特別編 聖夜の特務隊
ーーとある日のこと。
「ふふふー、クリスマス、クリスマス」
調子の良い鼻歌を歌いながら、沢山の飾りが入った籠を持ったエリスが練り歩く。
その行く先はロンギール本部にある、特務隊の広間。
「飾り持って来ました!」
「あ〜、お疲れ様〜」
「よし、じゃあ早速始めようか!」
広間の真ん中には聖夜の象徴、クリスマスツリーが立っていた。
既にそこではビャクヤとエレナ、リン、ビリーが飾り付けをしていた。
「あ〜、今年もクリスマスは変わらずやって来たな」
「幸い特務隊に任務はありませんでしたしね」
ビリーはその巨体を活かしてツリーの上の飾り付けをこなす。その下ではリンがいそいそと飾っていく。
「クリスマスに戦いなんてやるやついるのかねぇ?」
「普通、戦争中にクリスマスなんてやるんですかね……」
ビャクヤは苦笑いを浮かべてそんなことを言いつつも、楽しそうにツリーを飾り付ける。
「クリスマスは家族か恋人と過ごすもんだ。敵なんかと過ごすのはやだろ?」
「まあ……」
「ビャクヤはクリスマス、誰かと約束してるのか?」
「え!? いや、えっとーー」
「あるわけねえか!! ハッハッハ!」
冗談だよと言わんばかりに笑い飛ばすビリーを他所に、ビャクヤは汗を滝のように流していた。
「ビャクヤ」
「どうしたのエル?」
「クリスマス、予定がなければ私の部屋に来て」
「え、何でーー」
「じゃあね」
「まさか二人くらいにアプローチ受けて、モてる自分に困っちまう……なんてな! ハッハッハ!!」
「……」
「な、な、なぁビャクヤ」
「……ティノン?」
「クリスマス、だな」
「だね」
「……」
「……」
「あぁもう! クリスマスに私の部屋に来い! 良いな!? それじゃあ!」
「ええぇ!? ちょっ、待っ……」
「……ハァァ」
ビャクヤは昨日の出来事を再び思い出し、深いため息を吐いた。
まさかどちらかの約束を放棄して、一方に行くなんて出来るわけがない。そんなことをすればこの世からソウレン・ビャクヤの名が消えることになるのは明白。
「適当な理由をつけて断るしかないよね……」
ただしその手段を取った場合、特務隊全員で行うクリスマスパーティーの参加も少々危ぶまれる。
そもそも、二人は自分を呼んで一体何をする気だったのか。
「……いや、ないない」
一瞬期待したが、あの二人に限ってあるわけがない。
おそらくエルシディアは身体検査、ティノンは訓練の付き添いだろう。ならば別に断っても問題はない筈だ。
あの二人は今、パーティーの食材の買い出しに行っている。帰って来たら二人が別々にいるタイミングで言いに行けばよい。
「……って、これじゃなんかやましいことしてるみたいじゃないか!」
ビャクヤは苦悶の声をあげていると、何者かの気配が後ろをゆらりと通り抜ける。
そして通り過ぎざまに一言、
「頑張れ〜、応援してるゾ〜」
「え? お姉ちゃん今なんて言ったの?」
「いや、何でもないよ〜」
ビャクヤはギクリと震え、思わず飾りを握りしめてしまった。
くしゃくしゃになってしまったサンタが、こちらを恨めしそうに見つめていた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「はい、それじゃあ……」
『メリークリスマス!!』
特務隊のメンバーのコールと共に、クラッカーが一斉に弾ける。
小さなホールには皆で飾り付けたクリスマスツリー、そしてそれを囲うようにテーブルが設けられ、その上に様々な料理が並んでいる。
「みんな、今日は存分に楽しめ!」
そこにはサンタの格好をしたマックスと、トナカイの格好をしたアイズマンの姿。ビリーは腹を抱えて笑っていた。
「ぶっは、艦長はともかく……副艦長……!!」
「……艦長、やはり私は着替えます」
「まぁ待て。トナカイの何が悪い。ソリを懸命に引っ張り、サンタを助ける、正にお前と同じ縁の下の力持ちじゃないか」
「もう少しマシなこじつけをしてください」
「オッすビャクヤ、メリークリスマス」
「ベレッタ、メリークリスマス」
ビャクヤとベレッタはハイタッチして挨拶を交わす。そこにはいつも一緒のガロットやミーシャの姿はない。
「あれ? あの二人は?」
「あっちは家族でお過ごしだよ。確かクラウンさんとカイエンさんもそうだったような。あの人達既婚者だし」
「うえぇっ!? そうだったの!?」
思わぬ情報にビャクヤは驚いたりしていたが、あとは他愛のない話を続けた後にベレッタと別れた。どうやらパーティーを抜け、機動兵器の調整をするらしい。
「ビャクヤく〜ん、メリクリ〜」
「ビャクヤさん、メリークリスマス!」
と、今度はアリアード姉妹。エレナはパーティー帽子を被り、エリスはサンタ髭を付けていた。
「ビャクヤ君はお一人クリスマス〜?」
「パーティー終わったあとはそうなっちゃいますね。この後用事がありますし」
「ふ〜ん?」
そう、このパーティー終わったあとは用事がある、という設定だ。
無論それは、二人の頼みを上手に断るための嘘。
「用事があるんですか。お疲れ様です。パーティー用の料理もありましたし、今日はゆっくり寝てくださいね」
「うん、ありがとう」
「……」
心配をするエリスとは対照的に、エレナは勘ぐるようにニコニコしながらビャクヤを見つめていた。
「じゃあまた後で」
「はい、また」
「またね〜。……ふふ〜ん」
最後までエレナの視線が絡みつき、ビャクヤは思わず身震いした。
「ビャクヤ!」
「ひぇっ!?」
突然の声に、ビャクヤは飲み物を危うくこぼしそうになった。
しかし振り返ると、再度飲み物を落としかけた。
「ティ、ティ、ティノン、何その格好!?」
それは太ももが露わになった、ミニスカサンタの衣装。ビャクヤが驚いて目を見開いていると、ティノンの表情がみるみる内に赤く染まっていく。
「こ、これは隊長に着ろって言われて、別に私が好きで着てるわけじゃ……っていうかあんまり見るな!」
そう言われはするが、ビャクヤは硬直した視線が外せないでいた。
「いや、でも似合ってるよ! 足も綺麗だし!」
「目を潰すぞ!!」
「やめて!!」
そんなやり取りを続けていると、ティノンは話題を変えるように咳払いをする。
「ところで、その、昨日の件だが……どうだ」
「あ〜……」
とうとう来てしまった、この話題が。
何とか口実は考えてきたが、やはり断るのは心が痛い。
「ごめん! ベレッタにゼロエンドの調整に付き合ってって言われてるんだ、だから……」
「……そうか」
ティノンはそれ以上追求しようとはせず、少し寂しそうに笑っただけだった。
ビャクヤはその表情から思わず目を背けてしまう。
「でも!」
「?」
「でも今度の訓練終わりならいつでも付き合えるから!」
「……ハハハ! そうだな、じゃあそうしようか」
ティノンは必死になるビャクヤを見て笑いながらも、嬉しそうに手をかざす。
そこにビャクヤも手をかざし、二人でハイタッチ。それを合図に二人は離れた。
「……っ!」
視線に背中をチクリと刺され、何者かと振り向く。
視界の端に蒼い髪が見え、もう一人の約束を交わした人物だと察した。
「あ、エルーー」
直後、息を呑んだ。
理由はその瞳。光無く、それでいて明確な怒り、いや殺意を宿していたのだ。
しかしそれは一瞬の出来事で、すぐにいつものコバルトグリーンの輝きを取り戻す。
「……ど、どうされたのですか?」
「どうして敬語?」
「いやだって今……ううん、何でもない」
ビャクヤはあれを見なかったことにし、今度は自らあの話題に触れた。
「エル、あの、昨日の話なんだけど……」
「用事があるんでしょう」
「あれ、もしかして聞いてた?」
「……」
黙って頷く。ならば話は早いと切り出そうとした時だった。
「でも私はティノンみたいに気長に待てない。埋め合わせは今、ここでしてもらうわ」
「はぃ? それってどういう……」
すると了承する間も無く、エルシディアはビャクヤの手を掴み、何処かへと連れていく。
そして連れてこられた場所は、料理がたくさん並んだテーブル。
「料理? これがどうかした?」
ビャクヤが尋ねると、エルシディアは黙ってある一点を指差した。
そこには、切り分けられた苺のショートケーキがあった。
「これを」
「ケーキを?」
「食べさせて。前に私が怪我してた時みたいに、貴方が」
瞬間、ビャクヤの脳みそはショートしてしまった。何も考えられずに呆然としていると、エルシディアはケーキを一皿取り、ビャクヤに手渡す。
そして目を瞑ると、小さな口を開いた。
ビャクヤの頭は二度目のショート。謎の震えに襲われるが、何とかケーキは落とさない。
既に彼女はスタンバイ状態。断れる状況でもない。ビャクヤは固唾を呑むと、ケーキをフォークで一口サイズ取る。
そして餌を乞う雛鳥のような口に、ケーキを押し込んだ。
「……んん」
小さく咀嚼し、コクンと喉を鳴らす。息をつく様を見たビャクヤは顔が一気に熱くなった。
更にビャクヤはもう一つ、とある事に気がついた。
「エル、口にクリームが」
「?」
するとエルシディアは口の端についたクリームをペロリと舐める。
何事もなかったように、もう一度ケーキを要求する。
「ねえエル、これいつまでやるの?」
「そのケーキが無くなるまで」
「マジすか」
そんな沢山のドラマを生み出しながら、クリスマスパーティーは続いた。
そしてパーティーが幕を閉じ、皆が寝静まった夜。
一人のサンタが、巨大な袋を持って廊下を徘徊していた。
「フォッフォ、メリークリスマス」
その男は特務隊のメンバーの部屋の前に様々なプレゼントを置いていく。
ビャクヤの部屋の前には、如何わしい本。
エルシディアの部屋の前には、「口下手な君でも出来る、男の口説き方研究」と銘打った本。
ティノンの部屋の前には、「バストアップエクササイズ」のブルーレイ。
エレナとエリスの部屋の前には、女性用靴下とクマのヌイグルミ。
「フォッフォ、メリークリスマス。フォッフォ」
こうしてサンタは、闇の中へと消えていった。