第44話 最期の大好き
走り去っていくインプレナブルとギールアイゼンを見送ると、エルシディアは目の前の白兎を睨む。
振り下ろした刃は右腕のランチャーに阻まれたが、徐々にその表面に食い込んでいく。いつまでもこうして鍔迫り合いをしている余裕は相手にない筈。
「どきなさい!! あんたに構ってる暇はない!」
エリーザは左腕のランチャーでマーシフルの胸部を殴りつけようとする。しかしマーシフルは再び飛翔。アルミラージの一撃は空を切った。
「なんて反応……ぐっ!!」
喋る暇などない。今度はマーシフルの脚部ブレードが展開し、アルミラージの喉元目掛けて突き出してきた。
寸出の所でアルミラージの脚部シリンダーを作動。土埃を上げ、機体を後方へ打ち出した。
「……チッ」
エルシディアは舌打ち一つすると、もう一振り対艦刀を抜く。両手に二振り、脚に二振り、四刀流となったマーシフルがアルミラージに襲いかかる。
二人は同時に言葉を発した。
『鬱陶しい奴……!!』
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「ビグ司令! 敵が最終防衛ラインへ接近中! 数は二機、一つはEAと呼ばれる機動兵器かと!」
「グシオスは何をやっているんだ!? 司令、このままでは……!!」
部下達が狼狽え、基地が騒がしくなる中。
ビグは目の前を睨み据え、思考を巡らせていた。
この作戦が始まる前、ハリッドが言っていたこと。
ーー 戦力の分断……確かに理にかなってはいるが、それでEAを倒せるのか? ーー
ーー EAはあらゆる面で既存の機動兵器より強力です。しかし、たった一つだけ劣る点があります。それは ーー
「そろそろ、言っていた時間か」
「司令?」
ビグは席から立ち上がり、声高らかに叫んだ。
「全機、迎撃態勢に入れ! 今がEAを墜とす好機だ。奴等の鼻っ柱をへし折ってやれ!!」
インプレナブルに響く警告音は次第に強くなっていく。しかしエレナはその一切を無視する。
「インプレナブル、もう少しで良いから付き合って……これで終わりだから」
[お姉ちゃん、敵機確認! 機体はゼファーガノン……っ!?]
息を飲む様な音が通信機から漏れ出る。
「どうしたの!?」
「私達を囲む様に敵機の反応が出てる……包囲されてるの!!」
「……そう来たか」
敵本拠地前だというのに反応が少なすぎると思っていたら、こんな初歩的な罠に引っかかってしまっていたとは。
目の前の獲物に夢中になり過ぎていた。
おまけにインプレナブルのコアが稼動限界手前という出来過ぎたタイミング。狙っていたとするなら、この作戦を考えた人間はよくEAを研究したものだ。
「お姉ちゃん、この状況……」
「はっは、マズイね」
「……私は逃げないよ。最期まで」
「逃げ場所なんてないしね。……やれるだけやろ」
二人は背中合わせになり、武装を構える。ジリジリと躙り寄るゼファーガノンの集団に、緊迫感が高まっていく。
互いが一歩踏み込んだその時だった。
[四番機、五番機、手前。二番と三番は奥だ。俺はあの二機に付く]
[了解!!]
通信機から響いた男性の声。それと共に四機のグリフィアが散開し、エレナ達を囲っていたゼファーガノンの注意を引き付けた。
「この部隊は……?」
「特務小隊機、何とか間に合ったか。こちらは第一部隊だ。これより君らを援護する」
「第一部隊……ビャクヤ君と一緒に補給基地を制圧する予定じゃあ……?」
「補給基地はもぬけの殻、俺達を分断するフェイクだった。……あの少年が今、残存勢力を抑えてくれている」
「ビャクヤさんが……」
こうして話している間にも、敵機の反応が少しずつ増えている。接近しているのは全てゼファーガノン。
「君達二機は本拠地を攻めてくれ。俺達がバックアップする」
「でもこの数……」
「伊達に前線を任せられていない。死人は出さないさ。……敵以外は」
返答を待たず、第一部隊隊長は敵陣の中へ突入していった。
「今は彼の言葉に甘えよ」
「そう、だね」
二人はクスリと笑い、そして武器を改めて構え直す。
エリスのギールアイゼンが前に飛び出すと、二体のゼファーガノンが行く手を塞ぐ。シールドに身を隠し、マシンガンで二機の距離を離す。
「お姉ちゃん!」
「オッケ!」
インプレナブルのコンテナハッチが開口、ミサイルをばら撒く。
そのミサイルは奥のゼファーガノンに残らず殺到。爆散した衝撃はもう一機を煽る。
「ここだぁっ!!」
エリスはシールドで体当たりすると、脚部めがけてマシンガンを発射。スパークした脚はやがて火を吹き、自重でゼファーガノンは崩れ落ちた。
敵の手は休まることを知らない。しかし二人は一切止まることなく進み続ける。
ここまで連れて来てくれた、みんなとの約束が背中を押している。
「敵機、止まりません! 最終防衛ライン突破されます!!」
「持ちこたえろ。いずれEAの動きは止まる。もしも間に合わなければ……ここは放棄するしかない」
ビグの目はいつになく本気だった。
自分が戦場に出ている間は何も考えなくていい。だが指示を出す立場である以上、作戦を完遂させなければならない。
今は、耐える時だ。
「クッソ!! 何故だ、何故墜ちない!?」
「……っ!」
しつこく追い回すアンドラスとの戦いに、ティノンもエグゼディエルも限界が近づいていた。コアも限界稼動時間寸前、操縦桿を握る力もない。
対してキーレイの戦闘本能は獣のように溢れ出し、自らの身体が裂け、血が流れるのも厭わず戦い続ける。
「早くしなければ……何だとっ!? 最終防衛ラインが……!?」
ここでやっと、キーレイは本来の目的を思い出す。
この戦争に勝つこと。そのためにグリモアールの本部を陥落させるわけにはいかない。
「私としたことが……チッ、忌まわしいアルギネアがぁぁ!!」
「しまっ……!?」
アンドラスはエグゼディエルを追い抜く。
急ぎティノンも追跡しようとするが、
〈CORE OVERHEAT SAFETY LOCKED〉
「こんな時に!」
エグゼディエルの出力はダウン。振り切られてしまった。
任せろと言った手前、ここで約束を反故にする訳にいかない。
ティノンはエグゼディエルに鞭打ち、アンドラスを追った。
「……馬鹿な」
ただ、一言。ビグはそれしか言えなかった。
今目の前で、何故自分達に銃口が向けられているのかを理解したくなかった。
[降伏……してください]
通信機から聴こえる年端もいかない少女が、今自分達の目の前に立ちはだかる機動兵器のパイロット。
その背後では、旧型機とEAに抑えられている、最新兵器の姿。
自分の知っているアルギネアではなかった。
過去にグシオスに敗け、命乞い宜しく休戦を申しで、過去の自分の誇りを踏みにじった国の姿は無かった。
[降伏……してください!]
少女の語気は強まる。ビグが降伏信号を放てば、この戦争は終わる。
晴れて、アルギネアの属国入りだ。
「……総員、ここを放棄しろ」
ビグの言葉に、兵士達は硬直する。しかしその言葉の威圧感には逆らえず、次々に司令室を離れていく。
ビグは大きく息を吸うと、絞り出すように返答した。
「降伏はせんぞ……勝ちたかったらこの基地を破壊しろ、小娘!!」
「……残念です」
その引き金が、ゆっくり引かれようとした。
「やらせるかぁっ!!」
突如響いた絶叫に、エリスは反射的に声の方向を向く。
目の前に、爪を振り上げた黒い悪魔の姿があった。
「貴様らに勝ちはやらせない!! 薄汚い戦争屋どもがぁぁぁぁ!!!」
間に合わない。
眼前をクローの光が覆ったその時だった。
何者かに突き飛ばされ、エリスのギールアイゼンは横に吹っ飛ぶ。
その正体は光が照らし出した。
クローを受け止めたインプレナブルの腕に火花が散る。
その瞬間、無情な文字が浮かび上がった。
〈CORE OVERHEAT SAFETY LOCKED〉
「時間切れ……かぁ」
アンドラスのスピアが光り輝き、インプレナブルのコクピットを刺し貫いた。
「……お姉…………ちゃん?」
アンドラスはトドメを刺すように、奥深くまでスピアをねじ込む。
「こいつは……EA……? ……は、ハハ、アーハッハハハハ!! なんて幸運なんだ!! ハッハハハハハッハハハハ!!!!」
「アァァァァッ!! 離れろ!! お姉ちゃんから離れろぉぉ!!!」
高らかに笑う悪魔の声をかき消すように、エリスは叫びとマシンガンを吐き出す。
だがアンドラスはインプレナブルを捨て置き、掌から機銃を連射。マシンガンと頭部を狙い撃つと、再び空へと飛翔していった。
「この調子だアンドラス……次も頼むぞ……」
「お姉ちゃん!! お姉ちゃぁん!!」
エリスはインプレナブルの側までギールアイゼンを寄せ、その腕を伝ってコクピットへ駆け寄る。
熱気が頬を焦がす。ハッチを抉じ開けようとして指の爪が剥がれる。だがそんな痛みも厭わない。
生きている。そう信じているから。
「あの時のこと……これからのこと……一緒に話さなきゃいけないからぁ……だから、だから……!!」
黒く焦げ、グシャグシャに潰れたコクピットの中。
「……あ……れ?」
まだ、生きていた。
左腕は瓦礫に挟まれて見えない。足が動く感覚がない。耳は聞こえない。
痛みがない。
何故か、記憶が巡り始める。どれも楽しいものばかり。
「……ごめん、ね、エリ、ス」
楽しい記憶の中で、彼女はいつも笑っていた。世界のどんなものより、輝いていた。
幸せだと思っていた反面、こんな戦いを続け、彼女の笑顔を失うのが怖かった。
だから彼女を戦いから遠ざけようとした。
エリスに偉そうなことを言っておいて、怖がっていたのは自分だった。
あんなことを言ってしまった後悔と、彼女に与えた苦痛は、これから先の未来で償いたかった。
涙が止まらない。
痛みのせいではない。
まだ生きたい。みんなと一緒にいたい。みんなと笑いたい。
こんな真似をしておいて、こんな身勝手な事を望んだ自分が嫌だった。だがそれでも、どんなに我儘でも。
エリスの笑顔が見たい。
崩れてしまった右腕を、微かに光が漏れ出る場所へ伸ばす。
その時、光が大きくなる。伸ばした手が掴まれる。
その先に、最愛の妹の顔が見えた。
「…………エリス…………だ……い、好き……だよ……」
最期に守ったものを見たエレナの顔は、笑っていた。
「お姉ちゃん!!」
見つけた手を掴んだ瞬間、インプレナブルの体が大きく揺れた。
機体は崩れ落ち、エリスは前方に投げ出される。
キャタピラユニットの上に叩きつけられたエリスの顔に、温かい液体が注がれた。
「…………っ」
自身が握っているものを見る。
白く、細い、腕。
鉄の匂いがする液体の色は、ゼラニウムのように赤かった。
全てを悟った。
この腕は、自分を抱いてくれた最愛の人。
自分に注がれたものは、最愛の人の中に流れる温かい血液。
「…………あぁ……が、あ、あぁぁぁ……あぁぁぁ!!! ーーーーーーーーーっっっ!!!!」
どんなに彼女の一部を抱きしめても、どんなに泣き叫んでも、どんなに心が壊れても。
エリスを慰めてくれるあの声は、二度と帰って来なかった。
続く