第47話 依り代
真の姿を現したゼロエンドと、ネヴァーエンドが対面する。
睨み合う2体は威嚇する様に蒸気を噴き出した。
「天翼……か」
ゼロエンドの背中に広がる二対の群青色の翼を見て、アレンは歯噛みする。
ネヴァーエンドはサブアームを用いてバックパックからクラスターライフル二丁を抜く。ショットガンユニットを取り除き、下部にブレードを取り付けたもの。
先に動いたのはゼロエンド。
上空へジャンプし、降下しながらライフルを連射する。ネヴァーエンドはそれを躱しつつ、クラスターライフルで撃ち返す。
互いに数発程被弾するものの、アクトメタル装甲はその程度では傷も付かない。
直後、ゼロエンドはストレナを突き出した。空を切って放たれた渾身の突きは、交差したクラスターライフルの銃剣に阻まれる。
カウンターに振り下ろされたネヴァーエンドのクローを寸出の所でいなすと、ライフルを頭部目掛けて連射。しかしそれでも装甲にダメージは無い。
「コクピットを避けているな……何のつもりだ」
「君を殺す気はない!」
「散々兵士を殺して来た奴の言う事か!!」
銃剣に左腕を斬りつけられ、ライフルを取り落としてしまう。
しかしビャクヤは怯まずストレナを上段に斬り上げる。クラスターライフルの1つを弾き飛ばすと、飛び上がってそれをキャッチ。空中にいるゼロエンドを狙うネヴァーエンドに、ビャクヤはストレナを投擲する。アレンもそれを躱すが、残ったクラスターライフルが刺し貫かれた。
「俺もお前も、幾多の犠牲の上に立っている人間だ! どれだけ懺悔しようがもう償え切れない!」
「僕はただ出来ることをしたいんだ! 自分が何なのかは分からない。だけどーー」
「お前は……忘れているからそんな事を平気で言えるんだ。自分の正体が分からないなら、俺が教えてやる……!!」
憎しみが込められた言葉が、ビャクヤに降りかかった。
「俺達は……アリアの依り代になる為に生まれた人間……そしてお前はバイオレストア手術に完全適合し、アリアの人格と記憶を植え付けられた、もう1人のアリアなんだよ!!」
「ーーっ!!?」
突き付けられた事実。その瞬間、頭を激痛が襲う。
まるで記憶が、氾濫した川の様に荒れ狂い、ビャクヤを呑み込もうとする。
「人格……記憶……!? もう1人の、アリア!?」
左腕から、ブチブチと何かが裂ける音が鳴る。パイロットスーツに赤い染みが広がっていく。
「もう二度と天翼の光は発現させない!! それが俺の……依り代にすらなれなかった俺の使命だ!!」
アレンは立ち尽くすゼロエンドに強襲をかける。
「天翼……光……光…………!! あぁぁぁぐぁぁぁぁああぁ!!!」
ゼロエンドのアイレンズの紅がドス黒い深血色に染まり、涙の様に溢れ出す。
キィィアァァァァァァッッ!!
悲鳴の様な、断末魔の様な甲高い音がゼロエンドから発せられる。泣き叫ぶ様に天を仰ぐ。
奪い取った銃剣を投げ打ち、右腕でネヴァーエンドへ殴りかかる。
その時、ネヴァーエンドの鄂部が展開。赤熱した多数の口部ナイフがゼロエンドの右肩口に喰らい付いた。
火花が弾け、ゼロエンドの装甲が溶け出していく。
振り払おうとした瞬間、凄まじい衝撃と共にゼロエンドが後方へ吹き飛ばされた。
ネヴァーエンドの口からは、煙と共に鉄杭が飛び出していた。
しかし肩に大きな穴を開けたゼロエンドはすぐさま立ち上がる。
「まだ動けるか……」
「……アレン」
通信機から聴こえたのはビャクヤの声ではなく、女性の声だった。
「その声はアリアか……とうとう引きずり出したぞ」
「私は私の約束を諦めるつもりはない。でも……これだけは言っておくよ」
ゼロエンドはスラスターを全開にし、後方へ一気に跳躍する。
「ビャクヤも、貴方も、彼女達も……必ず助ける。その時は私も……」
「逃すかっ!!」
アレンは地面に残ったストレナを引き抜き、飛び去っていくゼロエンドへ投げつける。
だが槍は軌道を僅かにそれ、ゼロエンドを掠めただけだった。
「クッ!!」
コンソールに拳を叩きつけ、絶句する。
ここまでして仕留められなかった、自分が情けなかった。
アレンの右腕から、涙の様に血が滴り落ちた。
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澄み渡る透明な世界。
目を開けたビャクヤの目の前に広がっていたのは、シミットの戦いの時に見えたあの世界だった。
そしてあの時と同じく、白いワンピースを着た少女はそこにいた。
「アリア……!」
ビャクヤは駆け寄り、彼女の肩を掴もうとする。しかしいつかの時と同じく、その手は見えない障壁に阻まれてしまう。
「アレンが言ったこと、本当なの?」
アリアは答えない。俯いたまま、拳を握り締めて震えている。
だがビャクヤには分かった。これが、無言の肯定であることが。
「依り代……つまり僕は、君を生き返らせる道具として生まれたってことなの?」
「違う!! 貴方の命は貴方のものよ!」
「じゃあそこまでして君が果たしたい約束って何なのさ!?」
「私はこんな形で約束を守りたかった訳じゃない!!」
アリアは座り込み、顔を両手で覆う。指の隙間から透明な雫が零れ落ちる。
「私はビャクヤ達を巻き込んでまで生き返るつもりなんてなかった……私はゼロエンドに……」
「だから、その約束はーー」
その時、空に亀裂が走る。
やがてガラスが割れる様な耳障りな音を立て、粉々に割れる。それに連なり、風景が一変した。
目の前に現れたのは荒れ果てた砂漠。常に砂嵐が吹き荒ぶ死の大地へと変貌した。周りには機動兵器の残骸が無数に転がっている。
「私の約束は……」
砂嵐が一層強まり、遂にはアリアの姿を隠してしまう。
「待って! まだーー」
意識が現実へ引き戻される最中、遠くなったアリアの声が告げた。
ーー アンブロシア計画を、成し遂げる事 ーー
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母艦に戻ったアレンは、機体から降りるとヘルメットを投げ捨てる。普段見ない荒れた様子に周りの兵士達がどよめく。
「いやぁぁぁ、すんばらすぃ!!」
空気も読まず、トリックフェイスはアレンに駆け寄ってくる。
「初搭乗であれだけネヴァーエンドを乗りこなすなんてさっすがですねぇ! おまけに暴走したゼロエンドも退けるとは、期待以上ーー」
言葉の続きは、突如降りかかった拳に遮られた。
「あひぃっ」という情けない声を発し、トリックフェイスは地面に叩きつけられる。
「黙ってろ」
ただ一言吐き捨てると、アレンは去っていった。
「イッタいなぁもぉん……ま、遊びはさて置き……」
アレンが去るのを見計らったように、歩いてくる人影があった。
銀髪を纏め、顎の下を金属マスクの様なもので補強した少女。
「これは御機嫌よう、お嬢さん」
「……ちゃんと、仕上げたんだよね?」
「もちのろん。ネヴァーエンドの余剰パーツが結構出たのでね。特別に貴方達屍龍隊だけに回してあげましたよ」
トリックフェイスはタブレット端末を少女へ差し出した。
そこにあったのは、かつての少女の愛機を象った機動兵器だった。楕円形の頭部にツインアイは無く、体はかつてと同じ流線形。両腰には二対の細長い足の様なユニットが取り付けられている。
「フレームは新造形。装甲はゼファーガノンとアクトメタル装甲のハイブリッド。貴女の要望をふんだんに盛り込んだ、特注品でっす!!」
「ふーん……」
興味はないと言わんばかりにトリックフェイスを無視し、少女はタブレット端末を見つめていた。
「んで、ロールアウトはいつ?」
「最終調整は終わりましたので、すぐにでも本国から送られて来ます。その間に貴女は身体に慣れておいたら如何でしょう?」
「慣れるも何も、戦いに使わないし」
少女は顎の下を撫でる。冷たい感覚が生身の手に伝わって来る。今でも、あの時に感じた感覚を忘れていない。
海に引きずり込まれる冷たさと、全身を焼かれる様な激痛を。
「今度は油断しない…………待ってろ、紅いEA」
少女ーーフブキは、窓から戦場の空を見上げた。
「申し訳……ありません……」
「気にすることないわ」
頭に包帯を巻いた状態でベッドに座るエリーザ。傍ではスティアがその頭を優しく撫でていた。
アルミラージは中破、自身は怪我。こんな情けない自分が恥ずかしかった。
「少佐はよろしいのですか? 自分などに構っていては……」
「私は外交とか交渉の仕事が専門だから。……実はセノア社とか、兵器会社との交渉は私がしてるのよ」
「流石です。ハリッド中佐もよくお話されてます」
「ハリッドは……中佐は私とアレンが大好きだからね」
するとスティアは懐から一枚の写真を取り出し、エリーザに見せる。
「これは?」
「小さい頃の私たち。これが私、この子がアレン。こっちの小さな女の子は私の妹」
「妹、さん?」
「今は……遠い所に住んでるの」
そう話すスティアは笑ってこそいたが、その色は悲しみに染まっていた。
写真を見ていたエリーザは、あるものに気がついた。
「……少佐、この男の子は?」
黒髪で銀色の瞳の少年。
それを見たスティアの指が、ピクリと震えた。
「この子はね……そう、友達」
スティアは写真をしまうと、車椅子のストッパーを外した。
「それじゃあ。また様子を見に来るわ」
「は、はい。ありがとうございます」
そのままスティアは病室を後にする。
残されたエリーザは、スティアから見せてもらった写真を思い出す。
まだ幼い頃のアレン、スティア、そして見知らぬ少年と少女の姿。
スティアが3人を抱き締め、アレンは少し恥ずかしそうに笑い、少年は楽しそうに笑い、少女は戸惑った様な表情を浮かべて。
「……」
何故なのだろうか。
こんなに妬ましい気持ちになるのは。
続く
次回、Ambrosia Knight 〜遠き日の約束〜
第48話「償いの涙」
幾ら涙を流しても、大切な時間はもう戻らない。