第36話 裂けた心
「艦長!! こいつら悪質ストーカーみてぇにしつけぇぜ!! もうグリモアールから出るってゆうのによ!」
砲撃戦で常に揺れ続ける艦内に、ビリーの叫びが響く。その中には、逃げ続けるのはもううんざりだという訴えも含まれていた。
それを聞くアイズマンの顔も、不可解なものとなっていた。
「おかしい……ここまで追って来る必要はないはず。一体なぜ……?」
「なぁ、アイズマン」
理由と対策を考えるアイズマンの思考をマックスの声が遮る。
またいつもの分かりづらい例えだと悟ってか、アイズマンは流す準備をした。
「子供が遊んで欲しい時って、どんな時だと思う?」
「さぁ?」
「流すなよ。……私は新しいオモチャを貰った時だと思うんだが、どうかな?」
「新しい、オモチャ……まさか!?」
マックスはニヤリと笑うと、新たな指示を飛ばした。
「総員に告ぐ。これより本艦は上陸し、敵艦との機動兵器戦闘を行う! 出撃命令を発する!!」
『了解!』
「了解! おらぁ、全員生きて帰って来いよ!!」
ベレッタの気迫の叫びと同時に、EA達がそれぞれの発進カタパルトへ接続される。
ゼロエンドの放熱音と同時にビャクヤは深呼吸し、左手の指輪を握る。いつもの願掛けが終わると、先に甲板上に出撃していたウェルゼから通信が入った。
〈よし、グリフォビュート上陸確認。敵の戦艦は2機か、必死だこと。おし、今ファンタズマからマップデータを送ったぞ〉
マップを確認すると、そこは中立域の草原だった。
「なんでこんなところまで……」
〈知らね。ま、バックアップは俺に任せてみんな頑張れ!〉
信頼しているのか、無責任なのか。ウェルゼの通信はそこでプツリと切れた。
〈ゼロエンド、ビャクヤ准尉、発進準備はよろしいですか?〉
続け様にリンから発進の催促だ。中々に忙しい幕開けとなったが、ビャクヤは気持ちを切り替える。
「はい、大丈夫です」
〈それでは、発進コールをお願いします〉
「ソウレン・ビャクヤ、ゼロエンド、行きます」
「……ダーズィエン、付け忘れてるぜ」
自らのネーミングを否定されたような気分になり、ベレッタの心に軽く霧がかかった。
「う、うわあっと、おっとと!?」
着地と同時に、ダーズィエンユニットと姿勢制御バーニアが起動し、ゼロエンドの機体は宙にフワリと浮いた。
危うくバランスを崩しかけたが、なんとか立て直した。
〈……何遊んでるんだ、お前?〉
「違うんだよティノン! 僕グリフィアみたいな機体どうにも苦手で……」
〈お二人さん、敵、敵!!〉
エレナの警告に、二人は我に帰ったようにレーダーを確認する。
そこには見慣れない赤銅色をした機動兵器の姿。
「新型……各機、下手に前に出ないようにしーー」
と、ウェルゼが指揮した直後、蒼い機体が前方へと躍り出る。
ウェルゼは一瞬呆気にとられていたが、すぐに機体へ通信を送った。
「ちょっとぉ!? エルシディアさん!?」
〈敵の中に斬り込んで搔き乱します。しんがりはいりません〉
「あぁぁ、待て待て!! ……って、あいつ通信切りやがった! ビャクヤ、エルシディアのバックアップ頼めるか!?」
「り、了解!!」
「あぁっと、ティノンは戦艦の撃破、エレナとエリスはグリフォビュートとそれを援護してくれ!」
〈了解)
〈了解でっす!〉
〈分かりました!〉
一斉に指示を飛ばし終えたウェルゼは、乾き切った喉にドリンクを流す。かなり無茶な作戦を言ってしまったが、そこは自信がカバーするほかない。
それが裏方であり、隊長である自分の仕事だ。
「若いって、ほんと難儀だね」
かくして、戦いは波乱の幕開けとなった。
「隊長、一機が突出してきました」
「ゼファーガノン三機で包囲して攻撃しろ。俺は地上の奴をやる」
そう指揮したのち、二本のブレードアンテナが突き出た指揮官機はゼロエンドへ距離を詰める。
ビャクヤはマーシフルの反応をレーダーで確認する。距離にして約2km。目の前に迫る一機を相手にしなければ、マーシフルに追いつくことは出来ない。
ゼロエンドのダーズィエンユニットにマウントされた専用ライフルを取り出し、前方の機動兵器に構える。
だがビャクヤはトリガーを引いた時、あることに気がついた。
「……あれ!? あれ!?」
いくらトリガーを引いても弾丸が出ない。何度繰り返しても空回る音が鳴るのみ。
「何で!? ちょ、ちょっとベレッタ!!」
ビャクヤは大急ぎでベレッタに通信を繋げる。そうしている間にも、ゼファーガノンはゼロエンドに接近している。
〈あぁ? なんかあったのか?〉
「弾が出ないんだよ! どうなってるのこれ!?」
〈んなもんトリガー引きっぱで出るんだよ。話聞いてたか?〉
「初耳だけど!!」
ゼファーガノンは背部から巨大な鉄槌を取り出し、ゼロエンドに打ち降ろそうとした。
ビャクヤは敢えて避けようとはせずに一気に加速。振り下ろすより先にゼファーガノンに組みついた。
「何だこいつは!? くそ、離せ!!」
「今相手してる暇はないんだ!」
そのままゼファーガノンを力任せに地面へ捩じ伏せ、マーシフルの後を追う。しかし、
「こんな屈辱……タダでは済まさん!!」
ゼファーガノンはすぐさま体制を立て直し、クラスターライフルを放つ。
散弾モードで発射された弾丸がゼロエンドの装甲を焼く。
「よし、このまま続ければ……っ!?」
反転したゼロエンドは既に、銃口をゼファーガノンへ向けていた。
トリガーを引き絞り、ストック部から回転音が響くと同時に、先の数十倍の量の弾丸がゼファーガノンに襲いかかる。
間一髪、腕のシールドを展開するが、その歩を完全に止められてしまった。
「い、行かせるわけには……!」
しかしその意気込みも虚しく、背後から飛来した徹甲弾に撃ち抜かれる。
破片となって飛び散った機体を苦い表情で見送ると、ビャクヤは再び前を向いた。
「インプレナブルへ、援護ありがとうございます」
〈……いいえ、大したことないです)
歯切れ悪いエリスの返答を飲み込むと、ビャクヤは空を舞うマーシフルを追って速度を上げる。
だがまたしても、その進路に何かが立ち塞がっていた。
ホワイトの装甲に、力強く太い金色のラインが走ったゼファーガノン。しかし左腕は重機のアームのようになっており、左肩には巨大なキャノン砲。
「新型の派生機……?」
「ハッハッハッ、久しぶりの機動兵器戦だ。やはり、血肉が湧き踊る!!」
ビグ・ビッドラーの雄叫びに呼応するように、ゼファーガノンから蒸気が吐き出された。
「ナイスショット! いい調子だねエリス!」
しかしエリスは、エレナの賛辞に相槌すら打たない。まるで何かが喉に引っかかっているような苦しそうな表情を浮かべている。
「どうしたの?」
「ううん、何でもない」
「何でもないことないでしょ。顔色良くないし、体調悪いの?」
「本当に何でもない」
エリスはいつもの無理をしたような笑いを浮かべて誤魔化そうとしていた。
それを見たエレナは、諦めたように前を向き、小さく呟いた。
「やっぱり、エリスには無理だよね……」
「お姉ちゃん……?」
だがその言葉は、不運にも周りの音をすり抜け、エリスの耳に入っていた。
エレナはエリスの声色の変化から、そのことに気がついた。
「あれ……き、聞こえた?」
「お姉ちゃん、無理って、何が?」
「……ほら、戦闘中だし、今はそんなことどうでも」
「誤魔化さないでよ。何が無理なの? 私が戦うのが? それともインプレナブルに乗るのが? 答えてよ!!」
声を張り上げるエリス。一瞬エレナはそれに気圧された。
「それは……」
「なんで答えられないの!? 私はちゃんと戦えてる! 無理なことなんてない!!」
だがやがて、エレナの怒りの感情も爆発する。
「……どっちも」
「え!?」
「どっちも貴女には無理だって言いたいの!! 一々人殺しを躊躇って、終わった後もずっと引きずって! だったらインプレナブルにだって乗らなきゃいいじゃない!!」
「偉そうに言わないで!! 私がいなきゃインプレナブルだって動かせないくせに!!」
「……もういい」
エレナはコンソールパネルを操作する。聞いたことのないシステム音が鳴り始める。
すると、エリスのコクピットから光が消えた。システムも全てダウンし、通信すら聞こえない。
「まさか、本気で……?」
「インプレナブルは私一人で動かすから」
一心同体であったインプレナブルの中から、一つの心が消え去った。
遥か上空から、エグゼディエルは戦況を確認していた。
「追撃にしては多くないか……?」
点々と映る敵の反応を見たティノンは苦い顔をする。
エグゼディエルの特性上、多数の敵とやりあうのは不得意だ。一機一機を撃ち墜としていくのも効率が悪い。
「仕方ない、一旦下に降りて……」
直後、レーダーに接近する反応が現れる。地上の反応ではない。高度約千メートルのこの場所だ。しかしその反応は機動兵器のものとは違う。
「だけど熱源的にライトニングホークじゃない? なら一体……っ!?」
その熱源は突然熱量を増し、凄まじい速度でエグゼディエルに接近してくる。
モニターで視認した時には、それらを覆い尽くす様に赤熱した爪が開かれていた。
だがティノンの反応は早かった。エグゼディエルの右腕から帯電したブレードを出し、その一撃を受け止める。
熱と電気がぶつかり、甲高い音が鳴り響く。
「ぐぅぅぅ……!!」
押し返されそうになるが、一気にブレードを振り抜き、距離をとった。
「何だ……機動兵器なのか?」
三角の頭に、まるで砂時計の様な胴体。三対のトゲが突き出した肩と、まるで猛禽の様な脚部のクロー。そして鳥の羽根のような背部のウイングスラスター。
出で立ちは、正しく異形だった。
〈アンドラスの調子はいかがですか? キーレイ曹長〉
「問題ありません、ミスタートリックフェイス」
キーレイは眼鏡を押し上げると、真っ直ぐにエグゼディエルを見据える。
今こそ、自らの腕が試される時。
「EA……ここで墜ちてもらおうか!!」
続く
喧嘩はヤメロォ
というわけで36話でした。複座式のロボットパイロットが喧嘩って、よろしくないですよ。初期の○ンタンクとか、お荷物になっちまうじゃん!
それでは皆さん、ありがとうございました!