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Ambrosia Knight 〜 遠き日の約束 〜  作者: 雑用 少尉
第3章 彼方の希望
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第38話 歪み

 

 インプレナブルは鬼神と化していた。

 マイクロミサイルを雨の如く降らせ、背部滑空砲を次々と撃ち出す。

 敵の陸艦は既に黒煙を上げ、虫に喰われたようになっている。しかしそこにも容赦無くインプレナブルは砲撃を繰り返していた。

「お姉ちゃん、このままじゃインプレナブルが壊れちゃう!! 早く私にーー」

「黙ってて!!」


 エレナの操縦席はシステムエラー音が鳴り響いていた。

 照準固定、装填、発射、排熱。

 二人で分担していて初めて機能していた全てを、今ではエレナだけが操っている。無茶な操縦にシステムが悲鳴を上げているのだ。

 しかし、エレナは止めようとしない。

「墜ちろぉぉっっ!!!」

 裂帛の叫びと同時に、徹甲炸裂弾が発射。敵陸艦は艦橋を真っ二つにへし折られ、その機能を停止した。


 各部から吹き出る排気音が、インプレナブルの咆哮のように轟いた。



「インプレナブルの様子がおかしいな……」

 ウェルゼは暴れ狂うインプレナブルに疑問を抱く。あのように荒々しい砲撃をしているのは見た事がない。エリスはもっと繊細な扱い方をしていた。荒々しいのはエレナの操縦の方であったはず。

 そこまで思考が辿り着いた瞬間、ウェルゼは気がついた。


「まさか、エレナ一人でやってんのか!?」

 と、次いで恐れていた事が起きる。

 インプレナブルのツインアイが真っ赤に発光したかと思うと、そのまま破裂。頭部から煙を吐き出し、がくりと項垂れる。


 コアの限界ではない。一挙に複雑な操作を続けたことによるキャパシティオーバー。完全に機能停止してしまった。


「ここまでだな……」

 ウェルゼがそう判断した瞬間、グリフォビュートからも撤退の信号弾が射出された。

 戦いが終わったのも束の間、ウェルゼは新たなトラブルの予感に寒気を感じた。



「どういうつもりだったの!?」

 ビャクヤがゼロエンドのコクピットハッチを開けて最初に耳に入ったのは、エリスの絶叫だった。

 そこにはインプレナブルの前に立ち、睨み合うエレナとエリスの姿が。

「……」

「答えてよ!! 私が戦えないって勝手に判断して、戦闘中にインプレナブルのシステム壊して、お姉ちゃんそれでも軍人なのっ!?」

「……」

 エレナはただ沈黙を貫いている。それが更にエリスを苛立たせ、怒りは収まりそうにない。


「初めて見たな、あんな大喧嘩してるの」

 通りかかったティノンが様子を見て、戸惑った様子を見せる。

「ティノンも見たことないんだ?」

「というかあの二人が喧嘩するだなんて想像つかなかった。それぐらい仲は良かったから」

「そうなんだ……」

 それならば、今回は相当深刻な問題だったのだろう。何やらガロットがインプレナブルを見て顔をしかめていたりと、只事ではない。


 と、マーシフルのコクピットハッチが開いた。中からエルシディアが出てくる。

 しかし、足取りは何処か覚束ない。フラフラとヘルメットを被ったまま格納庫を出て行った。

 ビャクヤは不安を感じ、急いでコクピットから降りた。

「ビャクヤ? どうかしたのか?」

「いやちょっと」

 ティノンに説明する間すら惜しく、エルシディアの後を追いかけた。

 その様子にティノンが気を取られていたその時だった。

「分かったよ!!」

 何かが床に叩きつけられる衝撃音、次いでエリスの涙ながらの叫びがいっぱいに反響する。



「私、インプレナブルのパイロット辞める!! これからはお姉ちゃん一人で、邪魔な私抜きで楽しく戦えばいいよ!!」



 瞬間、それまで何も答えなかったエレナの瞳が大きく見開かれた。

 エリスは涙で頬を濡らしながら走り去っていく。だがエレナは妹を止めなかった。


 何とかふらつく体を手すりにもたれ掛けて支える。


「大丈夫かよ、嬢ちゃん」

 ガロットが手を貸そうとするが、エレナは首を横に振って拒否する。


「本当に、こんな幕引きで良かったのかよ?」


 すると、整備が終了していたファンタズマの中からウェルゼが降り立つ。

 エレナはしばらく唇を震わせていたが、やがて話し始めた。

「いいんです、これでエリスが戦いから離れられるなら……どんなことになったって」

「戦いから離れられる……か」

 ウェルゼは虚しいものを見るように目を伏せると、そのまま背を向け、格納庫を去った。


「逃してくれんのかね……あの総司令官、いや、死神がよ」




 ビャクヤがエルシディアを追って辿り着いたのは、彼女の部屋の前だった。

 思えば艦内のエルシディアの部屋まで来たのは、初めてグリフォビュートの中に入った時以来だ。あの時は訳が分からないまま入らされ、気づいた時にはロンギールの本部だったためかあまり印象に残っていない。


 だが改めて部屋の前に立つと、緊張感が体を支配する。


「エル? ちょっといいかな?」

 返事はない。インターホンを鳴らしたり、ドアをノックしてみたりするが、何の反応もない。

 試しにドアノブに手をかけてみる。すると、ガチャリと音を立て、ドアが隙間ほど空いた。

 鍵をかけ忘れていたのだろうか。と、ビャクヤが疑問に思った時だった。

「……うぅ、うっ、んん…………」

 呻くような声が漏れて来た。辛うじて発したようなその声に、ビャクヤは危険な響きを感じた。

「エル? 入っても大丈夫?」

「……うぅぅあああっ!!」

 一際大きくなった叫び。ビャクヤはドアを開け、急いで部屋の中へ飛び込んだ。


「ぁぁぁぁ、あぁぁぁ!!」


  部屋は凄惨な光景になっていた。テーブルのコップや紙は地面にぶちまけられ、椅子は倒れている。


 エルシディアはというと、グチャグチャに掻き乱されたベッドの上で叫びながら、酷く踠き苦しんでいた。過呼吸になりながら、それでも襲い来る痛みに耐え兼ね叫び続けていた。


 ビャクヤは一瞬呆然としていたが、すぐに我に帰り、エルシディアの元へ駆け寄る。

「エル!! 待ってて、今グレッグさんをーー」

「そ、そ、そこ……」

 震える指でエルシディアが指し示したのは、棚の引き出しだった。無我夢中で開けると、様々な紙片や資料が詰め込まれている中にカプセル状の物体を発見した。

 その物体を握りしめ、エルシディアに差し出す。力無く頷いたことを確認し、その錠剤を口の中に押し込み、水を流し込んだ。

「--っ、くはっ! はぁ、はぁ……」

 少し経つと過呼吸は収まり、もがいていた四肢もぐったりと垂れていた。

「エル、一体何が……うぅん、今はゆっくり休んで」

「……」

 エルシディアは答える気力も無いらしい。虚ろな視線をビャクヤに投げかけるだけで応答はしなかった。だがその視線は、「一緒にいて」と訴えていた。更に放心した体を這わし、ビャクヤの膝に頭を乗せる。


「……」

「……」


 ビャクヤはどうしたら良いか分からず、エルシディアの方を見てみる。

 あの時は必死だったので気が付かなかったが、今エルシディアのアンダースーツは半分はだけ、彼女の真っ白な肩と双丘の谷間が目に入る。一瞬過ぎった煩悩を振り払っていると、ビャクヤはあることに気が付く。

「エル……泣いてるの?」

 ポタリ、ポタリと、彼女の体の上に水滴が落ちていた。しかしエルシディアは既に気が付いていたように頷く。

「……怖い」

「何が?」

「何もかも……自分も……」

「本当に大丈夫? やっぱり医務室にーー」

 その時、エルシディアが一気に体重を預け、ビャクヤは勢い余ってベッドに倒れこんだ。

「イッタタ……」

 打ち付けてしまった頭を擦り、顔を上げた時に見えたものに、ビャクヤは思わず息をのんだ。


 涙を止めどなく流す、エルシディアの顔が目と鼻の先にあった。


 話すために口を動かせば、エルシディアの唇に触れてしまいそうな距離。

 見下ろす彼女から降り注がれる、冷たい涙の雨。


「ビャクヤに私を全部あげたら、楽になれるかな……?」

 そう告げた唇が、ビャクヤに近づいて来る。


「っ!?」

 だがビャクヤは、エルシディアの肩を掴み、その体を引き剥がした。様々な感情が入り混じったビャクヤの呼吸は荒くなる。

「……じゃあ、ゆっくり、休んでね……エル」

 そう言うと同時に、ビャクヤは逃げ出すように部屋を飛び出した。



 一人、ベッドに横たわったエルシディア。


 深い喪失感が口の中に広がる。戦いの時に剥がれた錆が、また少しずつ心に広がっていく。

「……甘いのが、欲しい」

 棚に紅茶と菓子があることを思い出し、重い体を無理矢理引きずって取りに行く。

「欲しい……欲しい……」

 うわ言のように、甘えた声を出しながら。




 部屋の前で立ち竦んだまま、ビャクヤは動けないでいた。

 今のエルシディアの様子は、明らかに異常だ。

「グレッグさんなら、きっと知ってるはずだ」

 ビャクヤは医務室へと走る。

 エルシディアから求められたものの正体を知った時、拒絶してしまった。気恥ずかしさなどという小さな理由ではない。


 恐ろしかった。あの時エルシディアを受け入れていれば、何もかもが壊れてしまいそうだった。


 だからせめて彼女の身に何があったのかを知りたかった。そうすれば彼女のことを助けられるかもしれない。

「……いつから僕はこんなに」

 真剣に人の事で悩む人間になったのだろう。誰かを救いたい、などと考えるようになったのだろう。

 いつも自分の事で精一杯だった、あの日の自分は何処に行ってしまったのだろう。


「……うわっ!?」

「きゃっ!?」


 考えながら走っていたせいだろう。同じく廊下を走っていた誰かと正面からぶつかった。

「ご、ごめんなさい! よそ見してて……あっ」


「ビャクヤさん……」

 涙で頬を濡らしたエリスが床に座り込んでいた。


「エリス、その、何で泣いてるの? エレナさんとーー」

「放って置いてください!!」

 状況を理解していないビャクヤを怒鳴りつけ、立ち上がって走り去ろうとする。しかし、

「痛っ……!」

 すぐにまた座り込んでしまった。エリスは足首に触れると、小さく悲鳴を上げた。

「大丈夫!? さっきぶつかった時に足を挫いたんじゃ」

「だから放って置いてくださ……うぅ!」

 嫌がるエリスだったが、立ち上がろうとする度に足を庇う。

 ビャクヤは一瞬迷ったが、すぐにエリスに自らの肩を貸した。

「話したくないなら今は聞かないよ。それより医務室で足を診てもらって。みんな心配するよ」

「……」

 黙って俯いたエリスを半ば無理矢理連れていく。

 その最中、エリスの囁いた言葉がビャクヤに不安の種を植え付けた。



「どうせ、私なんか……私なんか……」



 続く

どーせ俺なんか…… byバッタ兄貴


というわけで38話でした。どんどん人間関係がこじれちゃってるぅ……。だがしかしお菓子、まだまだ三章はこんなもんじゃないぜよ!


それでは皆さん、ありがとうございました!

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