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Ambrosia Knight 〜 遠き日の約束 〜  作者: 雑用 少尉
第3章 彼方の希望
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第45話 十字架

 

 レーダーに映っていた機体反応が一つ、消失するのをティノンは見た。

 敵本拠地前にて、三機の機動兵器反応があったが、残った一機は何処かへ移動、もう一機はその場から動かない。


 先程から、寒気が止まらない。


 下ではまだ戦闘が続いていたが、コアがオーバーヒートしてしまったエグゼディエルでは多数を相手取ることは出来ない。そのまま反応が消えた方向に向かう。


「……っ!?」

 地上に降下する過程で見えてしまった。

 上半身が崩れ、見る影もなくなったインプレナブルの姿を。それに虚しく手を伸ばすギールアイゼンの姿を。


 近くに敵影が無いことを確認する。既に退却したのか、基地の中には人間の反応も機動兵器の反応もなかった。

 エグゼディエルから降り、インプレナブルのキャタピラユニットの上に降り立つ。



 何かを抱きしめ、うずくまるエリスと、その周りにある赤い塊。

 崩れたコクピットから滴り落ちる赤い液体が、ポタポタと、未だ彼女に降り注いでいた。


 心臓と、腹の底を掻き回されるような痛みがティノンを襲う。

「……」

 声すら出せず、その場に倒れこみそうになる足を踏みしめ、うずくまるエリスを抱き上げた。


 まるで死者のように乾き切り、光を失った彼女の瞳。

 うわ言のように、聞き取れない程小さな声で何か囁いている。


 極力目を合わせないように、彼女を抱きしめた。

 染み込んだエレナの血がティノンのスーツにも伝搬していく。


「っ…………」

 足止め出来なかった、自分のせいで。

 止めようとした涙が一粒、エリスの背中へと吸い込まれた。


 力なく項垂れているエリスを背負い、ティノンはエグゼディエルへと戻っていく。

「……」

 エグゼディエルを起動させたティノンは、焼け崩れたインプレナブルのコクピットを見つめていた。


「置いては行かないさ……絶対、連れて帰る」




[すまんハリッド中佐……敵に本拠地を制圧されてしまった]

「……何かと思えば、そんな事ですか」

[そ、そんなこと……!?]

 ハリッドから返ってきた素っ気ない返答に、ビグは動揺を隠せなかった。

[分かっているのか!? 本拠地を陥された以上、こちらは敗ーー]

「司令の方こそご理解されていませんね。この戦争の目的を」

[何……!!]

「この戦争はグリモアールを手に入れるためのもの。グリモアールの防衛基地が陥落した程度で終わるものではありません」

[馬鹿な……]


 話している間も、ハリッドは飛来する弾丸をいなし続ける。

 戦闘用のカスタムを殆ど受けていないにも関わらず、ファンタズマはゲオルガイアスと互角以上に渡り合っている。それに感化され、ハリッドの戦闘本能は次第に燃え上がっていく。


「分かりやすく申し上げましょうか? これは、アルギネアとグシオスの戦争だ。貴方は勝手に戦争の勝敗をつけられない」

[ならばグシオスが敗けたらグリモアールはどうなる!?]

「その時は晴れてアルギネアの属国入り。我々にとってはあまりよろしく無いですが……別に貴方達にとっては変わらないでしょう? 中立を謳い、その実、利益の為に両国に媚びを売る。そういうお国柄ならね」

[ハリッド……!!]

「この件について詳しく知りたければ、直接グシオスの上層部にお聞き下さい。それでは」


 そう告げ、ハリッドは通信を切った。

「これでこの楽しい戦いに集中出来る」

 目の前の機体を睨むその眼光は、凶暴な光だった。


 グリモアールの本拠地が陥ちたことは、ゲオルガイアスの通信を傍受したウェルゼの耳にも伝わっていた。

「本拠地が陥ちた……。エレナ、エリス、よくやってくれた!」

 賞賛を送りつつ、攻撃の手を休めようとしない。

 ハンドガンとショットガンで畳み掛けるが、分厚い装甲とシールドに阻まれる。

「通らないか……機動力じゃこっちが上だからまだ良いが……ん?」


 通信機に通知が入る。

 モニターに映し出されたのは、ティノンの姿だった。

「ティノン? どうかし……」

 そこまで言いかけ、ウェルゼは様子がおかしいことに気づく。

 血の気が失せ、顔を上げようとしない。

[…………グリモアール敵本部、制圧しました]

「あぁ、エレナとエリスがやってくれたらしいな。敵の通信を聴いてーー」



[その戦闘で……エレナ・アリアード少尉が………………戦死…………し……]



 ウェルゼの目が見開かれ、そしてゆっくり閉じられた。

「…………分かった。グリフォビュートへ帰還してくれ」

 ティノンが頷くのを確認すると、モニターを消した。


「またかよ……また、俺は…………」

 歯が砕かれんばかりに噛み締められる。

 過去の出来事が思い出される。あの時、まだウェルゼが特務小隊を受け持つ前。


 特殊工作部隊にいた時に起きた、苦い記憶。


「ぼーっとするなんて」

 いつの間にか迫っていたゲオルガイアスが、大剣を振り上げる。

 しかしファンタズマは立ち尽くしたまま動こうとしない。

「何があったか分からないが……これでチェックかな?」

「……せねぇ」

 振り下ろされた大剣は、



 何も無い大地を破った。



「何……っ!?」

 いつの間にか背後に回り込まれていた。

 ハリッドはすぐさまシールドを構えるが、今度はすぐに横に回り込まれた。

 そのままハンドガンが容赦無くコクピットに撃ち込まれる。

「……っ」

 ゲオルガイアスの増加装甲の前には少し傷をつけるのがやっと。

 だがそれでは終わらない。ファンタズマの右手からワイヤーが射出、ゲオルガイアスの首を絞め上げる。

「急に、動きが……?」



「許せねぇ……また死なせた……また、俺が死なせたんだ!! その憎しみを敵にぶつけて……あの時から俺は、全てを呪い殺す怨霊のままだ!!」



 ゲオルガイアスの首のフレームから火花が散る。

 ハリッドは振り払おうとするが、ゲオルガイアスの力でも振り切る事が出来ない。

「これが……EAの本気か!」

 焦る様子などない。むしろ嬉々として喜んでいた。


[エルシディアァッ!!]

「っ!?」

 突如入った通信から響く怒声。

 その理由は、エルシディアにも分かっている。ティノンの通信を聴いていたからだ。

[お前はエレナを殺ったEAを追え!! この二機は俺が足止めする!]

「私が……?」

[お前なら必ず出来るから頼むんだ! 私情を挟むのを承知だ……エレナの……仇を取ってくれ!!]

「……」

 エルシディアは俯く。何かを考えるように。


 やがて上げたその顔は、殺戮者の狂気を滲ませていた。

「……了解」

 悪魔のように低く答え、マーシフルは空へと飛び立った。

「待てっ!! 逃げる気かEA!!」

 勝負を放棄されたエリーザは、マーシフルに向けて左のランチャーを向ける。しかしそれもまた、ファンタズマのワイヤーによって捕らえられ、あらぬ方向を向く。


 ファンタズマのツインアイが眩く光り、拘束した二機を片手だけで引き摺る。


「いい加減に……して欲しいな!」

 ハリッドは大剣を振り上げ、ファンタズマのワイヤーを切断する。しかし、今度は何処からともなく現れたガーズがゲオルガイアスに取り付き始める。

「これは……!」

 引き剥がそうとする程、組みつく力が強くなっていく。


「邪魔を……なっ!?」

 エリーザが振り払おうとしたその時、強い力でワイヤーが引かれる。

 大量の火花が散ったかと思うと、半ばからフレームランチャーが切断された。

「調子に乗るなぁぁっ!!」

 アルミラージの右腕からパイルバンカーが射出される。しかしファンタズマは半身で避け、パイルバンカーを掴んだ。

 引き戻される力を利用し、急速に接近する。

 エリーザはすかさず切断された左のランチャーでファンタズマの頭部を殴りつける。だがファンタズマは止まらない。ショットガンをアルミラージに突き付け、至近距離で発砲。

「あぁっ!」

 衝撃はコクピットに伝わり、エリーザは座席に頭を強く打ち付ける。口の中を切り、血が混じった唾液が飛ぶ。

 アルミラージの頭部は吹き飛ばされ、首周りには無数の弾痕が刻まれていた。


「このままコクピットをーー」

「そうはさせない」

 ガーズを全て振り払い、ゲオルガイアスが突進。アルミラージからファンタズマを引き剝がし、地面へ押し倒そうとする。


 その瞬間、巻き上がった土埃の中から弾丸が乱れ飛ぶ。

「っ! 何て破れかぶれな……」

 思わず離してしまい、そしてハリッドは歯噛みする。


 既にファンタズマの姿は何処にもなく、付近に敵の反応は皆無。

 またしても、逃げられた。




 天を駆る悪魔は、いまだ激戦を繰り広げる市街地前を飛翔していた。

 獲物を見繕うようにグルグルと徘徊し、落ち着きなく両足の爪をガチガチと鳴らす。

「スラスターのガスが少々不安だが……エンジンはまだ問題ない。さぁ、狩りの時間だアンドラス」

 右手を見つめる。EAを仕留めた、誇り高い勲章。

 ゆくゆくは他のEAも狩ってみせる。そのビジョンを想像し、身体を震わせた。


 悦に浸るキーレイを現実に戻すように、甲高い警告音が鳴り響く。


 レーダーが捉えた影は、アンドラスをも上回る速度で迫っていた。

「何だ……何だこの速度は!?」

 キーレイは叫び散らし、アンドラスを人型へ変形させる。


 透明な空に一筋の光が差し、そしてそれは風を切る速さでキーレイの前に姿を現した。

「エレナの……仇」

 マーシフルのリミッターが解除される。


 血に飢えた悪魔を狩る、十字架を背負った天使が飛来した。




 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「はぁ、はぁ……」

 何機目だろうか。

 突き立てた槍をジェイガノンから引き抜くと、オイルが血のように噴き出る。


 ゼロエンドのコアはまだオーバーヒートまで余裕がある。ダーズィエンユニットが別のバッテリーを用いているおかげだ。


 しかしビャクヤの体力は限界に近づいていた。ドリンクを流し込むが、それで疲れが取れるわけではない。


 第一部隊は、特務小隊は、上手くやったのだろうか。一人戦うビャクヤはそれだけが不安だった。

「作戦だと、そろそろ第三、第四部隊と交代だ。一旦……」

 だがそれを遮るように、敵を発見したとゼロエンドが告げる。反応は一機。これを退け、早くグリフォビュートに戻らねば。


 視線を移した時、ビャクヤは目を見開いた。



 荒れ果てた基地の真ん中に立つ、黒い影。



 エッジがかった黒色の装甲。ナイフの様に巨大な鉤爪。脈打つカーボン筋肉。



 まるで騎士のようなフェイスガード。



「……ゼ、ロ…………エンド……なのか……!?」


 フェイスガードが展開し、紅い目がこちらを睨んだ。



 続く

???「私だ」

ゼロエンド「お前だったのか」


というわけで45話でした。そろそろ三章もゴールが見えてきました。頑張れ少尉、もうゴールテープは見えてるぞ!


それでは皆さん、ありがとうございました!

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