

「……ミーシャ、補給は何分かかる……?」

「え、えっと、30分あれば……でも今はティノン姉が」

「20分で、頼む……早く、戻らな……っ」


 直後、コクピットから転げ落ちる様にティノンは整備橋の床に倒れ込んだ。


「ティ、ティノン姉!!」

「中尉!? 誰か、中尉を医務室へ!! 誰かーー」




 運び込まれて数十分後、ティノンは目覚めた。

 まだ意識はぼんやりとしているが、甘い香りと皮を剥く音に気がつく。

 その音の源には、1人の少年がいた。

「……ビャ、クヤ?」

「あ、気がついた? 突然倒れたって聞いたから様子を見にきたんだけど」

「倒れた……? ……っ! そうだ、こんなことしてる場合じゃーー」

 ティノンは慌てて跳ね起きようとするが、身体が動かない。まるで縛られている様に。

「グレッグ先生の話だと、2日は安静にしてなさいだってさ」

「2日だと!? そんな悠長に休んでいる場合じゃな……むぐっ!?」

 熱くなるティノンの口の中に何かが突っ込まれた。甘酸っぱい味が口にじんわりと広がる。

「とにかく、今は休む事。焦ったってしょうがないさ」

「……」

 ビャクヤに言われるまま、ティノンは渋々リンゴを齧り始める。

 まるで食べさせてもらっている様で恥ずかしい。

「ビャクヤ、お前は良いのか、出撃しなくて?」

「うん……それが……」

 ビャクヤはリンゴを剥く手を止めると、静かに話し始めた。



「ゼロエンドが……起動しない?」


 ビャクヤによると、異変が起きたのは2週間前。

 一度ロンギールへ戻ったビャクヤは、ゼロエンドの調整の為に起動を頼まれた。


 だが、いくらやってもゼロエンドは起動しなかった。


 フェイスガードの下の素顔と背中のフィンを広げたまま。

 結局原因は分からず、今も復旧の最中らしい。



 だがビャクヤには、おおよその原因が分かっていた。

 おそらく黒いEAとの交戦時に起きたゼロエンドの覚醒。

 あの時のゼロエンドは、以前のシミットでの戦いの時とは明らかに様子が違った。


 まるで黒いEAの存在に憤怒し、悲しんでいる様だった。話したところで信じてもらえないだろうが。


「とにかく、ベレッタが許してくれなくてさ。ギールアイゼンで出る事も頼んだんだけど……ダメだった」

「気持ちは分かるよ。……エレナの事を思えば、誰も無理に出撃させたくはない。焦らずに待ってればいい」

 ティノンは毛布の下で拳を握り締める。

 現に今、自分がその焦りが招いた無茶でこんな事になっている。偉そうに言えた義理ではない。


 だがそれでも不安で仕方がなかった。自分が見ていない場所で、またこの中の誰かがいなくなっていたらと思うと、震えが止まらなくなる。


 そう思っていると、ビャクヤの手がティノンの肩に乗せられた。顔を上げた時に待っていたのは、変わらないいつもの笑顔だった。


 我慢が出来ず、ティノンはビャクヤの頬に自らの頬を寄せる。照れ臭さは湧かず、代わりに安心感が心の中に流れ込んでくるようだった。

「約束、忘れるなよ」

「分かってる」

 最後まで生き残ること。


 たったそれだけの、約束を守る為に。




 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 物言わぬ鉄屑から対艦刀を引き抜くと、オイルか、もしくは血が滴り落ちる。


 だが何、エルシディアの心に波は立たない。恐怖も、快楽も、何も感じない。


 今、彼女には敵を討つ事よりも楽しい事が待っている。

 その為に今も戦っているのだ。


 敵の接近を知らせる警告音が鳴り響く。

 反応はジェイガノン2機に、ヴァルダガノンが1機。


「これが終わったら、帰ろう……」

 マーシフルは地面を滑りながら加速していく。3機から浴びせられる銃撃を躱し、弾き、肉薄する。

 ヴァルダガノンへ狙いを定めると、上空へ跳躍。脚部ブレードを展開し、頭部を踏みつけるように突き刺した。

 コクピット内部にまで辿り着いたブレードを引き抜くと、ジェイガノンの元へ降り立つ。


 咄嗟にヒートアックスを振り上げるものの、その腕を対艦刀で斬り裂かれ、露出した切断面から更に切っ先を捩じ込まれる。

「あ、抜けない……」

 すぐさま対艦刀を離す。

 背後からマシンガンを放とうとするジェイガノンへ急接近し、回し蹴りでマシンガンをはたき落とす。

 ジェイガノンの腹部と腰部の境目の隙間目掛けて脚部ブレードを突き出し、機体を半ばから両断した。


 エルシディアは機体の状態を確認する。アクトニウムコアの状態を見る限り、あと数分は戦える。

「……ダメ、マーシフル。今日はここまで」


 グリフォビュートへ帰らなくては。

 あの優しい笑顔と、温かい身体で自分を包んでくれる少年の元へ。


「帰ろうか」

 エルシディアはそう呟くと、マーシフルを空へ飛翔させた。


 愛する人の元へ帰る為に。



 続く

次回、Ambrosia Knight 〜 遠き日の約束 〜


「忘れない」


2人は歩を進めていく。怨みを、約束を、忘れない為に。



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