第37話 暴虐の戦場
キーレイが叫ぶとともに、アンドラスは再び脚部クローを展開、エグゼディエルに襲い掛かる。
変形する間などなく、ティノンは操縦桿を乱暴に切る。宙返りするようにクローの一撃を避けると、そのまま落下。
アンドラスも追うように急降下する。
「追ってくるか……」
エグゼディエルは落下の最中、飛行形態へ変形。高度をグングンと下げていく。
「逃すか!!」
キーレイもアンドラスを飛行形態へ。ウイング状のスラスターが首元までスライド、機体を折り曲げ、まるで怪鳥の様な姿に変貌する。
エグゼディエルはバックパックからマイクロミサイルを射出する。しかし、
「小手先な手段など!!」
アンドラスの頭部の先端が開口した瞬間、マイクロミサイルはまるで方向感覚を失った様にバラけ、四散した。
「何だ今の……っ!?」
ティノンはレーダーを確認した時、異変に気がついた。
レーダーに砂嵐が走り、あらゆる反応が感知しなくなっている。
「妨害電波!? 面倒なものを……!」
アンドラスがいる限り、あらゆる誘導兵器、レーダーは死ぬ。
この脅威を皆に通達することも出来ない。
ならば自分がやるべきことは一つ。
「ここで墜とすしかない!」
ティノンは迷いなくエグゼディエルのリミッターを解除。
枷から解き放たれたエグゼディエルは炎の翼をはためかせると、両肩の小型アサルトライフルを乱射しながら右腕のブレードを展開。急反転してアンドラスに迫る。
「そんなこけおどしが通用するか!」
アンドラスも人型に変形。脚部クローで真っ向から打ち合う。
しかし、手応えが感じられない。
「っ!? 何!?」
キーレイが気がついた瞬間、振り下ろされたブレードがアンドラスの右のウイングを半ばから切断した。
「あの一瞬で横に回り込むなんて……」
キーレイは身震いした。
これがフブキを敗走させたEAの実力だと知ったためだ。
「だあぁぁぁぁぁっっ!!」
エグゼディエルの機体が側転、今度はアンドラスの左側に回り込もうとする。
「好きにさせるかっ!!」
キーレイはアンドラスの両腕から機銃を連射。しかしそれで止まるエグゼディエルではなかった。電磁加速ライフルをミドルレンジモードに変更し、コクピットに狙いを定める。
「これで終わり……っ!?」
トリガーが引かれる刹那、アンドラスの脚部クローが射出された。
間一髪、飛来した凶爪を真下に回避。揉みくちゃになりながらも何とか立て直し、再びライフルを構える。
しかし、既にアンドラスの姿はなかった。
「逃げられたか」
と同時に、エグゼディエルのリミッター解除時間も終了。コアがオーバーリミット寸前だと告げる警告音が鳴る。
エグゼディエルが溜息を吐くように、白煙を吐き出した。
「捉えました! 前方約400メートル、高度100!」
「よし、包囲しろ!」
三機のゼファーガノンが散開し、空中に留まっていたマーシフルを取り囲んだ。
一斉にクラスターライフルを構える。
「……」
エルシディアはそれでも、一切マーシフルを動かそうとしない。無言で空中に静止し続けている。
「撃てっ!!」
指示と同時にクラスターライフルから弾丸が掃射される。
その瞬間、エルシディアはマーシフルを急降下させた。
「……っ」
息を詰まらせるGに襲われるが、構わず操縦桿を切る。マーシフルは地面すれすれを滑空しながらゼファーガノンに接近する。
空に向けていた銃口をマーシフルに向けた時には手遅れだった。
マーシフルは人型に変形すると、獲物を捕らえるように脚部ブレードを突き立てる。地面に押さえつけられたゼファーガノンは必死にもがくものの、両肩のフレームに刃が食い込み、振り払うことが出来ない。
「くそ! 離れろ、離れろって!!」
「今助ける!!」
悲痛に叫ぶ味方を助けるため、隊長機がライフルを携えて接近してくる。
「釣れた」
エルシディアが呟くと同時に、マーシフルの左腕からナイフが射出。ゼファーガノンのクラスターライフルに突き刺さると、フレーム部が溶解し始める。
「くっ、ライフルがやられたなら……」
隊長機はライフルを放り出し、腰部のヒートマチェットに手をかける。
しかし再び前を見た時、蒼い機体の姿は無く、コクピットに風穴を開けられた味方機の残骸だけが残されていた。
「一体何処にーー」
言葉は、頭上から降り注いだ鋼鉄の刃に貫かれ、消失した。
マーシフルがゼファーガノンの上に降り立ち、その脚で斬り裂いたのだ。
「た、隊長……」
残されたゼファーガノンは恐怖に竦み、無意識のうちに後退する。
マーシフルのカメラが、次はお前だとばかりに白い燐光を放つ。
「ひいイィィ、来るな!! 来るなぁぁぁぁぁ!!」
闇雲にライフルを撃ちながら後退するものの、
「これで最後……っと」
頭部と胴体の隙間に対艦刀が刺し込まれ、コクピットを削ぐように斬り払われた。
瞬間、エルシディアの心の中を快感が支配した。
まるで砂糖を舐めたような甘みと、胸を絞めつけるような気持ち良さ。
「……フ、フ」
この快感を味わい続ければ、いつか心にこびり付いた錆も取れる。
いつか、あの女の顔を忘れられる。
「フフフ、フフ……」
エルシディアは渇いた笑いをこぼすと、マーシフルを空へと飛翔させた。
作業のように敵を倒す為ではなく、快楽を得る獲物を探す為に。
「そらぁっ!! どうしたEA、そんな程度かぁっ!?」
振り下ろされたスレッジハンマーが地を破る。
ゼロエンドが距離を取ると、左肩のキャノン砲が唸りを上げる。
ビグのゼファーガノンの、型破りな戦い方に、ビャクヤは回避に徹さざるを得なかった。
「このままじゃいつまで経ってもエルに追いつけない……!」
ゼロエンドもライフルから弾丸を撃ち出すが、重機のアームのような左腕が機体のウィークポイントを隠してしまう。
「ダメか!」
「ハッハッハァ!! 良いぞゼファーガノン、お前は間違いなく傑作機だ!」
振り回される左腕とスレッジハンマーを避けていると、通信が入る。
[ビャクヤ、遊んでねぇで早くやっちまえって]
「ベレッタ!? 今それが出来なくて困ってるんだよ! 忙しいから後でーー」
[あぁ、やっぱり言い忘れてたみたいだなぁ]
と、ベレッタがやらかしてしまったように笑う。
[ビャクヤ、ダーズィエンユニットからロングバレル出せ。んで、ライフルと合体させろ]
「それで突破できるの?」
[多分な]
ぼやかした言い方が気になったが、言われるままにビャクヤは操作する。
ダーズィエンユニットからロングバレルを取り出し、ライフルと連結。銃のフレーム部がスライドし、ロングライフルとなった。
「よし、出来た!」
「余所見たぁ良い度胸だぜ!!」
眼前に迫ったゼファーガノンが左腕を構え、今まさにゼロエンドを殴りつけようとする。相対するビャクヤはロングライフルをその左腕に照準する。
弾丸が発射された瞬間、反動がゼロエンドの足元に蜘蛛の巣状の模様を刻まれる。
ゼファーガノンの左腕は、グシャグシャに潰れていた。
「馬鹿な!?」
ゼファーガノンがよろめいた隙を突き、ゼロエンドのダーズィエンユニットが炎を吹く。一気に距離を詰める。
腰部からナイフを取り出し、ゼファーガノンの頭部に捩じ込んだ。
「ぐぉぉ!! な、中々やるなEA! だが儂をこんな程度で殺せると思ってかぁ!?」
ビグはゼファーガノンのキャノン砲のトリガーを引く。捻れてしまった砲身が無理矢理砲弾を吐き出そうとし、限界を超えて暴発した。
「うわっ!?」
爆炎が吹き、近くにいたゼロエンドを押し返す。
対してゼファーガノンは破損した左腕をパージすることに成功し、ゼロエンドから距離を取ることに成功した。
「ハッハァ、左腕を持ってかれたが、まだまだこれから……」
と、空から地響きを鳴らし、ビグの目の前に巨大な盾を携えた機動兵器が降り立った。
「おぉ、ハリッド中佐か! 援護感謝する!」
[ビグ司令、ここは私に任せて撤退を。今のゼファーガノンでは危険です]
「だがなぁ」
[撤退して下さい]
通信機越しからも伝わる強い語気に、ビグは思わず息を呑んだ。
立場を弁えた言い方をしているが、ビグにはその意図がよく伝わった。
余計な邪魔はするな。
「……分かった。頼んだぞ」
そう言い残し、ゼファーガノンは前線から離れていった。
「これでいいか」
ハリッドは独白すると、回線をゼロエンドへと繋ぐ。
「聞こえるかい、EAのパイロットくん」
「……あの機動兵器から!?」
相手の顔は一切分からない。彼方から故意に繋がれたものであると理解する。
「何で敵にこんなことを……」
「君達は、既にグリモアールが真の意味でアルギネアに味方していないのは分かっているだろう? 世界の中枢を担っているグリモアールを敵に回したら君達に勝機はない。降伏してEAを引き渡して貰おうか」
「どうしてそんなことを僕に!?」
「とある人物からの命令、いや要望だよ。君が乗っているそれが、EAの一号機だという事も知っている」
「……」
「その沈黙は、本当だという解釈で良いんだね」
黙ったまま、ビャクヤはゲオルガイアスに向けてライフルを構える。
駆け引きが上手くない自分では、相手に有利な情報を引き出されるかもしれない。だからこそ、無言を貫き通すと決めたのだ
「話すら拒否かい、残念だ」
言葉とは裏腹に、ハリッドの目は喜びに満ちていた。
「だが今は君の相手をするのに時間が足りない。大人はやることが多くてね。また次の機会にお会いしよう」
「待てっ!」
ビャクヤはライフルの引き金を引こうとするが、ゲオルガイアスのハンドバズーカが飛来。反射的にそれを回避する。だが当てる気がなかったのか、それは大きく逸れて虚空で果てた。
再び前を見た時には、ゲオルガイアスの姿は遥か遠方にあった。
ビャクヤは追うことも出来ず、それを見送る他なかった。
「よし、何とか持ち直してるな。………なんか作戦と違うけど」
徐々に敵の勢いを削ぐのを見たウェルゼは、一安心したように肩を鳴らす。
しかし、ある異変に気がついた。
「エリスだけ通信ロストしてる?」
通信機の故障か、それとも別の要因か。
試しにエレナへ通信を送るが、謎のノイズ音が走るのみで応答はない。
「様子見に行きますかぁ? ったく」
ウェルゼは振り向きもせず、ファンタズマのショットガンを背後に撃ち放つ。
至近距離からの的確な一撃は、背後に迫っていたゼファーガノンのコクピットを蜂の巣にしていた。
「辛いね、隊長ってさ」
続く
悲報、新型量産機、次々撃墜中
というわけで37話でした。アンドラス君は初陣で実質黒星という残念なスタート。ま、相手が悪かっただけだ、気にすんなって。
それでは皆さん、ありがとうございました!