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Ambrosia Knight 〜 遠き日の約束 〜  作者: 雑用 少尉
第3章 彼方の希望
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第39話 抉る記憶

 

 帰投したアンドラスとゲオルガイアスを、アレンは偶然出迎える。

 ハリッドによれば、今回はアンドラスの実戦試験も兼ねていたらしく、本格的な戦闘は行わないと告げられていたのだが、アレンは痛々しくなったアンドラスを見た瞬間に全てを察した。


「どうしたアレン。お出迎えとは珍しい」

 ゲオルガイアスから降りたハリッドが、いつもの不敵な笑みを浮かべて近づいてくる。

「実戦試験の割に、アンドラスの損傷が酷いようですが?」

「思いがけない交戦があったものでね」

「思いがけない……ね」

 ハリッドは吐いた嘘が簡単に見破られたことに苦笑する。そこまで自分は嘘を吐くのが下手だろうか。

「そこまで被害は大きくない。後はグリモアールが上手くやってくれるさ」

「……俺には外交なんて分からないから、そんな言い訳をされても困ります」

「だったら勉強してみればいいさ」

 ハリッドは手をひらひらと振ると、そのまま格納庫を後にしてしまった。アレンは知り合って以来何度目とも知れない溜息を吐いた。


 思えばあの時は、アレンはハリッドの事が苦手だった。



「アレン、この人が私の……旦那様になる人」

 そう紹介されたのは、背の高い見知らぬ軍人。その人も、スティアも、幸せそうに笑いながらアレンに語り掛ける。

 だがその時、アレンは決して笑わなかった。ただ無言で、姉の交際相手を睨む。困ったように二人の間で視線を右往左往させるスティアの肩に、その軍人は優しく手を置いた。

そのまま、アレンに歩み寄る。


「初めまして、ハリッド・ラガーエドだ。よろしく、アレン」


 礼儀正しく自らの名を名乗り、無作法に初めて知り合ったアレンの名を呼び捨てにする。


 苦手だった。憎み切れない、その人柄が。



「アレン大尉!!」

 アレンの回想を遮ったのは、アンドラスから降りたキーレイだった。その表情は今までに見たことがないほど活力に見ている。

「どうされたのですか? こんな所に」

「いや……それにしても、ずいぶん機嫌が良いようだが?」

「はい! あのアンドラスのパイロットに私が指名されたんです。初めての戦闘でしたが、無事帰還することが出来て……」

「……キーレイ曹長、機動兵器の操縦経験がないのに戦闘をしたのか」

「えぇ。シュミレーターはこなしましたし、それに……」

 キーレイはパイロットスーツのポケットから何かを取り出す。

 それは小指ほどのサイズの注射器だった。

「ミスタートリックフェイスから頂いた薬です。これがあれば、操縦が不慣れな私でも皆さんをサポート出来ます」


 その時、アレンの瞼がピクリと動いた。


「キーレイ」

「はい?」

「奴と……トリックフェイスと関わるのはやめておけ」

「何故、ですか?」

「あの男はお前の全てを捻じ曲げる」


 そう言い残し、アレンはキーレイの前から去っていった。

 キーレイは、アレンが言った言葉をよく理解出来なかった。トリックフェイスは、わざわざ自らをアンドラスのパイロットに選抜してくれた。その恩義に報いたいと思っている。


 いずれアレンも認めてくれるはずだ。


「それまで……付き合ってもらうぞ、アンドラス」

 共に初陣を飾った相棒に、キーレイは嬉しそうに語りかけた。




 アレンは行く当てもなく、フラフラと歩き回っていた。休日を持て余してしまっている。仕事や訓練をしようものなら、スティアかハリッドに強制終了させられる。かと言ってのめり込むような趣味もない。

 ふと、通りかかった兵士がアレンに気づき、慌てたように駆け寄ってきた。まるでアレンのことを探していたように。

「一番隊の……アレン大尉ですよね!?」

「……どうかしたのか?」

「貴方の隊員が暴れてるんです! 何だか錯乱しているようで、バイオレストアとか何とか言ってるんですが……」

「バイオ……レストア」

「とにかく、貴方が隊長なんですから何とかして下さいよ! こっちは迷惑してるんです!」

 アレンはバイオレストアという単語に聞き覚えがあった。決して良い意味ではない。脳の底をナイフで抉られるような苦しみが襲ってくる。


 出来ることなら、二度と聞きたくない単語だった。



「あのさぁ、少しは落ち着いたらどうだ?」

「……っ!!」

 そして、今日3つ目の花瓶が投げつけられた。

 白髪混じりの医師は冷静にそれを躱すが、壁にぶつかった花瓶が弾け飛ぶ。足元は既に残骸で埋め尽くされようとしていた。


「全く、可愛い顔して凶暴な子だな。えっと……フブキさん」


 フブキは美しい銀髪を振り乱し、血走った瞳を向ける。

 骨折していた両手両足はほぼ完治しているものの、砕けた下顎は未だ痛々しい包帯に包まれている。


 フブキは一言も発することが出来ない。しかし代わりに、書き殴ったような文字を書いた紙を突きつけた。


 ーー バイオレストアを受けさせろ ーー


「どこで知ったか知らないけどさぁ、言わばあれは改造手術だぜ。失敗する確率は馬鹿にみたいに高いし、仮に成功しても後遺症が残る時もある。未来ある子供にそんなこと……」

 直後、フブキは紙をグシャリと握り潰す。そして他の患者の点滴台を強引に掴むと、医者に向かってそれを振りかぶった。


「そこまでにしておけ」


 アレンは後ろから点滴台を取り上げると、フブキは驚愕した表情を浮かべた。反対に白髪混じりの医師は安堵したような表情を見せる。

「お、ありがとうよ。この子暴れまくって手がつけられなくてさ」

「……バイオレストア手術」

「あぁ、あんたも知ってんのか。おかしいな、まだ公開されてないはずなんだが」

「俺のことは覚えてないようだな。ゼオン」

 アレンが殺意のこもった視線を向けると、医者ーーゼオンは笑いながら首を傾げた。シラを切るようで、その態度は覚えていることを知らせているようでもあった。


「何で俺の名前まで知られてんのか分かんないけど……そんな顔してるんだ。あんたもバイオレストア手術は反対だろ?」

「当たり前だ。俺の隊員はお前の玩具じゃない。失せろ」

「言われなくても消えてやるさ。じゃあ、お大事に」

 ゼオンは部屋を出ていった。


 するとアレンの背中を掴み、フブキが怒りの目を向ける。言葉がなくとも、アレンはフブキの言いたいことが伝わった。


 余計なことしないでよ、と


 だがアレンは、突然フブキの襟首を掴み上げた。


 ギリギリと首が絞まる音と、フブキの切れ切れな呼吸が響く。

「そんなに早く戦いたいなら医者に荒療治を言っておく。どうやって知ったかは知らないが……二度とバイオレストアを受けようとするな!」

 アレンはフブキの首から手を離す。フブキの顔は鬱血して真っ赤になり、目には涙が滲んでいた。急に入り込んだ酸素に咳き込み、下顎の激痛に苦しむ。


 他の患者の怯える視線を背に、アレンは医務室を出ていった。


「フブキに余計な入れ知恵をしたな」

 アレンは扉の横で立ち聞きしていた人物に言葉を突きつける。

 その人物はヘルメットの中で不気味な笑い声を上げた。


「いぃ〜じゃないですか。折角あるスンバラスィー技術なんです。あんなに悲しそうな幼……失礼、淑女を見ていたら興ふ……失礼、可哀想になりましてねぇ。提案してみた次第です」

「キーレイに渡したあの薬に、バイオレストア手術を知っている……お前の正体は何となく掴めてきた」

「ほ〜うほう。んで、どうなされるんですか?」

 トリックフェイスが挑発するように両腕をフラフラ振り始める。

 それを見るアレンの表情に変化は無い。しかし抑えきれない感情が、言葉の中に込められていた。



「この戦争が終わったら……次はお前の番だ」



 そのまま振り返らず、アレンは歩き去っていく。

 取り残されたトリックフェイスはしばし固まっていたが、やがて再び笑い始める。


「やっぱり君達は、あの時から前に進めてないんだねぇ」


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


[さて、アルギネア軍総司令官殿。どうなさるおつもりですかな?]


 ロンギールの一室。殺風景な大部屋の中には二人のみ。

 アルギネア軍総司令官と、その側近のみ。だが話している相手の姿はここにはない。


「それを聞きたいのは私の方です。今になって、中立の立場を降りるつもりで?」

[我が国に無断入国した挙句、あんたの兵によって怪我人が出たんだ。国民の反感も高まっている。そうなれば、アルギネアと手を取り合うのもここまでという事になりますな]


 腕を組み、傲慢な笑みを浮かべるビグの姿がモニター越しに映し出されていた。どう責任を取ってくれるのか、と言ってはいるものの、その魂胆は見えていた。

 側近の男は顔をしかめたが、口を挟もうとはしない。


 入国手続きのデータは抹消され、グリモアールの外交官も「証拠を見せろ」の一点張り。反論する余地もないのだ。


「何を思って、今我々と縁を切ろうとしたのかは気になりますが、まぁいいでしょう」

[……つまり、我が国と国交を断絶すると?そうなれば困るのはあんたらの方じゃないのか?]

「確かにそうでしょう。……ですが、丁度良い機会でもある」


 何を言っているのか理解出来ない、といった表情をしているビグに、総司令官はこう続けた。



「今まで奪われてばかりだったアルギネアが奪う側になる、ね」



 側近の男は静かに顔を下げるのみだったが、ビグの顔は見る見るうちに紅潮していく。身体が怒りで僅かに震えていた。

[それは……我が国を侵略すると? そんなことをあんたらの軟弱な国民が許すとでも言うのか!?]

「国民が許す……? 貴方は何をおっしゃられているのですか?」

[何っ!?]


「戦うことを決めるのは国民ではない。私なのですよ。私にはその権限がある、それを行使する役目がある。貴方の判断1つで国を滅ぼすことにもなり得る……それを分からせてあげますよ」


 そしてビグの返答を待つことなく、総司令官は通信を切断した。

「……よろしいのですか?」

「最早こうなることは避けられなかった。ここで聞く耳を持てば、アルギネアは一方的に搾取され続ける」

「グリモアールを手に入れればこの戦争に王手を取れるのは事実です。しかしそれは簡単では……」

「……あぁ。手に入れる、か。その手もあるか」

「総司令官?」


 総司令官は地球儀をクルクル回し続けていた。その最中、側近の男はあるものを見つけ、そして身震いした。


 グリモアールのある場所は、白いマーカーで塗りつぶされていた。

 まるで、存在が消されたように(・・・・・・・・・・)


「手に入れるか。その方が、確かに今後のためになるかもね」



続く

よろしい、ならば戦争だ


というわけで39話でした。みんなは不思議なお薬には気をつけよう!

下顎粉砕ナウなフブキちゃんも、何とか治ってほしいものです。


それでは皆さん、ありがとうございました!

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